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ピッチャーいっぱいのレモンサワー(ピンクの蛍光マーカー編)

「…ねえちょっとナカノさんさあ」


 悩みに悩んだ挙句ようやく口を開く。


「ナカノさん?…って、私のことでしょうか?」


怪訝そうな声がスピーカーから聞こえてきた。


「…そう。中の人だからナカノさん」


 腹立たしいけどわからないことは彼に聞くしかない。


「しゅわしゅわ泡立って、飲むとチリチリするような飲み物って何かわかる?」


「炭酸飲料ですかね」


「炭酸飲料」


 おうむ返しに言った。


「このリストの中でその〈炭酸飲料〉ってどれ?」


「炭酸が飲みたいんですか」


「うん」


 ぺらん…ぺらぺらぺら…と連続で紙をめくる音が聞こえる。どうやらスピーカーの向こう側にも同じリストが存在しているようだ。

 

「そうですね…では該当する飲み物に印をつけておきましょう」


 そっちのリストに印をつけてもさあ…と言おうとするまもなく、リストのうちの「懐かしの瓶ラムネ」と書かれた一行がするする…という風にピンク色に彩られた。


「…どうなってるのこれ」


「私の持っているリストとそちらのリストが連携しているのです。こちらのリストに印をつけるとそちらにも印がつくようになっています」


 ジンジャーエール、ゼロカロリーコーラ、

レモンスカッシュ、ぶどうスカッシュ、乳酸菌飲料ソーダ、ストロング系グレープフルーツチューハイ、ハイボール、チェーン系居酒屋のレモンサワー(ピッチャー)…


 次々とピンク色に染められていき、最後に黒の、恐らく私が注文書を書いた筆記用具と同じようなもので「炭酸入り飲料」と書かれ、それもピンク色に彩られた。なんだか縦に潰れたような、不思議な書体だ。


「そういうわけですから落書きなどをすればすぐわかりますので、私の悪口などは書かないように。くれぐれもご注意ください」


 へったくそな字だなあ…と思って見ている心を見透かしたように中の人改めナカノさんは言った。


「…ピッチャーって何?」

 ナカノさんに印をつけてもらったリストを見ながら私は言った。


「水差し、といったらおわかりになりますか?」


 水差し…聞いたことがあるような気がするが、今一つ思い出せない。ここに書いてあるということは生前は知っていたはずなんだが…


「わからん」


「実物をご覧になれば思い出しますよ。頼んでみましょう」


「うん」


注文書に「チェーン系居酒屋のレモンサワー(ピッチャー)」と書き記した。


「欲しいものは全て書けましたか?…急いで欲しいものがあるなら、注文書の左上に〈至急〉とお書きください…さもないとまた届くまで、当エリュシオン制作のオリジナル動画を見ることになってしまいます」


「えっそれいや!」


 リストの左上にうかんだ「至急」という文字を、急いで注文書の左上に書き写す。


「書けましたね。では取り寄せ機上部の開口部に原本の方を投函して暫くすると、品物が届くのでフロントの蓋を開けて取り出してください。

 写しはファイルの内側のポケットに保管して、注文した品が揃い次第廃棄することになります。これでこちらですべきことは終わりました」


 注文書の隅にクルクル落書きをしたことを後悔しながら、投函する。


 数分後「ガコン」という鈍い音が鳴り、注

文していた一連の品々が届いた。大皿にいっぱいの揚げたての唐揚げと…


「ちょっと多くないこれ?」


 かなり大きめの容器になみなみと入った泡立つ液体が届いた。


「約2リットル入りのピッチャーだそうです」


 他人事のようにナカノさんが言った。…確かに他人事だけどさ。


「キッチンの食器棚にグラスがあります。早めに飲まないと、気の抜けた炭酸ほどまずいものはないですから」


 キッチンに向かい、食器棚と呼ばれるものを探す。「グラス」というラベルが貼られた棚の上に並んでいる、透明な細長い器を一つ掴んでソファに戻る。記憶をなくした人間には親切な部屋である。


「蓋は閉めて、尖った隙間から注いでゆっくりください…そう、ゆっくり、はいもうそのくらいでいいです。

 よくできました。今後はグラスが空になり次第、今の行動を繰り返してください」


 子供にモノを言うような口調のナカノさんにり促されて、グラスにレモンサワーを注ぐと、唐揚げの大皿の左側に置いた。


「準備が整いましたね。さあお楽しみください」


 まず唐揚げをひとつ頬張った。さくっとした食感の衣と、じゅわっと広がる熱い肉汁、ぷりっとした食感の肉、辛めの味付けも最高である。


「うま…」


 2個目の唐揚げは半分くらいのところで噛みちぎった。ざくっという音と共に白く火の通った肉が現れ、湯気が立ち上った。


「あぁ、うま…」


 幸せなため息を吐き、残りの唐揚げを頬張る。おもむろにグラスを取りレモンサワーを飲んだ。

 さっぱりとした酸味と共にしゅわしゅわと口の中が泡立つ。ぐいぐい飲み干すと冷たい筈の液体が少し熱を持って食道を通り、胃袋に落ちていった。


「あああ…」


 今まで起きた嫌なできごとによって溜まった体内の澱が、泡によって洗い流されるような感覚におそわれた。

 これだよ、天国ってこういうのだよ。ほんと今まで何だったんだろう!

 そんなことを考えながら、空になったグラスに2杯目のレモンサワーを注ぎ、唐揚げを貪り続けた。



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