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1/3

追放

「礼!」

「「「「ありがとうございました!」」」」


 バレエ、ウィンナーワルツ、カドリール、ポルカなどとダンスの種類は多岐に渡る。週七回。朝9時から正午までの3時間の様々なダンスの練習。それが私のルーティーン。5歳の頃から1日も欠かすことなく努力を続けてきた。


「リージェ。明日はいよいよ発表会だ。我が家の益となるよう、恥のない舞台にしなさい」

「はい、お父様」


 明日は今までの練習の集大成が出る発表会。そして、私、リージェ・パトリオの18歳の誕生日でもある。私はこの日を心待ちに今日まで練習に励んできた。


 毎日練習をしているダンスホールから出て、帰宅。食事を終え、部屋に戻った。今日は無理をせず、明日のためにしっかりと休むことにした。


 ぼふっと自室の柔らかいベッドの上に寝転がる。そして目を瞑り、明日のことに想いを馳せる。 明日の発表会はこのリテレージュ皇国で行われる会の中でも特に大きな行事であった。そこにはリテレージュの次代国王、つまり現在の皇子にあたる、ウィリアム・リテレージュ様、並びに隣国の貴族なども遥々鑑賞にいらっしゃるという大事な会なのだ。


 もちろん、その舞台に恥じぬ様な練習はしてきたつもりである。しかし、それでも緊張は生まれるもの。もう今の時点でドキドキしている。


 そんなことを考えていると、ドアの方からドンドンと激しいノック音が響いた。


「リージェ! リージェはいるのかしら!」

「お、お姉さま、少々お待ちください」


 ドアの外から聞こえてきたのは私の一番上の姉にあたる、ルクシアの声。姉は私の返事を聞くと、私が開ける前に、バンッと激しくドアを開き、中に入ってきた。


「リージェ。廊下の掃除をしていないでしょう。さっさとしたらどうなの?」

「も、申し訳ありません。しかし、明日は大切な発表会があります。ですから……」

「言い訳は聞きたくありませんわ。さっさとしなさい」

「わ、わかりました……」


 「お姉さま」と声には出して言ってはいるが、私は一ミリもそんなことは思っていない。生まれてからというもの、ずっと私をいじめ抜いて来たルクシア。ルクシアだけではない。他のもう1人の姉も同様だ。ダンスを始める前は、まだ低いレベルのいじめであったが、私がダンスの努力を続けていると、だんだんとエスカレートしていき、些細な嫌がらせも怠らずにしてくるという徹底ぶりにまでなった。


 きっと私が努力を続けている姿に、怠け者の姉たちは嫉妬したのだろう。たびたびの嫌がらせを幾度となく受けてきたが、私はダンスをやめることはなく、むしろ怠惰で性格の悪い姉なんかに屈してたまるかと根気よく続けてきた。


「……」


 私は廊下の掃除を始める。あんな姉であっても、目上には当たるため、あまり表立って逆らうことはできなかった。

 屋敷の長い廊下掃除は骨が折れる。本来は手伝いの方たちがやるべきことであったが、これも嫌がらせの一環なのだろう。

 ふと中庭を見ると、やはり姉たちはいつものように談笑していた。


「見てください、ルクシアお姉さま。皇子、ウィリアム様の絵画ですわ」

「あら、ユーシア。それはどこで手に入れたのかしら?」

「絵画のオークションがありまして、そこで手に入れました。たった500万ユリアでしたわ」

「あら、それしかしなかったの? いつもより楽なオークションだったのね。それにしてもウィリアム様は絵画でもお見た目麗しゅうございます」

「私たちには遠い存在ですから、こうしてお姿だけでも絵画で拝見できれば眼福の極みでございますね。ルクシアお姉さま」


「また無駄遣いをしている……」


 確かにウィリアム様は歴代の皇子の中でも、特に整った外見の持ち主だ。100人の女性がいれば99人はその見た目だけで落ちるのではないだろうか。

 外見だけではない。性格もお優しい方だ。なんと王宮内では、メイドにやらせればいい掃除や炊事などの手伝いを積極的にしているらしい。そのことから庶民感覚もお持ちのようで、王宮内のメイドからはもちろん、国民からも絶大な支持を得ていた。

 しかし、私たちただの中流貴族からしてみれば遠い存在だ。憧れることはあっても、恋心などという烏滸がましい想いを持つものはいなかった。


 そして、それとは直接の関係はないのだが、ウィリアム様の絵画が500万ユリアは少々安すぎる気がする。普通2000万くらいするものなのだけれど……。


 掃除を終え、部屋に戻る。廊下だけでも掃除に2,3時間は要するので結構体力を消耗する。しかし、この廊下掃除も悪いことばかりではない。廊下だけでもこの大変さ。このお屋敷を全て掃除してくれているお手伝いの方々に対する感謝の気持ちを忘れないという意味では、それなりに良い行いであると思っていた。

 まぁ姉に押し付けられているという事実は変わらないが……。


 時計を見る。3時か。本来はティータイムではあるのだが、多分姉たちが全部食べているだろうな。私の分まで食べているからカロリーオーバーで太っていくと思うのだけれど……。現にルクシアは歩く音がうるさくなっている気がするし。まぁ気にすることはないか。太って醜くなるのは怠惰な自分のせいだ。わざわざ嫌いな人の体型を気にすることはないだろう。

 そのようなことを考えていると、先程と同じようにノックが鳴る。それは激しいものではなく、むしろ厳格で礼節を持ったものだ。恐らく使いの者であろう。


「リージェ様。あなたのお父様がお呼びです。すぐに書斎へ来てくださるようお願いします」


 お父様が、今? 何の用事だろう。家の利益を大事にするお父様なら、休養を取っているであろう私を今呼ぶということは普通はないと思うのだけれど。余程重要な用事なのだろうか。

 私が書斎へ着くと、既に2人の姉がいた。


「遅いわよ、リージェ」

「も、申し訳ございません」


 2人は中庭にいたからここまで近いだけでしょうが……。まぁいい、そんな些細な嫌味などいつものことだ。


「お前たち。少しついてきてくれ」


 お父様は私たちが揃うなり、すぐに立ち上がり、部屋を出た。そして、玄関付近にある、小倉庫の中へ入ると、近くにあるロッカーを開けた。


「こ、これは……?!」


 思わず声を上げてしまった。中に入っているのは私たちのダンス用具なのだが、その専用のシューズがボロボロになっていた。

 私はハッとして横を見る。すると一瞬だけ、ルクシアの広角がニヤリと上がるのを見た。しかし、その顔はすぐに悲しそうな顔に変わる。


「お父様、報告が遅れて申し訳ございません。そちらは先ほどリージェがやったことですわ」

「えっ!?」

「ふむ、リージェが」


 そんな訳はない。私は廊下を掃除し、部屋に戻っただけである。ここへは、ダンスの練習から戻って片付けて以降、一度も来ていない。


「そ、そんなはずは……」

「お父様。私とユーシアは中庭で休憩をしておりました。私たちには不可能でございます」

「ここのカギを持っているのも私たち姉妹とお父様とお母様だけ。お母様は外出でいらっしゃいませんから、リージェしかありえません」

「な……」


 間違いない。口裏を合わせている。確証があるわけではないが、私にはわかる。先ほどの一瞬の笑みが証拠だ。どう考えても姉たちの仕業である。


「リージェ」

「は、はい」


 お父様の低い声。表情には出さないが、怒り心頭であろう。


「お前は今日限りで出て行ってもらおう」

「え、は……?」


 思わず間抜けな顔をしてしまった。


「当たり前だ。我が家の利益にとって重要な発表会に使うものを破壊したお前の罪は重い。このシューズの値段を知っての働きか?」

「い、いえ」

「500万ユリアだ。職人に特注で作らせたもので、新しく作るには一週間を要する」


500万……。さっきユーシアが絵画に無駄遣いしていた値段と同じ……。


「しかし、お父様! あんなに必死に練習してきた私がこんなことをするとお思いですか?! お父様も私の練習風景はよくご覧になってくださいました! 決してシューズを粗末にするようなことはございません!」

「黙れッ!」

「な……」


 今まで聞いたことのない怒声。何故私の言葉を聞き入れてくださらない? 何か、何かおかしい。

 その時ふとお父様の部屋を見た。ここへは久しぶりに来た。前来たのは、1年前だっただろうか。何故気づかなかったのだろう。去年と部屋の様子が違う。絵画が多い。しかもどれもこれも、ルクシアとユーシアが購入したものだ。

 姉たちの根回し……か? 絵画を買って、それに飽きてはお父様へのプレゼントであると言って渡していたのだろうか。憶測に過ぎないが、たまに姉たちが絵画を持ってこの部屋へたびたび訪れていたのだ。そう考えるのが自然だろう。

 ユーシアとルクシアが何もしていないのに妙にお父様に好かれていたのはそういうことだったわけだ。


「ルクシアとユーシアがお前のことを目撃している以上、これは確固たる証拠だ。明日までに出ていきなさい」

「リージェ……このルクシアは姉としてとても悲しい思いです。あなたがこんなことをするなんて思いませんでした……」

「リージェ、お父様に謝罪の言葉もありませんの? 厳しいダンスの稽古のストレスからシューズを壊してしまいました。と、謝罪するのが筋じゃありませんか?」

「確かに、これは500万もするシューズ。結構な資金ですわね。しかも特注で無理言って作ってもらった代物。そうですね、普通ならば土下座して詫びるのが筋ではありませんか?」

「……」


 ダメだ。反抗する術がない。5歳の頃から1日も欠かすことなく努力し続けてきたダンス。7歳の時、その才能が母に褒められた時はうれしかった。あの靴を15歳の時にもらった時の高揚などは忘れもしない。そして、明日、大事な発表会が控えていた。これまで必死にこのためにやってきた。それを、こいつらが、踏みにじったのだ。

 悔しさのあまり頬の内側を噛み、流血する。口の中に生臭い鉄の味が広がる。私は跪いて、額を地面に付けた。歯を食いしばり、喉の奥からひねり出すような声で言った。


「申し訳、ございませんでした……」


 その後日、私は王室の最も下の位の下級メイドとして、実質的に売り飛ばされる形となったのだった。


残りの二話も今日中に出ます

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 1話目で外出してるとなっていた母親はどうなってるんですか? 最後まで出てきてない気がするんですが?
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