処世術と…
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某日のとある学園にて、
「ドナちゃ〜ん♡ 私との初めてのキスはどうだった?」
「ショック過ぎて何も覚えてないわ」シレっ
「あら残念。じゃあもう一回…」
「しないよ!?」
二回目を実行しようと素早く近付いたエブリンの顔をエキドナはグググと手で押さえ抵抗する。
そして僅かな隙を突いて、ポケットからロープを取り出しエブリンを拘束するのであった。
以前エブリンとフランシスの父親でありこの国の宰相、リード侯爵から送られた血まみれ怪奇文sy…じゃなかった謝罪文で『もっとやっちゃって下さい』と許可が出たので、エキドナはロープを常時携帯しては襲いかかるエブリンを拘束する事にしたのである。
(我ながらすぐ手が出るタイプだと自覚しているけど、別に人を殴るのが好きとかではないからね…)
「へぇ、ドナは殴れない相手ならロープによる捕縛に変わるのか」
そんなエキドナの行動をリアムが面白そうに眺めて呟いている。
こうしてエキドナは一方的に迫ってくる男(と一部の女の子)に対して自然と、
①社交辞令的笑顔と最低限の会話
↓
②無視、冷たくあしらう
↓
③逃げる
↓
④キレる、殴る
(注:出来ない相手はロープで捕縛) ←NEW!!
という処世術を覚えていくのだった。
「もうっドナちゃんったら…♡ こんな激しいプレイをしてくるなんて、私Mに目覚めそう♡♡」
「貴女はすでに変態満開じゃないのこの痴女」
ロープで拘束されているにも関わらずエブリンは通常運転で…いやむしろ喜んでさえいる。
そんな彼女の意味不明な反応にエキドナはドン引きを超えて呆れ果て、冷め切った目で見下ろすのだった。
「あといきなり胸を触るのはマジでやめてね! ジョークで通じる人もいるんだろうけど、場合によってはやられた側が結構傷付く」
「はぁ〜い♡ ドナちゃんったら初心なんだから♡♡」
「つーかさぁ、結局ドナって同性愛イケる感じなの??」
「いきなり何?」
エキドナが言い含めているとそばに居たフランシスが二人の会話に割って入り、さらに唐突な質問内容だったためエキドナは怪訝な顔をしてフランシスに質問し返す。
けれどフランシスはとてもけろりとした顔で説明するのだった。
「俺さぁ、ドナが全然男に興味なさげだから…ぶっちゃけ自覚なしなエブリンの同性愛者仲間だと疑いはじめた訳」
「いやそっちぃ!!?」
予想斜め上な解答にエキドナは驚くのだが、どうやらそう思っていたのはフランシスだけではなかったようだ。フィンレーが食い込み気味にエキドナに問い掛ける。
「そうだよ実際どうなの姉さまッ!! ちなみに女装はアリなのナシなの!!?」
「え、」
「いやいやフィンは何を聞いているんだ!? 仮に女装がアリなら何をする気だ…ッ!!!」
フィンレーのぶっ飛んだ質問内容にイーサンが勢いよく突っ込んだ。そしてエキドナはそんな弟に困惑しながら……平静を保ちつつ口を開く。
「昨晩自分が女性イケるのか冷静に考えてみたんだけどさ…」
「真面目か」
つい口を挟んだのはフランシスである。
「……」
そんなフランシスに何か言いたげな視線を送ってから、エキドナはまた話し始めた。少し困ったような表情をしている。
「『女性がイケるか』以前に恋愛に興味ないんだよね〜。だからエブリンが言った事に対する返答にはならないかもしれないけど……やっぱり私には色恋沙汰はいいや」
「あらそうなの? まぁ、今は興味がなくてもいずれは恋心が花開く時が来るかもしれないものね♡♡」
「……そうだね…」
「まぁぱっと見ならノンケっぽいけどな多分。…ん? 待てよエブリン振った時『女の子だから』を理由にしてたけどそもそも『リアムの婚約者だから無理』って言えば早くね?」
「あっ…」
フランシスの指摘にエキドナが今知ったかのような声を上げる。
「「「「「……」」」」」
無言の視線達が容赦なくエキドナに注がれた。顔をひくつかせたフランシスがおそるおそる尋ねる。
「まさか…………忘れてた?」
「……はは、」
「忘れてたのかよッ!!!」
金の目を逸らし、あからさまに気不味そうな乾笑いをするエキドナの反応はどう見てもわかりやす過ぎる。
…すると突如冷気を放つ人物が一人。
「りっリー様…」
「……」にこっ
「あの、」
「……」にこっ
「「……」」
「ご、ごめんリー様っ」
「……」にこっ
「いやほんとすみませんでした無言で微笑むのやめて怖い」
「……」にこにこ
「まっ待ってごめんなさいリー様ぁぁぁッ!!」
無言の笑顔を貫きその場を去ろうとするリアムにエキドナが慌てて謝罪して追いかける。そんな二人のやり取りを見ているフランシスは苦笑して両手を叩き始めるのだった。
「…つまりアレだわ。ドナは悪い事したヤツには男女関係なく怒れる事、別に女が好きって訳じゃないのが証明されて…拍手ッ!!」
「嬉しくないから!!」
慰めているつもりなのかパチパチパチ…と手を叩く周囲にエキドナは即行で突っ込むのであった。
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「フラン、ドナにちょっかいをかけるのはもうしないでくれ」
「んだよリアム、何焦っちゃってんのー?」
何事もなくスムーズに授業が終わって……リアムはフランシスを引き止め話していた。
フランシスはにこにこと楽しげな顔で片手を軽く振る。
「安心しろよ。俺、彼氏持ちと婚約者持ちには手ぇ出さねー主義だし♡ 」
意外な事に、このフランシスという男は複数の女性と同時に交際する反面、恋人や婚約者が居る女性を本気で誘惑した事がない。あくまで軽く構う程度なのである。
実は彼の双子の姉であるエブリンに幼少期から好きな女の子のNTR被害に遭った経験が複数回あり、取られる男の気持ちが痛いほどよくわかっているので上記のポリシーが確立していたのだ。
「……まぁあくまで "両思いのラブラブな" が前提条件だけどな?」
「……」
「まーまーそんな睨むなよ。…けどさぁ、リアムだって悪いんだぜ? 俺がそういうタチだって知ってんのに今迄ずっと "婚約者" のエキドナを俺から会わせねーようにしてたんだからさ」
「…フラン、」
「つーか思ってたより美人でお茶目で可愛い女の子だったな! 儚げでもあるし」
「………… "儚げ" ?」
普段のエキドナにはそれほど馴染みのない単語だったため、リアムは思わず青い目を瞬かせて反芻するのだった。
「俺の第一印象。ドナが一人で桜の木見てたんだけど、花びらが舞い落ちてる中で陽の光がドナのブロンドの髪を透かしてさ…表情も寂しげで泣いてるみたいで……なんかその場から崩れ落ちそうっつーか、消えてなくなりそうな儚い雰囲気だったからマジヤバかったんだわー。本物の桜の精が舞い降りて来たかと思っちまったぜ☆」
「……そう」
「おっといけねぇ。俺とした事が会わなきゃいけねー女の子が居るんだったぜ…。じゃあな!」
リアムの気配からこれ以上追求しないだろうと判断したフランシスは、笑顔で手短に告げて別れる。そして目当ての少女を探すために学園内をひたすら歩き回った。彼女を探し当てるのは少々骨が折れるのだ。
(うーーん、学園内には居ない…。帰ったか或いは森の方か…………見つけた)
念のために確認したのが正解だった。
実質彼女と初めて出会った場所。
「居た居た……探したぜ」
「……フラン」
花がほぼ散って若葉が芽吹いている木の枝を、彼女はぼんやりと見ていたようだった。
「たまに姿消して居なくなるよな…ドナ」
「……」
今のエキドナは意図して一人になろうとしていた。だからか普段よりも……彼女のまとう空気が、少し冷たくピリついている気がする。
そんな彼女の姿に、フランシスはつい口角が上がるのだった。
「ドナって、結構危うい所があるよな」
フランシスの指摘にエキドナは金の目を軽く開いて……可笑しそうにクスクス笑い始めた。
「…"危うい"? 何それ」
構わずフランシスは続ける。
「ドナは真面目で親切で正義感が強くて、武術が出来て、頭も悪くない。場の空気を読んで気遣う事だって出来る。相手の悩んでる部分を的確に察知して寄り添う事も出来る。だからみんなはドナの事を『強い人間』だと思うんだろうな」
入学してから…否、入学する前から "エキドナ・オルティス" に関する情報を集めていた。特に第三者からの印象を。
彼女と交流する者は皆口々に、
『真面目で優しい』
『ものすごく落ち着いている』
『面白い』
『どこかミステリアスだけどいい人』
『面倒見が良くて親切』
と述べていた。中には彼女を『人格者だ』と称える者まで居た。
おそらく彼女のいつも冷静で誰に対しても平等・対等に接する柔軟な人柄故にそう評価されたのだろう。
以上の事を思い返しながら……フランシスは不敵な笑みを浮かべるのだった。
「でも俺はそうは思えねぇ」
「……」
そう。
前述した評価がある一方で、交流のない…特にエキドナを敵視する令嬢からの印象はまた違うものだった。
単に『リアムの婚約者だから』という安直な理由で嫌っている者が多いが…その者達とはまた別の、一部の人間からは、
『時々表情が冷たくて怖い』
『何を考えているのかわからない』
『上手く説明出来ないけど不気味』
『近寄りがたい』
つまり第三者における彼女の印象には明らかなブレがある。像がブレているのだ。
もちろん人間なのだからある程度親交の度合いで人に見せる顔は違うだろう。それ故の第三者の印象や評価だって変わるはずだ。
けれど、フランシスから見てもエキドナという人間には…なんとも不透明な違和感を感じていたのだった。
そしてそれらの情報を統合しフランシスが実際にエキドナ本人と関わって気付いた事、それは…
「ドナはさぁ…人に弱味を見せなさ過ぎなんだよ。隙がねぇんだよ隙が」
「…? すっごい私の事過大評価してくれてる所悪いんだけど、私だって弱味くらいあるし見せてるよ? 男嫌いな所でしょ。勉強が苦手な所でしょ」
「あぁ。確かにドナはそういう部分はハッキリ周りに示してるな。自分の意見や考えとかも」
フランシスが思うに、"エキドナ自体" は割とわかりやすい部類の人間なのだろう。無表情だから読み取りにくいようで良く見ると感情豊かでありコロコロ変化する。斜め上の言動がたまに見られるが基本的に素直で真っ直ぐで善良な人柄だ。そして相手の意見を受け入れる柔軟さと自身の考えを主張する明瞭さを併せ持っている。
……それでも、
「でもな、いつまで経っても俺はドナの "根底にあるもの" が全く見えねぇ。多分、リアムや肉親のフィンでさえドナの "本体" を掴み切れてねぇんだろうな。ドナが全く、弱味も本音も出さねぇから」
「……」
「ドナはさ、多分ドナなりにリアムもフィンレーも…みんなの事も大事にしてるし大事に思ってるんだろうな。でも、」
言いながらフランシスに緊張が走る。
次の言葉で、おそらくまだ見ぬエキドナの新たな一面を知るかもしれないのだから。
「"アンタ" ………………本当は誰の事も信用してねぇんじゃねーの?」
「……」
フランシスの指摘にエキドナは無言で俯き、人知れず唇を噛み締めた。
「「……」」
二人の間に沈黙が続く。
しかしエキドナの沈黙を、フランシスは "肯定" と捉えていた。
「あのさ、」
「もし仮に "そうだった" として、」
鋭利な刃物のような、……冷たいソプラノが響く。
「… "そうだった" として、私は貴方に非難されるのかな? 貴方にとってもリー様は大切な友人だから」
言いながらエキドナが顔をゆっくりと上げた。
その瞳は暗く、冷たく、どこか達観しているような無表情だった。
でも同時に悲しそうな…張り詰めているような、泣いてるような顔にも見えた。
フランシスは初めてエキドナの "根底にあるもの" の気配に触れた気がした。同時に自身が予想していたよりも遥かに重く深刻なものなのかもしれないと直感する。
「…いや、俺はアンタを非難しねぇ。ただ、さ」
動揺する自身を律しながら、フランシスは必死に言葉を紡いだ。
「もうちょっとだけでいいからさ……アイツらの事、信じてやってくれよ」
「……」
無言でまた俯き始めたエキドナに、フランシスは気遣わしげな視線を彼女に向けながら何も言わず静かに立ち去る。
ドサッ…
フランシスの姿が見えなくなった途端、エキドナはその場で力なく膝から崩れ落ちた。
「……」
眼下にあるのは、カタカタと激しく震える両手。
「……っ」
構わずその手で自身の顔を覆い、俯く。
ドッッックン
「〜〜〜〜!!」
手に、力が入る。指が頭と顔面に強く食い込む。
そんな事を気にも止めず、更に俯き両手で頭と顔を押さえて、その小さな身体をより縮こませるしかなかったのであった…。