怪我をした魔導騎士様のお世話は大変です
貧乏男爵令嬢のリリカ・タナードは魔力がないせいで、いつも家族から虐げられていた。
ある日、無理矢理嫁がされそうになり、お屋敷を逃げ出した。
そんなリリカがついた仕事は、怪我をした魔導騎士様のお世話。
部屋に入ると、体調の悪そうな若い男性がベッドに寝ていた。
「お連れしましたよ?ウィリー様」
ウィリーと呼ばれた男性は、青白い顔をしており、頬が痩せて目に生気がなかった。
「リタ様、先程のお話で聞いていただいたように私たちではウィリー様には近づけません。
なので、リタ様…
ウィリー様の背中に刺さったままになっている、魔力の杭を抜いていただけませんか?」
「はい!」
今にも死にそうな男性を前に私は返事をするしかなかった。
お話を書いていたら長くなってしまいましたが、是非読んでください!
ここはイライザーグ伯爵家。
私の名前はリリカ・タナード。タナード男爵家の一人娘だ。母方の親戚であるイライザーグ伯爵家に現在、居候中。
父が事業を失敗して領地を取られてしまったので、母の親戚を頼ってここに住まわせてもらっている。
ここに住んでいるイライザーグ家の人は、リズボン様ただ一人。
リズボン様と私は同じ歳。
リズボン様はお金持ちのお嬢様で、私は貧乏男爵家の娘。
リズボン様のお母様は、リズボン様が生まれてすぐに亡くなったそうだ。リズボン様のお父様は8歳の時に、魔導士団長として、戦地に駆り出されたそうだ。
そして、私達が15歳になった今でも、まだ屋敷には戻らずにいる。
そんなリズボン様が不憫だからと、私の両親はリズボン様にかかりっきり。
自分の娘である私の事を全然見てくれない。
伯爵家に居候させてもらっているから何も言えないけど…でも、私の存在を忘れているかのように、
「リズボン様、リズボン様」
とそれはそれは大切にしている。
たしかに、リズボンに何かあったら大変だから…。
二人は今日もリズボン様にかかりっきりで、私に掃除や洗濯などメイドと同じことをさせた。
メイドと違って、私はお小遣いも、お給料も貰っていない。
理由は、父にも母にも多少の魔力があるのに、私には一切ないから。
まるで、娘としての価値がないと言われているような態度。
なので、私は服や靴をもらえず、メイド達がいらなくなった服や靴を貰っていた。
すごく悲しかったけど、言い返せなかった。
…魔力がない事は本当だもの。
この国では、魔力のない貴族は存在を否定される。
私もその一人だ。
リズボン様は、魔力のない私の事をバカにして、
「親戚だなんて絶対に言わないでちょうだい!
魔力がない貧乏男爵家の娘と親戚だとは思われたくないわ。
リリカはお顔もイマイチなのに」
といつも嫌味を言われた。
魔法の練習がうまく行かない時などは、私だけではなく父や母にも当たり散らしている。
リズボン様に、何か言える者はこの屋敷にはいないので、機嫌が悪い時は本当に大変だ。
来週で16歳になるというある日。
父と母は、私の嫁ぎ先を決めてきた。
なんと、60歳の伯爵。若い娘にしか興味のない人らしい。
婚姻は16歳からだし、来週に迎えが来る、お金も前金でもらっているから、絶対に行きなさいと言われた。
私は、どうしても行きたくなくて、誰もいないキッチンで泣いていた。
そこへ、メイドのミリアヌが入ってきた。
「どうしたの?リリー」
私は、ミリアヌに、来週に嫁ぎ先から迎えがくること、どうしても行きたくない事を話した。
「そんなの行かなきゃいいわ!自分の娘をお金で売り渡すなんて!何かといえば、リズボン様、しか言わないんだから!」
ミリアヌは私の代わりに泣いて怒ってくれた。
「そうだ!私には姉がいるの。
姉からね、住み込みで働けるメイドを探していると言われていたの」
「お給料は安いけど、病院のお仕事よ。今、リリーは無給で働いてるもんね。
だから…行ってみる?」
私は頷いた。
「念のため名前は変えないと!
…うーん…リリカの『リ』と、タナードの『タ』で、リタは?」
私は、リタと名乗ることにした。
そしてミリアヌは、お姉さんは隣町の教会の職員だから、教会に行って、この手紙を渡しなさいと、手紙をくれた。
出発は明日の早朝。
仲良しだったのはミリアヌだけだから、誰にもいなくなる事は言わなかった。
次の日の早朝、ミリアヌに起こされた。
古い鞄には、私の私物とお金を入れてくれたそうだ。
「困った時の為に、少しだけお金を入れておいたからね。頑張ってね。いい?『港行き』の乗合馬車に乗って、『教会前』で降りるの。馬車代は入っているからね」
と抱きしめてくれた。
「これでお別れねリリカ。
私はあなたが大好きだったわ。
私は結婚が決まっているの。あなたを残してこの屋敷を去る事が心残りだったけど、うちの姉さんのところなら大丈夫。
幸せにね、リタ!」
私はミリアヌの胸で少し泣いた。
早朝の為、外には誰もいなかった。
誰かに見つかるわけにはいかないので、私は村の外れまで急いだ。
村の外れにある、馬車の待合所に急いで行くと、すぐに『港行き』の馬車は来た。
乗合馬車に乗った。
馬車は早朝なのに既に混んでいた。私はお屋敷のある村から出たことがなかったので、ずっと外を眺めていた。
馬車は森を抜けて、隣町に入った。
隣町はまだ寝静まっている。村よりも大きな町で、馬車通りには商店が並んでいた。また森を抜けてすごく大きな街に入った。高い建物がいくつも並ぶ。
私は『教会前』で降りた。
いつのまにか10時を過ぎていたので、街には活気があって沢山の人が歩いている。
教会はすごく立派だった。村の教会の何倍もの大きさだ!
恐る恐る正面のドアを開けた。
ドアを開けると受付があり、ミリアヌからもらった手紙をその窓口で渡した。
教会で働いているミリアヌのお姉様は優しい人で、手紙を見ると、すぐに病院に連れて行ってくれた。
病院の受付に私の事を説明すると、
「まず、院長先生との面接よ。緊張しなくて大丈夫だから。私はこれで教会に戻るわ」
と、ミリアヌのお姉さんは行ってしまった。
病院には、沢山の患者さんがいた。
呼ばれるまでは、待合室で心細い表情をしていたお婆さんと話したり、ちょっと足の悪いお爺さんが立ち上がるお手伝いをしたりした。
ここで働くようになれば、私は人の役に立つ仕事ができる!
これからの自分の将来を初めて楽しみだと思った。
今までは、今日が過ぎればそれでいいと日々の事しか考えてなかった。
私は小さな部屋に通された。
院長先生は、優しそうな初老の男性だった。
案内してくれた職員の女性から
「ここの院長のデイケイ様です」
と紹介された。
院長先生は私を見た。
「ほほう!君の名前は?年齢は?」
なんだか、私を見てびっくりした顔をした後、嬉しそうに微笑んだ。
「リ…タです。15歳…来週16歳になります。」
私はミリアヌと決めた名前を名乗った。
「リタ。君に家族はいるかい?」
院長先生は優しく聞いてきた。
「いません。」
私にもう家族はいない…。
「すまない事を聞いたね。似た人を知っていたから親戚かと思って。
ところでリタは読み書きはできるかい?」
私は首を横に振った。
字は少しなら読める。ミリアヌに教えてもらっていたから。
でも、私はいないものとして扱われているから教育は受けていない。
次に院長先生は、私を診察した。
手首を持ったり、目を覗き込んだり。
そして、
「うん。君にはここよりも相応しい仕事がある!
私の友人の屋敷に住み込みで働いて欲しいんだ。
仕事内容は、私の知り合いの介護だ。
そばに居て、世話をして欲しいんだ。
必要なものは全部揃えてもらえるし、勉強を教えてもらえる!
字の読み書きや、計算も!
しかもお給料はここの10倍ある。この仕事は誰にでもできる仕事じゃないから、是非引き受けて欲しいんだ」
私は、そんな素敵な仕事があるのかとびっくりした。
「読み書きを教わりたいので、是非お願いしたいです!」
私の返事を聞いた院長先生は、笑顔で頷き、私の目の前で手紙を書いた。
その手紙の封をして、窓を開けると手紙に羽が生えて飛んでいってしまった。
私はびっくりして窓のほうに駆け寄ると、窓から乗り出して手紙の飛んでいった方を見た。
手紙は鳥のように高く舞い上がり、遠くへ飛んでいってしまった。
そこへ、紅茶を持ったメイドが入ってきて、私の座っていた場所に紅茶とクッキーを置いてくれた。
「さあ、待っている間、座って食べなさい」
院長先生にうながされ、座っていた席に戻った。
仕事の面接に来た私をお客様のように扱ってくれるので、
「私が頂いてもいいんですか?」
と聞くと、
「もちろん、君のために持ってきたんだ。君はここの職員にはならないから、今は私のお客様だよ。」
と院長先生は窓の外を眺めてた。
私は紅茶を飲んでクッキーを食べた。
お客様に出す、上等な紅茶とクッキーは初めてで、すごくいい匂いがしておいしかった。
「すぐに戻ってくると思ったんだけどなぁ」
と院長先生は呟いた。
と、
コンコンコンコンコン。
ドアをノックする音が五回した。
「どうぞ」
と院長先生は返事をすると、男性が入ってきた。
「適任者が見つかったと今手紙をもらったので急いで来た!」
そう言いながら勢いよく入ってきた人は、品のいいスーツを着た若い男性だった。
少しオレンジ色に近い金髪に、目の色は深い森の色。年齢は、結構若そうだった。
「手紙で返信してくると思ったのに、直接きたのか?ギル。」
院長は笑いながら男性を見たあと、私を見た。
「ここに座っているリタだよ。この子が適任者だ」
男性は私を見た。
「本当に?この子が?」
と男性は私に向かって歩いてきた。
「本当に来てくれるの?」
と男性は私を見た。
「はい。よろしくお願いします」
と私は返事をした。
「ギル、私はまだリタに君を紹介していない。レディに失礼な態度だよ?
リタ。
ここにいるのは君の雇い主、ギルバート・クレメンソン伯爵だ。私の友人の息子だよ。」
と院長先生は言った。
すると伯爵は
「リタ、まずこの誓約書を読んでサインしてほしい」
と書類を出された。
「すいません。私、読み書きが…」
私は目を伏せた。
院長先生は、誓約書を読み上げてくれた。
今から見聞きする事は誰にも言わない事や、人を招いたりしない事、お休みの日以外は私用での外出はできない事、などだった。
難しいことは何もなかった。
私は院長先生に向かって
「約束します」
と答えた。
「リタ、右の掌で、この書類を触ってほしい」
伯爵に言われて、私は書類を触った。
私の掌が触れたところから、書類が光り、浮き上がると、消えてしまった。
「契約完了だよ。では、リタ、行こうか?」
伯爵は、私を大切なお客様のようにお辞儀をしてくれた。
「行っておいで、リタ。困ったことがあったら、私の所に来なさい」
院長先生は優しく微笑んでくれた。
私はクレメンソン公爵に手を引かれ、ドアの外に出た。
すると!
なぜか、大きな大きなお屋敷の前に出た。
先ほどまで、街中の大きな病院の院長室にいたはずなのに…。
振り返ると、ドアは無くなっていた。
代わりに、綺麗に手入れされたバラ園があり、バラ園の先には小さい池と、東屋が見えた。
「早速中に入ろう」
クレメンソン伯爵は、私を連れて、大きなお屋敷に入った。
「ようこそ、クレメンソン様」
執事が出迎えてくれた。
「そちらの方が?」
と執事さんは私の方を見る。
「そう。今日からウィリーのお世話係だ」
と伯爵は答えた。
「はじめまして。リタです」
と私は挨拶をした。貴族の挨拶は知らないので、普通に挨拶をした。
「デイケイ叔父からの推薦だから間違いないよ。」
と伯爵は執事に答えたあと、私を見て
「デイケイ叔父は、名付け親でね、今でも孫のような扱いさ」
伯爵は大袈裟に困った顔をして見せた。
執事の後ろから、メイド長らしき中年の女性が出てきた。そのメイド長に案内され、2階の部屋に行く。
「今日からここがあなたの部屋です。足りないものは言ってください。それでは、下のサロンでお待ちしております」
戸が閉まってから、床に鞄を置き部屋を見回した。
「リズボン様の部屋より広いかも!」
そこには天蓋付きのベッドがあり、大きなクローゼットがある。
窓からの見晴らしはよく、ちょうど東屋が見えた。
「素敵!あっ、サロンに行かなきゃ!」
一階のサロンに行くと、すでにクレメンソン伯爵がいた。
私が座るとアフタヌーンティーが出てきた。
新鮮な野菜とハムのサンドイッチに、まだ温かいスコーン、そしてイチゴのジャムと、一口のサイズのフルーツケーキと、紅茶が運ばれてきた。
まるで、リズボン様のティータイムみたい!
私は今まで住んでいた家を思い出したが、もう過去の事だからと、頭を振った。
浮かれた私は部屋を見回す。
そして窓の外を見た。
と、そこには窓に映ったみすぼらしい自分がいた。
古着のドレスに、きつく結った艶のない金髪の三つ編みの髪。
この部屋に似つかわしくない自分に気づいて急に恥ずかしくなった。
おずおずとサンドイッチを食べる。
「あの…私はいつから働けばいいのでしょうか?メイドのお仕着をいただければすぐにでも…」
私は小さい声で言った。
「君の仕事の説明をしなきゃいけないんだった。
君は今からウィリーの世話をしてもらいたい。
ウィリーは、今回の戦争で、魔法省から派遣された魔法騎士なんだよ。
っていってもね、年は19歳。人並み外れた運動神経と、魔法馬を操る技能が長けていてね、16歳で戦地に行くことになったんだ。」
クレメンソン伯爵は紅茶を飲んだ。
「ウィリーは、その戦争中に『魔力の杭』を打ち込まれたんだ。
そのせいで魔力がコントロールできない。
杭の力のせいでウィリーに触ろうとすると、みんな魔力で跳ね飛ばされて、誰もウィリーに触れない。
今は辛うじて、魔法石の結界を張ってその中にいてもらっている。
でも結界から出たらすぐに死んでしまうくらい、まずい状況なんだ。」
私は話の意図が掴めずにいた。
「君は魔力の影響を受けないってデイケイ叔父が言っていた。
だから!ウィリーの杭を抜いて欲しいんだ!
まさか、本当に魔力の影響を受けない人がいるなんて思わなかった。
そんな人がいたらって思って、病院院長のデイケイ叔父に相談したんだ。
もしかしたら、患者さんにそんな人が居るかもしれないから。」
私は頷いた。
「まずは…どうしたらいいのかな?」
と独り言のようにクレメンソン伯爵はつぶやいた。
「まずは、ウィリー様に会っていただければいいと思います」
声のする方を見ると、先程、部屋に案内してくれたメイドがいた。
「エラ。いつも気配を消しているから気づかないじゃないか!」
クレメンソン伯爵はエラと呼ばれたメイドを見る。
「僕では、どうしていいかわからないから、エラに任せるよ。ケイテイ叔父から、お金は預かっている」
クレメンソン伯爵は、立ち上がると私を見た。
「じゃあ、とりあえず僕は行くね。来月の国王陛下への謁見までに、ウィリーを外に出せるようにしておいてくれよ」
そんな爆弾発言をしたクレメンソン伯爵はどこかに行ってしまった。
サロンには、メイドのエラと私が残った。
「リタ様。私はこのメイド長をしておりますエラと申します。まず、ウィリー様に会っていただけますか?」
そうエラさんに言われ、この屋敷の2階の奥の部屋に連れて行かれた。
そこは、私のために用意された部屋2つ分はある大きな部屋だった。
部屋の入り口からエラさんは覗くだけで入ろうとはしない。
部屋に入ると、体調の悪そうな若い男性がベッドに寝ていた。
「お連れしましたよ?ウィリー様」
ウィリーと呼ばれた男性は、青白い顔をしており、頬が痩せて目に生気がなかった。
「リタ様、先程のお話で聞いていただいたように私たちではウィリー様には近づけません。
なので、リタ様…
ウィリー様の背中に刺さったままになっている、魔力の杭を抜いていただけませんか?」
「はい!」
今にも死にそうな男性を前に私は返事をするしかなかった。
あまり動く事ができない様子のウィリー様。
杭を抜くにはシャツを脱いでもらわないといけないが、もう動く気力すら無いようだった。
「ウィリー様、シャツを脱げますか?」
私の問いかけに辛うじて目を開けるくらいしかできない様子だ。
私は、意を決してウィリー様に近づいた。
「失礼します」
私はそう言うと、ウィリー様のシャツをめくった。
…背中には直径1センチくらいの木製の杭が2本刺さっていた。
私の目には、どちらも長さ5センチくらいが見えている。
私は杭に人差し指で恐る恐る触れてみた。
ビリっときたら怖いし、ウィリー様が痛がっても困る。
…何も起こらない。
私はエラさんの方を向いた。
「今から杭を抜こうと思いますが、抜いた杭はどうしたらいいですか?」
すると、エラさんは
「足元に魔法陣が見えますか?その魔法陣から出ないように床に置いてください。傷跡は何もしないで」
と言われた。
私は息を吸うと、覚悟を決めた。
ウィリー様の背中の杭を触ると、強く引っ張った。
「ううぅぅ…」
ウィリー様が痛そうな声を出すので怯んでしまった。
「お…お願いだ…抜いて…抜いてくれ…」
ウィリー様は、絞り出すような小さな声で話しかけてきた。
私は、もう一度、覚悟を決めて、さっきより勢いよく杭を引っ張った。
抜けた!
魔法陣の中に、杭を置く。
そして、気持ちが萎える前に、もう一本も、さっきよりももっと強い力で引っ張った。
抜けた!
2本目も魔法陣の中に置く。
杭の長さは15センチくらい。
2本とも杭の長さの半分、10センチくらいが背中の肩甲骨の間と、右肩のあたりに刺さっていた。
傷口が痛そうだ。
「2本とも杭は抜きました!」
と叫んだ。
エラさんは様子を見ようと、この部屋に入ろうとしたが、窓ガラスやドア、家具がカタカタと音を立て出した。
「残念ながら、まだウィリー様の様子を直接拝見することはできないのですね…。ウィリー様、何か欲しいものはありますか?」
エラさんは涙声の大きな声で、ウィリー様に話しかける。
ウィリー様は少し目を開いて、小さな声で
「飲み物と食べ物を…」
と言ったので、私は部屋の前のエラさんのところに行き、
「ウィリー様は、何か食べ物と、飲み物をとおっしゃっています」
と言いに行った。
「わかりました。それから今から、ウィリー様の上司の魔法騎士団長が今からいらっしゃいます。
団長様が、お部屋に入れなかった時は、またウィリー様の様子を伝えていただきますので、よろしくお願いします」
エラさんの顔を見ると、嬉しそうだった。
目に涙を溜めて、笑顔を作っている。
しばらくすると、水と、食べやすく切った果物、それからミルク粥が運ばれてきた。
ワゴンのままでは、やはり部屋に持ち込む事はできなかった。
ワゴンを部屋の外に置いて、病人用の水差しを持って部屋に入る。
「ウィリー様、お水です。まず喉を潤しましょう」
そう言って、ウィリー様の口元に水差しを持っていった。
ウィリー様は一口だけ、水を飲んだ。
それから、ミルク粥を持ってくると、スプーンに乗せた粥を口に運んだ。
ウィリー様は2口だけ、食べてくれた。
口を開けるのも、体力を使うようで、やっとだった。
その後、魔法騎士団の団長様が様子を見にきたが、やはり部屋には入れなかった。
「抜いた杭をこの箱に入れて、部屋の外に持ち出して欲しい。
それと、ウィリーの傷跡に塗る魔法薬だ。
これを1日2回、ウィリーの傷口に塗って欲しい。
嫁入り前のお嬢さんにお願いする事ではないと、わかっているのだが…皆ウィリーに近づかないからね。」
渡された塗り薬をポケットに入れて、木箱を受け取った。
そして、床に置いた15センチくらいの杭を木箱に入れて部屋の外の団長様に渡した。
「君は、本当に珍しい。魔力の影響を受けないなんて!ウィリーが元気になったら、君の体質を調べさせて欲しい」
そう言うと、団長様は帰って行った。
団長様が帰った後、ウィリー様の傷口に塗り薬をつけた。
ウィリー様の容体が急変しては困るので、部屋の外には護衛がいる。
「ありがとう。今日はよく眠れるかもしれない。
杭がなくなってずいぶんラクになった」
まだ消え入りそうな声でウィリー様はお礼を言ってくれた。
お休みなさい。
私はウィリー様の部屋を後にした。
一階に行くと、エラさんが抱きしめてくれた。
「ありがとう!ありがとう!
ウィリー様のために、杭を抜くのは怖かったでしょ?
薬を塗るために傷口を見ないといけなくて、辛かったでしょう。
でも、リタ様のおかげで、ウィリー様は生きられる!」
執事のノエルさんや、使用人の方々が、私を労ってくれた。
「さあさあ、明日からもウィリー様のお世話をして頂かないといけないので、疲れをとりましょう!」
とエラさん。
その後ろにいた若いメイドさん達に手を引っ張られて、湯浴みに連れて行かれた。
みんな、私にねぎらいの言葉をかけてくれる。
湯浴みが終わると、緩い飾りの無い新しいワンピースを着せられた。
滑らかな生地のワンピースは、手触りが良く、高級品なのがわかった。
「リタ様には申し訳ないですが、夜中にウィリー様に何かあったら、起きてウィリー様の部屋に行ってもらわないといけないので…」
執事のノエルさんが、申し訳なさそうに微笑んでくれて、私のディナーをダイニングに準備すると言ってくれた。
「私も皆さんと使用人の食堂で、お食事がしたいです。私は客人では無いので、皆さんと一緒な使用人です」
そう言って、使用人の食堂で皆とディナーを食べた。
皆お祝いムードだった。
「本当は、私達と違ってリタ様は客人扱いなんですよ?ほら、家庭教師は雇い主の家族と一緒にダイニングを囲むでしょう?」
そう、皆は言ってくれたが、私はこの方がいいからとお願いした。
夜中の事だった。
ノックで目が覚めた。
「ウィリー様が…なんだかうなされています」
私は、眠い目を擦りながらウィリー様の元に行った。
ウィリー様は、動けない体をよじって荒い息づかいで唸っていた。
私は、背中をゆっくりトントンとリズム良く叩いて、
小さな声で子守唄を歌った。
誰に歌ってもらったか忘れてしまったが、昔、歌ってもらった気がする子守唄を鼻歌で歌った。
ウィリー様は、しばらくすると荒い息がおさまり、普通の寝息になったので、私は部屋に戻った。
私は朝起きると、まずウィリー様の元に行った。
昨日、着せてもらったワンピースのままだから、着替えなくても良い。
ウィリー様は昨日よりも顔色が良くなっていたが、まだ起き上がれないし、声は弱々しい。
昨日、うなされていた事は覚えてないようだ。
私はウィリー様の背中や足を拭いて、薬を塗った。
そして、ウィリー様の希望を聞いて、部屋の前まで運んでもらった食事をウィリー様に食べてもらう。
今朝はミルク粥を3口食べてくれて、すりおろした林檎を1口、食べてくれた。
それから、部屋の前の侍従に何かあったら呼びにきてもらえるようにお願いして、使用人の食堂へ行く。
みんなに挨拶をして、簡単に朝ごはんを食べた。
それから、掃除用具を準備してもらった。
「ウィリー様のお部屋、誰も入れないから掃除してないんですよね?
掃除をして空気を入れ替えるだけでも、きっとウィリー様の気分は晴れるのではないかと思います」
皆、嬉しそうに私の提案を聞いてくれた。
ウィリー様のために何でもしたい気持ちが皆から伝わってくる。
私は、ウィリー様の部屋に行き、窓を開けた。
ウィリー様は
「バラの匂いだ。」
小さい声ではあったが嬉しそうだった。
食事ができるようになり、ウィリー様は元気を取り戻してきた。
相変わらず夜中にうなされるので、私の部屋をウィリー様の部屋の近くに移動してもらった。
1週間もするとウィリー様は上半身を起こす事ができるようになった。
もう、食事も普通の量を食べれるようになったが、相変わらず部屋には誰も入れなかった。
そばに居る事ができるのは、私だけなのでウィリー様は退屈するんじゃないかと思ったが、ウィリー様はまだほとんどの時間を寝て過ごした。
起きている時は色々な話をしてくれた。
私がこの家に来てから10日が経った。
夜中にうなされる事はまだ続いているが、ウィリー様の顔色は良くなってきた。
まだ痩けた頬は戻らないが、それでも前よりも随分と良くなった。
今日はまた魔法騎士団長が来た。
その時、私はウィリー様の爪を切っていた。
魔道士団長様は何事もなく部屋に入ってきた。
私は、部屋に誰かが入る事ができたことに驚いて、ウィリー様の爪を切るのをやめ、手を引っ込めた。
と、その瞬間、すごい勢いで師団長様は部屋の外に弾き飛ばされた。
私は何が起きたか分からずに固まってしまった。
「ギリギリの所で危なかったぞ!いきなり魔法を発動するとは!」
師団長様は、また部屋に入ってこようとしたが入れなかった。いつものような強い魔力に遮られている。
「なぜ…。さっきと何が違う?なぜさっきは入れた?」
師団長様は聞いてきた。
私達は色々と試したが、わからなかった。
そうこうしているうちにウィリー様は自分の手で顔を触り、切り掛けの爪で危うく怪我をしそうになった。
切り掛けの爪は危ないので、この爪だけは綺麗に切ろうと、再度ウィリー様の手を取った。
と、ここで師団長様は部屋に入れた!
「ウィリーが手を触られていると、部屋に入れるんだ!」
と団長様が気づいた。
私とウィリー様が手を繋いでいると魔力暴走が治る。
この新事実がわかったお陰?で、ウィリー様への面会が可能になった。
まず、この屋敷の使用人が次々にお見舞いに訪れて、次に、私をこの屋敷に連れてきてくれたギルバート・クレメンソン伯爵が面会に来た。
それから、デイケイ院長先生に、ウィリー様の同僚の方々。
その間、私はずっとウィリー様の手を握っていないといけなかった。
お見舞いの方は私にお礼を言ってくれる。
私にまでお土産を持ってくる人までいた!
人前でずっと手を繋いでいる事に恥ずかしさを感じたけど、ウィリー様はしっかりと手を握ってくれていた。
次の日、私は気分転換にウィリー様の部屋を掃除した。
前回の掃除の時には気づかなかったが、ウィリー様の執務用の机にクリスタルの蝶が飾ってある。
虹色のクリスタルの蝶を磨こうとして触ったら、蝶が飛んだ。
私はびっくりしていると、蝶は私の頭にとまった。
まるで髪飾りのように、蝶はとまっている。
「ウィリー様、この魔法の蝶々、勝手に頭にとまったんです。取っていただけませんか?」
ウィリー様は返事をしなかった。
そしてじっと私の顔を見た。
「そんなはず…」
ウィリー様はつぶやいた。
「いや、気のせいだ。私の願望が動かしたんだ」
そうウィリー様は呟くと、クリスタルの蝶々を取ってくれた。
そして、ベッド脇のサイドテーブルに置いた。
お見舞いの人が来ない日は、私はウィリー様に教わりながら文字の勉強をした。
簡単な本は読めるようになってきた。
ウィリー様は新しい単語や文字を覚えると褒めてくれる。
この頃になると、私はウィリー様を信頼して、私の身の上を話した。貧乏男爵家の私は、魔力がないせいで、使用人と一緒の生活を無給でしていた事。
そして、年の離れたロリコン趣味の男性に嫁がされそうになり逃げてきた事など。
名前は明かさなかったけど、身の上だけは話した。
ウィリー様は優しく頭を撫でてくれた。
そのあとから、毎日、サプライズでプレゼントをくれるようになった。
直接、私に渡す事はできないけど、いつも、私の部屋に執事のノエルさんが持ってきてくれた。
それは、私の喜びそうな綺麗なネックレスだったり、髪飾りだったり。チョコレートやクッキー、可愛いキャンディ。
ある時なんて仕立て屋をサロンに呼んで沢山の服を注文してくれた!注文してくれた服は、毎日違う服を着ても当面過ごせるくらい沢山ある。
プレゼントをどうやって注文しているのかとおもったら、毎日読んでいる新聞の広告欄に丸をつけているようだ。
それを見て、執事のノエルさんや、メイドのエラさんが、注文してくれるみたい。
しかも広告とは違う、お抱えの商会で!
そんな大変な思いをしてまでも、私にサプライズのプレゼントをしてくれるウィリー様の優しさが嬉しかった。
1ヶ月経った。
今の状況では国王陛下との謁見は無理と判断されて見送られた。
まだ動き回るのは無理だが、ウィリー様はかなり元気になり、立って歩けるようになった。
しかし、万が一の事を考えて、屋敷の中を魔法陣で張り巡らせた。
ウィリー様の魔力の暴走は相変わらずで、触れていない物は飛ばされてしまうので、椅子に座りたい時は私がエスコートするなど工夫が必要だ。
また、ランチやディナーは私が常にウィリー様の手を握っていないとお皿が飛んで行ってしまう。
そこで、ウィリー様がお食事を召し上がる時は左手は私と手を繋ぎ、右手でフォークを持って召し上がる。
「お食事をもっと快適にしていただくにはどうしたら…いい事を思いつきました!
どこか1箇所触れていればいいんですよね?
ウィリー様、私の足を常に踏んでください!そしたら両手が空きますよ?」
私の提案は却下された。
「それなら、リタに食べさせてほしいな」
ニッコリ笑うウィリー様は目の毒だ。
ツヤツヤのミルクティ色の髪の毛と、淡いブルーの瞳に垂れ目の甘い顔。
『独身で一番モテる男』と言われていると、エラさんから聞いたけど、本当に綺麗な顔で、毎日見られるだけでドキドキして、勘違いしそうになる。
3ヶ月が経った。
ウィリー様の体力作りのために、私はウィリー様とダンスのレッスンを始めた。
ダンスの先生は執事のノエルさん。
初めてのダンスは難しいけど、それでもウィリー様が笑顔で私を見てエスコートしてくれるのは本当に心臓に悪い。
散歩もなるべくするようにしている。
ウィリー様の魔力暴走が起きないように手を繋ぐ必要はあったが、散歩をするのも体力をつけるための運動の一環なので積極的に行っていた。
今は、私しかウィリー様に近づけないから…。
きっと、魔力暴走が治ったら、私はお払い箱だ。
勘違いしそうになるけど、私は世話係で、恋人ではない。
私へのプレゼントは、きっと、杭を抜いたお礼だ。
4ヶ月目のある日。
この日は森の入り口まで1時間かけて散歩をした。
少し歩きすぎたようで、ウィリー様は疲れた様子だった。
帰り道、バラ園のところで
「東屋でお休みしましょう」
そう提案して東屋の椅子に座った。
と。強い風が吹いて、私の帽子が飛ばされた。
私は思わずあいている方の手で帽子を掴もうとしたら、指先から風が出て、帽子は私の頭の上に戻ってきた。
私は固まってしまった。
「わっ私、魔法使えないはずなのに!」
私が焦っていると、
ウィリー様は何も言わずに、私の方を見て
「両手を繋いでくれる?」
と言ってきた。
東屋の椅子に向き合うようにして座り、私とウィリー様は両手を繋いだ。
ウィリー様は小さな声で何かを言った。
私とウィリー様の間に虹色のオーラが見えた。
オーラが消えてからウィリー様は抱きしめてくれた。
恥ずかしくて顔が赤くなる。
「あの時の少女は君だったのか?」
ウィリー様に言われた事がわからずにポカンとしていた。
私の表情を見たウィリー様は、私に通じてない事がわかり、いつもの様子を取り戻した。
「リタ、君に助けられたのは、きっと今回で2回目だ。…でも、そうなると…わからないな。」
ウィリー様はそれ以上この事には触れずに少し休んでから、屋敷に戻った。
そして、執事のノエルさんに、
「明日、ギルバート・クレメンソン伯爵を呼んでほしい」
とお願いしていた。
次の日、伯爵様はやってきた。
伯爵様とウィリー様と3人で東屋に向かった。
「ギル!見ててくれ!」
伯爵様は東屋が見える離れた位置に立ち私たちを見た。
私とウィリー様は両手を繋いだ。
ウィリー様に言われて目を閉じて、暖かい風の流れに集中するように言われた。
ウィリー様が何かをつぶやくと、暖かい風が私の中を通るのがわかった。
それから目を開けるように言われて目を開けた。
「ギル、何が見えた?」
「ウィリーの体から出た濃い光が、リタ嬢の体を通って淡い虹色の光になった後、ウィリーの体に戻った…?なんだこれは」
クレメンソン伯爵様は、懐から小さい手紙を出して、何やら書くと、空に投げた。
手紙は鳥になって飛んでいった。
そして、すぐに、どこからともなく魔導士団長が現れた。
「クレメンソン伯爵から手紙をもらった。何があったのか?」
師団長様は子供のようにウキウキした様子で現れた。
ウィリー様はもう一度、私と両手を繋いで、私に目を閉じるように言った。
そして暖かい風に集中するように言われた。
もう一度、ウィリー様が何かをつぶやくと、暖かい風が私の中を通った。
目を開けるように言われた。今度は、自分の目で確かめた。
たしかにウィリー様から出た光は私を通ってウィリー様に戻っている。
「これは…面白い!こんなの初めて見た!」
師団長様は楽しそうにしている。
「これは魔法省に連絡しないといけないなぁ」
と師団長が言うと、ウィリー様は顔をしかめた。
「…いつかやらないといけない事だから、ここでいっぺんに終わらせよう。
団長、魔法省に連絡をお願いします」
団長様は右手の人差し指をクルクルと動かした。
すると、1分も経たないうちに、立派なローブをきた男性が現れた。
男性が私達の前に来た瞬間、顔色が変わった。
「なぜ?なぜここにいるんだ…。ずっと探していたんだ!」
と魔法省の人は言った。
「なぜ、みんなで隠していたんだ?」
魔法省の人は焦っている。
ここにいるのは、ウィリー様、ギルバート・クレメンソン伯爵様、魔道士団長様。
皆、わけがわからないといった顔をしている。
その魔法省の人は私の前に来た。
「会いたかったよ、リズ」
そう言って、私を抱きしめようとしたが。
ウィリー様が私の手を離したので、魔法省の人は勢いよく飛ばされた。
「大臣、自分の娘の名前を俺の大事な人に向かって呼ばないでください。
確かに、髪の色は金髪で、目の色はヘーゼルナッツ色なのは同じだ。
でも、顔は全然似ていない!あのわがまま娘は嫌いだ」
ウィリー様が悪態をついた。
でも会話の内容がいまいちわからない。
ウィリー様は私の横にいるが、今は私の手を掴もうとしないので、魔法省の人は私達に近づけない。
「お願いだ。私の話を聞いてほしい。」
魔法省の人は懇願しているようだ。
「ウィリー様、ひとまずお屋敷に戻ってお茶にしましょう?」
私はウィリー様に提案した。
ウィリー様はずっと機嫌が悪くて、私とは手を繋がないが、離れて歩こうとすると
「リタは俺の横!手を繋ぐと、大臣が近づいてくるから!」
と大臣を牽制しているようだ。
お屋敷に戻ると手を繋いだ。
使用人の方々に怪我をさせたら大変だから。
執事のノエルさんは3人もお客様がいる事にびっくりして、すぐにお茶の用意をしてくれた。
私達はサロンで話をする事になった。
私はいつものようにウィリー様の横に座り、手を繋ぐ。
「大臣の話を聞く前に、俺から。」
とウィリー様は切り出した。
「俺は大臣からお願いされた婚約は破棄する。俺はこれからずっとリタといたい。」
クスクス笑う声がする
「ギル、師団長、笑わないでください!俺はリタから離れたくない!」
とウィリー様が言うと
「リタ嬢から、離れられないのは好都合なわけだね?」
とギルバート・クレメンソン伯爵は笑っていた。
大臣は何も返事をせずに話し出した。
「私は戦争に行くにあたって、娘が元気かどうかを知るために、娘に目に見えない印をつけたんだ。離れていても娘の気配が感じれるように…。」
大臣はずっと私を見ている。
「そんな娘の気配が数ヶ月前から感じ取れなくなった。急いで屋敷に戻ると…娘と名乗る女の子がいるだけで、私の娘がいなくなっていたんだ。
それから全く娘の気配が感じ取れない。焦ってここ数ヶ月探していたんだ。もしや娘が死んだのではないかと不安すら感じた。
そうしたら、今日、私の目の前にいる女の子から娘の気配がする!」
なんだか言っている事がわからなくて、皆混乱した。
師団長様が
「イライザーグ大臣。つまり、大臣は戦地に行ってからは、ずっと娘さんが無事か『自分がつけた印』を辿っていたと」
「そうだよ」
と大臣。
イライザーグ!それってリズボン様のお父様で、私が一家で居候していた屋敷の持ち主!
「その印が数ヶ月前から、忽然と消えた。つまり娘さんが行方不明になった。急いで家に帰ると、別人が娘と名乗ったと?」
「そう!そうなんだ。10年ぶりに娘に会いに行ったのに!」
みんなびっくりした。
「10年ほったらかしだったんですか?印をつけるくらい大事な娘さんを?なんかやってる事がおかしいです」
師団長は呆れている。
「この10年、国家の危機が何度もあった。戦争にクーデター未遂、帰れる状況ではなかった。それに娘の誘拐が怖くて屋敷を結界で覆って、どこにあるかわからなくしたんだ。
娘は8歳の時、誘拐された。その時はウィリー君も一緒に誘拐されてね…。」
皆、ああ、と言って無言になった。
「ウィリー君と、うちの娘と、そして妻が人質になった…。
残念ながら妻は助からなった。
その時のうちの娘とウィリー君は勇敢でね。
娘とウィリー君は、手を繋ぐとすごい魔力が出る事に無意識に気付いてしまったんだね。
娘とウィリー君は手を繋いで、思いっきり魔力を発散したんだ。
それで、誘拐した犯人達は全滅。
その時に娘は魔力が尽きてしまったんだ。」
「表には出せない事件だったけど、『魔力の炎の中で、手を繋いで歩いてくる二人の子供』は伝説ですよ。」
と団長様が口を挟んだ。
「娘は魔力がない。ここでまた誘拐されたらと思うと怖くて…どこにいるか誰にもわからないのが得策だと思ったんだ!
まさか!信頼していた身内に裏切られるとは思わなかったがな!
戦地に行くために、娘を託したのは、親戚のタナード男爵だ。
ちょうど住むところがなくて困っていたし、同じ歳の子供もいたから、娘の世話係として雇ったんだ。
それが、自分の娘と、私の娘をすり替えて育てるなんて!」
私はびっくりした。
私は本当はイライザーグ伯爵家の娘で、本当のお父様は目の前のイライザーグ大臣。
本当の家族だと思っていたタナード男爵夫婦は遠縁の親戚。
私が魔法が使えないのは、そもそも魔力が尽きてしまったから。
「タナード男爵に娘を任せた時、誘拐事件の後遺症で、まだ娘は意識がはっきりしていなくて…。
私が戦地に行ってから、娘は徐々に元気になってきたんだ。それまでは、自分が誰かすら分からないくらいの状況だったらしい。
あの夫婦はそれにつけこんで、娘に嘘を教えたんだ!
タナード男爵は、誘拐事件があったのは知っているけど、その時に妻が亡くなったことや、娘の魔力が尽きてしまった事、そして私が娘に印をつけている事を知らなかったんだ」
大臣はもう一度私の方を向いた。
「さあ、『エリザベス・イライザーグ』と名乗ってみなさい!」
と言われたので
「エリザベス・イライザーグ」
と声に出したら、私の体の周りに魔法陣が現れた!
「これが、私の『リズにかけた魔法』だよ。」
大臣は嬉しそうに私を見た。
その時、ウィリー様から怒りが感じられた。
「さっきから、好き勝手言ってるけど、ようは大臣が色々な理由をつけて娘に会いに行かなかったせいで、
ここにいるリタは、魔力がないといじめられて、使用人と同じ生活をさせられ、挙げ句の果てに、気持ち悪いジジイに嫁に出されそうになったんだ!
全部、父親であるイライザーグ伯爵が悪い!」
ウィリー様は手を繋いでいるのに、それでも魔力が抑えきれずにサロンの家具がカタカタ音をたてている。
「だましたタナード男爵一家は今、どうしているんだ?」
ウィリー様は睨むようにイライザーグ大臣である私の本当の父を見た。
「誘拐した事実も何もなかったから…公的な罪状がなくて…。
今は監視をつけているだけだ。
あいつらは、リズが勝手にいなくなったと言いはっている。
リズのフリした娘も、後になって『リズ』のふりをしていつも二人で遊んでいただけだ、と言って…。
そもそも、貴族の娘は本当の名前を名乗らないものだし…。
だから罪状がなかった…。
でも、リズが見つかった!
すぐにでも、あいつらを捕まえに行かないと!」
「俺も行きます。俺は3年前、『リズボン・イライザーグ』と婚約者として会っている。
俺は、イライザーグ大臣から婚約者の話を持ちかけられた時嬉しかったんだ!
あの時の女の子が自分の婚約者になったと思って!
でも会ってみたら性格の悪い我儘娘だった。
すごくがっかりして、婚約を解消してほしいと大臣に訴えていたんだけど…。そもそも偽物だった!
これは、イライザーグ侯爵家を乗っ取ろうとしたんだ!立派な犯罪だ」
すぐに、ウィリー様の騎士服に魔法陣を施した。
「行こうか」
イライザーグ侯爵と、ウィリー様と私は、かつて私が住んでいたイライザーグ邸に向かった。
移転の魔法陣の中に入り、一瞬でついた。
二度と来ないと思っていたイライザーグ邸を前に、少し震えると、ウィリー様がぎゅっと手を握ってくれた。
すでに、衛兵が屋敷を取り囲んでいる。
イライザーグ侯爵がドアを開け、沢山の衛兵がなだれ込んだ。
すぐに捕らえられた3人が、屋敷の外に引きずり出された。
「リズボンはいないわ!勝手に出て行ったのに!」
と偽リズボンが言った。
「今まで面倒を見たのは私たちだ!感謝されることがあっても犯罪者扱いをされる覚えはない!」
「あの子は魔法も使えない。そんな子を私たちは面倒見たのに」
言いたい放題、私が目の前にいるのに、悪口を言った。
「あっ、ウィリー様!私はリズボン様に言われて、リズボン様のフリしてあなたに会っただけなのよ!
それに魔法が使えないリズボンよりも、魔法が使えて可愛い私の方がいいでしょ?」
ウィリー様と手を繋いでいる私がいるのに、まだ媚を売っている。
「その手を繋いでいる人よりも私の方が可愛いでしょ?」
偽リズボンは私がリリカ・タナードと名乗っていた少女だとは気づかない。
ウィリー様は黙っていたが、繋いでいない方の手から光が流れ出して、罪人として縛られている3人の足元に流れ出ていた。
ウィリー様の指先の光は魔法陣を描いているようだ。
その事に衛兵や、イライザーグ大臣が気付き、全員の顔色が変わって、タナード男爵一家をその場に残して離れて行った。
「やっぱり私たちが罪人じゃないと思ってるんでしょ?」
「縄をとけ!」
と3人は口々に叫んでいる。
「うるさい!」
ウィリー様が怒鳴ると、雷鳴が轟いた。
ウィリー様の声は地響きのように聞こえてくる。
「お前らは好き勝手言って!」
怒りが凄すぎて、もはや雷の音で声が聞こえない。
3人の下に描かれた魔法陣のせいで、その場に縛られて動けないタナード男爵一家。
ウィリー様は私の手を離した。
ウィリー様の魔力が解放されて、周りのものがなぎ倒されていく。
でも、3人は魔法陣のせいで動けずに飛んできたもので傷だらけになっていく。
「お前らのせいで!リタがどんなに辛い生活を送ったか!お前らはリタの人生を乗っ取ろうとしたんだ!!」
ウィリー様の怒りは頂点に達し、イライザーグ邸のガラスが割れた。
沢山の衛兵が、ウィリー様の怒りの渦に巻き込まれそうになっていた。
私はウィリー様の元に走り、ウィリー様の目の前に出た。
「裁きを下すのは、この国の法律であり私でもウィリー様でもありません。後は、衛兵に任せて帰りましょう!」
そう言って、ウィリー様の両手を握った。
ウィリー様から溢れ出す光は、私を通って虹色になり、ウィリー様に戻る。
東屋で見た現象が起きているが、ウィリー様は怒りが収まらず、ずっと光が出続ける。
怒りが強すぎるせいだろうか、ずっと雷鳴が轟き、激しい風が吹いていた。
私はウィリー様が帰ろうと言うまで手を握り続けた。
どれくらい向かい合って両手を握っていたかわからないが、だんだんウィリー様から流れ出る光の勢いが弱まり、そして何も出なくなった。
雷鳴はやみ、風が穏やかになった。
私はウィリー様から手を離した。
もう魔力暴走はなくなった。
周りを見ると、イライザーグ大臣は衛兵を守るために結界を張っていた。
それでも、守りきれないと思ったのか、全員が盾を出して魔力の嵐から身を護ろうとしていた。
タナード男爵一家は、気を失っていた。
衛兵は防御を解くと3人を捕らえて移動魔法陣の中に消えて行った。
その後、3人は、イライザーグ侯爵家への詐欺罪、横領罪、など多数の罪状をつけられた。
一生地下牢から出れないだろう。
私は相変わらずウィリー様と住んでいる。
ウィリー様は、イライザーグ侯爵…お父様に対する怒りが収まらないみたいで、お父様が屋敷の中に入ることを許していない。
お父様が私を見つけられなかったのは、ウィリー様のお屋敷が強い結界で守られており、私の印がかき消されてしまったせいだと後で知った。
子供の頃の記憶は戻る気配はない。
ウィリー様がうなされていた時に私が歌った歌は、母がよく私に歌ってくれた子守唄だったみたいだからいつかは、誘拐前の記憶が戻るのではないかと思っている。
そして、私はあれから何故か少しだけ魔法が使えるようになった。
ウィリー様の魔力量は変わっていないので、有り余るウィリー様の魔力を少しもらったのではないか?という魔法省の見解だ。
魔法が使えるようになったので、魔法の訓練と読み書きを教わっていて、勉強の一環として日記を描いている。
今日は日記の予定表の半年後の欄に、『結婚式』と書き込んだ。
私はウィリー様と正式に婚約して、半年後、結婚する予定だ。
結婚が決まってから、ウィリー様は大変な秘密を打ち明けてくれた。
なんとウィリー様は第三王子だったのだ!
私とウィリー様の結婚式は国を上げての結婚式が行われる予定だ。
今まで色々な事があったけど、私は今、すごく幸せ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
『リズボン』と『エリザベス』は、どちらも愛称が『リズ』になるので、父であるイライザーグ侯爵は、娘の仮の名前を『リズボン』と決めました。
説明的な文章をどこに入れていいかわからずに補足として書かせていただきました。