16話 流れの銀級冒険者
俺の名前はベントス。
火剣のベントスである。
領都ダナモラナム唯一の金級冒険者であり、二つ名の通り炎を纏う剣技で敵を屠る魔法剣士である。
この街に俺の事を知らぬ者はいない。
毎年この時期は雨が続くが、今年はかなり長く雨が降り続け、冒険者の中でもその日暮らしに近い下級の冒険者達の財布は天気と反比例するように干上がっていた。
かくいう俺も金にこそ困ってはいないが、雨天では街外の活動は困難であるし、愛剣フランダイトに纏わせた炎も勢いを失ってしまう。
皆が雨天の終わりを今か今かと待ち侘びていたのである。
そしてついに雨は上がり、空には朝から燦々と太陽が輝いていた。
待ちに待った晴天に、ぬかるんだ足元も気にせず冒険者達がさながら獲物に群がるマーダーウルフの如くギルドに殺到した。
俺にとっても久々に腕を振える機会であるが、比喩でもなく飢えた冒険者達から餌を取り上げる訳にもいくまいと売れ残りになる高難易度の依頼を探して掲示板を眺めた。
そして複数パーティでの共同作戦の依頼書をちぎり取り受付へと向かった。
集合場所には17、8歳くらいの見慣れない一組の男女が居た。
「アダマンタイトタートル討伐作戦の参加者であるな?」
「はい。僕がスオーで、こっちがリディアです。2人とも銀級です。今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「ほぅ、その若さで銀級か。俺は金級のベントスである。よろしく頼む。しかし、この様子では今日は作戦開始は難しいやもしれぬな」
「何か問題ですか?」
この若さで銀級まで登ってきたのである。
実力は確かなのであろうが、経験が足りていないようで状況が把握できていないと見える。
「見ての通り今日は他の冒険者達は食い扶持の確保で手一杯である。このような実施されるかも分からぬ依頼にあと何組が集まるか」
「依頼書の受注条件には銀級以上の複数パーティとしか書いてありませんでしたけど、来ないなら来ないで僕達だけで行けばいいんじゃないんですか?」
「敵はアダマンタイトタートルであるぞ? 俺が数人分の働きをするとしても、銀級があと5人は必要であろう」
「でっかいカメですよね?」
「馬鹿者。ただのデカいカメのわけがあるか。本物のアダマンタイトでは無いにしてもあの甲羅には俺でも小さく傷を付けるのが精一杯であるし、何より口から吐き出される火炎のブレスのせいでまともに取り付くのも困難な相手であるぞ」
金級である俺をもってしても数人がかりで注意を逸らして接近し、甲羅の隙間から少しずつダメージを与えてなんとか倒せるという難敵である。
未熟なこの後輩達にはしっかりとその危険性を教えてやらねばなるまい。
「うーん? 来るまでに何回か倒したよね。そんなに大変な敵だったっけ?」
少年冒険者スオーがもう一方の少女冒険者リディアに問いかける。
「スオーがなんでもかんでも1発で終わらせちゃうからじゃない。まぁ、あのくらいなら私でも1発で終わっちゃうとは思うけど」
何を言っているのだ、この未熟者達は。
「スオー、それにリディアよ。主ら、ここまで快調に昇格してきたものであるから、少々周りが見えておらぬのではないか? その倒したというカメも下位のミスリルタートルと勘違いをしておるのだろう」
「はぁ、すいません。でもまぁ、逆に討伐依頼のアダマンタイトタートルももしかしたらミスリルタートルの見間違いかもしれませんし、このまま人が集まらないようなら今日のところは偵察だけでもしておきましょう」
「ふむ。そうであるな、どの道しばらくは他の冒険者達の邪魔をしてやるわけにはいかんだろうしな」
しばらく待って、粗方人が捌けてもやはり追加人員は現れなかった。
これ以上ギルドに屯していても仕方がないので、今日のところはスオーの言葉のとおり、偵察だけということにして現場であるフベルゲートの森へと向かうことにしたのであった。
ーーフベルゲートの森ーー
森とは言っても何処からが森で何処からが外なのか、その境界を定めるのは困難である。
今我々は徐々に木々の密度が上がりつつあるが、まだまだ林と呼べる場所を森の中央に向かって進んでいる。
森の中央にはフベルゲートの泉と呼ばれる毒沼が広がっており、アダマンタイトタートルはその手前で目撃されたという事である。
早めに討伐をしてやらねば他の依頼で森に入った冒険者達が襲われるやもしれぬし、あまり放置し過ぎると力を付けたアダマンタイトタートルが森の外にまで暴れ出してくる恐れもある。
「そういえば、俺はダナモラナム周辺の治安維持の為にこのような仕事も請けているが、主らは何故このような依頼を請けたのだ?」
「ちょっと知り合いに泉での用事を頼まれまして、そのついでですね」
「ついでで請けるような依頼ではないがな」
「あはは、複数パーティでって事だったので、地理感の無い僕達もついでに連れて行ってもらえるかなと思ったんですけどね」
「こんな時期でなければ、正解であったやもしれぬな。しかし、アダマンタイトタートルが彷徨いているとなれば、その用事とやらもしばらくは難しかろう」
「ミスリルタートルの見間違いである事を祈っておきますよ、ははは」
スオーが苦笑いをする。
「ふむ、そろそろ森と呼べるくらいには深くなってきたな。アダマンタイトタートル以外にも魔物は出る。ここからは気を引き締めてゆくぞ」
「はい。っと、さっそく右斜め前方200mにオーク1体ですね」
スオーが驚く程正確に敵の位置を告げる。
木々が邪魔をして俺にはまだ見えない。
「ほぅ、感知系のスキルか。ということはスオーが斥候でリディアが殲滅役ということか」
リディアは見るからに魔術師という装いをしている。
少人数のパーティでは前衛を置かず、敵に感知される前に強力な一撃で殲滅をするという戦法を取る者も多い。
彼等は正にそういう構成であろうと思った。
「あんまり役割分担はしてないですね」
そう言って、スオーはどこから出したのか小さい筒に取手が付いたような謎の道具を握った。
リディアの方は我関せずと速度も落とさず黙々と歩みを進めている。
「おい待て、そろそろ接敵する。止まれ」
慌ててリディアに制止をかけたが、代わりにスオーが相変わらずの軽い口調で返してきた。
「大丈夫ですよ。もう射線が通りますからねっ、と」
スオーも歩みを緩めず、そのまま謎の道具を斜め前へ向ける。
そしてその道具がぱすっと気の抜けた音をたてた。
続いて森の奥からズズンッと何か重量感のある音が響いてきた。
「な、なんだ?」
何が起きているのか分からず二人を見るも、特に気にすることも無いといった風にずんずんと進んでいくばかりである。
「今度は前方10時、300m、シザースベア2体ね」
リディアが敵の位置を告げ、言うが早いか、全体的に青く輝く杖を左斜め前に突き出した。
「アイシクルランス」
「なっ!」
俺の驚きを他所に2本の氷の槍はヒュンッと飛んでいき、またしても奥からズゥゥゥンッとさっきよりも重い音が響いてきた。
オークならまだしも、シザーズベアなど金級の俺でも手こずる難敵である。
それを見えもしないうちから撃破したとでも言うのか、いや、それよりもだ。
「リディアは氷魔法使いであったか! なるほどその若さで銀級であるわけだ!」
氷魔法と言えば、魔術師の水魔法の使い手の中でもダブルスキルと呼ばれる非常に稀な2つのスキルを持って産まれた者が、更に幸運にも2つ目のスキルに水魔法の上位魔法を授かっていた場合にのみ使用できる非常に強力な魔法である。
士官を目指せば、すぐさま王国お抱えの魔術師となれるものを何故冒険者などをしているのか。
これまで全面に出て話を進めるスオーがこのパーティのリーダーだと思っていたが、思い違いをしていた。
スオーの謎の道具も大したもののようであるが、この強力無比な氷魔法使いの少女こそが圧倒的な力で敵を薙ぎ倒す主力であり、スオーの方はただの斥候であったのだ。
「森じゃ火は使えないものね」
俺の称賛の言葉にはリディアはよく分からない短い返事をしただけであった。
それから何度か同じように二人のどちらかが敵の接近を告げ、その姿を見る事もなく前進を続けるということが続き、せめて魔石だけでも回収しておけば相当な稼ぎになるだろうにと勿体なさを感じる頃には目的地の沼に到着した。
「ベントスさんのお陰で迷わずにここまで来られました。ありがとうございます」
スオーが朗らかに礼を述べる。
「いや、まさか主らがこれほどまでとは思わなかった。俺など本当にただの道案内の仕事しかしなかったしな」
「いえいえ、いざというときに前衛が居てくれるという安心感があるだけで戦いやすさが段違いですから」
「ふっ、謙遜を。戦いなど無かったであろう。だが、これならアダマンタイトタートルの討伐も三人で何とかなってしまうやもしれぬな」
「見間違えであれば、それに越した事はないですけどね」
程よく肩の力の抜けた軽口を交わし合い、警戒をしながら沼の周りを見ていくことにする。
沼の大きさはそれなりに大きく、一周するだけでも1時間以上はかかるであろう。
沼からの毒素を吸い込み過ぎると良くないので水際から少し離れて進む。
到着した箇所から見ればちょうど対岸に位置する辺りまで進んだ頃、スオーが急に足を止めた。
「どうしたの?」
「なんだろう。反応が薄い、いや、紛れてるのか」
最初に敵に気付いたのは俺だった。
「沼からだっ! 離れろ!」
ポコポコと沼の表面に気泡が立ったかと思った直後、
バッシャャァァァ
と毒水を撒き散らしながら体高5mはあろうかという大きな亀が這い出してきた。
甲羅の端から端までで言えば20mはあるだろう、そこから伸びた首や尻尾まで含めれば更にである。
「こ、これはアダマンタイトタートルではない!」
アダマンタイトタートルよりも更に二回りは巨大なそのカメはググッと一瞬首を引っ込めたかと思うと、次の瞬間にはもう俺の目の前に大きく開かれた口が迫っていた。
「っっ!!」
砲弾の如く首が丸ごと飛び出してきたのである。
俺は声も出せず身を竦める事しか出来なかった。
そこにぱすっというここまでにも何度か聞いた音と共に
バキャァァァン
と硬質なもの同士がぶつかる音がして目の前でカメの首の軌道が逸れた。
「弾かれたッ⁉︎」
「ベントスさん下がって!」
スオーの驚嘆とリディアの警告が同時に飛ぶ。
不覚にも一瞬茫然としてしまった自身を恥ながら大きく後ろに距離を取る。
「アイシクルストーム!」
道中で聞いた声よりもはっきりと力を込めた詠唱が聞こえた。
直後、巨大なカメを更に包み込むように氷雪の嵐が吹き荒れる。
見たこともないとんでもない威力の魔法である。
そうだ、いかに強大な魔物であろうとこちらには氷魔法の使い手が居るのだ。
対抗手段はある!
前衛としての役目を果たすべくリディアと巨大カメの間に走り込む。
「やったか⁉︎」
薄れ始めた嵐の中に甲羅だけになった巨大カメを見つけ、思わず声を上げた。
スオーが嫌そうな目線を向けてくる。
なんだ? 余所見をしている場合ではなかろうに。
「だめだ、魔法耐久力が高すぎる」
スオーの言葉を裏付けるかのように甲羅の中からのっそりと手足が生え始めた。
再び動き出されてはあの攻撃を次は避けられない。
そう思った俺は己の最強の一撃に全てを賭けるべく愛剣フランダイトに炎を纏わせる。
「援護してくれ。俺が仕留める! おおおおおおお!」
全力で駆け出す俺の咆哮と共にフランダイトの炎が唸りを上げる。
そしてようやく甲羅から出てきた首筋に目掛けて渾身の一撃を放つ。
「爛れて潰えよ! フレイムブランドー!」
ガギッと硬い手応え、次いでビキリッとその硬さが砕ける感触。
獲った!そう確信しながらフランダイトを振り抜き、一旦離脱する。
再度、やったかと巨大カメに意識を向け直すと、そこには喉奥に灼熱を宿したカメの大口があった。
手元を見ると愛剣フランダイトが無惨にも半ばから砕け散っていた。
灼熱が巻き上がるように喉を駆け上がってくる。
だめだ……
ぽしゅぽしゅぽしゅぽしゅ
と連続の音が響き、顎下から連続の衝撃を受けたカメの首が最初の一撃の時と同じように弾き上げられ、ゴオォォォォウと沼の上の開けた空に巨大な火柱が立ち上った。
「ここは僕に任せて下がってください」
またしても俺の命を救ったスオーが淡々とした声で撤退を促す。
「いや、主らを置いて逃げられるか。せめて殿は俺がっ」
「いや、逃げるんじゃなくて、倒しますから。ちょっと下がっててください」
「はぁ⁉︎」
今、俺は言外に邪魔だと言われたのだろうか。
「し、しかし、ヤツの軟体部分はアダマンタイトタートルの甲羅よりも硬かったぞ! 無理だ。撤退するんだ!」
俺の言葉を聞いてか聞かずか、スオーは何処からともなく更にもう一つ例の武器を取り出し、両手でぽしゅぽしゅぽしゅぽしゅと連続で音を鳴らす。
その度に巨大カメは体のあちこちをガツンガツンと巨人の大槌で殴られたかのように体勢を崩して後ろへと押し込まれていく。
「ば、馬鹿なっ」
俺が愕然としている間にも巨大カメは水際まで後退し、最後にガツンと鼻先を弾かれ、首が上に仰け反った。
そこまで押し込んだところでスオーが両手の武器を何処かに消して、その場に屈み込んだ。
あんな危険な場所で?
何か攻撃を喰らったか。
仰け反ったカメの首が引き戻された時にはその喉の奥には再度、灼熱の輝きがあった。
「避けろぉぉぉぉぉ!」
屈み込んでいて動けないスオーに叫ぶと同時にキィィィィーンと耳が痛くなるほどの硬質な爆音と閃光が走った。
閃光はカメからではなく、スオーから放たれていた。
そして、鼻先から尻尾まで真っ直ぐに閃光に貫かれた巨大カメはズゥゥゥゥゥンと力を失ってその場に沈んだ。
いつも通りといった感じでグッとサムズアップしあう二人。
「な、なんなんだ、主らは。それに最後のは一体」
「そうよ。あんなの私も聞いてないよ」
「あぁ、コレ?」
そう言って、スオーが抱え込んでいた地面に2本の脚が突き刺さった長い筒のようなものを見せる。
「言うなれば、ミスリル製液体水素単発式ライフルってところかな」
「相変わらず全然分からないわ」
「こんなの使う機会も無いだろうと思って説明して無かったんだけど、このカメ、めちゃくちゃ硬かったからさ」
「まぁ、いいけど。凄い威力ね」
「その分いつものエアガンと違って、反動で僕が吹っ飛んじゃうからね。こうやってしっかり固定しないと使えないんだよ」
「ふぅーん?」
リディアが繁々とそのなんとかという筒を見回す。
「いや、わからぬ。何なのだコレは? というか、こんなもの担いでいなかっただろう。 いや、そもそもさっきの道具からして、いやまて、そもそも……」
「あーえーとまぁ、一通り全部企業秘密って事でお願いします」
爽やかに笑うスオーは、何から聞いたものか堂々巡りになっていた俺に全ての質問を拒否で返したのであった。
俺はこの魔物の所有権はスオー達にあると主張したのだが、彼等はダナモラナムに長居はしないらしく、後日手に入る残された素材は俺が引き取ってくれと言ってきた。
ならばせめてと、折れたフランダイトで苦労はしたが、巨大カメから魔石を取り出し、スオー達に押し付けた。
リディアの杖の先の魔石を交換するとかで喜んでもらえたようである。
そもそも今回俺は何の役にも立っていなかったし、その上二度も窮地を救って貰ったのであるから、報酬を分けてもらうどころか、礼をせねばならないところである。
帰路でその辺りの話もしたのだが、折れた愛剣の打ち直しにでも使ってくれと、またしても拒否をされてしまった。
彼等はつくづく無欲なのだろう。
はて、なぜこのような者達が冒険者などという荒くれ者の溜まり場で仕事をしているのであろうか。
ちなみに今回の巨大カメはオリハルコンタートルというアダマンタイトタートルの上位種の魔物であったらしい。
見間違えは見間違えでも、逆の見間違えであった。
きっとスオー達に出会わず、正式な討伐隊を組んでいたら全滅の憂き目にあっていただろう事を思うと肝が冷える思いがした。
俺も知らず知らずのうちに金級という称号に胡座をかいていたのかもしれない。
ギルドへの報告を終えた後、何度も礼を言って、再会を誓い、二人とは別れたが、何を思い出しても不思議なことばかりだったと思う。
後日オリハルコンタートルの素材回収班に同行した時、スオー達と訪れた時よりも沼の水位がかなり下がっていた気がするのだが、あの時は長雨のせいで増水していたのであろうか。