表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/59

11話 異世界転生者・7日目

久々の主人公パート

振り返り回です。

飛ばして次話でもストーリー的には問題ありません。

 俺の名前は周防識(スオウ シラベ)

 異世界転生者だ。

 どうやら、転移ではなく、転生らしい。

 昔読んだ小説によると、元の人間のまま異世界にやって来たら転移で、元の人間が死んで別人として異世界に来たら転生らしい。


 元の世界での最後はよく分からないが、おそらく過労で倒れただけか、そのまま死んだか、まぁ、なんとなく死んでしまったんだろうなと感じている。

 色々と未練はあるが、死んでしまったものはグチグチ言っても仕方がないので、諦めることにした。


 こっちに来て最初は多少若返ったものの、俺は俺のままで転移して来たんだと思っていた。

 だけど、ある時、川の水に映る自分を見た時にそこに映っていたのが子供の頃の俺では無かった。

 その時に急にあぁ、元の世界の自分は死んでしまったんだなぁと感じて、心の中の元の世界でやり残した事や、帰りたいという想いは不思議とすーっと消えていった。


 水に映る新しい自分は自分で言うのもなんだが、かなりの美少年だと思う。

 いける。これならいける。

 死に際に思った「働かずに生きる」という目標に少なからず手応えを感じたのだった。




 転生して来てすぐ、新しく手に入れたスキルの確認をしていたら、危うく死にかけた。

 とても親切な行商人のタータスさんに拾ってもらえた事でなんとか命拾いをした。

 死んで、目覚めて、一日経たずにまた死ぬところだった。

 タータスさんにはいくら感謝をしてもしきれない。


 その礼も兼ねて数日だが、精一杯タータスさんの仕事を手伝った。

 村を1つ経由して、港湾都市メイルシュッツという人口1万人くらいの街に着き、タータスさんとは別れた。

 感謝はしているが、今世では「働かずに生きる」と決めているので、いつまでも商人であるタータスさんの元で労働に従事し続けるわけにはいかないのだ。


 当座の生活費稼ぎを兼ねて、最後のご奉公と思ってタータスさんの仕事を手伝いながら、ニートコースやヒモコース、はたまた仙人コースやロボットメイドコース等々、「働かずに生きる」計画の具体的プランを考えていると、とある少女に出会った。


 金色が混ざっているのか少し輝いているブラウンの髪に透き通るような白い肌、元は垂れ目なんだろう薄茶色の目を不機嫌に吊り上げた美少女だった。

 素直に可愛いと思った。


 同時に中身は25歳のいい歳をした男が15歳前後にしか見えないこんな子供に何を考えているんだと内心焦った。

 焦ってはいたが、気持ちは正直だった。

 不機嫌から怒り、怒りから悲しみ、悲しみから安心と、なんだかよく分からないうちにコロコロと表情を変えていくこの少女に俺は惹かれていた。


 精神は肉体に宿るという言葉がある。

 今、俺の体は15歳らしい。

 もう元の自分は死んだということも認めている以上、元の年齢が25歳だとしても、俺の今の精神年齢は15歳なんじゃなかろうか。


 精神が肉体に引かれたのだ。

 俺は元々ロリコンの趣味は無い。

 まぁ、この際、ロリコンと言われても構わないか。

 指摘できる奴もいないしな。

 色々言い訳をしてみる。


 その後、なぜかその美少女に無視をされたものの、せっかく美少年に生まれ変わったんだ、元の自分ならまだしも今の俺ならいけるはずだと色々と声を掛けた。

 どうやら彼女も満更ではないらしい。

 ここは押して押して押す場面だ。

 そう確信した俺は口説きに口説きまくった。

 ちなみに前世では本当にナンパどころか、自分から告白をしたことすら無い。

 あまり恋愛には興味が無かったのだ。


 やはり、意識は繋がっているものの、前世の俺と、今の僕は別人なのかもしれないなと考えた。

 そんな事を思いながらも、かつてテレビで見たチャラ男のマネや、ドラマや映画に出てくる端役の気障男、雑誌で読んだ『女子なら一度は言われてみたい言葉100選』、知識を総動員してナンパを続けた。


 だんだん彼女の表情が(ゆる)み、楽しそうにしているのが見えてきた。

 そうか。

 何の意味も無い言葉でも、こうやって掛け続けられる事自体が嬉しいんだ。


 昔、何かの雑誌でナンパは数だ、と読んだ気がする。

 なるほど、これがナンパかぁ。 

 そんな境地に達してからは僕も楽しくなってきて、周りからの目線も恥ずかしさも気にならなくなって、本当にこの子に振り向いてほしいと願いながら声を掛け続けた。




 結果、彼女は振り向いてくれた。

 名前はリディアというらしい。

 可憐だ。

 別に恋人になったとかそんな話では無かったけれど、言葉を返して話をしてくれる、それだけで素直に嬉しかった。


 どうやら彼女は自分の進路のことで悩んでいたらしい。

 大したアドバイスもしてあげられなかったけれど、彼女には気に入ってもらえたらしい。

 良かった。


 と、思っていたら、彼女の家に無理矢理連れ込まれた。

 せ、積極的!

 この世界はそういうのアリっすか!

 アリよりのアリっすか!

 とか思っていたら、彼女の保護者らしい人が出てきて却下された。

 ですよねー。

 あわよくば、この子に養ってもらってヒモコースでいけるか⁉︎と思ったけれど、現実はそんなに甘くはないらしい。


 でも、僕は何故か、この保護者ーーグレナさんのお家に住む事になったらしい。

 何故だろう? 分からない。

 彼女の家は隣らしいし、居候させてくれると言うなら目標のニートコースだ、まぁいいだろう。




 その後、謎の少年である僕の事を根掘り葉掘り聞かれる事になった。

 別に異世界から来たことを話しても良かったんだけど、信じてもらえる気がしなかったので、記憶喪失ということにして乗り切った。まぁ、元の世界とこっちの世界に来る間に何かあった気がするけど、思い出せないから、嘘は言っていない。

 別にリディアに本当は10歳も歳上だということがバレたくなかったわけではない。

 断じてない。




 無理矢理な記憶喪失設定のせいで弊害が出た。

 この世界ではどうやら自分のスキルを判別させる儀式を受けなきゃいけないらしい。

 まずい。


 まだこの世界に来て数日だけど、それでも自分のスキルが異常なのは理解していた。

 皆がわざわざそんな大それた儀式までして自分のスキルを判別させているという話なのに、そもそも僕の1つ目のスキル[鑑定]はちょっと念じてやるだけで、そこらを歩いている人のスキルも年齢もなんならスリーサイズだって分かる。

 個人情報? 何それ状態だ。

 そんなスキルを持っているということをバラしに行こうと誘われたのだ。

 まずい。


 あの手この手で、ご遠慮願った。

 だけど、このグレナさんにはどうにも勝てる気がしない。


「子供が一丁前に遠慮なんてするもんじゃないよ」


 だそうだ。

 僕は神妙にお縄についた。

 そしてバレた。




 連れて行かれた先で使わせられた個人情報オープンの宝玉とやらは、しっかりと僕の個人情報を晒してくれた。



[錬金術師]

鑑定・精製・成形・圧縮・付与



 だそうだ。

 知ってた。

 開き直った僕は腹いせに、この宝玉なんて僕の鑑定の劣化版だよねとか、態々(わざわざ)こんな儀式偉そうにやってるのにスキルの増やし方も知らないの? 馬っ鹿じゃないの? 的な事を子供っぽくかつ、なるべくオブラートに包んで捲し立てた。


 なんか怒られた。

 結構マジで怒られた。

 大丈夫大丈夫。

 元々、自分の個人情報をペラペラ喋る気なんて無いし、無理矢理オープンさせたのはそっちやろがいと。

 そんな感じでにっこりキレ返しておいた。

 まぁ、思ってたほどバレた内容は多くなかったので、問題は無いと思う。

 ちなみに週1でお祈りに行く約束もさせられたけど、全ブッチ予定だ。

 面倒くさい、好きにしろ。



   △   ▼   △   ▼



 ちなみにこれらのスキルだけど、使いまくるとスキルLvが上がる。

 スキルLv10まで上げれば、次のスキルが派生する。

 たった数日で僕は5つ目までスキルを派生させていた。

 この世界の人達の標準は1つか2つ、スキルは増やせないと信じているらしい。

 本当に馬っ鹿じゃないの? と思う。


 もっとも、馬鹿にしている僕も5つ目の[付与]の使い方が分からなくて、スキルLvを上げられていないので、あまり人の事は言えないかもしれないが。

 [付与]のスキルは魔術師の中に使える人が居るらしいということを教えてもらえたのが今回の収穫だろうか。

 別に急いではいないけれど、どこかのタイミングで教えてもらいたいと思う。


 せっかくなので、ここらで僕のスキルを一通り解説しておこうと思う。




 [鑑定]は文字通り様々なものの情報を詳らかにするスキルだ。

 僕の嗜好にガッチリハマったスキルだったせいもあって現在ではLv43になっている。


 このLvまで来れば、物に使えば、構成要素のかなり細かいところまで分かるし、一般的な使われ方の解説まで付いている。

 人に使えば、基礎ステータスやスキルはもちろんその人の赤裸々な部分まで分かる。

 分かるとはいえ、晒し上げるようなものでもないので、ここで紹介する気は無いが、最近、晒してやっても良いかと思える人物が現れたので、参考に晒しておく。



名前:ラウエル

種族:人族

年齢:34

レベル:38

身長:182.3cm

体重:84.8kg

胸囲・腹囲・腰囲:87.1・79.8・81.1

髪色・瞳色:ゴールドブラウン・カーマインレッド

家族構成:(アリア)(リディア)

所属:アーツクライク王国冒険者ギルドメイルシュッツ支部 銀級冒険者

特記:[混魂の呪い](アリア)


体力:385

魔力:10

攻撃力:183+130

魔法攻撃力:10

耐久力:102+(60、50、50、90)

魔法耐久力:56+(0+0+0+15)

俊敏性:211

正確性:81


適正:剣士

スキル:基礎能力向上A(攻撃力、耐久力、俊敏性)Lv21、壁走りLv1


装備:+3鋼の剣、+1硬革の軽鎧、硬革の籠手、硬革のライトブーツ、+1亜竜鱗の帽子

所持アイテム:体力ポーション2本、傷薬2個、鉄のナイフ

装着品:麻のシャツ、麻のパンツ、布の下着、布の靴下、銀の指輪(アリア)、ミサンガ

携行品:革のリュックサック、ランチパック、布の袋2枚、布の下着(アリア)、綿のタオル、水袋、銀貨10枚、銅貨10枚



 こんな感じだ。

 [壁走り]とかいう面白そうな2つ目のスキルについて教えてやる気は無いが、なぜか携行している女性ものの下着についてはそのうち教えてやろうと思っている。


 どうもLvが上がるほど必要経験値のようなものが増えるようで、だんだんと使っても使ってもLvが上がらなくなり、40を超えた辺りからはほとんど上がらなくなってきた。

 それでも四六時中手辺り次第に使用している。


 もちろんそこら中に知らないものがある世界で知りたい事がいくらでもあるというのが理由の一つではあるのだけれど、[鑑定]は消費魔力は0のくせにカテゴリー的には魔法に分類されるらしく、使えば使うほどスキルLvだけでなく、魔力も成長していっているのだ。


 他の[精製]、[成形]、[圧縮]は普通に魔力を消費する。


 グレナさんに聞いたところ、魔法系スキルを使い続けていると一日に使える限界が増えていくと言っていたので、本来は日々、魔力を消費して魔法系スキルを使用し、徐々に自分の魔力を成長させていくものなのだろう。


 さすが、異世界転生モノの王道スキル[鑑定]様はチートだな。

 そういうわけでいつでもどこでも、頭の中をデータがバラバラバラバラと飛び交うのを無視しながら、手当たり次第に[鑑定]を同時複数起動させている。

 おかげで今の僕のステータスは……



体力:11

魔力:12,154

攻撃力:10

魔法攻撃力:10

耐久力:10

魔法耐久力:10

俊敏性:17

正確性:14


 こんな(いびつ)な事になってしまっている。

 まぁ、スキルを見るだけでもわざわざ儀式にしているくらいだから、ステータスまで見られることはそうそう無いだろう。




 [精製]は対象物を分解、分離するスキルだ。

 現在のスキルLvは11だ。

 生物を対象にはできない。


 分解する段階はスキルLvを調整することで変える事が出来るけれど、バラバラにし過ぎても[精製]した瞬間に霧散してしまうので、実用的にはLv5もあれば充分だと思う。


 薬師であるグレナさんも同じスキルを持っているらしく、薬草を集めて[精製]で薬効成分だけを抽出するのだそうだ。

 漢方薬みたいなものだろうか?


 グレナさんからは薬効成分や、重宝される薬、他の成分と混ざらない様に薬に仕上げる方法、薬草の採集や栽培について等々、学べる事は多い。


 [精製]スキルについて詳しい人に出逢えた事は僥倖(ぎょうこう)だった。

 けれど、ただの居候のはずが、何故かそのまま弟子になることになってしまった。

 何故だろう? わからない。

 やっぱりタダで居候なんて甘い話は無いらしい。




 [成形]は字のまま、ものの形を変えるスキルだ。

 現在のスキルLvは10。

 [精製]と同じく、生物は対象に出来ない。


 魔力を対象物に流し込む事でグニャグニャと好きな形に変形させて、その形で固定する事が出来る。


 対象が大きくて硬いもの程、変形させるのに魔力が必要になる。

 魔力1000くらい放り込めば、土なら6畳間くらいの体積を好きに弄れる。

 それが木材になると大型の冷蔵庫くらいになり、鉄になるとサッカーボールくらいしか難しい。


 これはチート魔力な僕だからこそ出来る検証で、並の魔力ではこのスキルでタンスや鉄製の剣を作るなんてことは出来ないと思う。

 ここまでに見かけた人の中に魔力が1,000を超えている人は居なかった。

 職人や美術関係で使われるスキルだと聞いたが、家具や創作物にちょっとデザインを付ける程度の使い方なんだろうと思う。


 人目に付かないように[成形]してみてはまた元に戻すと、コソコソ検証するのは大変だったが、他にもいくつか分かった事があった。


 魔力を流し込む必要がある以上、直接、或いは間接的に対象物に触れる必要があり、物にはそれぞれ魔力抵抗のようなものがある。

 大抵の物は先に言った硬さに比例するんだけれど、中にはやたらと抵抗の無いスルスルと魔力が通る物もあった。

 [鑑定]の結果から考えると、魔力含有量が多いもの程、魔力を通しやすいようだ。

 今まで触れた中で一番通りが良かったのはミスリルの原石だ。


 いくらチート魔力があっても、魔物の存在するこの世界では僕は無力な存在なので、いざという時のためにこのスキルでなんとか護身程度で構わないので戦いに応用出来ないかと試行錯誤しているところだ。




 [圧縮]もまた字のまま、対象物を圧し固めて小さくするスキルだ。

 これもスキルLvはまだ10。

 同じく対象は非生物のみ。


 使い方は[成形]とほぼ同じで、魔力を流してギュッと圧し固める事が出来る。

 大量に一気に魔力を流し込む事で対象をより小さく圧し込める事が出来るけれど、[成形]よりもかなり燃費が悪い。


 魔力1,000単位で言えば、土ならさっきの6畳間を4畳間まで固めるくらい。

 木材なら大型冷蔵庫から製氷室を抜いた大きさにするくらい、鉄になるとサッカーボールを1週間遊びに使ってちょっと空気が抜けたかな?くらいの圧縮度だ。


 もちろんもっと大量に魔力を流し込めば、どうにかはなるけれど、実用性は低そうだ。

 固めに固めた超高硬度金属の武器防具を作る事も考えたけれど、重過ぎて使い物にならないだろう。

 せいぜい表面を硬めにするくらいかな。



 最後の[付与]はまだどう使うのか分からない。

 当然スキルLvは1だ。


 おそらく何かに何かを付与するんだろうけど、名前的にもこれまでの4つよりも魔法的な使い方の気がするし、[付与]スキルを使うのは魔術師だということも聞いている。

 魔法の無い世界から来た僕に使い方が思い浮かばなくても仕方がないのかもしれない。



   △   ▼   △   ▼



 何故かはわからないが、知らない間に一目惚れした女の子とお隣さんになって、居候先のおば……お姉さんの弟子になった翌日の事だった。


「スオー、そっちのはもう良いからこっちへおいで」


 弟子として粛々とグレナさんの指示通り庭の薬草の世話をしていたら、玄関から声が掛かった。

 そういえば、今日はリディアが帰ってくるご両親を紹介すると言ってくれていたから、その件だろう。

 ここはキッチリと挨拶をせねばなるまい。


 急いで手を洗って、土汚れを確認し、玄関へ向かった。

 そこには濃藍色の髪色以外はリディアによく似た美人の女性と、リディアと同じ髪色だが、一見ヤクザかと見紛う目付きの悪い男が手を繋いで立っていた。

 鑑定の結果もリディアのご両親で間違い無さそうなので、さっそく出来るだけ爽やか好青年をイメージした笑顔で挨拶をすることにした。


「こんにちは。リディアのご両親ですね。スオーと言います。リディアには先日ーー」


 挨拶中にも男の目つきがますます悪くなり……


「歯ぁ! 食いしばれやぁ!!!!」


 そう言って、男が拳を振りかぶった。




 気が付くと僕は一昨日、グレナさんが準備してくれた部屋のベッドに寝ていた。

 はて、昨日の記憶が無いな? と思っているとーー


「スオー、大丈夫?」


 声の方に顔を向けると、そこには半分泣きそうな顔でこっちを見つめるリディアが居た。

 なんだか分からないけれど、チャンスな気がして、優しく微笑んでリディアの髪を撫でた。


「ごめんね。グスッ、父さんがあんな怖い事するなんて、私思いもよらなくて。なんであんな事……」


 あぁ、そうだ。

 思い出してきた。

 リディアの父親に突然殴られたんだった。

 確か、リディアの両親は冒険者だ。

 さっき見たステータスでは攻撃力が180とかそこらあったはずだ。

 そんなやつが15歳の僕をいきなりぶん殴りやがったのだ。

 こちとら体力11の、耐久力なんて初期値の10やぞと。

 よく死ななかったものだ。

 怒りが沸々と湧き上がってくる。


 幸い、今は痛みは無い。

 リディアが治療をしてくれたのだろう。


 昨晩、グレナさんに教わりながら回復薬であるポーションを作っておいたはずだ。

 街でも最高の薬師と言われているらしいグレナさんをもってして至高の一品と言わしめたスオー印のポーションを使ってくれたのだろう。


 何の事は無い。

 僕には[鑑定]でグレナさんより正確に薬効成分が認識出来るので、不純物を取り除き、溶媒である水に溶かしてからも更に圧縮で濃度を高めてあるのだ。

 おかげで材料は3倍必要となるが。


 まぁ、それは今回は置いておこう。

 問題はなんでいきなり僕が初対面の男に全力で殴られなければいけないのか、ということだ。


「えーと、リディア、僕はもう大丈夫だよ。リディアが治療してくれたんだろう? おかげでもうどこも痛くないよ」


 リディアがうるうるの目で申し訳なさそうに僕を見つめる。

 うぅ、可愛い。

 じゃなくて。


「ところで、あのお父さんはいつもあんな感じなのかな?」


「そんな事ない! そんな事ないの。なんで急にこんな事したのか分からないけど、母さんともいつも仲良しで、私にもすごく優しいし、外でも乱暴なことをしてるのなんか見た事ないもの」


 一生懸命にリディアが弁解する。


「うーん、じゃあ、昨日の晩とかに何か変な事でもあったかな?」


「えぇっと、あー、スオーと会ったあの時のナンパの話を何処かで聞いたみたいな事を言ってたと思う。ごめん、ちゃんと違うって説明したと思うんだけど、私のせいかも……」


 リディアの垂れ目がますます垂れ下がる。

 この表情もまた良し。

 リディアの垂れ切った目を見つめながら考える。

 なるほど、愛娘溺愛系か、昭和の親父系かどっちにしても、殴られた理由はお前のようなヤツに俺の娘はやらん、と、つまりはそういう事だろう。


「なるほど。っと、もう動けそうだし、下に降りようか。グレナさんを待たせてるだろうし、流石に2発目は無いだろ。ははは」


 軽く笑いながら立ち上がる。


「うん、今度はちゃんと私が止めるから」


 そう言ってリディアも後から続いた。




 下に降りた時には既にグレナさんにコッテリ搾られた後のようで、リディアの父親ーーラウレルはすっかり萎縮してしまっていた。

 別に誤解でも無かったんだが、誤解を解いてくれていたようで、昔の青春ドラマのようにお前も俺を殴れと言ってきた。


 はぁーーっとクソデカ溜息が出そうになるのをすんでのところで飲み込んだ。

 転生したてで攻撃力10の僕がお前のような肉体系冒険者を殴ったところでおあいこになるとでも思ってるんだろうか、このスカスカ頭は。


 どうやって詫びさせてやろうかと思案したところ、妙案にいきついた。

 どの道、これからリディアと仲良くなろうと思えば、何処かのタイミングでこの親父はゲンコツを振り上げるだろう。

 その前貸しという事でここは良しとしておいてやろう。


 そう決めた僕はまだ知り合って3日のリディアと結婚する事を心に決めて、目の前の男をお義父さんと呼ぶ事にしたのだった。




 その後は再度、挨拶をし直した後、リディアが自分の将来について決意表明をして、冒険者になりたいと両親とグレナさんの説得をしたのだった。

 残念ながらリディアの将来設計に俺は居なかった。

 分かってたけど。

 でもまぁ、大したアドバイスも出来たとは思わなかったけれど、リディアの悩みが晴れたようで良かったと思った。


 それからはリディア育成計画を皆で話し合う事になり、終われば解散でも良かったのだけれど。

 お義父さんの方はどうでも良いけど、お義母さんを見た時からどうしても気になっていた事があったので、伝える事にした。


「お義父さん、お義母さん、突然の不躾な質問で申し訳ないのですが、[混魂の呪い]というものに心当たりはありませんか?」


「「……」」


「呪いってあんたら……」


「その、混魂というのは分からないが呪いについてなら、心当たりは……ある」


 気になっていたのはそう、ラウエルとアリアのステータスに特記として表れている[混魂の呪い]についてだ。

 ラウエルには


特記:[混魂の呪い](アリア)


 アリアには


特記:[混魂の呪い](ラウエル)


 と表記されている。

 こんな呪いはもちろん、特記という項目は初めて見た。

 転生してから今日までに5、600人くらいは鑑定してきたと思うが、初めての上に二人同時だ。

 かなり珍しいものだろうし、呪いというからには決して良いものではないだろう。

 状況から見て、この二人セットで1つの呪いに掛けられているのだろう。


 ラウエルの方はどうでも良いが、アリアはこれからはお隣さんになるわけだし、美人だし、何よりリディアのお母さんだ。

 できれば、力になってあげたい。


 本来、ステータスに表示されているものを更に[鑑定]することは出来ない。

 使用方法の分からない[付与]を鑑定しても、[鑑定]は失敗する。

 だけど、この呪いは[鑑定]が成功した。

 目には見えないが、そこには呪いとして鑑定対象が存在しているという事だろう。

 [鑑定]結果に目を通しながら提案する。


「解呪法は……えーと、分からないみたいですが、もしかしたら、何か力になれるかもしれません」


「本当ですか⁉︎」


 アリアの方に向かって話し掛けたせいだろうか、こういう場面ではずっとラウエルに発言を譲っていたアリアが口を開いた。


「呪いの詳細が多少分かるだけです。本当に何かの助けになるかは、ちょっとわからないです」


「それでも。それでも何か分かるなら、教えてほしいわ!」


「分かりました。グレナさんとリディアはもう知っていますが、僕には[鑑定]というちょっと特殊な技能がありまして、その名前の通り様々なものを[鑑定]して詳細を知る事が出来ます」


「スオー、教会の外だと技能じゃなくてスキルの方が分かりやすいよ」


 リディアが教えてくれる。

 なるほど、技能は導道の儀みたいな、例の教会専門用語だったらしい。


「分かった。リディア、ありがとう」


 一言礼を言って続ける。


「で、その[鑑定]スキルですが、人に使うとその人の名前や年齢、あと実はスキルも分かります」


「まるで適性検査じゃないか……」


 さんざん昨日繰り返したラウエルの発言は無視する。


「勝手に盗み見をしてしまって申し訳ありません。ですが、そこに普段は見ない事項があったので……」


「歳がバレちゃうのは恥ずかしいわね、スオー君、無許可で誰彼構わず見るのは止めようね。けど、今は呪いの話ね。今回はゆるします」


 やっぱり良くないよなぁ。

 反省はしたが、止めるつもりはない。

 大丈夫。

 スリーサイズや体重まで分かる事は一生言う気は無い。


「はい。今後は自重します。今から[混魂の呪い]について分かることを言っていきます。一旦、全部お話ししますので、そこから分かる事はその後で考えましょう」


 そして[鑑定]結果を読み上げる。


[混魂の呪い]

術者:色欲の魔人メナスティニエ

術式:上級呪術

メナスティニエにより生呪されたオリジナル術式。魂を惹かれ合う2名に対し術式を設定し、魂に束縛を課する。設定された2名は身体的接触を行う度に互いの魂の一部を交換する。魂の交換が進む程に互いの境界が認識出来なくなり、同一の魂と認識するようになる。魂の同一性が50%を超過すると、身体的接触を解除する事が出来なくなり、強制的に接触を解除すると魂の崩壊を招く。

現在の魂の同一性:24%


「そ、それって……」


「あんたら、いますぐその手を離しな」


「え、えぇ……、いや、たぶん大丈夫ーー」


「父さん! 命が掛かってるんだよ⁉︎ 私、今まで父さん達がいつもくっついてるのはただ仲が良いんだと思ってた。そんなことになってたなんて」


「いや、まだ24%だし、大丈夫ーー」


「いつまで子供みたいな事言ってんだい! さっさと離しな」


 グレナさんが一喝すると、二人は本当に名残惜しいという感じにゆっくり手を離した。

 パッと見は大の大人二人がなにやってんだって感じだけど、魂が束縛されているらしいから、相当な負担なのだろう。

 怖ろしい呪いだ。


「ちなみにその呪いを掛けられたのってどのくらい前になるんですか?」


「リディアが産まれる2年くらい前だからーー」


「大体17年前ですか」


 ちなみにこの世界の歴の数え方はほぼ地球と同じらしい。1日24時間、30日で1月、それが12か月、360日で1年だ。

 1日の時間も体感ではほぼ同じだ。


「そうだ。忘れるはずもない。17年前のあの日だ。俺達[虹色ボルケーノ]のーー」


「17年で24%ということは、残された時間はあと大体18年。んーと、確かになんかそんなに危機感は感じない数値には思えますね」


 ラウエルが長々と思い出話を始めそうな気配がしたのでまたしても無視して話を促す。


「あの時、呪いを受けたのは私達だけじゃなくて、他にも仲間が二人、呪いを受けたの。一人は徐々に豚になっていく呪いで自我もだんだん保てなくなっていったわ。

 もう一人は徐々に感覚を失う呪い。味、匂い、音と徐々に失っていったわ。

 思い出してもどちらももっと急激に呪いは進行していたように感じるし、仮に安静にさせていたとしても保って1年くらいだったと思うわ」


 代わってアリアさんが冷静に分析をしてくれる。


「1つの呪いを二人で分けたと考えたとしても、同じ術者が使ったとは思えない呪いですね」


「あいつは俺達で遊んでやがったのさ。底意地の悪ぃ呪いを掛けて、その末路を想像して喜んでやがった。俺らのは長く苦しませようとか、そんな事を考えやがったに違いないさ」


「何言ってんだい。あんたらは魔人に遭ったって言ってたけど、スオーの鑑定を聞けば、七大罪の名前持ちじゃないか。いくら遊びだって言ってもそんな生半可な呪いのわけないだろう」


 よく分からないが、何やらこの術者はとんでもないヤツらしい。


「そうね。それに、あの頃は私達も急に自分が自分じゃなくなるような変な感覚があったはずよ。いつの頃からかそれが薄くなって、リディアが産まれて、それで忘れてしまっていたけれど……」


「言われてみればそうだ。俺達も1年くらいでどうにかなっちまうだろうって、あの頃は覚悟を決めてたはずだ。全部、リディアが産まれてきてくれたおかげで吹っ飛んでいったが……」


 全員の視線がリディアに集まる。


「み、見られても私には分からないよ」


「それもそうだ」


「えーと、リディアが産まれる前というか、呪いを受けてからお二人はどのくらいのスピードで、身体的接触、えーと、くっついていないといけないようになっていったんですか?」


「これは元々だが?」


「え?」


「えぇと、ちょっと恥ずかしいんだけど、私とラウエルは元々幼馴染で結婚する前もずっと思い合っていたから、隠れてこうやって手を繋いだりしてたの」


 アリアさんが頬を染めながらラウエルの手を握る。

 いや、当たり前に手を繋ぎ直してんじゃねーよ。

 ラウエルも大概だが、アリアさんも似た様なものらしい。

 グレナさんからもギッ!と睨みが飛んで慌てて二人が手をはなした。


「そ、そうなんだよ。俺達は昔からこんな感じで、結婚を機にあまり隠さなくなっただけだ」


「じゃあ、やっぱり二人がいっつもくっついてるのは呪いのせいじゃなかったのね!」


 リディアが嬉しそうだ。


「「そうだな(ね)」」


「「……」」


 僕とグレナさんは呆れて顔を見合わせる。


「じゃあ、あとはもうお好きに。という感じで良いでしょうか」


「いやいやいや、待て。まだ何も解決策が見つかって無いじゃないか!」


 話を切り上げようとした僕にラウエルが追い縋る。

 めんどくさいなぁ。


「はぁぁ、えーと、確かに呪いの詳細にも呪いが進行すると身体的接触の欲求が高まるとか、そんな事は書いてないですね。だから、その二人がいつもくっついているというのは呪いとは無関係ということで話を戻しますよ。

 当時は自意識の混濁が進むような自覚症状があったんですね?」


「あぁ、日々酷くなっていく実感もあった」


「それがリディアが産まれたことで消えた、と」


「あぁ、ん? いや、産まれるよりも前かな」


「そうね。リディアがお腹の中に居たくらいかしら」


 ふむ。

 そこで僕は少し考え込む。

 魂を交換、同一化、か……。

 おそらく同じ結論に辿り着いたのだろうグレナさんと頷きあって、考えを伝える。


「人間がどうやって出来るのか、それは神にしか分かりません。ですが、両親二人を1つにして新たな命が産み出されるという点で、今回の呪いには類似する点があります。

 本来は1年程でお二人の魂は混ざり合って壊れるはずだった。けれど、その混ざり合った魂がリディアという新しい命に宿り、排出される事で一旦呪いがリセットされて弱まった。こんなところでしょうか。

 あくまで推論ですが、状況から考えるとおそらく大方は合っていると思います」


「お、おぉ……」


「えぇ、ええ」


「やっぱりリディアは俺達の女神だったんだな!」


「えぇ、ええ!」


「父さん!母さん!」


 うわーんと親子三人は目の前で抱き合って泣いている。

 うーん、ちょっとついていけない。




 しばらくして三人は落ち付きを取り戻し、今後の事を考える事になった。


「勢いは落ちたといっても、リディアが産まれてからこっちでもう24%も上がってるんだ。わたしならまだしも、あんたらが死ぬまでには追いつかれちまうよ」


「身体的接触で呪いが進行するという事なので、ずっと手を繋いでるその、ソレを止めればいいんじゃないんですか?」


「いや、それはその……」


「はぁぁ、あんたらには昔からわたしも何度も説教してきてやったけれど、命が掛かってもこれじゃあ、もう怒る気にもならないね」


「うぅ……父さん、母さん、私は二人に長生きしてほしい」


 えぇ子や……


「そ、そうだな。リディアの為だ。アリア、ずっと離れてなきゃいけないわけじゃない。二人で墓に入るまで呪いを引き伸ばせばいいんだ。毎日少しずつ我慢をしよう。もちろん、呪いの大元であるあの魔人を倒す事も諦めたわけじゃないがな!」


 奥さんと手を繋ぐのを我慢するのって、そんなに死にそうな顔をしながらしなきゃならないものなんだろうか。


「えぇ、そうね。少しずつ、頑張りましょう。触れ合える時間は減っても私達の愛は変わらないもの。そして、必ずあの魔人に仲間達の分まで!」


「そこらにしておくれ。口から砂糖が出てきそうだよ。話は纏まったようだし、具体的に決めていくよ。今日からしばらく、あんたらは午前中は離れて生活だ。ある程度離れている事に慣れるまで、そうだね、リディアの指導もある事だし、半年としようか」


「「は、半年⁉︎」」


「何も半年ずっとなんて言わないさ。家に帰って夜にあんたらがいちゃついてようが、そこまではわたしの知った事ではないね。少なくとも半日我慢できれば、寿命が倍になるんだ。あと、36年だか、37年だかなら、あんたらもそれなりの歳さね」


「ぐぅぅ、アリア……」


「ラウエルぅ……」


 もう勝手にやってくれ。

 僕はもう疲れたというかうんざりしてきたので、ハーブティーを啜りながらぼーっと流れを見守る。

 もう一人、リディアに弟か妹でも作ればいいんじゃない?とは言わない。

 この二人がますますベッタリになるのが目に見えているからだ。




「で、取り敢えず明日の事だがね。リディアもさっそく冒険者の見習い、始めるんだろう?」


「うん、ちょっとでも早い方がいいもんね」


「うむ。というわけで、ラウエル、あんたは明日、リディアの指導を兼ねて、冒険者の基礎中の基礎、薬草採集に行ってきな」


「お、おう。そうだな。駆け出し冒険者といえば薬草採集だ。頑張ろうな。リディア」


「うん!」


「で、そこにスオーも連れて行ってやっておくれ。この子にも採集係をやらせればいい」


「スオーにも野生の薬草を見せておくということですか?」


「それもあるけどね。どうもこの子が薬を作るには薬草が普通の量じゃ足りないみたいでね。1人でも人手が多い方が良い」


「そうですか。弟子になったとは聞いてましたが、スオーも薬師の適性が? いや、スキルはさっきの鑑定か。うーん?」


「ま、ちょっとワケ有りさ。それと、アリア、あんたも用事があるから、わたしに付き合いな」


「はい。分かりました」


 その後、待ち合わせ時間などの細かい打ち合わせをして今日は解散となった。

 日はとっぷりと更けていた。


 ここまで読んで頂きまして、ありがとうございます。

 お楽しみ頂けたでしょうか。

 どんな評価でも作者絹壱のやる気に繋がります。

 是非、↓から評価・いいね・感想・レビューをお願いします。

 次話もご期待下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ