婚約破棄されたので星を見ながら元婚約者を殺します
私、エマ・アンダーソンは有名な名家の令嬢だった。令嬢と聞くと楽そうなイメージがあるかもしれないが、そんなことはなく大変だ。私も疲弊する毎日を過ごしている。
しかし、そんな時に運命の人が現れて私の心は救われた。そう、そのはずだった。
「悪いエマ、お前との婚約を無かったことにしてほしい」
私の館での夕食中、突然私の婚約者であるエドワード・ヴェルディはそんなことを言い出した。
私は一瞬蛇に睨まれたように体が硬直した。先程まではちゃんと味がしたはずの料理も、今は粘土のように思える。
「……なぜ?」
私はやっとのことで言葉を発する。色々聞きたいことがあるのに、言葉が喉に支えて出てこない。
「真実の愛を見つけたんだ。だから頼む、俺と別れてくれ」
真実の愛。その単語は私との愛は偽物だと言っているのと同じだ。
私は拳を握りしめ、唇を噛みしめる。
こんなにも愛していたというのに、私は偽物だと言うの? なぜ、簡単にこの人は私から離れるの?
「分かった。あなたがそうしたいならそうしなさい。ところで、真実の愛は誰と見つけたのかしら?」
「君の妹、アンナだ。俺は彼女と来週結婚する」
またしても私の体が凍りつく。真実の愛とやらは人をおかしくする作用でもあるのだろうか。
いや、実際あるのだろう。現に私もついさっきまで真実の愛に浮かされていたのだから。
「そう。それじゃ、私は部屋に戻るから。あなたは帰って。馬車は用意しとくから」
元婚約者があまりにも酷い発言をするものだから、私はすっかり頭が冷えてしまった。
私は仕方なくエドワードのために馬車を用意すると、自分は部屋に引きこもった。
自分の部屋で、私はエドワードとの思い出を思い返す。
二人で夜に海を歩いた時は格別だった。あの一瞬だけは本当に幸せだった。彼からすればそれすら偽物の幸せだったわけだが。
「……殺すか」
私は思わず恐ろしい一言を口走らせた。あの人は来週アンナと結婚すると言っていた。おそらくかなり前から浮気していた可能性が高い。
馬鹿ね。自分から浮気をバラして無事で済むと本気で思ってるのかしら。
アンナも殺す。両方殺す。殺し方は何でもいい、とにかく殺せればそれでいい。
「とにかく、あの人達を殺すのは結婚式当日。二人まとめて無残に殺す作戦を考えましょう」
*
次の日。私は二人を殺害するために、まず愚かな元婚約者の知り合いから結婚式の具体的な情報を聞き出した。
「なるほど。式の終わりに二人だけで海を歩くタイミングがあるのね」
かつて私とエドワードが共に歩いた海。その思い出の場所を我が妹に汚されるというのは腹が立ったが、どうせ殺すんだと思うと不思議と心が軽くなった。
次に私は式場に行き、しっかりと下見をする。どうせ私は結婚式には誘われないので、隠れる場所が必要だからだ。
草むらは沢山あるし、すぐ側には森が広がってるから隠れるのには苦労しなさそうね。
後はどう殺すかだけど、こっちは大変そうね。二人同時に殺すとなると確実に片方には抵抗されるし。
私は頭を悩ます。一番いいのは毒のついた得物で刺すことだ。それなら二対一でもなんとかなるかもしれない。
……悩んでる暇はなさそうね。私にできることはただ殺す努力を惜しまないこと。そのためにまず毒を入手しましょう。
そうして私は館の倉庫に向かった。倉庫の中は暗く、沢山の棚が並んでいた。
棚の中にはいくつもの薬品がガラス瓶で保管されていて、私はそのうちの一つを棚から取り出した。
私が取り出したのは痺れ薬。これが傷口に入れば一瞬で動けなくなる強烈なものだ。
毒で殺すのでは爽快感がない。しっかりと自分の手で止めを刺す。
私はガラス瓶をスカートのポケットに入れると、自分の部屋へと戻る。
そしてガラス瓶をタンスの奥に隠し、持っているのがバレないようにした。
残るは得物ね。護身用のナイフで充分でしょうけど、これを使うのは少しゾクゾクするわね。
私は青色に染色されたナイフを机の引き出しから取り出す。
このナイフは昔エドワードから貰ったものだ。今となっては貰った理由も思い出せないが。
「さて、準備は整ったわ。エドワード達に思い知らせてやりましょう」
*
結婚式当日。私は草むらに隠れてエドワード達が来るのを待っていた。日はすっかり沈み、星と月が綺麗に光り輝いていた。
ここですべてを終わらせる。私を敵に回したことを後悔させてやる。
「来たわね」
私は視界の隅に元婚約者の姿を目にすると、息を殺して好機を待った。
目の前には花婿と花嫁が歩いている。二人はとても楽しそうで、私はますます殺意が湧いてきた。
二人が私のすぐ近くに来たとき、私は勢いよく飛び出しエドワードを斬りつける。
「ぐわっ!」
エドワードはうめき声を上げて地面に転がる。その姿はとても滑稽で、私は思わず笑ってしまった。
「エ、エドワードさんになんてことを!」
アンナは無謀にも私に突っ込んできたので、私は落ち着いてアンナにナイフを突き刺した。
「それはこっちの台詞よ。私のエドワードを誑かしておいて、覚悟はできてるんでしょうね?」
私はアンナを睨みつける。元々この泥棒猫がいなければエドワードが不倫をすることもなかったのだ。
「……そんなの知ったことないです。私とエドワードさんは結ばれる運命だった。エマ姉さんは違った、それだけです」
「そう。遺言どうもありがとう」
私はアンナの心臓にナイフを突き刺し止めを刺す。この後に及んでまだそんな世迷い言を言うとは、本当に救えない女だ。
「……エドワード。今日は星がとっても綺麗ね。まるで私達を祝福してくれているようだわ」
「待ってくれエマ! 俺が悪かった、だから頼む殺さないでくれ!」
元婚約者は酷く焦った様子で私に命乞いをする。私はその様子を黙って見ていた。
私はこの人を愛していた。今は正直分からない。ただ今のこの瞬間は昔二人で海を歩いた時より心地よかった。
「怖がらないで、すぐに私もあちらに向かうから」
私はエドワードの耳元で囁やき、そして彼の首をナイフで掻き切った。
その瞬間、私は上を向いて星を見ていた
。今日は雲一つなく、すべての星が神々しく光っている。
そこにエドワードの血が飛び散り、空は赤く染まってしまった。私はため息をつくと、エドワードを地面に下ろしてその上に乗った。
「素敵だったのに……」
私は頭上にナイフを掲げると、力を込めて振り下ろした。




