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12話 他人の金で飯を食った

 翌日、薬師見習い2日目だ。

 しっかり早起きをして、グレナさんと自分の朝食を作り、庭に水遣りをして、今日の薬草採集の道具の準備を整え、それからグレナさんを起こして一緒に朝食を摂っていると玄関から声が掛かった。


「おはよー。グレナさん、スオー。出発だよー」


 急いで残りの朝食を口に放り込む。


「ゆっくりでいいよ。あの子はいつも来るのが約束より30分は早いのさ。片付けはわたしがやっとくよ」


「すみません」


 準備を整えたリュックを背負って玄関へ向かう。


「おはよう。リディア、今日も良い天気になりそうだね」


「おはよう。スオー。2人とも見習い初日だね!頑張ろうね!」


「おぅ!」


 昨日は見習い初日にカウントされないらしい。

 まぁ確かにちょっと庭掃除はしたけれど、後はぶっ飛ばされて寝て起きてダラダラ話をしていただけだ。

 向こうに別れを惜しむロミオとジュリエットが見える。

 阿保だ。


「ねぇ、スオーはちゃんとお昼ご飯持った?」


「ん?お昼は街の外だろうから、携行の乾パンを持ってるよ」


「そ、そっか。父さんがお昼は安全な平原で摂るからって言ってたから、サンドイッチ作ったんだけど、スオーも要る?」


 リディアがもじもじと恥ずかしそうに上目遣いで見ながら、包みを差し出してくる。

 か、か、可愛い過ぎる!

 なんだ、これは! なんだこれは!


「い、要る! 要るよ! ィヒャッホーゥィ! あーっと、今のは無しで! うん。美味しそう。お昼が楽しみだよ」


 彼女の手作り弁当。

 あぁ、僕は今、青春をしている!


「ふふっ、何よ今の。でも、喜んでくれたみたいで良かった」


 朝からそんな最高の気分を味わいながら、俺達は阿呆共の引き剥がしに取り掛かった。




 それからは阿呆もとい、ロミオもとい、ラウエルから色々と指導を受けながら薬草採集に取り掛かり、待ち遠しいお昼休憩の時間となった。


「おい、なんでお前もリディアの手作りサンドを持ってるんだ」


「え?集合した時に目の前で受け取ってましたけど、見てませんでした?」


「あの時は父さん、壊れてたから……」


 ふははっ、貴様の娘はもはや僕の手篭めとなったのだ! 存分に悔しがるが良い!


 その後もラウエルは何かほざいていたが、無視だ。

 僕は今、リディアと恋人空間を生成するのに忙しい。


「もぐもぐ、うん、美味しい。リディアは料理得意なんだね」


「サ、サンドイッチくらい誰が作っても、お、美味しく出来るわよ」


「そうかな。ありがとうね」


 照れて真っ赤になったリディアがそっぽを向いてしまった。

 良い奥さんになれそうだね。とか言った方が良かっただろうか、いやさすがに親父臭いか。


 しかし、本当にリディアの作ってくれたサンドイッチは美味しかった。

 一つ一つ具材も違い、中には焼いてホットサンドになっているものもある。

 僕も今日は早起きしたつもりだったけど、リディアは一体何時からコレを作ってくれたんだろう。

 感動と感謝をしながら味わって食べていると幸せな時間はすぐに終わってしまった。

 だけど、これで午後からも頑張れそうだ。




 午後の薬草採集も順調に進み、そろそろ切り上げようかと思った時、異変が起こった。

 森から魔物が飛び出してきたのだ。

 この世界には存在しているとは聞いていたが、僕は初めて魔物を見た。


 [鑑定]しなくても分かる。

 あれはどんな冒険ファンタジーにも出てくるポピュラーな魔物、ゴブリンだ。

 するけどもっ!



[ゴブリン]

名前:無し


体力:150

魔力:10

攻撃力:45(+15)

魔法攻撃力:10

耐久力:25

魔法耐久力:20

俊敏性:80

正確性:20


装備:木の棍棒

スキル:無し



 飛び出してきた4体の魔物が俺達を守るべく立ちはだかるラウエルに飛び掛かる。


「父さんっっ!」


「大丈夫だ!もっと離れてろ!」


 ラウエルは流れるように慣れた動きで2体のゴブリンを蹴り飛ばし、残りの2体の攻撃もかわしてみせた。

 4対1では分が悪いかと思ったが、何のことはない。

 ラウエルはただの阿呆では無いらしい。


「まずは1匹」


「父さん、すごい」


 感心している間にも2体の追加攻撃の隙をうまく突き、1体を倒した。

 すごいぞラウエル、頑張れラウエル!

 銀級は伊達じゃない!


 ラウエルの危なげない対処に安心をしていたら、残りの3体のうち2体がラウエルの左右を迂回して僕達に向かってきた。

 まずい、あの状態で僕達を助けに動けば背後からやられる。


「させるかよっ」


 直後、ラウエルが自分が攻撃を受けることに何の躊躇も無く振り向き、背後からの一閃で2体のゴブリンを屠る。

 当然、ラウエルも背中に最後のゴブリンからの一撃をくらってしまった。

 くらいながらも、ラウエルの闘志は一切衰えず、ゴブリンに逆襲をしかける。

 傷は負ったが、きっとラウエルがなんとかしてくれる、そう安堵した時だった。


「ブルルゴゴゥゥゥ!」


「なっ、オークだと」


 森の中から新手の魔物が現れたのだ。

 ゴブリンよりも3倍は大きく、強そうな豚面の魔物だ。

 冷や汗を流しながら[鑑定]を発動させる。



[オーク]

名前:無し


体力:570

魔力:10

攻撃力:110(+45)

魔法攻撃力:10

耐久力:105

魔法耐久力:65

俊敏性:80

正確性:40


装備:鉄の剣(破損)

スキル:攻撃力上昇(小)



 これはまずいか……

 これ以上僕達が足手纏いになってはいけないとリディアの手を握って数歩距離を取った。

 その時ーー


 バキバキバキバキザザザザッッ


「「「ブルルゴゴゥゥゥ!」」」


 ラウエルからはかなり距離のある僕達の横手の森から3体のオークが叫びながら飛び出してきた。

 他には目もくれず、オーク達は涎を撒き散らしながら、我先にと僕達に走り出す。


「逃げろぉぉぉ!」


 最初のオークの叩きつけるような一撃を剣で受け止めながらラウエルが叫ぶ。

 ラウエルは足止めを食らっている上に、どう考えても間に合わない。

 一刻も早くこの場から逃げなければならない。

 ならないのに僕の両脚はガタガタ震えるばかりで一歩も動かない。

 動け動け動けっ!

 時間が引き延ばされたような感覚とスローモーションに感じる視界の中で、横から僕の前に一歩少女が進み出た。


「リディアっ!」


 ハッと急に我に返った感覚と同時に身体が自由を取り戻した。

 その時にはオークはもうリディアの目の前だった。


「ファイアボール!」


 リディアが前に翳した手の平が赤く光ったかと思うと

 ドォォォォォン!

 と爆発音がして、後ろに吹き飛んだリディアの背中が僕の腕の中に収まる。

 なんとかキャッチするつもりが、リディアの衝撃は思ったよりはるかに強く、踏ん張る暇もなく2人一緒に後ろに吹き飛んだ。

 ゴロゴロと転がりながら勢いを殺し、急いで立ち上がる。


 巻き上げられた土埃の向こうでも同様に起き上がる3体のオークが見えた。

 一番衝撃が少なかったのだろう左のオークはもう既に突進の姿勢を取っている。



[オーク]

名前:無し


体力:535

魔力:10

攻撃力:110(+45)

魔法攻撃力:10

耐久力:105

魔法耐久力:65

俊敏性:80

正確性:40



 急いで[鑑定]でどれだけダメージを与えたかを確認するも、その結果は絶望を促すだけだった。

 更に遠くなってしまったラウエルを見るも未だオークに釘付けにされており、必死で逃げろと叫んでいる。

 やはり逃げるしかない、とリディアを探す。


 首を回すと、リディアはすぐ横で座り込んでいた。

 その顔は蒼白で立ち上がることも出来ずに頽れていた。

 これは……恐怖じゃない、当然リディアだって怖いはずだけれど、僕自身も転生初日に味わった魔力切れの症状だ。


「ごめん、スオー……、いいから、私はいいから逃げて」


 声を出すだけでも大変だろうにリディアが喉から絞り出す。


 先頭のオークが走り出した。

 軽く胸元が焦げているもう1体も獲物は俺の物だと続けて走り出した。

 最後の1体も遅れるかと勢いを上げる。


 やってやる。

 やるしかない。

 僕が、僕の為に。

 お前らなんかに僕の血も肉も、僕の大切なリディアも奪わせはしない!

 身体の内側から憎悪にも似た濁流が湧き上がってくる。


「かかって!こいやぁぁぁ!」


 自分を奮い立たせるように声を張り上げ、右手に魔力を集中させていく。


 瞬く間にオーク達は距離を詰め、一塊となって目の前まで突進してきた。

 オークの振り上げたボロボロの剣はあと3歩もあれば僕に届く。

 充分だ!

 視線はオークに向けたまま、傅くようにしゃがみ込み、地面に手を当てた。


 [変形][圧縮]!!


 スキルを2つ同時に発動させる。

 ズゥーーーっと、一気に魔力が引き出される感覚。

 次いで、手の平と前方のオーク達の足元の地面が一瞬光を放った。


 そして、涎を撒き散らしながら突進していたオークは3体まとめて視界から消えた。


「え?」


 まだだ。

 何が起きたか理解出来ていないリディアをそのままに、僕は回り込むようにラウエルの方に走り出す。


 ラウエルは未だにガツンガツンと杭を打ち込むようなオークの剣撃を必死に耐えている。

 足元には巻き添えを食ったのかぐちゃぐちゃになった最後のゴブリンが転がっている。


 走りがけに地面から土を[変形][圧縮]させ、投擲用の短槍を作り出す。


「ラウエルさんっ!」


 声を掛けて、ラウエルより1.5倍は大きい的に向かって槍を放り投げる。

 圧し潰すような攻撃でラウエルを行動不能にしていたオークの注意が一瞬こちらに向き、あっさりと短槍を打ち払った。

 しかし、その一瞬にラウエルはオークの下を抜け出し距離を取る。


「すまん!リディアは?」


「無事です。こっちへ全力で走って下さい」


 ラウエルも状況は理解出来てはいないだろうが、流石はベテランの冒険者だ。

 一瞬で判断し、オークに背を向ける事も厭わず走り出した。


 当然オークはその無防備な背中を狙って後を追う。

 いくら背中に傷を受けているといっても、ラウエルとオークには俊敏性に倍以上の差がある。

 ラウエルが僕の横に辿り着いた時にはオークとの間には5m程の間が空いていた。


 僕は先程と同じように地面に手をつき、オークの足元を含む3×3mくらいの地面を光らせた。

 またしてもオークが視界から消え去った。



   △   ▼   △   ▼



「なぁ、何をどうやったらこんなことになるんだ?」


 あの後、僕とラウエルはリディアの無事を確認し、休ませてやりながら、ラウレルの手持ちの回復薬で治療をしていた。

 治療といっても、ポーションを一気飲みして、背中にグレナさん製の傷薬を塗り込むだけの簡単なものではあるけれど。

 僕は半裸になったラウエルの背中に傷薬を塗り込んでやりながら、どう答えるか考える。


「えーっと、まぁ僕のちょっと特殊なスキルの効果、ですかね」


「いや、お前のスキルは[鑑定]だろうが。それにグレナさんの仕事を手伝えるスキルもあるんだろ。その上、これはどう考えてもおかしいだろ」


 そう言って、僕達の横に広がる穴を見下ろした。

 8m四方の土地に深さ5mくらいの穴が開いており、穴の底には鋭く尖った土の棘が無数に生えていた。

 その棘達はオーク達の身体のあちこちをぐちゃぐちゃに貫通し、その先端をぬらりと光らせていた。

 かなりスプラッタな状態だ。


「うーん、僕は説明しちゃっても良いんですけど、先日、あまりあちこちで言って回るなって怒られたばっかりでして……」


「まぁ、そうだろうな。スキルの複数持ちは珍しい。それに、この威力は金級の土魔法使いでもやれる芸当じゃない。知られりゃあちこちから面倒な勧誘が殺到するだろう」


「はぁ」


「だがまぁ、見ちまったもんは仕方がないだろ。流石にまた魔物が出てくるかもしれない中ゆっくり聞く話じゃないんだろうが、戻ったら聞かせてもらうぞ?」


「まぁ、ラウエルさんとアリアさんくらいなら良いんじゃないかな、と思います」


「よし。っと、すまんな。薬はそれくらいで充分だ」


 ラウエルが装備を再度整える。


「で、コレ、戻せるのか? こんな穴放っておいたら人死にが出るぞ。それに、オークを仕留めたんだ。魔石を持って帰ればかなりの報酬も出るし、後日、解体班が肉とか皮も取りに来てくれる」


「ちょっと今は僕もまだ魔力が不十分なんで、リディアが歩けるようになる頃には穴を埋めて、オークを転がすくらいは出来ると思います」


「そうか、分かった。」


 ラウエルはそう言って立ち上がった。


「すまなかったな。守るはずが、守られちまった。俺はまた、目の前で大切なものを失うところだった……」


 呪いの話の時に出ていた昔の仲間を思い出しているんだろうか、その目に後悔、悲しみ、無力感、そんなものが内混ぜになったような色が見えたが、それも一瞬、キッと冒険者らしい引き締まった顔に戻ったラウレルが森の方を睨み付けながら言う。


「礼は戻ってからさせてくれ。さっきは不覚を取った。もうしくじらない。警戒は俺がしておくから、お前達は休め」


 なるほど、確かに仕事には誠実らしい。

 内心、ラウエルの評価を上げてやり、リディアと背中を預けあって座り込み、緊張の糸を解いた。

 



 その後、無事街に辿り着いた僕達は冒険者ギルドに仕事の報告を済ませ、皆でグレナさんとアリアさんが作ってくれていた夕飯を食べた。


 その席では何度も何度もラウエル一家から感謝され、オークの魔石の報酬だけでも受け取ってくれと寄越してきたが、僕は断固拒否した。


 今はお金にはそれほど不自由していない。

 そんなことより、ラウエルにはこれでもかと貸しを作っておきたい。

 今後も事あるごとに恩を被せまくってやろうと思っている。


 もちろん貸しを取立てる時は決まっている。

 リディアを頂く時だ。


 ぐふふと悪い顔をしているとリディアから気持ち悪がられた。


 いつの間にか感謝会だった晩餐が詰問会に変わっていた。

 隠す気も無いので構わないが、僕のスキルについて洗いざらい聞き出された。

 2夜連続の夜中までの会議は前世を思い出させられてかなり疲れた。




「今日は昼まで休んでいいとは言ったけど、本当に昼まで寝てるヤツがあるかい!」


 グレナさんが僕の毛布を剥ぎ取って叩き起こした。


「うーん、おはようございます」


「あぁ、おはよう。起きたなら早めに準備して隣に行ってやりな。さっきリディアが来て呼んでたよ。」


「え? リディアが? すぐに行きます」


 一気に覚醒した頭と体を動かして、手早く準備をする。


 今日は特に何の用事も無かったはずだ。

 きっとデートのお誘いに違いない。

 体が勝手にルンルンと動いてしまう。


 そういえば、こんなにゆっくり眠れたのは一体何年ぶりだろう。

 この世界に来れて良かった。

 神に感謝した。

 あんまり覚えていない女神だけど。




「おはよー。リディアー」


 玄関からリディアを呼ぶ。

 携帯電話の無い時代の子供みたいだな。

 

 すぐにドアが開いて、リディアが出てきた。


「おはよう。スオー。ごめんね、まだ寝てたのに」


「いや、寝坊しちゃっただけだよ。大丈夫」


「えっと、今日はね、私の冒険者の装備を買いに行くんだけど、スオーも一緒にどうかなって」


 おぉ!リディアと2人で買い物! まさにデートじゃないか!

 期待はしても実際にはそんな事にはならないだろうと思っていたら、本当にデートだった。


「い、行く! もちろん行くよ!」


「ふふっ、そう言ってくれると思った」


 リディアがニッコリ笑った。

 やっぱり笑顔が1番可愛いんじゃゃゃぁぁい!

 心の中のプチスオーが快哉(かいさい)を叫ぶ。

 直後、聞きたくない声が聞こえた。


「俺達も行くからな」


 家からラウエルとアリアも出てきて、戸締りをした。


「え゛ぇ」


「そんなあからさまに嫌そうな声出すなよ。お前が金を受け取らないからだろうが」


「意味が分からないんですけど」


 さっさと消えろよ、お邪魔虫が、と身体全部で示しながらラウエルを睨む。

 そこに戸締りを終えたアリアが加わり説明をしてくれる。


「ふふっ、2人とも仲良しね。スオー君が昨日、護衛任務の中での報酬だからラウエルが受け取るべきだって譲ってくれないから、せめてこれからの為にスオー君の装備を揃えてあげようってことになったのよ」


 アリアの言葉に気になった点は2点だ。

 その「2人」はラウエルと僕じゃなくて、リディアと僕のことだよな、というのが1点。

 「これからの為」のこれからって何の事だというのがもう1点だ。

 あえて前者は有耶無耶にしておこう。


「これから?」


「そう、これから先、私達はリディアを一人前の冒険者に育てていくつもりだけど、もちろんスオー君も一緒に冒険者になってリディアを守ってくれるのよね?」


「ぇあ?」


 変な声が出た。

 何がもちろんで、何で僕が冒険者になる事になってるんだ?


「昨日、そんな話しましたっけ?」


「してないけど、とっても強いんだもの。私達の大事な娘、守ってくれるのよね?」


 頭の中で疑問符達が阿波踊りを踊っている。

 ラウエルも頭の中が残念だけど、こっちもやっぱり相当ブッ飛んでるらしい。

 話にならないとリディアの方を見る。


 リディアは恥ずかしそうにもじもじしながら、頬を染めている。


「えっと、父さんと母さんがごめんね。でも、私もスオーが一緒だと心強いなって」


 照れてるリディアが最高なんじゃゃゃゃぁぁぁぁあーい!

 心の中のミドルスオーが疑問符達を踏み潰しながら走り回る。


「僕がリディアを守るよ!」


 口から勝手に飛び出した。

 続けて一生幸せにするから!が喉まで出かったところで背後にプレッシャーを感じて振り返った。

 ……グレナさんが見ている。

 弟子になるなんて言った覚えもないんだけどなぁ……


「あ、う、でも、グレナさんのところの仕事もあるから……」


「そっか……そうだよね。私も父さん達にそう言ったんだけどね」


 リディアの顔が曇る。


「おい、スオー、リディアを悲しませるんじゃねぇよ」


「父さん!」


 無茶なプレッシャーを掛けてくるラウエルをリディアが諫める。

 続いてアリアも仲裁に入ってくれる。


「ラウエル。そんな脅しみたいなことしないの。スオー君にだって事情があるんだから。きっとスオー君ならなんとか両立してくれるわ」


 仲裁じゃなかった。


「それで、スオー君の分の冒険者装備をお礼じゃなくて、リディアの護衛の為の支度としてなら受け取ってもらえるかなって思ったの」


 この世界でも職業選択に僕の意志は関係ないらしい。




 その後、ウチの娘泣かすなやのラウレルと、もちろんやってくれるわよねのアリア、加えて、喜びと悲しみ百面相のリディアに抵抗のしようもなく、僕は冒険者装備一式を買い与えられた。


 僕はこれから薬師の弟子兼、冒険者見習い兼、リディアの護衛になるらしい。

 働かずに生きる?なんだっけそれ。




 買い物が終わって、1人で海に向かって黄昏(たそが)れていた僕にリディアが話しかけてきた。


「あ、いたいた。隣いいかな?」


「うん」


 少し横にずれると、リディアが横に座った。


「父さんも母さんも、私もだけど、無理矢理押し付けちゃってごめんね。なんか、私っていっつもスオーに謝ることばっかりしちゃってるね。ごめんね」


「いや、全部僕が好きでやってる事だよ」


「初めて会った時もこうやって海を見ながら、私を励ましてくれたよね」


「励ましたって言うか、夢を語った、かな。ははは」


「そうだったね。本当はスオーは働きたくないんだったよね」


「まぁ、そう上手くはいかないさ」


「そんなお人好しだから面倒事を押し付けられちゃうのよ」


「そうだね、分かっちゃいるんだけどなぁ」


「でも、そんなスオーだから私は……」


 ゴクリと喉が鳴った。

 リディアを見つめる。


「あはは、スオー、また顔が気持ち悪いよ」


「ぐっ、そんなはずはっ」


「ふふふ、せめて何かスオーのお願いでも聞いてあげられたらいいんだけど……何かある?」


 ーーーー君が欲しい。ーーーー

 この言葉は今じゃない。

 そう思って飲み込んだ。


「そうだなぁ、確かこの街に来る前、一番最初に願った事、まだ叶えてなかったな」


「なに?」


「他人の金で飯が食いたい」


「そんなことで良いの?」


「うん」


「分かった。私が叶えてあげる」


 そう言って、立ち上がり、お尻をパンパンとはたいた。


「さっ、帰ろ。今日の夕飯当番は私なの。出来たら呼びに行くから、待ってて」


 2人で一緒に家に帰った。

 帰り道はフワフワ夢を見ているような感じでよく覚えていない。




 グレナさんから指導を受けながら昨日採ってきた薬草の精製作業をしているとリディアがご飯だよーと呼びに来て、隣の家の大きいテーブルを5人で囲んだ。


 メインが魚の塩焼き、あとは肉と根菜を煮込んだスープと、サラダとパン、特に気取った所もないこの世界での普通の家庭料理だった。


 ラウエル達がグレナさんに僕をリディアの護衛兼見習い冒険者にしたいことを話し、了承を得ていた。


 リディアが今日の買い物中の楽しかった事をグレナさんに話し、グレナさんが楽しそうに笑っていた。


 ラウエルとアリアが呪い対策の進捗を話しながらやっぱり我慢できずに手を繋いでしまい、皆で怒って笑った。


 俺はずっと言葉少なにリディアの作ってくれたご飯を食べていた。


 美味しい。


 いつの間にか目から涙が溢れていた。

 なんなんだろう。

 この気持ちは。

 

 リディア達が慌てて心配してくれていたけれど、ちゃんと笑顔を返せたと思う。

 涙が止まる気配は無かったけれど。



 こっちの世界に来てから、色んな人に優しくしてもらったし、お世話になった。

 でも皆、形だけでも労働の対価という建前にして僕の面倒を見てくれていた。

 でも、このご飯は違う。

 リディアが僕の為に、僕のタダ飯が食いたいなんて下らない夢の為に施してくれたものだ。

 俺の夢は叶った。

 心が満たされた。

 でも……


 働かずに生きていきたいという気持ちに変わりはない。

 だけど、最初に考えていたようにニートやヒモみたいな誰かに寄生するような、他人の善意につけ込むようなやり方はきっと必要ない。

 もっと別のやり方で俺の夢を叶える方法を探そう。


 そう思った。


 ここまで読んで頂きまして、ありがとうございます。

 お楽しみ頂けたでしょうか。

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 次話もご期待下さい。

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