正体
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ぜーっ はーっ ぜーっ はーっ
両手で膝を押さえ肩で息をする。
だが未だに身体の震えと冷や汗は治らなかった。
ひたすら走って逃げたエキドナは、人気のない学園が保有する森林内で隠れて休憩していた。
前に散歩した際見つけたのだ。密かに気に入っている。
(……にしても、さっきのはヤバかったな…)
思わず自身の唇を手の甲で押さえる。
すると何かが付着しているので手の甲を離して見つめれば…彼女の口紅が自身の唇に移っていた事に気付いた。
「……」
余計に生々しい現実を再確認させられて言葉を失う。
色々衝撃だったのだ。
この国では家族や親しい友人間における頬や額へのキスくらいなら多少存在しているのだが…………まさか女の子に唇にキスされるとは思わなかった。
それも何度も。
(つまり、そういう事なのか…)
むしろそういう事だからこそ、彼女から発するあの優しげな雰囲気やエキドナに対する好意的な様子など全ての辻褄が合う。
そしてかつてリアム達が述べていた『要注意人物』『危険』『自ら動く』…。
どうやらフランシスの双子の姉であり『フランシスルート』の悪役令嬢候補、エブリンは……レズビアンキャラだったのだ。
(別に『たまたま好きな相手が同性』ってだけで少数派の人達の差別なんてするはずもないけどさ、うん。ただ前世でも今世でも実際に会った事なかったからつい逃げちゃった…。あの子傷付いてなきゃいけd…いやめっちゃ笑顔で手ぇ振ってたな……)
思わず空を見上げて黄昏る。
うーんいい天気だなぁ。←
もちろんこの世界で同性愛者はエブリンだけではないと思われる。
色んな価値観が混在するのが世の中だ。世の常だ。
恐らく表立ってないだけでまだ多く居るだろう。
あと創作物でも『セレスティアに続け』と言わんばかりに世間ではBLだけでなく百合も出回っているから(白目)
(てかそれ以前に…なんでエブリンは悪役令嬢に目を付けたんだよぉ……)
しばらく途方に暮れて黄昏るエキドナであった。
気が済むまで黄昏れていたエキドナは、流石にこのまま森へ引きこもる訳にもいかず授業が始まる前には教室へ戻った。
みんなに心配掛けてしまって申し訳ない。
あとお昼ごはんパン二個しか食べてないからお腹空いた。
そして放課後にて、エキドナは人気のない空き教室に呼び出された。
呼び出した相手はセレスティアだ。
「先程は助太刀出来ず申し訳ありませぬ…。ですがあのキスシーンで思い出しましたぞっ!!」
彼女のトレードマークである丸ブチメガネがキラーン! と光る。
「エブリンは『フランシスルート』の悪役令嬢として登場しますが、フランシスとの恋を邪魔するというよりエブリン自身がヒロインを誘惑して "女の子の友情" という名の『百合ルート』に突入させるでござる!! すなわちこのように!!!」
〜〜〜〜〜〜
(誰もいない温室にて)
ヒロインはエブリンの方へ振り返る。
その表情には決意がみなぎっていた。
女だろうが男だろうが関係ないっ…内に秘めた想いを今!
この瞬間ッ 打ち明けるのだ!!!
『あたしは騎士の愛なんて要らない! 貴女を選びます!!』
『!! そんな…!』
エブリンが信じられないと言わんばかりにヒロインを見つめる。
『私はただ、貴女の幸せを願っていただけなのに…』
少し悔しそうに、けれどもエブリンの燃えるような赤い瞳からぽろりとこぼれ落ちるのは……一筋の涙。
『エブリン…』
そして二人のシルエットはそのまま…(百合爆咲き)
〜〜〜〜〜〜
「思い出すの遅いよッ!」
泣きそうな気持ちを抑えつつエキドナは突っ込むしかなかった。
「マジで面目ないであります…。ですがぶっちゃけBL関連以外あまり頭に残っておらず…!! GL興味ないでござる!!!」
「でしょうね知ってた!! ……てか『百合ルート』て!! 『7人のシュヴァリエ』ってゲームのタイトル全否定してるじゃん完全に乙女ゲームの存在意義失ってるじゃんッ!!! それでいいのか制作スタッフゥ!!!」
「あえて『百合ルート』を選ぶコアなファンも多数居たそうですぞ!!」
「マジかぁぁぁッ!!!」
セレスティアから悪役令嬢『エブリン』の情報を入手改め、再確認して叫ぶエキドナであったとさ。
その後賑やかに空き教室を出たエキドナ達は自分を探していたらしいイーサンに呼び止められ、そのままセレスティアと別れて学園奥にあるサロンに案内されるのだった。
「エブリンを君から遠ざける事が出来ず、すまなかった」
イーサンが申し訳なさから謝る。
「いえ、私も色々と無知過ぎたので……ほんと色々と」
両手を軽く振って言いながら『あ、女の子にキスされたの妄想とかじゃなかったんだ〜』とエキドナは現実を再認識してちょっと凹む。
すると先程から本人よりも怒髪天をついているあの弟が口を開くのだった。
「……『原則女性・子ども・お年寄りに優しくする』が姉さまと僕のモットーです。だから余程の事がない限り女性に手出しする気はありませんけど…ここまで女性相手にぶん殴りたくなったのは初めてでしたよ」ドドドドド
明らかな作り笑いを貼り付けるのは過激派シスコンのフィンレー。
オルティス侯爵のアーノルドとは実は血が繋がった父子ではないのに、不思議と父親譲りの『ドドドドド』と顔の影が現れている。
「いや明らかに手を出そうとしてただろ。俺がどれだけ身体張ったと思ってるんだ…」
ゲッソリとやつれ気味にイーサンが答える。
そういえばシャツとかネクタイが心なしか少し着崩れている気がする。
そう。
エキドナがエブリンから唇を奪われたショックで逃げ出した後……今と同様に激おこなフィンレーがエブリンに無言で近付いた。
そして色々な意味で危険を察知したイーサンが大慌てで後ろから羽交い締めにして…なお引きずられながらもフィンレーを止めるべく奮闘したのである。
最終的にはその場に居たフランシスの助力と…リアムの要請で動いたニールの協力もありフィンレーの押さえ込みに成功。
暴力沙汰は免れたのであった。
(注:ただしニールは状況をよくわかっていない)
「フィンは見掛けによらず力が強いからもうダメかと思ったぞ…」
「鍛えてますからね」
アハッ☆ と笑って誤魔化す辺りは姉弟そっくりである。
「にしても姉さまがあんなに狼狽えるのもちょっと驚いたよ。女性からの告白って初めてじゃないよね?」
「ハァッ!? 何だそれ聞いてないぞ!?」
「イーサンうるさい」
動揺するイーサンにリアムが冷めた声で指摘する。
この学園において(入学する以前から)エキドナはリアムの婚約者故に一部の令嬢から嫌われ、若干(?)嫌がらせを受けている。
しかし意外な事にその一方で…………また別の一部の令嬢達からは好かれているのだ。
「いや告白って言ってもジャンル違うから。あんなマジな恋愛系の告白(←?)は初めて過ぎて衝撃だったのよ。いつもは愛玩動物扱いの『好き』だからね…」
疲労からかエキドナはそのままテーブルに突っ伏すのだった。
小柄で割と整った容姿を持ち、温和だが真面目で礼儀正しいエキドナ。
実際のところ歳上受けが特に良く、更に学園内の先輩や大人びた雰囲気を持つ同級生からは…
『ちっちゃくて可愛いー♡』
と抱き締められたり、頭を撫でられたり。
或いはいきなり…
『エキドナ嬢ですよねっ わたし貴女のファンです!!』
とある意味で告白されたりしていた。(注:ただし全員女子生徒)
余談だが、前世でもエキドナは中学から大学にかけてそんな風に愛でてきたりファン宣言する人間が少数だが存在していた。(注:ただし全員女子生徒)
(そういえば大学生の時に友達から『あんた男に生まれた方が良かったかもね』って笑われながら言われたなー。ここまで来ると生まれる性別間違えたか…)
もちろんそうは思っても心身共に女性として生まれたエキドナは、いくら女性受けが良くても本気で男になりたい訳ではない。
どちらかと言うと『小柄で抱き心地が良いから』と抱き締めて来る人達ならまだしも、わざわざファン宣言してくる人達の方が謎なのだ。(注:ただし全員女子生徒)
純粋に好意を持ってくれるのは有難いが、エキドナからしてみれば自分自身はただマイペースに好き勝手にやっているだけ。
人に理不尽な迷惑を掛ける事を嫌っているので原則実害はないが、同時に彼女達に何かを与えている訳でもない。
だからこそ彼女達がエキドナのどこをそんなに気に入っているのか良くわからず、ただただ『この人物好きだなー…』と思いながらお礼の言葉を言うしか出来ないのである。(注:ただし略)
「……女の子に襲われるとか…私はもうこれからどの性別を信用すれば良いんだ…オカマ? オカマか? オネェの道しか私には残されていないのか?」
「よくわからないけど一旦落ち着こうかドナ」
「そもそも! こうなった原因としてフランやエブリンさんに関する情報をリアム様達が姉さまにこっそり制限してたのも大きいと思います!! ……唇は僕だってまだしてなかったのに…くそっ」
「いい加減姉離れしろシスコン」ゲシッ
「痛った! …相変わらず足癖悪いですねリアム様は」
蹴られたフィンレーがキッとリアムを睨むが、対するリアムはげんなりとした表情である。
「貴方のドナに対する懸念事項が大き過ぎるから足が出るんだよ」
オルティス姉弟と付き合いが長いリアムだが、実は数年前から
『フィンレーが実の姉に本気で近親相姦しそうなんだけど…。いやこの国、近親婚許されてないぞ…?』
と内心この姉弟の行く末…主に姉のエキドナを心配してあのような行動に出ていたりする。
だがしかし、そんな事実はこの場の誰も知らないのだった。
(注:ちなみにこの国、いとこ同士の結婚はOK。リアム達はフィンレーが養子である事を知らない)
「ん? 何で急に喧嘩勃発してんの? フィン、さっきの言葉最後らへん声小さくて聞き取れなかったんだけどなんて言った?」
「何も言ってないよ姉さま♡」
「うん?」
エキドナが事実確認をするもフィンレーは可愛く笑って誤魔化しうやむやにされるので、エキドナの頭上にはクエスチョンマークが浮かぶだけだ。
「……はぁ」
そんな二人のやり取りを見たリアムはため息を吐くのだった。
「まぁまぁ、それよりもさっきフィンが言った話だが…」
イーサンがにこにこしながら話題を戻す。
なおイーサンも上記にあるリアムの複雑な心情など知らず、
『リアムのやつ、お姉さんっ子のフィンレーにヤキモチを焼いてるんだな〜♪』
と一人盛大に勘違いをしているのだった。
「あの二人は前々からドナに近付こうとしていてな。だから接近させないために俺達で手を回してお互いの情報が出来るだけ漏れないようにしていたんだ」
「そうだったんですかサン様」
エキドナはイーサンの言葉に少し驚く。
「うん。ドナが中途半端に知っていたら逆に二人に目を付けられやすいと思って隠してたんだけどね…」
「だからドナが今迄二人を知らなかったのも無理はない」
「そっか通りで面識なかった訳ですね。…そういえば二人のファミリーネームさえ知らないな」
「あぁ、あの二人は自分達の家名に興味を持ってないから名乗らないな。ドナ、フランとエブリンは……リード宰相の実子なんだ」
「えっ!? あの二人リード宰相様のご子息達だったんですか!!? ……なんというか、宰相様って…あの…」
思わず言い淀む。
エキドナ自身、宰相は父伝いで知っているし実際に何度か会った事もある。
リード宰相は現リード侯爵家当主であり、非常に有能な人物なので『国王の右腕』として信頼が厚く他の貴族達からも一目置かれている人格者だ。
ただ、外見的な特徴として…
「そう。あの頭の寂しいお方だ」
バッサリとリアムが言い切るのだった。
その言葉通り、リード宰相はまだお若いはずなのにスキンヘッド。
毛が一本も生き残っておらず『ツルリ』と良い音と御来光が出そうなほどのスキンヘッドが最大の特徴なのだ。
人柄といい見た目といい…双子との共通点がないから気付かなかった。
「ほら、フランもエブリンも、二人とも頭脳・実務能力共に非常に優秀なんだが…。どちらも重度の女好き故にとても苦労されているらしい」
エキドナの疑問にイーサンが気付き、わかりやすく解説してくれる。
「え"、エブリンも女癖悪いんですか?」
「うむ。はっきり言ってフランより悪質だ」
「そうですか…」
新事実に言葉を失いつつ同時にかなり納得するのだった。
(確かにあの出来たお方の息子娘が色狂いならそりゃ苦労されるだろうな…)
「…息子達への心労の余り、僅か三日で毛髪全てを失った話は王宮勤めの貴族間で知らない者はいない」
(さ、宰相おおぉぉぉッ!!!!)
淡々と衝撃の事実を告げるリアムの言葉に、エキドナはこの場にいない宰相の余りの不憫さから心の中で泣いた。
そしてふと気付く。
「……未来の宰相が女狂いって、この国の将来大丈夫?」
「「……」」
「…何か言ってもいいんだよ?」
呼び掛けるが王子達は各々目を逸らして黙っている。
そんな同じリアクションをする二人に容姿と性格は似てなくてもやっぱり兄弟なんだなと思うエキドナであった。
☆おまけ情報☆
幼少期編34話『友達』と45話『+α閑話(婚約成立前の…〜バージル視点〜)』にて、うっすら双子の存在をほのめかしています(笑)