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宇宙の戦士

「従軍僧兵に五分間!」


 阿闍梨(あじゃり)の大音声とともに、一般兵科の宇宙服たちが動いた。それぞれの小隊に配属された、僧兵の下へである。

 戦闘行動前にはありふれた光景だった。生死の(きわ)に赴く折、心に不安を生じる者は数多い。それを緩和すべく、従軍の聖職者が祝福を施すのだ。

 無論、兵士たちの全てが仏道に帰依するではない。だが個々の信仰はこの際問題ではなかった。そもそも全宗教宗門合同議会において、各々が信ずるおおきなものは、人の幸福を願うという共通認識が採択されている。ゆえに人の心を救うためとあらば、あらゆる教えがこの役目を拒みはしない。また求める側も、敢えて宗派を選り好みすることはない。第六宙域には仏道使いが多く配属されている。ゆえに僧兵に御鉢が回ったが、神道使いの比率が高ければ神職が、他の宙域ならば牧師や神父がこの役目を受けただろう。

「いや目の前でばーちゃんが転びかけた時にさ、いちいち信仰訊いてから助けんの? それ面倒くさくない?」とは、神道使い最高位階者の言である。


 そうした人流れとは無関係に、HTF-OB-03は行く。

 彼の属する小隊は同01、02との三人一組(スリーマンセル)。全員が総合戦闘術仏道を修める僧兵であり、心のありようも既にして練られている。三名の精神に揺らぎはなく、足取りは迷うことなく進み小隊用の擬宝珠へと乗り込んだ。釈尊の骨壺を模した船体が斥力光を放ち、戦闘挺は滑るように発進する。

 向かう先は小惑星帯(アステロイドベルト)であった。

 今回の第六地球宙域駐留軍(ヘキサテラフォース)の任務は、第五宙域よりこの小惑星帯に逃亡した羽蟲の殲滅である。

 羽蟲と通称されるそれは、雀蛾の如きフォルムを持つ蟲人どもの生体兵器だった。どのような手段によってか、三角翅の羽ばたきにより宇宙空間においても推力を得、亜光速で飛翔する生きた弾丸である。

 甲殻を備えず、ほぼ人間と同サイズであるこの蟲が、誘導式甲虫弾(スカラベ)のように戦艦(いくさぶね)を撃墜することはない。


 ならば脅威に成りえぬかと言えば、違う。

 羽蟲は、戦艦内部に、或いは戦線の後方に棲息する、もっとやわらかいもの(・・・・・・・・・・)を効率的に殺傷すべく特化された存在だった。

 大量射出されるこの弾体たちは、飽和攻撃めいて防衛線を掻い潜る。そして浸透した先で繁殖を行い、数を膨れ上がらせて民間人を襲うのだ。柔軟にして自在にしなる金属口吻は破界作用を備え、幾重もの結界に守られた要人すら暗殺してのける。人類の戦線を一時は後退させた、剣呑極まりない蟲であった。

 ほんの一匹でも打ち漏らせば、数万の死を招くのだ。第六地球宙域駐留軍司令部が即座に動員をかけたのも最もと言えよう。


 担当小惑星に擬宝珠が接地したところで、操縦を行っていた03が、「うむ」と頷いた。


「うむ」

「うむ」


 そっくり同じ声音が返る。

 型番からも知れる通り、彼らは同素体を原型とした従軍複製僧兵だ。まるで見分けのつかぬ風貌ながら、しかし双子の意識がリンクせぬように、三名は以心伝心ではない。通信機器を介した音声やジェスチャーで意思疎通を図る必要があった。

 そも同型の複製体を同様の環境で育てても、同じ人間には仕上がらないとは世に知れたことである。思考は勿論、得手不得手や好悪の情まで、似通いはしても同一にはならぬのだ。複製体も魂を持つとされる所以であり、人の力の根本が魂魄にあるとする学説の補強ともなっている。

 例に漏れず、この三人一組もそれぞれ得意分野が異なっていた。

 03は小乗。光速にすら反応する知覚と気を用いた自己強化に秀でた存在であり、ために擬宝珠を担当した。対して02は大乗。自利利他の境地により周囲の気流(・・)を操作し、神道の技にも似た広範囲破壊を自在とする。

 そして01は結界。他の二名よりも深く強固な結界の構築が本領であり、本作戦の要とも言える。まず彼が担当小惑星を中心に円状結界を展開、万一羽蟲を発見した場合、その逃亡を阻止する手筈であった。


 船外に出た三名がふわりと宙に浮く。迦楼羅天秘法ヴァーハナ・スラスターを噴射しつつ、それぞれの背が磁力を持つかのように引き合って吸着した。

 加持陣容アディシュターナ・フォーメーション

 印相(ムドラー)真言(マントラ)、そして練気に相応して増幅された心魂のはたらきにより精神的に互いを連結。三面六臂の仏鬼が如く一体となり、全方位の事象に即応を可能とする隊伍である。

 事前の取り決め通り、01がまず前面を受け持って封鎖結界を形成。次いで相互の迦楼羅天秘法により百二十度のスイッチが行われ、03が正面を担当する。知覚に優れた彼が目となり索敵に当たる形であったが、「む」と03が声を漏らしたのは直後のことだ。

 彼の両眼が、小惑星の岩肌に擬態する卵嚢を至極あっさりと捉えたのである。

 羽蟲のものに相違なかった。小隊は当たりを引いたのだ。すかさず02がスイッチし、印を組む。広範囲仏道で確実に卵嚢を焼き払う構えであった。


 が、次の瞬間。

 01の顔面が爆ぜた。彼の担当角度より飛来した金属口吻の仕業である。羽蟲の邀撃だった。卵を囮として誘引し、逸れた注意の死角を狙い澄ましたのだ。小惑星を包む結界の維持に意識容量を振り分けた01は、亜光速の刺突に反応叶わず命を散らす。

 それでも、彼が何も為しえなかったわけではない。羽蟲の一撃は三人の胴をまとめて貫かんとするものであった。01は咄嗟の動きでこれを逸らし、死を己のみに留めたのである。

 続く攻撃に備うべく03は回頭――できない。02が迦楼羅天秘法により、動きを制している。一瞬の遅滞が、再度の刺突を許した。02の頭が砕け散り、けれど次の瞬間、真空中に炎が渦を巻いた。02の火象印が生んだ大火である。彼は羽蟲の繁殖を確実に妨げるために命を擲ったのだ。紅蓮の舌は小惑星の一部ごと卵嚢を舐め取って消失する。


 羽蟲がその三角翅を振るわせた。怒りの表れである。囮として用いはしても、実際に我が子を焼かせるつもりはなかったのだろう。 

 憤怒のままに、三度(みたび)口吻が宙を走る。03の反応速度を見誤った羽蟲の判断ミス。03は体をひねってこれを見切るや、のみならず右手でむんずと掴んでのける。

 予想外の事態に、逃れようと羽蟲が羽ばたく。星間飛行を行うだけの推力が生じるが、03の両足は根を張ったように動かない。

 結界技法の応用である。03は自身を壁面に固着させたのだ。無論、羽蟲の飛翔力をまともに受ける形だ。常人ならば胴が引きちぎれている。だが金剛身法(ゴンゲン・スタイル)により強化された彼の五体はこれに耐え、更には腕一本で羽蟲を引き寄せまでした。

 大人と子供の綱引きのように、容易く手繰り寄せられた蟲の頭部へ、03の左手刀が閃いた。

 利剣の名号(アミダ・リッパー)

 亜光速にも耐える生体兵器は、ただひと太刀に首を刎ねられる。それはひと声に全ての罪業を滅ぼすという阿弥陀仏の功徳の如きありさまであった。


 03は小さく息を吐き、背に負うた骸ふたつを顧みる。

 最早物言わぬ彼らが最後に抱いた感情は、どのようなものであったろうか。満足か、後悔か、はたまた悟りか。

 自身の似姿ながら、03にそれを知る術はない。

 此度の任はこれで終わった。だが、戦そのものはまだ終わるまい。おそらくは戦火の果てより早く、己が死する日がやって来る。

 その時を、自分はどのように迎えるだろうか。

 見苦しく生き足掻くか得心のうちに瞑目するか。その答えは、訪れるまでわかるまい。

 我が身命がわずかなりとも平和への道を押し進めることを、03は祈るばかりだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 笑って、ハラハラして、そして切なくなって……頭が忙しい! 和尚様が、いずれ笑顔を浮かべられますように。
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