暖かい場所
次に目が覚めた時は部屋の中が真っ暗だった。さっき起きたときは明るかったから半日ぐらい寝ていたのかな、と考えていたところ、先程の食事での光景を思い出してしまい、ベッドの中で悶えた。
「あんな、あんな美形の人にあーんってされて……」
うううっと赤い顔を隠すように両手で顔を覆い、横に丸まる。するとスライムが膝とお腹の間に入ってきた。そのまま抱き枕よろしくぎゅーと抱きしめてプニプニ触感を楽しむ。柔らかすべすべプニプニボディのスライムを触っている内に心が落ち着いてきた。
「はぁ~、それにしても今日は驚いてばっかだ。あの時死んだと思ったら生きてて、ここに居る。陛下様もお医者さんもすっごい美形だった。それに…………ご飯も美味しかったな……温かい、ご飯……。……ここも、暖かい。う……ッグス……うう…………」
鈴は今、やっと心の底から安心できた。突然、この世界に召喚されて、何も知らぬ内に奴隷にされて、虐げられた。その過酷な環境下での精神的疲労により鈴は弱りきっていた。だからこそ、このなんでもない普通の、いや、病人食ですら美味しく、ベッドにてゆっくり眠れる時間に幸せだと感じた。
緩んだ心から堰き止めていたものが決壊し、溢れるように涙が零れた。拭っても拭っても次々と流れ出る涙に鈴は抑えることが出来ず、とうとう声を上げて泣き出した。それは生まれたばかりの赤子の様に、親に泣きつく子供の様に、恥も何もなくひたすら泣き続けた。
腕の中にいたスライムを自分の顔に押し付けて泣いた。泣き続けたまま疲れて鈴はまた眠った。
暖かい風が部屋の中を吹き通る。誰もいない部屋の中、ある夜の一幕。鈴が泣いたことを知るのはそこにいたスライムだけ。そのスライムは労わるように鈴に寄り添う。己の体を冷たくし、鈴の赤く腫れた目元を冷やすために適度の力で覆った。
☆ ★ ☆
鈴は夢を見た。
幸せな家族の夢。
三人とも笑顔で笑い合っている。
そんな過去の夢。
鈴は両親が死去してからはたびたび悪夢に魘されていた。いつも見る夢は葬式での光景。二人の死を何度も何度も突きつける。それが嫌で、夢を見ないように泥のように眠るために疲れて動けなくなるまで忙しく過ごした。
起きて二人がいた形跡を生活跡を見てはその死に向き合わないように現実逃避をする。それの繰り返し。毎日毎晩枕を濡らした。悲しくて、でもどうしようもなくて、いつしか涙は出なくなった。殻に籠るように心を閉じ込めた。
そして、あの何もない部屋での追い打ち。心は完全にボロボロに砕けたと思った。何もなくなってしまったから、何も考えるのをやめた。心に従って死にたいと願った。そしたら二人のもとへ行けるから。この夢のように……。
幼い自分の前に二人は此方を見据えて立っている。
「鈴、ごめんな」
「鈴の幸せな姿をいつまでも近くで見ていたかった」
「こんなに早く鈴を独りにしてやるせないよ」
「でもね、私たちはいつまでも見守っているから」
「鈴が忘れない限りこうして心の中に居続けているんだよ」
「だから死にたいなんて思わないで」
「最後まで幸せに生きて」
「異世界でのお土産話、沢山聞かせてね」
「待っているからゆっくりでいいよ」
「「愛しているよ、鈴」」
二人は今の大きさになった鈴を抱きしめた。
鈴が目覚めたとき目の前は青かった。不思議に思って手を顔の前に持っていくとスライムに触れた。最初に触った時より幾分か冷たいボディ。あんなに泣いて目が腫れているだろうと思ったのに痛くない。
「スライムさんが私の目元を冷ましてくれたの?」
そうだよ! と言うようにプルンとその体を震わせた。
「ふふ、ありがとう。……あのね、スライムさん。私、夢を見たの。どんな夢かは覚えていないけどなんだかとっても幸せな夢だった気がするの」
自我があるか分からないスライムに対して素直な気持ちを吐露する。理解しているのか分からないスライムだったからこそ、こうしてするすると思っていることが言葉に出来たのだろう。
「ねえ、私、幸せになっていいのかな? お父さんもお母さんもいなくなって私だけが生きて、幸せになってもいいのかな?」
それはスライムに尋ねている言葉だったのか。はたまた自分の心に語り掛けた疑問だったのか。