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わからない、からこそ


________***


その後エキドナは何度かフィンレーの元へ訪れたのだが、彼は内側から鍵をかけ自分の部屋に閉じ籠ったままだった。

侍女達によると食事もあまり取っていないらしい。

となると当然精神面だけでなく、健康面でも心配だ。

けれどもエキドナは……無理矢理にでもドアを開けてフィンレーの元へ行く事はしなかった。



否、出来なかった。



『相手の気持ちを配慮せず、相手の心の領域に土足で踏み込むのはひどく残酷な行為だ』



そう、前世での経験上思っているからだ。


彼の苦しみを "本当の意味で" 理解出来ない以上エキドナが良かれと思って動いたとしてもただの偽善で、独善的で…彼の心をより傷つけてしまう行為だと思った。

……だからこそ、見守りながらドア越しに少し声を掛ける以上の行動が起こせなかった。




…そんな日々が三日続いた。

侍女達曰く食事は相変わらず食べていない訳ではないが、ほとんど取れていないらしい。

初めは『混乱しているだろうから気持ちの整理がつくまでそっとしてあげよう』とあくまで静観の態度を貫いていた両親もいよいよ彼の健康状態を心配し始めていた。

そしてエキドナもかなり焦っていた。

けれど、それでも彼の気持ちに…彼を傷付ける事なく関わる術を見つける事が出来ないままでいたのだった……。





「…キドナ。エキドナ!」


ハッ と気付いて顔を上げる。


「珍しいですね。いつもならすぐ気付くのに」


「す、すみません。リアム様」


(いけない…今は屋敷じゃなくてリアム様との定期お茶会中なのに)


内心反省する。

今日はもう数えるのさえ億劫になるほどの…偽婚約者同士のお茶会の日なのだ。

ここ最近は相変わらず雨の日が続いているので今回は室内でお茶会をしている。


「元々貴女は考え事が多いようですけど今日はいつもより沈んでますね。何かありましたか?」


そんなエキドナの反応を気にも留めず、にこやかにリアムが尋ねる。


「……弟と上手くいっていなくて」


「貴女の弟…。フィンレー・オルティスですか。確か僕達より一つ年下でしたね」


流石リアム王子、すぐに彼の情報を引き出した。

関心すると同時に『しまった』と気付く。


「っ…すみません。身内の話なんて」


「…!」


焦って出たエキドナの言葉にリアムが僅かに反応する。



これまで幾度となくお茶会を重ねる中でリアムと様々な話をして来た。

最近の出来事、勉強の話、習い事の話、気に入っている本の話、美味しいお菓子の話……。


我ながらよくここまで、当たり障りのない会話を続ける事が出来たと思う。

しかしエキドナはリアムとの会話の中で…… "家族の話" だけは意図的に避けていた。

はっきり言ってリアムを取り巻く王家の家族関係はかなり複雑なのだ。


…自分の家庭が恵まれていないと、友人から家族の普段のやり取りや仲の良さを語られる度に羨望や憧れ、嫉妬、劣等感など…複雑かつ辛い気持ちになる。


これはエキドナではない、前世の経験から知った事である。




「…お気になさらず。僕の "身内" の方は僕自身全く興味がないので」


「……」


いつもの彼らしくない、冷めた表情と声でそう言った。

やはりあまり触れるべき話題ではなかったようだ。


「「……」」


エキドナは気不味さから、リアムは心中が見えない表情のまま二人の間に沈黙が続いた。


「……知った事ではありませんが…貴女が思っている事をそのまま正直に伝えたら良いのでは?」


「!」


いつも礼儀正しい彼らしくない、やや雑な言い方と態度に今度はエキドナが僅かに驚き固まる。


「で、ですがリアム様。……私の良かれと思ってした行動や言葉で彼を傷付けてしまうのが怖いんです。あの子が、今何を感じて、考えているのかがわからないからこそ、どう接するべきなのかがわからなくて…」


「……」


思わず、ずっと悩んでいた事をベラベラと話してしまった。

詳しい経緯もなしに話したって相手が困るだけなのに。


「…貴女と貴女の弟の間に何があったのかは知りません。ただ、どうせ相手の気持ちがわからないのなら難しく考え込んでも無駄でしょう」


「!! あ…」


確かにその通りだ。

わからない、わからないと考え込んでも結局いつまで経っても正解には辿り着く事はできない。

ならば残された選択肢は、


「それじゃあ…わからない、からこそ彼にぶつかって行くしかないんですよね…」


「そうなりますね」


エキドナの言葉にリアムが頷く。





ずっと、恐れていた。



自分の言動で、大切な彼を傷付ける可能性を。

そして何より……もう、昔のような姉弟(かんけい)に戻れない現実を見る事にも。

関係を修復出来ない未来が待ち受けているかもしれない事にも。

でも、どれだけこちらが拒絶しても…時間は巻き戻せない。

ただ目の前の道を突き進んで行くしかないのだ。



そんな事実、ずっと前から理解しているはずだったのに…。



「…ありがとうございますリアム様。何とか腹をくくる事が出来そうです」


「そうですか」


そうと決まればすぐ行動だ。


「申し訳ないのですが、これで失礼致します。弟に本音をぶつけてみようと思います」


「…ご武運を。エキドナ」



エキドナはお辞儀をしてすぐに小走りでリアムの元から去って行った。

ちゃんと彼と…大切な(かぞく)と、正面から向き合うために。



一方、そんな彼女の背中を見送ったリアムは一人…自身の先刻の言動に困惑していた。


(…何故、僕はらしくもない発言をしたのだろうか)


普段ならこんな助言なんて余計な真似は絶対しない。

何か問題が起こった場合、結局は各々で考えて解決するもので……一人で考えればすぐに解決策なんて見つけられるはずなのだから。

だからわざわざ第三者が口を挟む必要なんてないし場合によっては要らぬ揉め事の(たね)に成りかねない。

加えて "立場" 上…僕は無闇に軽率な発言を行うべきではない。


そして何より……僕は周囲の人間に、根本的に興味がない。

今迄だって口出しする事自体がなかったはずだ。



(いや、これはエキドナが余りにも沈んでいて…観察するにはつまらなかったからだ。僕を楽しませるためにも彼女には早く立ち直って貰わなければ困ると思ったからあんな事を言ったんだ。…………それ以外に理由はない)


室内に一人残ったリアムは自分自身にそう言い聞かせたのだった。



________***



エキドナは屋敷に着いてすぐさまフィンレーの部屋へと向かった。


何を言うかは考えていない。

だからこそ、彼を傷つけてしまうかもしれない。

でも…もうあれこれ考えるのはやめだ。

例え彼からまた大声で怒鳴られても拒絶されても…怖いけど、でも今度こそちゃんとフィンレーと向き合うのだ。



そう思いながら息を整え彼の部屋のドアをノックした。


「フィン? 居るのよね」


「……」


反応はない。だが部屋に居る気配は感じるのでそのまま「入るよ」と行ってドアノブを回す。

たまたまなのか鍵は掛かっていなかった。

念のためスペアキーをこっそり拝借していたが必要なかったようだ。


部屋に入ると、ベッドの端に座るフィンレーの背中が見えた。

数日振りの彼は心なしかやはり前より少し憔悴しているように見える。

そんな彼の姿を確認しながら……エキドナは彼との間に少しだけスペースを作りつつ彼の隣にポスンと座った。



「「…………」」


沈黙した空気が二人の間を流れる。


「…ちゃんと寝れてる?」


「……」


ある程度予想はしていたが俯いて反応がない。

それでも、前を向きながら構わず話し続けた。


「ご飯あまり食べられてないって聞いてるよ。…まぁ色々あったから、そりゃ食欲もなくすよね」


「……」


無言のままだったが、今度は僅かに…コクンと首が動いた。


「……アンジェ、心配してたよ。今日なんて『おにいさまにあげるんだー』って傘をさして貰いながら庭に出て花摘んでた。お転婆な所があるけど、優しい子だよねぇ」


「……そっか…」


か細い声ながら返事が帰って来た。

やはり彼にとっては事情を隠して来た育ての親よりも事情を知らない幼い妹の方が『心配している』という気持ちを素直に受け入れ易いのだろう。


「「…………」」


再び、沈黙が訪れる。

数日前のあの晩は何と言えば良いのかわからなくて言葉が出なかった。

けれど今は違う。

今はあえて言葉を発さない。

彼の反応を、何を思っているのか言葉にするのを、信じて待つのみだ。

長い長い沈黙を待ち続け……ついにフィンレーが話し始めた。


「……本当はわかってるよ。父さまも、母さまも、リアも…あなたも、僕のことを大事に思ってくれてるんだって」


「……」


自身のズボンを握り締めて話すフィンレーを見守りながら今度はエキドナが無言で頷く。


「でも、急にあんな……僕が、僕だけが、血がつながってなかったなんて…。本当の家族じゃなかったなんて…信じられなかった」


「…うん、私も信じられなかった」


自身の顔を前に向き直しながら落ち着いた声で言葉を返す。


「ショックで……『うそだっ!』って、でも本当のことで…八つ当たりだってわかってるのに、みんなに……めちゃくちゃなこと言って、にげてっ、こまらせて…っ」


「……」


段々と彼の声が震えているのがわかる。

それでも私は、ただ黙って彼の言葉に耳を傾けた。


「…………僕はもうっ どうしたらいいのかわからないっ」


「……」


話している途中で、フィンレーの瞳からボロボロと大粒の涙が零れ落ちた。

エキドナは辛そうに顔を僅かに歪めながらそんな彼の悲痛な思いを黙って隣で聞き続けたのだった。

再び沈黙が訪れた後……今度はエキドナが口を開いた。


「……私が綺麗事を言っても、結局フィンレーの立場にはなれないし苦しみを代わってやりたくても代われない…」


「……」


エキドナの突き放すような言葉を聞いてフィンレーが悲しげに顔を歪める。



何が正解なのか、もうわからない。

だから、本物の感情を、想いを、正直な言葉にして声に出す。



「ただはっきり言えるのは……私、フィンが弟として、家族として今迄一緒に生きてきた時間は大切な宝物だし、フィンが弟で本当に幸せなんだよ。…これからも、そんな時間を一緒に過ごしたい」


「…!」


フィンレーはエキドナの顔を見つめて息を飲んだ。


…目頭が熱い。

溢れそうになるそれをが零れないよう唇を噛んで堪える。


(…私が泣いても、フィンを困らせるだけだから)



彼がどれだけ苦しい立場なのかわかっていながら…結局自分の本音やわがままばかりを彼に押し付けてしまった。

……そんな言い方をする自分を卑怯だと思うし、自分の不甲斐なさには嫌気が差す…。



(…人は結局、"本当の意味" ではわかり合う事なんて出来ないのかもしれない)


そっと…エキドナは自身の手をベッドから軽く離して恐る恐る横に動かした。



(けど、"わかり合おうとする" 事なら出来る)


その手を、彼の手の上に覆いかぶせる。



(そばにいて、『あなたが必要なんだ』と伝える事なら出来る)


彼の… "弟" の手を優しく掴み、ぎゅっと握りしめた。



(独りにしないで、支える事なら出来るはずなんだ)


前世(むかし)の、優しい記憶が蘇る。


家族も友人もいないに等しく、しかも "あんな目" にさえ遭って独りぼっちで…世界の全てを絶望して憎み、怯えていた小学生時代。

後に親友となる女の子に出会い…その子は "あんな私" を『そんな事ない! ××は優しいよ!』と優しい言葉を何度も言ってくれてずっとそばで支えてくれた。


私を取り巻く環境も、育ちも、全てがみんなと違う事。"普通じゃない" と知り、けれど現実から逃げる事も出来ず苦しんだ高校生時代。

養護教諭の先生が居る保健室へ…友人や同級生達には内緒でいつも泣きながら通っていた。

だけどそんな私に、先生は嫌な顔一つせず話を聞いてくれた。『××さんは真っ直ぐな良い子だね』と言って支えてくれた。


前世の私はそんな二人に大切にされ、ずっと優しい言葉で、行動で、そばに居て支えて貰ったからこそ、どんなに酷い環境の中でも…命を絶つ事なく、そして人としての道を踏み外す事なく立ち直ることが出来たのだ。



今度はそんな優しさを私がこの子に与える番。

フィンレーのそばに居て、支える番だ。



「姉さま…」


そう言いながらフィンレーが私を見続けて……また前を向き俯いた。



手は、振り解かれなかった。



「「…………」」


長い沈黙の後しばらくして、ぎゅっ…と弱い力で握り返された。


「……ひどいことをたくさん言って、ごめんなさい」


「…仕方ない。許してあげる。私はフィンのお姉様だから。」


そう言いながらエキドナはフィンレーの方を向いた。

フィンレーもおずおずと姉の方を向く。


「でもその前に抱きしめていい? "毎日のハグ" ずっと出来てなくて姉さまちょっと寂しかったんだよ?」


エキドナは少し困ったように笑いかけてから、また泣き出しそうになっている表情のフィンレーと一緒に黙ってぎゅっ…と抱き締め合った。


(良かった。またこうやって抱き締めても良いんだね)


微笑みなからエキドナは密かに安堵で息を軽く吐くのだった。




その後、エキドナと共に両親の元を訪ねたフィンレーは「部屋にとじこもって、しんぱいかけてごめんなさい」と謝った。


そんな彼に対してアーノルドは「誰がなんと言おうとも!! フィンレーは私の自慢の息子だーーー!!!」と漢泣きしながら強く抱き締めたのだった。

そんな "親子" のやり取りを見ながら、ルーシーも目に涙を溜めて "息子" を抱き締めた。


そして話し合い…何も知らないアンジェリアにはもう少し大人になってからフィンレーの両親について話す事、近いうちにオズワルドとハンナが眠っている場所へ "両親" と "姉" の四人で墓参りに行こうという結論に至ったのであった。


話し込んでいるうちに…長い間ずっと降り続けていた雨が止んでいる事に、四人は気付いたのだった。


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