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長話/恐怖


________***


クラークとの喧嘩(?)から数日経った今日この頃。

エキドナはまたリアムとフィンレーの三人でクラークの研究室まで足を運んでいた。


『お前ら仕事し過ぎ。イーサン様死にそうだからちょっと席外せ』


とフランシスに追い出されたらしい。

そして私は私で印鑑を貰いに一人研究室へと向かっていたのだが、二人がついて来たのだ。


「休憩がてら二人で剣の練習試合でもすればいいのに」


「そういう訳には行かないよ! 姉さま一人でクラーク先生の部屋へ行くなんて危ないし」


「ドナ、あれから先生とはどうなの?」


リアムの問い掛けに対してエキドナは肩を竦める。


「どうもしないよ? お互い最低限のやり取りしかしてないし……まぁ前より絡まれないだけ楽かな」


話しているうちに研究室に到着したのでエキドナは扉をノックする。


コンコンコン、


「……」


が、いつまで経っても返事が来ない。

またノックしてみるけれども同様だった。


「……? 不在?」


「珍しいね。この時間には大抵居るイメージなんだけど」


エキドナとフィンレーが不思議そうに首を傾げているとリアムが奥の通路から歩いて来る人物に気付くのだった。


「学園長先生」


「おやおやこれはリアム王子にオルティス嬢、フィンレー君ではありませんか」


少しヨボヨボ気味に杖を付く、笑顔が優しく可愛らしいおじいちゃんなこの学園のトップに三人も姿勢を正してお辞儀をする。

学園長も軽く頭を下げてからまた口を開くのだった。


「アイビン先生ならヒル先生の研究室に呼び出されたようですぞ。先程バッタリ会って少しお話しをしましたから」


「そうなんですね。ありがとうございます、では…」


エキドナは笑顔でお礼を言って素早く立ち去ろうとした。

だがしかし、


「にしても未来の国の中枢たる三人がこうして生徒会を担ってくれるのは頼もしい限りですな〜! そうそうっ 私も恥ずかしながら若かりし頃は生徒会に参加しておりましてあの時んは…」


「「「……」」」


その温和でヨボヨボな見た目に反してマシンガントークの如く次々と話がこちらに元気よく向かって飛んで行き、三人は困惑気味に固まる。



ちなみに前回の学園長の話(注:入学式の挨拶)はトータル二時間半の大演説であった。











エキドナ達が学園長の立ち話の相手をしている頃、クラークはハーパー・ヒルの研究室に居た。


「お忙しいところお呼び立てして申し訳ありません」


「いえ。それで "大事なお話し" とは?」


心苦しそうな顔のハーパーにクラークは普段通り簡潔に尋ねる。

するとハーパーもほっと安堵の表情を見せて…上品に微笑むのだった。


「その前に……少しお茶をしませんか?」








場面は再びエキドナ達へと戻る。


「…それでですな! 私が教員としてこの学園で働いていた際にお二人の母君たる『天使姫』…ルーシー・オルティスを "あの" アーノルド・ホークアイが(めと)った時はもう男子生徒達は皆泣きながら私の元へ相談しに来て…!!」


「ソウナンデスネー(棒読み)」


「…はぁ」


「流石はお父さま! すごいです!!」


「そうでしょう!? 昨日の事のように思い出せますともっ、しかも本来跡継ぎ息子のアーノルド君がまさかのオルティス侯爵家に婿養子ですよ!? もうホークアイ伯爵家では揉めに揉めたのだろうと噂が数多くあって…!」



(…どれくらい時間が経過しただろうか。感覚的には一時間……という事はざっくり考えると現実は三十分くらいかな…)


純粋に敬愛する両親の話を楽しんで聞いているフィンレーを除いてエキドナとリアムの瞳は学園長の長話で徐々に生気を失っているのだった。

エキドナは棒読みで、リアムに至っては生返事さえしているにも関わらず学園長の話は止まらない。


「やはり『アーノルドと姉君のアンバー嬢が跡継ぎ問題で揉めて決闘に発展しかけたッ! しかし!! ルーシー嬢の美しすぎる涙に心を動かされた二人は争いはやめて和解、アンバー嬢は結婚を認めたのである!!』が最有力候補の噂でして! その美談を元にした物語も当時貴族の間で流行っていたんですよっいや懐かしいですなぁ〜!」


「わぁっそんな物語があるんですか!? 読んでみたいです〜!」



「…フィンレーって意外と抜けてるところがあるよね」


主に学園長とフィンレーの二人によるどこへ向かうのかわからない話で盛り上がっている最中、リアムがエキドナにボソッと声を掛ける。


「うん。結構天然だと思うよこの子」


(しかもフィンちゃん、両親の馴れ初め話なんて散々周りから聞いてるのになんで飽きないの…? あとお母様から『アンバーお義姉様が旦那様を半殺しにして木に吊るし上げた後で婚姻が決まった』みたいな話も昔聞いたじゃん。マジで "事実は小説よりも奇なり" だよ)


「まぁ(ドナ)の天然ぶりには負けるだろうけど」


ハッと小馬鹿にしたように笑うリアムをエキドナが不満げに見つめる。


「聞き捨てならないなその発言」


「事実でしょ。…それより早くこの場を切り抜けようよ」


「……そうだね」


しかし当の学園長とフィンレーは未だノリノリで会話をし盛り上がっている。

そんな終わりが見えない二人にリアムは溜め息を吐きエキドナは屋内だが遠い目をして黄昏れるのであった。






そして場面はまたクラークとハーパーへと移る。


「__それで思いますの。生徒を正しく導く教師たる姿とは…」


「ハーパー先生」


クラークが空になったカップにソーサーを戻しながら静かな声で制した。


「どうかされましたかクラーク先生?」


「『どうかされましたか』ではありません。"大事な話があるから来てほしい" と頼まれたから時間を作ってこちらに(うかが)ったんです。なのにずっと世間話や理想の教師像に対する見解ばかり…。一体いつになれば本題に入るのですか?」


「……そうですわね。そろそろ、本題に入りましょうか」


自身の膝の上にある手を組み直し、にこりと笑みを見せるハーパーに…クラークは奇妙な違和感を覚えた。

まるで何か企んでいるような……不気味な笑顔。


「先日の私の告白…あんなに冷たく突き放すなんて酷いですわ」


「は?」


まさか気の迷いで出たハーパーによる誘いを断った件だろうか、クラークはそう考えるが目の前にいる女性は言葉を続ける。


「女としてのプライドを傷付けられました…謝罪を要求します」


意味不明だ、とクラークは内心呆れた。


「謝罪も何も、私は貴女の事を上司として尊敬している事には変わりありません。そもそもハーパー先生は既婚者ではありませんか」


「それとこれとは別問題ですの。…どうせ貴方は謝罪しないだろうと思っていましたけど」


「……」


クラークは隠す気皆無で溜め息を吐いた。


やはり意味不明だ。

話をすり替え理屈を感情で歪ませ、持論を展開する。

口煩い女の厄介な一面である。


「今日の話は聞かなかった事にします。職務があるので失礼、…………?」


その瞬間視界がグラリ、と傾いたかと思えば、クラークは全身の力が抜けていくような感覚に落ち入りその場でよろけて床に座り込みかける。


「!!?」


なんとかテーブルに片手をついて持ち堪えようとするも強い脱力感、頭重感(ずじゅうかん)動悸(どうき)口渇感(こうかつかん)に襲われるのだった。


「あら、もう "効いてきた" のですね。良かった」


「なっ何を…」


「うふふ…とあるツテから入手したものを、先生の紅茶に混ぜたのですわ」


「はぁ!?」


どこか楽しそうに説明しながら……ハーパーが自身の服を緩めたかと思えば、クラークの上に跨り衣服に手を掛ける。


「と言っても身体に害のない、ある病気の治療で使われるお薬ですから…… "副作用" で倦怠感や頭重感が酷いそうですが」


「やめろ、何をする気だ…!!」


クラークは自身の服を脱がそうとするハーパーを止めるべく手を伸ばしてその細い腕を掴む。

しかし普段より明らかに力が出ない。


クラークの手を簡単に振り解きながらハーパーは少し緊張が混じった、けれどもどこか喜びが混じる声で話し始めるのだった。


「…(わたくし)なりに考えたのですわクラーク先生。どうすれば『立場』をわからせられるか。陰湿な事は私らしくないですし、かと言って目立つ事も避けたいわ……だから決めたのよ」


そっと、手をはだけたクラークの肌に添える。


「貴方と、既成事実を作れば良いんだわ…と」


女の言葉に、手のひらに、強烈な悪寒がクラークの全身を駆け巡った。


「なんて馬鹿な真似を…! そんな事をすればっ 貴女はただで済まされないぞ!?」


目の前にいる女を正面から睨み怒鳴るが、強い脱力感、不快感から身体に力が入らず普段よりも声が小さい。

いつもの迫力に欠けたクラークをハーパーは一蹴する。


「訴えたければお好きにどうぞ? …でも、代わりに私は『クラーク先生に無理矢理迫られた』と周囲に告白しますわ」


「なっ…」


「クラーク先生は若くて背格好も良い強い "男性"。対する私は貴女より歳上で上司の立場を除けばただのか弱い "女性"。……世間は一体、どちらの主張を信じるでしょうね…?」


「卑怯な…ッ!!」


そう反発するが力が入らずだらりと伸びた自身の手足では何も出来なかった…。

意識を保つのに必死なクラークは虚しく未だにハーパーのなすがままにされている。




女の手が、身体をなぞる。

触れられた場所から皮膚が粟立つ。


(触るな。気持ち悪い…俺に触るな…!)


しかし何か危険な薬を紅茶に入れられたのか、全身の力が入らず振り解けない…!!



強い不快感、屈辱、恐怖、無力感、怒り、虚しさ、悲しさ…



ありとあらゆる強烈な精神的苦痛がクラークの中で嵐のように押し寄せ息が出来なくなったその時、



コンコンコン、



控えめなノックが、一室に響いた。


「「!!!」」


咄嗟にハーパーがクラークの口を手で塞ぐ。


「ぅ…!」


クラークは抵抗するため動こうとするがもう力がほとんど出ず抗えない。


コンコンコン、


しかし決死の抵抗で一瞬だけ口を塞ぐ手が外れた。


「…誰かっ…!」


無駄だと気付いていても、残った力で声を振り絞る。

思いの外声が出ず蚊の鳴くようなか細い叫び声が一室に響いた。


「! ちょっと…!」


ハーパーが小声で慌ててクラークの口を再度手で塞ぐ。


(頼む誰でもいいっ…気付いてくれ…!!)






けれど、訪問者は帰ってしまったのだろうか。

扉はシンと静まり帰り返事はない。






「ッ……!!」


深い絶望でクラークは絶句した。

未だ馬乗りでクラークの口を塞いだ女は愉悦でさらに顔を歪ませて軽く笑う。


「ふふっ 誰も来る訳な…」


ガンガンガンッ!!


「「!!?」」


そのあまりにも強い…何か確信めいた扉の叩き方にバッとハーパーがクラークを押さえたまま勢いよく振り返る。


ガンッッ!!! ガンッ!!! ガンッ!!!


明らかにノックとは違う衝撃で扉が激しく震え、徐々に隙間が…部屋と外を繋げる僅かな空間が出来上がる。

通路から人の声が聞こえた。


「ドナ!? 」「姉さま!?」

「ちょっオルティス嬢!! 急に何を…!?」


ガシャァァンッ!!!!


ついに扉が蹴破られ、部屋と外が完全に繋がった。



そして一瞬小さなブーツが見えたかと思えば……金色の髪の少女が勢い良く入って来たのだった。


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小説家になろう 勝手にランキング ★多くの方にこの小説の存在を知って頂きたいので良かったら投票よろしくお願いします! 2021年6月24日にタグの修正をしました★
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