表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/233

擦り減る


________***


朝、登校前の鍛錬に勤しむ。

早めに一人広場で自主練習をして少しするとリアムやフィンレーと大体のメンバーが集って来る。


「はぁ!!」


「オラァッ!!」


ガキィィンッ


普段参加している早朝訓練が休みらしく、今日は久々にニールも参加中だ。

舞うように双剣を振るうエキドナへニールは攻撃の手を緩めない。


ブォンッ!!


剣がエキドナの横を大きく掠める。

馬鹿力と直感力に優れたニールは典型的な近距離肉弾戦タイプの戦士だ。

まともに攻撃を食らえばエキドナの華奢な身体なんてすぐ破損し、使い物にならなくなるだろう。

しかしエキドナはエキドナで小柄故の身軽さとスピードで柔軟に対応して行く。


力はあるがエキドナほどのスピードが出せないニール、スピードはあるがニールほどの力が出せないエキドナ……とお互いの長所と短所の兼ね合いにより決着が付かないのが玉に傷だが、手加減なしで身体を動かすには最適なのである。


ピタッ


激しい攻防戦の中、突如ニールが静止した。


「…ニール?」


エキドナがその行動に疑問の声を上げると、ニールは自身の持つ長剣を地面に突き刺して口を開くのだった。


「なんか、最近のオマエしょげてねッ?」


「えっ」


エキドナは内心動揺が走る。

しかし構わずニールは明るいオレンジの目でエキドナを見つめながら首を傾げるのだった。

頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。


「んー…上手く言えねぇけど、入学してから前よりしんどそうっつーか、いやそれよりも前から少しずつ……? アッわかったぜッ!!」


閃いたと言わんばかりにニールがエキドナを指差して宣言する。


「さてはドナ『ホームシック』ってやつだなッ!!?」


「…!」


ニールの回答にエキドナがより金の目を大きく開いて固まった。

そんな彼女の反応から当たりと判断したニールが得意げに話し続ける。


「オレ達みんな寮だもんなッ! アーノルドのオッサンとルーシーオバサンとアンジェに会えなくて寂しいんだろッ!!」


「そうだね…」


朝から、いやいつも元気いっぱいなニールの声に若干押されつつ、エキドナは内心安堵のため息を吐くのだった。


(良かった回答ハズレてて。ニールは勘が鋭いところがあるからなぁ…。そしてどストレートに突っ込んでくるし)


すると今度はニカッと人好きのする笑顔を浮かべてエキドナの頭を大きな手がワシャワシャと雑に撫で始めた。


「わっ」


「ドナは頑張り屋だからなーッ まぁもし別のもんで悩んでてもさ、そーゆー時は素直に甘えればいいんだぜッ?」


「…!?」


(えっこれは適当に言った? 確信犯?? どっち!?)


「オレは難しい話わっかんねーけどさ、そーゆー時はリアムとか頭いいヤツに聞けばいいんじゃねーのッ?」


「わかった! わかったから頭撫でるのはやめて髪の毛ぐちゃぐちゃ」


エキドナの必死な態度が伝わったのかニールがパッと手を離す。

だがしかし、大雑把にひたすら頭を撫でられまくったエキドナはちびっ子に絡まれて毛並みがボロボロになった(ワンコ)並に金の髪が荒れ果てるのであった。

……今度から犬猫を触る時は気を付けよう。


「相変わらずドナはちっせーなーッ!」


そしてニールはあいも変わらず無邪気に笑っている。


「そういうニールはでかくなったよね…けしからん羨ましい! 寄越せその身長!! 恵ませろ!!」


隠しもせず醜い嫉妬心(ジェラシー)全開でエキドナがキーッ! と悔しそうに唸った。

小柄なエキドナは大柄なニールの体格を日々羨ましがっているのだ。


「おういいぜッ! ソレ高い高ーい!!」


何を勘違いしたのか言いながらニールがエキドナの腰辺りを両手で掴んで持ち上げ、空中で上下に揺らし始めた。


「わっ! そーゆー意味じゃないから! てか離して!!」


楽しそうに遊んでいるニールとは対照的に持ち上げられているエキドナは本気で焦り動揺している。


「あんたのその怪力で何回骨を折られたと思ってんの!」


「えーーっと…二回ッ?」


「ヒビも入れれば三回だから馬鹿ニール! あと僕も一回折られてるの忘れないでよ!?」


遠巻きに二人を見守っていたらしいフィンレーが突っ込みながら割って入る。


そう。

実は二人の圧倒的な体格差…と言うより、昔以上に力加減が難しくなってしまったニールの怪力が災いしてオルティス姉弟(きょうだい)は過去に腕だの足だのアバラだのと骨を折られた事があるのだ。

こうして賑やかに朝の鍛錬を終えて皆一旦帰宅した後で改めていつもの集合場所に落ち合い、登校するのだった。





そして一日の授業をひと通り受け終えた放課後の事。

現在皆生徒会室で各々寛いでいる。

厳密には約二名のメンバーと生徒会長の働き過ぎにより業務がある程度終えてしまったので手が空いているのだ。


「ちょっとリー様!! 私を騙したね!?」


静かに読書をしていたエキドナが突如立ち上がって抗議の声を上げる。


「おっどうしたどうした」


リアムより先にエキドナに声を掛けたのはフランシスである。

テーブルに頬杖を付き楽しそうに眺めている。


「この本! 『ミステリーで先が読めなくて面白い』って言ってたけどがっつりホラーだったじゃない!!!」


エキドナが胸の前で掲げるのは一冊の本だ。


「また騙されたね、ドナ」


クレームを入れられているリアムは全く動じずに微笑んでいる。

完全に確信犯の笑顔だ。


「何やってんだよリアム…。つーか騙されて読むドナも大概じゃね? 途中で気付くだろ普通」


フランシスがつい呆れ気味に口を出す。

確かに彼女が手にしている本…『霧の中の医師』と書かれたタイトルはパッと見たところサスペンス本に見えるかもしれないが、ダークトーンのシンプルながらおどろおどろしい表紙はホラー本と言って差し支えないだろう。


フランシスの指摘にエキドナが彼の方へと身体ごと向けてズイッと本を前に出す。

そしてだいぶ死んだ目で説明を始めた。


「普段教えてくれる本は面白いんだよ。…でもたまにホラー本を紛れ込ませるから厄介なんだ。サン様もフィンも苦手だから確認して貰う訳にはいかないし、かと言って目次や冒頭で判断しようにもちゃんと読まないとホラーってわからない物、しかも途中から一気に恐怖場面出るタイプのホラー本ばっかり渡すからもうタチ悪くて…!!」


「う、うむ協力出来ずすまない…」


「代わりに僕が読んで確認するのに〜!」


「フィンも昔からこういう系苦手でしょうがっ」


「姉さまよりはマシ…だよ…」


「うわぁ…」


珍しく早口なエキドナの被害証言に加えてイーサン、フィンレーとのやり取りを聞いたフランシスは幼馴染(リアム)の嫌がらせに対する執念深さに軽くドン引く。


「途中で気付いて読むのやめたけどまだ身体の震えが止まらなくて…ッ!!」


本気で怖かったのだろう。

よく見れば本を持つ両手は小刻みに震えていた。


「そうなんだ可哀想に。よしよし」


エキドナの文句を物ともせずリアムは立ち上がって近付き、そして抱き締めながら慰めるように背中をさするのだった。

……改めて言うがホラー本を差し向けた犯人はリアムである。


「貴方の所為だよ!!」


未だに怒っているエキドナは反発して離れようとする。

するとリアムはさらに腕に力を込めて抱き締め、もとい拘束し直した。


まるで『絶対に離さない』と言わんばかりに。


そして真っ黒な笑みをたたえ……エキドナの耳元でとても楽しそうに話し始めるのだった。


「この小説の結末だけど実は主人公も初めから死んでいて…」

「わあああっ!! いやぁぁぁぁ無理ぃぃぃ!!!」


ヒュンっ


バッ


風を切るような音と共に飛来した異物をリアムがエキドナごと抱えて避ける。


壁に刺さるのは一本の矢。

…その矢は、避けなければ今頃リアムの頭を貫いていただろう。


「チッ 避けられたか」


舌打ちしながらフィンレーがどこから用意したのか弓矢で改めてリアムを狙い直すのだった。


生徒会室(ここ)の壁を壊すなんて…何を考えているのかな? フィンレー」


「今すぐ姉さまを離しなさい!! あと貴方が避けなければ壁に穴は空きませんからっ!!」


ヒュンヒュンヒュンっ!!


今度は三本の矢が正確にリアムを襲う。

ここだけの話、フィンレーは剣術よりも弓術の方が得意でありメンバー随一の弓術使いなのだ。

当然三本同時射撃なんて器用な事はこの中ではフィンレーしか出来ない技術である。


ズボッ… キンカンカンッ!


構わずリアムは余裕の笑みで壁に刺さっている矢を抜き、迫りくる攻撃をそれで弾き返す。


「うぐ…ッ!!」


なおエキドナは未だに拘束され抱えられたままだったりする。

奇しくも今の動作で若干絞め技になってしまい意識が飛びかけており、バンバンっとリアムの背を叩いては必死に降参の合図を送っていたのだった。

激しく鳴り響く騒音にフランシスが叫ぶ。


「外でやれお前らぁぁぁッ!!! フィンも堂々とこの国の王子を殺そうとすんな!!!」





しばらくして、


「ゔぅ…」


結論から言うと、リアムとフィンレーの喧嘩(?)の途中でエキドナが失神したのだ。

現在生徒会室内にあるソファーで伸びている。


「ドナ氏もお気の毒でありますなぁ」


言いながらセレスティアがブランケットをエキドナに掛ける。


「ドナ、大丈夫でしょうか…」


「きっとドナちゃんの事だから大丈夫ですわステラ様♡ …にしてもこんなに無防備な姿初めて見たかも〜♡♡ ハッ、今なら色々と「人の姉に何をする気なのさエブリン」


「や〜ん」


気を失っているエキドナにエブリンが何やら良からぬ事をしそうだったのでフィンレーが彼女を姉から物理的に引き剥がすのだった。


「…フィンレーが矢を放つから」


離れた所から気不味そうに眺め、ボソッと呟いたのはリアムだ。


「リアム様が絞め技かけてたからでしょうが!!」


「わざとじゃないよ」


「どうだか。姉さまに何してんですかほんとにもうッ!」


リアムの一言にフィンレーが食い付いてまた一種の喧嘩が始まる。


「…………『リー×フィン』もやはり尊いですな」


「ティア、今不吉な事を言わなかったか?」


「あら? どういう意味ですのサン様?」


「ずっと知らないままでいてくれステラ…」


二人のやり取りを見て拝みながら呟いたセレスティアの小声にイーサンが反応し、さらにステラも気付いて…とまた辺りに賑わいが戻る。


「ん…」


するとみんなの声で目が覚めたのだろうか、エキドナが寝ぼけ眼でムクリと静かに起き上がるのだった。


(お? お目覚めか…アイツらも気付いてねぇし、折角だからちょっと悪戯しちまおーっと☆)


唯一変化に気付いたフランシスがそう思いながら動いた。

未だぼんやりと一人で目を擦っているエキドナの背後に近付く。

後ろから彼女の両肩を手で軽く包み込んで顔だけ耳元に近付き、


「おはようドナ♪」


と囁いた。



ドッッックン



それだけだった。





「きゃああぁぁぁッ!!!」


「「「「「「「!!!?」」」」」」」


硝子(ガラス)が割れるような悲痛な叫び声が聞こえて周囲驚き振り返る。


「やだこわいぃぃッ!! っいやだ… やだぁぁ!!」


見ると頭を両手で庇うように押さえ膝を曲げて身体を丸めた状態になっていた。酷く怯えて震えている。


「は!? えっ!!?」


予想外の反応にフランシスもエキドナから後退り激しく狼狽する。


「うううぅぅ…」


「姉さま大丈夫!?」


慌ててフィンレーがエキドナに近付こうとするが、その腕をリアムが掴んで止めるのだった。


「…今、(ぼくたち)が近付くのは多分逆効果だ」


「……!!」


リアムの言葉にフィンレーのラベンダー色の目が大きく開き強張る。


「ドナ氏ぃ!?」

「ドナっ!?」

「ドナ、ちゃん…?」


そうしている内にセレスティア、ステラ、エブリンが各々かなり驚きながら気遣うように近付く。


初めてだったのだ。

普段落ち着きの塊のような、エキドナがここまで取り乱して怯えているのは。


「はぁっ…はぁっ…」


当のエキドナはしばらく両手で顔を覆いながら荒く深呼吸を繰り返していた。

皆静かに様子を見守る。







少しの時間しか経過していないはずなのに、誰もがその時間を長く感じた。




「…ドナ、落ち着きましたか?」


エキドナが荒い呼吸を止め静かになったところでステラが優しく心配げに声を掛ける。


「……うん、ごめん急に取り乱して」


まだ本調子ではないのだろう。

エキドナは暗い表情で俯いたまま、謝罪の言葉を呆然と口にしていた。


「あー…、なんだ、その…驚かせちまったみたいで悪かったなドナ」


今度はフランシスが片手で自身の赤毛を掻きながらばつが悪そうに謝る。


「いや……フランは何も悪くないよ。私が…!」


フランシスと目も合わさずそう言いかけ…エキドナは口を紡いでより顔を下にするのだった。

そして静かに立ち上がりエキドナはフランシスの方を見る。


「どうしたんだろうね、私! ちょっと外の空気吸って来るよ」


困った風に笑いながら明るい口調で一人部屋を後にした。

……周囲を気遣う空元気(からげんき)である事は誰の目からも明らかである。


パタン、


「っ…リアム様」


静かに扉が閉まる音と共に、まだ困惑しているフィンレーに目で合図してリアムがエキドナの後を追いかけるべく出入り口の扉の方へ行く。



「僕とフィンレーで様子を見に行くから」



そう言ってまた、扉が閉まる音が一室に広がった。









「…姉さま!!」


フィンレーの声にその人物はビクリと肩が跳ねる。


「フィン、リー様…ッ!!」


今にも泣き出しそうなその金の目に、リアムは彼女の "限界" を悟った。



「…ドナ、人目のない場所で…少し話をしない?」


「……」


無言でこくんと首を縦に振るエキドナを見てリアムはエキドナ、フィンレーと共に場所を移動した。

『移動した』と言ってもあの状態のエキドナを歩かせるのは酷なので、近場のほとんど使われていない準備室まで場所を移したのである。

周囲に人の気配がない事を確認して扉を閉める。

その間、エキドナはずっと黙って俯いているのだった。




「…………今迄何も言わなかったのは、貴女が指摘されるのを望んでいないと思ったからだ」


リアムが冷静に口を開く。


「でもこれ以上はドナ…貴女自身が危うい」


「……」


エキドナは俯いたまま何も言わない。


「……」


フィンレーも何も言わない。

否、何も言えなかった。


「以前から、貴女には不可解な面があった。昔からドナは温和な割にどこか冷めていた。達観していた。時々、暗い目をしていた。普通の少女なら考えもつかないような思考回路や価値観を持っていた。……そして何より一番不思議なのがその "男嫌い" だ」


「……」


「男嫌いの一般的な理由として『異性に対して苦手意識が強い』というのも挙げられるみたいだけど、ドナには該当しないと考えた。さっきみたいに "背後から触られた" 途端不安定になった時のようにそれでは説明出来ない要素が貴女にはあるから」


「……」


「ドナには悪いと思ったけど貴女の生まれてからの経緯も調べさせて貰ったよ。……でもドナ自身にも、ドナの周囲にもそれらしい "原因" が一切出なかった」


「……」


「僕はずっと貴女の "本質" を見極めようとした。ずっと見てきた」


「……」


「なのに…どうしても解らない」


「……」


声が、震える。

リアムの話に対してエキドナはただ下を向いて沈黙を貫いた。

エキドナが何も答えないたびに、以前からリアムの中にあったとある "仮説" が肯定されている気がした。

これまでになく自身の内側から強張り揺れ動く何かを感じながら……とうとうリアムは自身の仮説をエキドナとフィンレーに示す。



「ドナ、貴女は…………普通の人間じゃない。一体何者なんだ?」






隠し通すと決めていた。


"むかし" もやっていたからやれる。


やらなきゃいけないんだと。



「…そうだね、」



でも、月日が経って、


"男" と "女" の差がどんどん開いて行く度に、




心は、擦り減るばかりだった。






エキドナは俯いたままゆっくり顔を左右に振り、寂しげに笑う。


「私にも……よくわからなくなってきた」



そして顔を上げて静かに二人を見つめた。

その表情はまるで今から有罪判決を待ち構える、恐怖と悲しみを内包した罪人。


「二人はさ、『私に前世の記憶がある』って言ったら…信じる?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング ★多くの方にこの小説の存在を知って頂きたいので良かったら投票よろしくお願いします! 2021年6月24日にタグの修正をしました★
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ