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独白〜思春期前編(エキドナ視点)〜


<<警告!!>>

残酷描写および鬱描写過多です。

苦手な方は飛ばして読んで下さい。



________***


『__にしても××までこの高校受かるとは思ってなかったよ〜』


『え〜何それ、ひどーい』


親友とはまた別の…中学時代からの友人と各々自転車に乗り人気のない田舎道を走る。


親友との出会いから数年後、私は高校生になった。

親友と一緒の学校に通いたいという理由だけで、地元では割と有名なエリート高校に進学した。

受験勉強頑張った。


『だってあんた内申はそんなに良くなかったじゃん!』


『まぁね〜。普段のテストの成績、あんまり良くなかったから…』


『それを本番でボーダー以上の点数取って一発合格とか……男子かっ!』


『あ〜それ、ばーちゃんにも言われたわ〜』


友人の突っ込みに苦笑しながら返事をする。


『あっ じゃああたしこっちだからまた明日!』


『うん、バイバーイ』


いつもの分かれ道で友人と笑顔で別れそして……少し冷めた表情に戻って静かに息を吐く。




傍目から見れば、多分私はそれなりに順風満帆な… "普通の女の子" に見えただろう。


当たり前だ。


ずっと "そういう振りをして" 隠し通しているのだから。




"高校生" と言えば『青春』とか、『多感な時期』とか、『一生モノの思い出』……とか、

一般的にはそんな認識らしい。



「……」


ドッッックン


(家に、帰りたくないなぁ…)



私にはほぼなかったけれど。




切っ掛けは中学生の時、友人達との些細な会話だった。


『××も見なよ〜めっちゃ面白いよ!!』


『え〜! ほ、ホラー、怖いよ〜…』


内容は当時友人間で流行っていたホラー映画だった。

昔からそういうものが苦手だった私は、映画は見ずに話の内容を友人に教えて貰う形で会話に参加していた。


『で! ここネタバレなんだけど幽霊の正体が幽霊に襲われた男達が実は過去に "レイプ" した女の子達で…!』


『"れいぷ" って、なぁに?』


一瞬で友人達の顔が強張り静かになった。


『?? どっどうしたの…?』


素朴な疑問を口にしただけだった私は慌てて尋ねる。


『…え、×× "レイプ" の意味知らないの〜!?』


『うん』


『えぇとねつまり…』


少し言いづらそうに、一緒に話をしていた別の友人が私の耳元まで近付き小声で教えてくれた。



その時私が何を思い何を感じたのかはよく覚えていない。


ただ、


『昔自分が知らない男にされた行為は、俗に言う "レイプまがい" だったと理解するのにかなりの年月を要した』


それだけはよく覚えている。



なお気付いた後で改めて母親にその事を伝えてみたが……ヒステリーを起こされ泣き寝入りさせられた。


しかしそんな母の反応や友人達の言動から見て、"公に出来ないもの" という事だけはよくわかった。


(私の境遇って "変" なんだ。"異常" なんだ…)


そう思った瞬間、



一気に自分自身が、穢らわしい何かになったようだった。

周囲の人達よりも遥かに劣った生き物のように思えた。



もちろん人には言えない。

誰にも言えない。


私がみんなとは違って "真っ黒" に汚れきっている事を知られたくない。

"真っ白" なみんなから蔑まれ、見下され、怯えられ…拒絶されるのが怖くて仕方がない。


(もしバレてしまったらどうしよう、冷たい目で睨まれたらどうしよう、害されたらどうしよう)


そんな不安と恐怖の感情でいっぱいになった。


けど同時に汚い自分がみんなと一緒の空間に居る事に申し訳なさを感じた。

そして口外しないからこそ、周囲に隠し事をしている自分に罪悪感を覚えた。

まるでみんなを騙しているような心地だった。


だから私は友人と関わる場面以外では出来る限り俯き、背中を丸めて小さく縮こまっていた。

"自分の存在" がみんなから注目されないために息を殺し気配を消すようにした。

誰にも悟られないように気付かれないように。

誰にも、私が汚い人間である事がバレないように。


ドッッックン


『っ…』


『ん? どーかした××?』


…………自分の感情も思いも押し殺して、例え本当はその場から逃げ出し大声で泣き叫びたくなっても、


『ううん、何でもないよ!』





"何事も無いように、普通に笑って生きてきた"。





私を襲った男は中背中肉に黒髪短髪のどこにでも居る素朴な雰囲気の男だった。

あまり目立つ特徴のない若い男だった。


そしてこの時点ではもう、時間が経ち過ぎたのかもしくはあまりのショックで拒絶反応が出ているのか、私は犯人である男の顔を思い出せない状態だった。





それなのに、襲われた時の映像は焼き付いて離れない。

音も消えてなくならない。





毎日毎日、ふとした瞬間にあの男の荒い呼吸音と『ごめんね、ごめんね』の音声。

そして幼い自分の泣き叫ぶ声……それが本当に毎日聞こえ続けている。

その事を思い出すたびに男が触った箇所が腐ったような感覚に陥り、自分と同じはずだった周囲の女の子達との間に大きな隔りが出来た感覚だった。


しかも、


『わぁっ きれい…!』


そう言った直後私は男に掴まれ押し倒された。




だからいつも "きれい" な景色や花、そんな綺麗な物を目にして『"きれい" …』と呟くたび、思うたびにあの光景が蘇る。声が蘇る。




(私はみんなより汚いんだ。呪われているんだ)


そう思い込んで一人苦しんだ。


(なんであの時、男に掴まれる前に逃げられなかったんだろう。ううん、掴まれた瞬間にせめて大声を出して助けを呼べていたら…! 私は、馬鹿だ)


ひたすら自分を責め続けた。


…出来る事なら訴えたかった。

男に罪を償わせたかった。罰を与えたかった。


でも、自分なりに調べれば調べるほどに……残酷な現実が色濃く浮き出ていくばかりだった。




加えてそんな現実を見えない何かが嘲笑うかのように私の家庭環境はより酷いものになっていた。


いつの間にか私と兄は普通の兄妹(きょうだい)とはかけ離れた関係になっていた。



『お兄ちゃんは "可哀想な子" だから××が支えてあげるのよ』


『あなたは恵まれた子だから兄より出来て当然。お兄ちゃんの力になるのは当たり前』



高校生になった今でも周囲の大人達から言われ続けている言葉。

……私の存在を否定し "兄の召使い" として縛り付けるための、呪詛(じゅそ)

どれだけ我慢して、自分よりも兄を最優先に考えて動いたはずなのに…兄は次第におかしくなっていった。

精神を病み、深夜早朝にかけて叫んで暴れるようになった。


「兄ちゃん…」


驚愕したように呟く。


また暴れたらしい。

そこは日常だ。…いつもの事。

けれどどうやら今度は食器棚を壊したらしい。


台所の床には所々ガラスの破片が散乱して、兄は未だに肩で息をしているようだった。


「……手、見せて」


「あ"ぁ!!!?」


「傷がないか確認するから見せなさい!!」


怒鳴り声に負けず私も声を張り上げる。

…本当は、手も足も震えている。

殴られるかもしれない。怖い。


そのままソッと兄の手に触れて確認する。


(赤くはなっているけど、出血はない…)


ホッと安心して息を吐いた。

ガラスの破片で手を切らずに済んだようだ。

……そして普段なら、私は兄の召使いだから黙々とガラス片を拾って掃除機をかけて片付け始めただろう。


だけど、


「兄ちゃん、ガラス片は大きいのは集めて新聞紙に包む事、細かいのは掃除機で吸って」


「…は?」


「"自分でやって" !!」


「ハァッ!!?」


そのまま別の部屋…物置へと逃げる。

もう限界だった。


「ふざけんなカスが…ッ!!」


罵声が聞こえる。また物を殴る音がする。

私はそっと…耳を両手で塞いだ。


今迄も、そしてこれからも私は一生兄の存在に縛られ続ける事に気付いてしまったから。


ただ "同じ親に生まれた" だけなのに……私の人生には常に兄が居て、兄を第一に考えなければいけない。面倒を見続けなければいけない。


私か兄が、死ぬまで一生。


「……」


「〜〜〜〜!!!!」


ガンガンガン!!


(…もう、耳なんて無くなればいい。そうしたらこんな怒鳴り声を聞かなくて済むから)


ガターーンッ!!


次に目を静かに…疲れたように閉じる。


(目も無くなればいい。だってこんな現実を見なくて済むから。それに…)


ポロっと目から落ちて、慌てて眉を寄せ唇を噛み締める。……けれども、次々溢れる。


「ふっ……うぅっ…!」


(泣かなくて、済むから…!)



いつから?

いつからこうなってしまったのだろう。



昔はよく笑っていてくれたのに……兄もあの頃の兄とは違う別の生き物になったようだった。



かなり後で知った話だが、昔の兄が普段からにこにこと笑っていたのは "自身の状況を全く理解出来ていなかった" かららしい。

母曰く兄がまだ小学生の時、クラスの様子を覗いたら…………クラスメイトに集団で物を投げつけられているにも関わらず兄はいつまでもにこにこ笑っていたそうだ。


そんな兄から笑顔が無くなったのは私が小学校の中学年くらいの時だった。

そこから兄の癇癪(かんしゃく)という名の叫んで暴れる行為はエスカレートしていった。


そして大学生になった兄は日常的に家具や壁を殴って破壊していた。

だから私は息を潜めて、兄の罵声や暴れる衝撃音から必死に耳を塞いで過ごした。辛かった。



母は心労からか酒の量が増えて寝込む日が多くなった。


唯一優しく "普通" な父親は何故か帰って来なくなった。

今思えば仕事を理由に家庭から逃げていたんだろう。


それでも周りの親族、母の友人達は私に言う。



『あなたは "お兄ちゃんと違って" しっかりしてて "恵まれた子" なんだから頑張って』


これ以上、何を頑張ればいいんだ。



追い詰められていた。



そしてとうとう、いつも私の話を聞いてくれていた親友に距離を置かれるようになった。


『××が辛いのはよくわかってるよ…。でもごめん。これ以上は、一緒に居られない…!』


いつかこうなるかもしれないという事はわかっていた。


『……わかった。ごめんね…』



あの子に限らず、大抵の人は自身にとって救いのない暗い話は避けたいだろうから。聞きたくないだろうから。

都合の悪いものは出来るだけ遠ざけるものだから。


見ようとはしない。

見ない。

"無いもの" として扱う。

それは、ある意味で賢い処世術だと思う。


(私も、"無いもの" として扱えたら良かったな…)


けれど私はその残酷な現実からは逃げられない。

どれだけ逃げ出したくても、逃げられない。



『みんな同じ』だと思っていたから、今迄耐えられた。

"辛い" とか "悲しい" とか…そんな感情が感じられなくなっていたから耐えられた。


…でも、友人達と関わるたびに思い知らされた。



『よくお母さんとお菓子作っててね…』


『いいねー! あたしはこの間お兄ちゃんと出掛けたんだけどさ〜!』



私の過去は、今の境遇は、みんなと "違う" 。



『××は?』


『え?』


『××の家族の話あんまり聞いた事ないから気になる〜!』


『わかる! 聞きた〜い』


『…………普通、だよ』



"普通" じゃない。

そしてみんなの優しさに触れて、私自身の本来持っていた人間らしい感情を取り戻せば取り戻すほどに……息が出来なくなるくらいの苦しみが、身を貫きそのまま叫び上げたくなる痛みが、悲しみが、強く感じられるようになったから…………辛かった。


(……私は幸せになれないんだ。幸せを願うのもダメなんだ…)


自然とそう考えるようになった。


『この世で最も不幸な事は "辛い目に遭った事" 自体ではなく、誰にも "その辛さを理解されない事"』


そう、思い知らされた。



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