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残念ながら…

 白い、やたら明るい天井を眺めていた。

 落ちる夢は今まで何度となく見てきたが、こうもリアルで、長いのは初めてだった。


「どこだここは…」


見慣れない、整頓された部屋の風景を見廻す。

 12畳ほどの、白と灰色がかった木目を基調にした部屋。

 ちょうどいい高さの枕と、淡いグレーのカバーのかかった暖かく清潔そうな寝具。


「病室なのかね…」


独り言を言って、布団の中でもぞもぞと身体を動かしてみる。妙にリアルな夢のせいでくたくたに疲れているが、特にどこが具合が悪いということでもないようだ。


「今何時なんだろ…」


 日常生活に支障のない程度の家電や家具はあるようだったが時計だけはなかった。窓の外の空は青く、やたら明るい。

 遠くで微かな声が聞こえる。誰かを呼んでいるような…

 とりあえずもう一度目を閉じた。心地よい温もりに、意識が遠のいて行った。



「…さい。お願いします。時間なので起きてください。お願い…」


 声が聞こえた。低く落ち着いた、柔らかい印象の男性の声だ。イケボというやつなのだろう。かつてどこかで聞いたことがあるような気もするが、どこだかは思い出せない。


「時間なので起きてください。お願いします…」


 うるさい。無視を決め込み固く目を閉じれば閉じるほど、声は圧力を増していった。気のせいか音量も少し大きくなっている気がする。大体イケボとはいえ、一応女性の寝室に勝手に入り込んで騒ぐのはどうなのか。こちとら疲れを挽回すべく、やっと幸せな夢にありついたのに。ああうるせえ。


「…うっせえ何なんだよもう!」


呻きながら上体を起こすと、辺りは相変わらず誰もいなかった。


「やっとお目覚めになられましたね。おはようございます。」


 声のする方に顔を向ける。部屋には誰もおらず、50cm四方くらいのサイドテーブルの上には充電ケーブルに繋がれたヘッドセットと、円筒状のスピーカーがあった。さっきから喧しいのはこのスピーカーのようだ。


「…スマートスピーカー?」


「違いますよ」


「…そう、じゃおやすみ…」


「困ります起きてください。」


「…何でよ。」


 困惑しながら起き上がり、初めて自分の着ているものを見る。ワッフル素材でできた、杢グレーの上衣、衣料量販店のワゴンの奥底で眠ってそうなデザインだ。こんな服持ってたっけ?


「…何なんすかこの服。てかあんた誰、どこよここ。」


 あくび混じりに言う。訳もわからずいきなり知らない部屋と知らない服、そして心地よい睡眠をやかましく妨害してくるスピーカー越しの男。機嫌は最悪だった。


「答えないなら寝るよもっかい。」


「…どこからお答えすればよろしいでしょうか?」


起こした上体を横たえようとすると、男は言った。


「んじゃ自己紹介から、手短に。」


 舌打ちを打ちつつ、ゆっくりと起き上がる。鬱陶しいのでさっさと終わらせて欲しいと思った。


「…自己紹介ですか、困りましたね。

生憎私は名前というものが無いのです。長い間ここて新しくきた方の案内人をしてきたのですが、随分昔に忘れてしまいましてね。とりあえずは中の人とでもお呼びください。」


「忘れた?そんなことって…」


「ありますよ、ここでは。それならあなたのお名前は、何とおっしゃるのでしょう?」


 さっきまでまとわりついていた眠気が一瞬で消えた。名前…?記憶が何もかもなくなってしまっている。さっき何を根拠に、自分のことを「女性」だと思い、声の主を「男」だと思った?「女性」って…「男」って何だ?


「…えっ?ちょ…何で…」


「ここはそういう場所なのです。最低限生活に必要な記憶以外は全て無くなります。時折断片的に以前の記憶が蘇ることもありますが、長くてもおおよそ1日を超えて持続することはありません。


 私はここの案内人をしております。ここでのシステムに不慣れな方のための説明や、退屈な時間の話し相手などが業務となっております。室内のもので何か使い方のわからないものはありますか?」


 改めて辺りを見回す。築10年以内のワンルームといったところか。IH式のキッチン、淡い色合いで統一された家具家電類…特に記憶から抜けていそうなものはなかった。

 カラーボックスの上にある、比較的新しい室内には似つかわしくない手垢じみた木製の箱、あれはたぶん前の住人が誰かが実家から持ってきた物入れかなんかなんだろう。


「…特にないですね。今のところは。」


「そうですか、ではご不明な点が発生しましたら都度お尋ねください。

 あ、言い忘れてましたがちなみにここはエリュシオン。天国、彼岸、極楽、ヘヴンなどとも呼ばれたりしています。


要するに残念ながらあなたは、お亡くなりになられました。」


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