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17話 卑怯な簒奪者①

 私の名前はリュース=エキオロッド=アーツクライク。

 アーツクライク王国の第一王子だ。




 我が王国は、いや、王国を含む全世界は危機に瀕していた。

 

「其方らも知っての通り、現在、王国各地から解決困難案件が上がってきている」


 低く厳かな声で語りかけるのは私の実父にして現アーツクライク王国国王ラインハルト=エキオロッド=アーツクライクだ。


「約2年前から始まった魔物共の異常発生、強力な個体の出現、生息域の変動、それらへの対応は各地の領主の騎士団、地域の冒険者では限界を迎え、中央騎士団の派遣までが必要となりつつある」


 父上は順々に謁見の間に並び立つ三人の息子達に目線を向ける。


「依然事態収束の気配も見えぬ。我等は王族として国を、そして国民を守らねばならぬ」


 父としてのラインハルトではなく国王としての威厳を込めた堅い声に、嫌な予感がしてじっとりとした汗が背中を流れる。


「その為にアーツクライク王国は戦力の強化を行うこととなった。先程、戦費予算の増加、騎士団の増員、各地の予備兵の育成、これらの実施を指示した」


 ここまでは当然、私達も知る内容だ。

 話の肝要はここからだ。

 父上がわざわざ遠回りな話をする時は決まって言い辛い内容がある時だ。

 嫌な予感が深まる。


「リュースよ、さらば、王族たる我等も戦力強化を率先せねばなるまい?」


 何故、答えの決まった問いをされるのか。


「はっ、当然の義務にございます。有事に備え、私も日頃より鍛錬は欠かしておりません。騎士団の者達にも更に鍛錬に励むよう叱咤致しましょう」


「うむ。騎士団の鍛錬については余から言っておこう。しかし、それだけでは足りぬ。強力な魔物に対抗するには特別な戦力が必要となる」


 数の力だけでなく、一騎当千の力を持つ戦士が必要という事か。


「流石は父上。ならば、各地の騎士団や冒険者から力のある者を召し上げる布令を出しましょう」


「いや、立場を求める者ならば既にそれなりの役に就いておろう。その力を持つ者達なのだからな。よって、其方ら三名に現在騎士団及び貴族に士官しておらぬ者による戦力の強化を命じる」


「「「はっ」」」


「金銭による雇用、自身の才覚による登用、取引による契約、方法は問わぬ。貴族への叙爵も子爵位まで認めよう。そしてその戦力をもってドラゴンクラスの魔物を討伐せよ」


「ド、ドラゴンでございますか……」


 あまりの注文に思わずたじろいだ声を上げてしまった。

 黙ってはいるが弟達も同じ気持ちだろう。

 ドラゴンクラスの魔物を倒せる人間など世界に何人居るというのか。


「今回の騒動は300年前の魔王出現の記録と酷似している。最悪の事態に備えるのなれば、ドラゴン程度倒せぬようでは物の役にも立たぬ」


 魔王などと……

 父上は心配性が過ぎる。

 魔王は300年前に倒されたからこそ、今があるのだ。


 過剰な心配は臆病と変わりがない。

 私ならばもっと毅然とした態度で対処出来ていただろうに。

 父上は善王と呼ばれ国を支え続けてこられたが、そろそろ御退位頂くべき時なのかもしれない。


 しかし、そう考えていた私にとって青天(せいてん)霹靂(へきれき)というべき言葉が父上の口から飛び出した。


「戦力を強化し、ドラゴンクラスの魔物の討伐を成させた者に我が王位を継承させる。三人で切磋琢磨し、一日でも早く事を成せるよう励め」


「なっっ! 馬鹿な! 父上、王位は私に継がせると仰ったではありませんか!」


 このような横暴があって良いはずがない!

 私は王になる為に生まれ、王になる為に研鑽を積んできたのだ。

 今更それを取り上げるなど、言語道断だ。


「リュースよ、余はそなたに継がせると言ったことはない。長子に王位を継がせるのがアーツクライク王族の習いであるとは言ったが、今は平時では無い。聞き分けよ」


「そ、そのような勝手な事が!」


「何を焦られるのです、兄上」


 (いきどお)る私の言葉に被せ、隣のルイスが落ち着き払った口調で話し始めた。


「兄上は私よりも遥かに優秀であられます。その上、戦事に置いても一日の、いえ三年の長があられる。我等愚弟共だけでなく、一族並び国民全員に名実共に兄上こそが王に相応しいと、実力で掴み取った王位であると知らしめる好機ではございませんか」


 ふむ。

 口ばかりが達者なルイスではあるが、言っていることには一理ある。


 王といっても実際には各地の領主や、権力を持つ貴族達を実力で黙らせなければその手腕を国政に発揮する事はできない。


 王位に就いてから徐々に私の実力を示していくつもりだったが、示してから悠々と王座に座るというのも悪くはない手だ。


「ふむ。さもありなん。兄としてお前達には王となるものの器というものを見せてやらねばならんな」


 ルイスにも何か企みがあるのだろうが、ここはあえて乗っておいてやろう。

 面倒な事にはなったが、兄として格の違いを見せてやらねばなるまいと承諾したのだった。




 やはりルイスの口車になど乗るのではなかった。

 そう思ったのは父上との謁見の日からわずか3日後の事だった。


 あの卑怯者め、謁見室で父上の話を聞いている段階で既に目星が付いていたに違いない。

 私はまだ方々に手紙や使者を送り、私が召し上げるに相応しい人材を探す段取りをしている段階だというのに、たった3日で放浪の白金級冒険者として知られるオーディマスを登用したらしい。


 ルイスめ、父上の前で私を諌める振りをしながら、オーディマスに渡を付ける算段が整っていて、あの落ち着き払った顔の裏ではほくそ笑んでいたに違いない。

 我が弟ながら、王族にあるまじき卑怯者だ。


 断固としてあの卑怯者を王になどさせてはならない。


 そんな事になれば、私の愛するアーツクライクが、アーツクライク国民が嘆き悲しむことになる。


 一向に色良い返事の返って来ない手紙や、是が非でもというやる気を見せない使者達に檄を飛ばしながら私は気ばかりが逸る数日を過ごした。




 ルイスに登用されたというオーディマスはルイスの側近の騎士達と共に解決困難案件を次々と解決し、着々と評価を高めていた。

 そして、今しがたついにペンタム平原に現れたというワイバーンを討伐したという知らせが入った。


「メナス! 召し上げて早々ではあるが、急がねばならなくなった」


 知らせを受けて、やっと私が手に入れた戦力に指示を出すべく呼びつけた。

 メナスは昨日、戦力急募の布令を聞いたと登城した魔術師だ。

 この艶やかな雰囲気を纏う黒髪の女は炎魔法が使える魔術師らしい。


 炎魔法は火魔法の上位魔法に当たる強力な魔法だ。

 上位魔法が使えるのは現在、王国騎士団の中では、魔術師隊長である嵐魔法使いヴィンセントと、副隊長の氷魔法使いナハトの2名だけだ。


 しかし、使えると言っても二人は長い魔力集中の時間を要する上に2発も放てば魔力切れになるらしい。

 大抵の魔物は上位魔法1発で片が付くのでそれで問題はないが、ドラゴンを狙うとなれば役者不足は否めない。


 採用面接の場でメナスはなんと、炎魔法をたった数秒の集中で生み出した上、10発でも20発でも撃てると言うではないか。


 やはり天は私に味方している。

 せっかくこれだけの強力な戦力が手に入ったのだ。

 ルイスが卑怯にも騙し撃ちで作り出した数日の遅れ程度でみすみす王座を奪われるわけにはいかない。


「ルイスの剣客がワイバーンを仕留めたらしい。父上がどう判断されるかは分からぬがワイバーンも亜竜とはいえ一応は竜と名の付く魔物だ。時間が過ぎる事に臆病風を吹かされて合格を出される恐れもある」


「まぁっ、王国にはお強い方がいらっしゃるんですのね。うふふ、それでもワイバーンなど、ドラゴンに比べれば小蠅程度の魔物ですから、ご心配には及ばないでしょう」


 メナスが面白そうに目を細めながら甘い声を出す。

 この女はいちいち発言に色気があって困る。


「あ、あぁ。もちろん父上がワイバーン如きで早計を下されるような事は無いとは思っているが、こちらもそれなりの実績を打ち立て、見比べる必要があると思わせなければならない」


「私はいきなりドラゴン狙いのご指示でもよろしくてよ? それともまだ私の力が信じられないかしら。ふふっ」


「い、いくら其方が良くても魔術師だけでドラゴンが倒せるはずも無かろう。それなりに使える前衛を揃える。それまでの時間稼ぎだ」


 勝手に声が上ずってしまう。

 メナスがいちいち私に色目を使ってくるからだ。

 まったく、王子とただの雇われ魔術師では身分違いだというのに、仕方の無い奴だ。


「リュース様の御意のままに」


「ああ、まずはダナモラナムだ。ここから4日程かかるが、アダマンタイトタートルの目撃報告が出ている。まだ救援依頼は出てはいないが、近場では一番強い獲物だ。まずはこれを討伐して参れ」


「承りましたわ。ですが、雨の中の移動は堪えます。馬車をお借りしてもよろしくて?」


「構わぬ。良い知らせをまっておるぞ」


「うふふっ、ではさっそく行ってまいります」


 メナスめ、間違いなく私に気があるな。

 叶えてはやれぬ思いではあるが、成果を出して帰ってきたならばせめてじっくりと労ってやろう。


 自室の窓から雨の中をメナスの馬車が走って行くのを見送りながら、父上に臆病風が吹かぬ事を願った。

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