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私のダンス

 パトリオ家を追われて一週間。私は王室下級メイドとして働いていた。まだ仕事に関しては不慣れな部分もあるものの、「リージェは掃除が上手ですね」とメイド長に言われたのは少し嬉しかった。その後、掃除の係の副長を任された。広い王宮を綺麗にするのは骨が折れるが、掃除そのものは嫌いではないため、そこまで辛いものではない。

 それに良いことだってある。


「掃除お疲れ様、いつもありがとう」

「「「はい!」」」


 ウィリアム様を拝見出来ることがあるということだ。雑務の手伝いをしているというのは本当のことだったようで、たまにこうして一緒に掃除をしていることもある。今日は大事な舞踏会があるため、その会場をウィリアム様とその他のメイドたちで念入りに掃除をしていたのだ。


 午前の仕事が終わり、休憩の時間となる。広間に行き、用意されている食事を摂る。


「リージェさん、お手紙が届いていましたよ」

「ありがとうございます」


 食事を終え、席を立とうとすると、他のメイドの方から手紙を渡された。開いて中を見る。


『リージェ様へ あの件のことを調べておきました。リージェ様の言った通りでしたので、書類を同封致します。 パトリオ家メイド長より』


「……やっぱりね」


 これで“あること“が分かった。だからと言ってどうするということではないが、一応調べておいて良かった。あっちのメイド長には申し訳ないが、もう1つ頼みがあるので、それを書き、送ってもらった。

 パトリオ家のメイド長とはもう直接の関りはないのだが、彼女は私が姉たちの嫌がらせを受けていたことを知っていたため、何かと良くしてくれていたのだ。もちろんメイド長という立場でしかないので、姉たちに何か言ったりすることはない。しかし、私の頼み事であれば出来るだけ叶えてくれるのでありがたい存在だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 午後の掃除を終え、舞踏会の開始1時間前となる。ちなみに開始は6時だ。たくさんの人が来ていて、誰が誰だかは分からないが、他国の皇子や皇女なども来ていることは分かったので、相当格式高いモノなのだなということは分かった。


 私は下級のメイドなので、会場に行くことは出来ない。仕事は受付と、あとはまぁほぼ会場の入り口で突っ立ってるだけである。入り口で立っているメイドの数だけでも、60人ほどいるので、見栄えという点では結構大事なことである。


 すると、ドタドタと慌てた様子の足音が階段を下りてきた。その足音は中級メイドの長のものであった。


「メイドのみなさん、いったん会議室に集合お願いします!」


 それだけ言うと、中位メイド長は王宮の中へと駆けて行った。下位のメイドに対して中位のメイドから指示が下ることはほとんどない。何か緊急の事態が発生したのだ。

立っていたメイドたちは顔を見合わせると、とにかく急いで会議室へと向かった。


中位メイド長が戻り、上位メイド以外の全てが集まった。会議室では中位メイドたち数十人が必死に書類をめくっており、その音がバサバサと響いていた。


「とにかく経歴を調べて! あれが出来る人はいないの?!」

「今調べているところです! 経験2年の者であれば一人いました!」

「2では少し短すぎる! もっと調べて!」


 何があったのか知らされていない下位のメイドたちはただ立ち尽くしているだけであった。その時、バンッと会議室の扉が開くと、ゾルデ・リテレージュ様、つまり我が国の王であるその人がいらっしゃった。普段は使いの者が代理をしているため、直接この目で見たのは初めてである。


「中位の者たち、ご苦労。だが、もう直接聞いた方が早いだろう」


 余程緊急なのであろう。王の御前では、本来は手を止めて傅くべきなのだが、中位のメイドたちはまだ書類をめくっていた。


「まぁ良い。下位の者たち、要件を話す。この中に踊りの経験があるものはいないか」


 一瞬息を飲んだ。確かに経験はあるが、下位メイドである私がここでしゃしゃり出るのは何か違う。とにかく内容を聞くことにした。


「私の娘、つまり王女が体調を崩した。舞踏会に出る予定だったのだが、それが難しい。そこで代理の者を探しているというわけだ。誰かおらぬか? 経験が4年以上あると望ましいのだが」


 口調は淡々として抑揚のない声であるが、早口だ。焦っていることが分かる。4年か。4年どころか10年以上経験がある。しかし、ことこれに関しては国の大事な舞踏会である。そんなところに出てちゃんとできる自信は……、無くはない、な。ダンスにおいては誰よりも頑張ってきた自負がある。一週間はやっていないが、それでも勘が失われたわけではない。やれば出来るだろう。だがしかし、それでも荷が重すぎる。下位メイドが皇女代理などと烏滸がましいの極みのようなものである。やはり私が手を挙げるべきではない。そう思っていた時、中位メイドの一人が声を上げた。


「陛下! いました! 経験13年! 下位メイドのリージェ・パトリオです!」


 急に名前を呼ばれてビクッとした。え、もしかしてこれは……。


「その者はここにおるか」


 急な緊張で口の中が渇き、息を飲む。が、黙っているわけにもいかない。


「わ、私ですが……」

「よし、お前に頼もう」

「し、しかし、陛下」

「考えていることは分かるが、時間が無いのだ。褒美なら後でいくらでも取らせよう。多少の失敗には目を瞑る。中位の長よ、すぐに支度させよ」

「かしこまりました」


 中位メイド長に手を引かれ、会議室を飛び出すと、そのまま更衣室へと駆けて行った。普通は中位メイド長とそれ以上の役職の者しか入れない場所なので、来るのは初めてだった。

 訳も分からないまま、煌びやかな装飾のされたドレスに急いで着替えさせられ、化粧をされた。


「リージェ様、靴のサイズは」

「中位メイド長!? さ、様ってなんですか。私の方が下なんですよ」

「……今は違います。今のあなたは皇女代理なのです。今だけは、リージェ様は王室側近よりも上の立場なのですよ。もしこの舞踏会の代理に成功すればその後に褒美としてそのポストを与えられることもあるかもしれません」

「わ、分かりました。あ、シューズは24cmでお願いします」

「でしたら王女様と同じですね。同じもので良いでしょう」


 王女様のシューズ、私なんかが履いてもいいのだろうか。そう思って足を通すとぴったりであった。元々使っていたものとは比べものにならない履きやすさと歩きやすさ。履きなれていないシューズだったから少し厳しいかなと思っていたが全くそのようなことはないだろう。


「それでは時間がないので簡単ではありますが化粧をさせていただきます」


 10分くらいで簡単な化粧をした。簡単とは言っても王室で使われているものだ。鏡を見るとこれが自分であるのか疑わしいほど、綺麗であった。


「さぁ、行きましょう。ちなみに王女のフリをする必要はありません。あくまで代理と名乗っていただいて結構です」

「はい、分かりました」


 平静を装っているが、物凄く緊張する。先ほどから心臓がうるさい。各国の皇子や皇女の中に飛び込みで行くのだ。いくら心臓に毛が生えていようとも緊張しない人はいないだろう。


 会場の扉を開けると、既に主催であるゾルデ様の挨拶が行われていた。通常の舞踏会の流れはオープニングセレモニーの後、食事があり、その後にダンスタイムとなるのだが、この会では順番が逆で、オープニングセレモニーの後にすぐにダンスタイムになり、その後に食事ということになっていた。


 陛下の挨拶が終了し、いよいよダンスタイムとなる。本当に大丈夫なのだろうか。っていうか皇女様は誰とダンスする予定だったんだっけ……。

 舞踏会ではダンスを2人以上の男性と踊ることは失礼に当たるので、相手を間違えないようにしなくてはいけない。しかし、自分のこととは関係なかったため、皇女様の相手が誰であるかなど知らない。


 端の柱の方でおろおろしていると、後ろから小声で話しかけられた。


「事情は聴いているよ。リージェだよね」


 後ろを振り向くとウィリアム様がいた。こんなに至近距離で話したのは初めてである。というか名前を呼ばれた……? え? この私の名前を?

かちんと固まっていると、ウィリアム様はさらに続けた。


「本来僕は隣国の方が相手だったのだけど、予定を変更して、最初は僕と踊ろう。大丈夫、話はつけてある。妹の……王女の予定なんか覚えてないだろう。だからとりあえず、失敗してもいいから僕としよう。種類はウィンナー・ワルツだ。お願い出来るかな?」

「は……はい!」


 返事をすると、ウィリアム様は翠色の瞳を細め、二コリと笑った。曲が既に始まっているので、合わせてダンスを開始した。

 ウィリアム様と手を握り合わせ、1,2,3,2,2,3のリズムでナチュラルターンをする。

 するとそれまで微笑を浮かべていたウィリアム様が、目を一瞬だけ見開き驚いたような顔をした。そしてその後に、見たこともない焦りを含んだニヤリとした笑みを浮かべた。


「ふふ、上手いな……! 私も本気でやった方が良さそうだね……!」


 そう囁くと、ウィリアム様のステップがより滑らかなものになった。だが、問題ない。ことダンスに関しては誰にも負ける気はない。ついていくことなど容易だ。


「ほう……!」


 8,2,3のリズムでバックワードチェンジステップから逆回転になる。そこの動きも水のように滑らかな動きでこなす。

 楽しい。非常にレベルが高い踊りだ。ウィリアム様は忙しい身のはず。なのにここまで踊れるとは。

 などと私は失礼極まりないことを考えている。しかしこれは仕方のないことだ。ダンスになると気持ちが変わってしまう。ダンスをしている最中は相手が誰であろうと、負ける気はない。舞踏会のダンスに勝ち負けがあるわけではないが、目の前の相手が疑似の敵であり仲間である。


 ウィリアム様もどうやら負けず嫌いのようだった。私が動きを変えるとそれに追従してくる。そして私を試すかのように、更に動きに工夫を入れてくる。それに私もついていく。

 これを交互に繰り返していくうちに、周囲の者たちとは比べ物にならないクオリティになっていた。

 気が付くと、周りの皇子や皇女たちも手を止め、私たちに注目していた。だが、そんなことは関係ない。曲が始まったら終わりまで踊るのがダンスである。

そして、一切手を抜かずに曲の終了まで私とウィリアム様は踊り切った。


会場がシンとなる。私とウィリアム様の息遣いのみが聞こえる。すると、その数秒後、わっと拍手が会場内に鳴り響いた。


残り1話も予約投稿します。

予約時間22:00で。

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