動く
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危険人物かつ『フランシスルート』における悪役令嬢候補の "フランシスの双子の姉" との接触を避けるため、エキドナはフランシスと関わるのを避けようとした。
だがしかし、エキドナの努力も虚しくフランシスは朝からずっと関わり続けている。
もちろん人としていきなり無視は不味いので、朝フランシスに会った際に『当分関わらないで』と本人に伝えたのだ。
するとフランシスは、
『え? どしたの急に』
心外と言わんばかりに赤い目を大きく開いてぽかんとしていた。
そんな彼にエキドナは冷静に言葉を続ける。
『貴方の姉に目を付けられるとヤバいらしいから』
『姉? ……あぁ、アイツね…』
エキドナの言葉にフランシスが複雑そうな苦笑いをする。
(え、何その意味深なリアクション)
『でもさー、多分アンタの事バレんのも時間の問題だと思うぜ?』
僅かに困惑しているエキドナにフランシスは近付き肩に両手を置いてヘラヘラと明るく軽く言ってのけるのだった。
『…だから、それまで俺と遊ぼうな♡』
(ダメだこいつ言語通じねぇッ!!!!)
…そんな訳で、エキドナはせめて物理的に距離を置こうとフランシスが話しかけて来ても出来るだけ離れるように努めた。
だがヤツは笑顔でグイグイやって来る。
ならば姿を消せばいいかと思い、昼食休憩中にフランシスの気配を察したエキドナはフィンレー達を置いてパン片手に一人ダッシュで逃げた。
が、またフランシスに捕まった。こいつ殴りてぇ…!(常習化)
「なぁドナはさー…」
ガシィッ
「ねぇいい加減にしてくれる? こっちが嫌がってんのわかってんだろ女を不幸にしたいとか男としてサイテー」
早口で文句を言いながらフランシスのオシャレな黒のループタイを片手で引っ張り締め上げる。怒りで手からメリメリメリと物騒な音が聞こえるのだった。今さらだがこの学園、私服校である。
「おぉ…相変わらず容赦ねぇな。つーかアンタマジで見かけによらず力あるよな」
「ヤワな鍛え方などしておらんッ!」
「どこの武闘派だよ」
「じゃなくていい加減付き纏い行為はやめてよ。こっちは貴方の所為で貴方のお姉さんに目を付けられるのが怖いんだってば…ッ!」
「『付き纏い行為』…。そこまで拒否られるとだいぶ凹むわー」
フランシスのしつこい付き纏い行為の所為で "双子の姉" についてリアム達に聞く余裕さえないのだ。流石に怒っていい案件だろう。
しかしそう思い返しながらエキドナはふと気付く。『これ、フランシス本人に聞けば早くね?』と。
エキドナはタイを握る力を緩めてフランシスに声を掛けた。
「……ねぇ、フラン。聞きたい事が」
「ん? どうしたハニー?」
「だからハニーはやめろっての。…あのさ、貴方の姉についてなんだけど」
「フランここに居たの。あら? その子は…」
「げぇっ!!! エブリン!!」
「『げぇっ』とは何よぉ。実の姉に向かって〜」
"姉"
その言葉にエキドナはフランシスからパッと手を離し、恐怖で思わず下を向き硬直する。
(うわーッ!! 噂のお姉さんキターーッ!!! 頼む。そのまま姉弟で会話して私の存在を忘れておく…)
「その子だぁれ?」
(Deathヨネー!!)
一瞬迷うもエキドナは意を決して、下に向いていた顔をギギギッ…と錆びて動きの悪い玩具のように無理矢理上げるのだった。
しかしフランシスの姉…エブリンを見て別の意味で再び固まる。
(え? この人がフランの双子のお姉さん?)
フランシスより背が低いものの女性にしては長身でスラリとしている。
だが体型はかなり女性的であり、豊かな胸、くびれたウエストを出し惜しみなく…つまり身体のラインがハッキリして胸元や肩が露出したドレスを身に纏っているのだ。
(胸でっっか!!)
けれども不思議とその姿に下品さはない。フランシスと同じ銀朱…いや、より柔らかく鮮やかな色合いの…唐紅を連想させる赤毛は毛先が軽く跳ねたボブカットに切り揃えられ、風でふわふわと揺れて可愛らしい印象を与える。流石チャラ男とはいえイケメン枠のフランシスの姉だけあって、顔は綺麗なお姉さんタイプで…どこか色気のある美少女だ。
しかしながらその表情は弟のような軽薄さもなければ、リアム達が言っていた危険性も孕んでいない。とても穏やかで優しそうな雰囲気の女の子だった。
「…………ほら、前言ってた。リアムんとこの」
「まぁ! 貴女がリアム様の婚約者の!!」
手を合わせながらパァッと嬉しそうに顔を綻ばせる。
かわいい。
(…待って、すごく優しそうに見えるんですけど)
あとセレスティアと予想していた『弟の交流を干渉する系お姉ちゃん』にも見えない。
(まさかリー様同様サイコパス枠か? …それとステラタイプの三次元女子??)
そう思いつつ、ここまで身バレしてしまっては最早どうしようもないので仕方なく笑顔を作ってエキドナは挨拶した。
「初めてまして。エキドナ・オルティスと申します」
「そんなに畏まらなくて良いのよ♡ エブリンって言いま〜す♡ 弟がいつもごめんなさいね♡♡」
(んん? 普通に良いお姉ちゃんじゃね?? 可愛いしフレンドリーだし。一体何が『危険』なんだ?)
エキドナが混乱するほどに…彼女、エブリンからは敵意や警戒心など負の感情が全く感じ取れない。かといって昔のリアムのような無関心・無感動の……人をあくまで "退屈しのぎの観察対象" として見ているといった冷めた感情が隠れている訳でもなさそうだ。むしろ純粋にエキドナへ善意と好意を抱いている風にさえ感じる。
(でもリー様達があれだけ釘刺してたし…適当に言い訳して逃げよう)
セレスティアと立てた対策通り逃げる算段をつける。
もしかしたら今目の前にいるエブリンはエキドナが見抜けないレベルで演技力が高い可能性もある。それならかなりヤバい相手だ。
(あと語尾に『♡(ハート)』ばっか付いてて怖い)
「エブリン嬢、せっかくのところごめんなさい。今リアム様を探して…」
「ドナ!!」
(おっとタイミングが悪い。いや助かったのか)
リアムとイーサンが慌てて駆け付けてくれた。後ろからフィンレー達も続く。
「こんな所に居たのか。探したよ」
エキドナの肩を軽く抱きつつリアムが僅かに安堵の声を出すのだった。
「お久しぶりですリアム様♡ 彼女が前々から伺っていた婚約者様だったんですね♡ お会い出来て嬉しいです♡♡」
にこやかで親しげにリアムへ話し掛けるエブリンだが、リアムの目はあくまで冷め切っていた。
「貴女には関係ありません。彼女に関わらないで下さい」
かなりはっきりと拒絶の言葉を言い切ったのだ。しかも丁寧な口調だからこそ拒絶の意思が余計強く感じられる。
「え〜良いじゃないですかぁ〜。そもそもリアム様もイーサン様も酷いです。何年も前から……貴方やイーサン様がエキドナ様と仲良くなった頃から、私はお会いしたいと思っていたのに…」
リアムの言葉にしゅん…とエブリンが俯いた。その眉は下がり口を紡いだ表情も切なげで、傷付いているのが誰の目から見ても明らかだ。
そんな彼女の姿にエキドナは少し胸が痛くなる。
(流石に言い過ぎなんじゃないかなぁ。…うーん……やっぱり女の子には基本甘いよな、私)
「リー様。もうバレちゃったしいいんじゃない?」
「「「!!」」」
小声で言ったエキドナの言葉に、リアムやイーサンだけでなく耳が良いのかエブリンも顔を上げて驚いている。
「ドナ…」
「ドナ、あまり早まらない方が」
「きゃ〜っ 嬉しいわ♡ ありがとうエキドナ様!!」
「わっ」
困った顔で呟く二人を余所にエブリンがエキドナの手を引いてリアムから自分の方へと引っ張って行った。嬉しそうに飛び跳ねながら掴んだ両手をブンブン振る。
「ねぇねぇ♡ 私も『ドナ』って呼んで良いかしら? 私の事は『エブリン』って呼んで♡♡」
「え、えぇもちろんだよ。エブリン」
ハイテンションなエブリンにやや着いていけないながらも彼女の言葉にエキドナは頷いた。
「 "あの" リアム様達に気に入られるなんてどれだけ素敵な女の子だろうって思ってたんだけど、想像以上に綺麗で可愛いくて優しくて良い子だったわ……もう」
掴まれていた両手が外れ…スルッと両手の指を絡ませられる。
「食べちゃいたいくらい♡」
チュウ、とリップ音を立てエブリンの唇がエキドナの唇に重なる。
突然の出来事にエキドナは思考停止した。ついでに頭上で『ズキュウウウン』と音が鳴った。気がした。
止めに入ろうとしたリアムとイーサンも固まり、フィンレー達も何が起こっているのか理解出来ずに固まる。
唯一固まらなかったフランシスだけの、
「手ェ早えーな…ったく」
どこか悔しそうな、呆れた声だけがその場に響いていた。
…んぱっ
触れ合っていたエブリンの唇がエキドナの唇から離れる。
「え?……ゆめ??」
心ここに在らずでポカーンと呟くエキドナに対しエブリンはウットリ蕩けるような甘い笑みでエキドナの頬を撫でて、
「夢じゃないわよドナちゃん♡」
チュッチューッとリップ音を立てながら再びエキドナと唇を重ねるのだった。
現実を再確認したエキドナの全身から一気に血の気が引く。
自分の身体とは思えないほどに身体中がガタガタガタガタと激しく震え始めた。
バッとエキドナがエブリンの手を乱暴に振り払い、数歩後ろへ下がる。それでも青い顔と汗と震えは止まらない。
「あっ…」
「?」
「悪夢だーーーッッ!!!!」
エキドナはパニックに陥り「うあぁぁぁぁ〜!!!!」と叫びながら全力疾走で走り去る事しか出来ないのであった。
「瑞夢よーーー♡♡♡」
未だ固まっている仲間達を余所に走り去るエキドナへエブリンは「またねー♡」と優雅に笑顔で手を振り見送っている。
『自ら動く』って…そういう事かよぉッッ!!!