対策会議
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『貴女がフランと関わる事で "彼の姉" が貴女に目をつけた時が危険なんだ』
「つまりフランの "双子の姉" だな。だから君とは同級生になる」
「え、フランって双子なんですか」
エキドナの言葉に二人が頷く。
(チャラ男の双子の姉かー。想像つかないな)
と思いながらエキドナはつい頭にリボンを付けたフラ子(♀)を連想する。オエぇぇ。
「ぅぐっ…」
「…何えずいてるのドナ」
「大丈夫か?」
突然そっぽを向いてプルプル震え、えずき出したエキドナにリアムは呆れイーサンが心配する。
「ぅぇっ…………こほん、いえちょっとアホな妄想しただけで」
「だろうね」
「……」
伊達に付き合いが長いだけあって、昔よりはエキドナの思考回路と行動パターンが読めてきたリアムである。シレっとした態度で容赦ない返答だ。
…いや今そういう話じゃなかったよな?
ていうか、さっきサラッと『危険』ってワードが出て来てなかった??
「…あの、フランの姉君が "危険" とは?」
「「……」」
顔を上げたエキドナの言葉に、何故か二人の顔が各々苦悩で眉をひそめ俯いて視線を合わせようとしない。
「そうだね。彼女の事だから…きっと自ら動くだろう」
「あぁ…間違いない」
「はいー!!?」
『要注意人物』『危険』『自ら動く』
出て来た単語が抽象的過ぎてピンとは来ないが…ここは学園と言えど小さな貴族社会である。
社交界よりは流石に緩いが、貴族間での暗黙のルールが当然ある。そして身分や立場によるパワーバランスも。
つまりフランシスの "双子の姉" が…理由はよくわからないが私に目をつけた事で、何かしら良からぬ事が発生するという事なのだろう。
ただでさえ私は『リアム王子の婚約者』という立場故に、一部の令嬢から顰蹙を買ってたまに嫌がらせや陰口を受けているのだ。
……心情として凹むものはあるが問題ない範囲なのでリアム達には大して報告せずスルーしている。
でも私はMでもないからこれ以上の厄介ごとは勘弁願いたい。
しかもフランシスが王子二人の幼馴染であり、尚且つリアム達二人の言動を見る限り……リアム達であっても彼女を止める事が簡単ではない様子らしい。つまり推測すると…。
私が今迄知らなかっただけで、フランシス達が超上流階級の貴族である事は間違いない。
すなわち、その "双子の姉" とやらは高貴な身分のご令嬢という訳だ。
そんな女に目をつけられたら…『侯爵令嬢』兼『リアム王子の婚約者』の肩書きでいくらか武装しているエキドナでも太刀打ち出来るかわからない。
貴族特有の駆け引きや頭を使う会話は苦手なのだ。本気の策略を練られたら躱せるか自信がない。
そして相手がかなりの権力者なら……最悪の場合何か濡れ衣を着せられたりして国外追放、いや暗殺さえ有り得る。
(……え? ヤバくない?? 流石にこれは不味くない…??)
エキドナの全身から徐々に血の気が引き目に見えない危険が現実味を帯びていく。
「……とにかく、今後フランに関わるのはやめます」
「そうした方がいいよ」
(今後は極力フランに関わらないようにしよう。破滅フラグ以前に消される)
割と本気で怯えながら心に誓ったエキドナであった。
(…世の中には色んな姉弟が居るんだなぁ)
↑現実逃避
その後、寮へと戻ったエキドナは『フランシスルート』について改めて確認するためにセレスティアの部屋を訪ねるのだった。
いわゆる対策会議である。
「____フランシスは…序盤でイラッとしてポイしたでありますが、ネタバレサイトはチェックしましたぞ! サイト曰く『典型的チャラ男ルート』のはずでござる」
「『典型』…。とりあえず死人は出ないんだよね。他に何か覚えてないかな?」
「確か他の攻略キャラ同様に『フランシスルート』にも悪役令嬢が居たはずでありますぅ…。ハテ、どんなキャラだったか……ウムゥ〜」
「「……」」
「ウウ〜ム、なんかこの辺までは出かかっているでござるが……ヴヴ〜ン」
手で自身の喉元を指しながらセレスティアが唸る。
眉間にシワを寄せ思い出そうとするも中々出てこないようだ。
(でも、ここまでしても思い出せないのなら……ティア氏の印象に残るほど不味い相手ではないのかも)
「…とりあえずまた思い出したらで良いよ。その時は声掛けて」
「力になれず申し訳ありませぬ…」
「いやいや私に至ってはゲーム未プレイなんだし。とにかくフランの姉に接触しなければいいんだからさ」
「そうでありますなドナ氏ぃ。ただ、その "双子の姉" なる方が『フランシスルート』の悪役令嬢かもしれませぬなぁ」
「……思ったんだけどなんでその人、私に突っかかるんだろ? 普通ヒロインじゃね?」
ふと感じた疑問がそのままエキドナの口からこぼれ落ちる。
セレスティアが答える前に…ハッと気付くのだった。
「まさか、前世の小説や漫画の如く転生者が主役の座を奪ったりしてないよなッ!!?」
言いながらエキドナは顔を青ざめて一人慌て始める。
「やだよ私男嫌いだよ!? そんな厄介な…じゃなくて身の丈に合わないポジションなんて可愛いヒロインに返上してとんずらするわ!! モブ万歳!!!」
「落ち着くでありますドナ氏ぃ。あとドナ氏はモブではなく悪役令嬢でござるぞ〜?」
脳内ダダ漏れ状態でテンパり始めたエキドナにセレスティアが突っ込んでのんびりストップをかける。
そのまま諭すように続けた。
「あとその危惧も恐らく無問題かと。今は肝心のヒロインが不在でござるし、フランシスはドナ氏以外の女性にも見境なく声を掛けておりました。ゲームのシナリオとはまた別件では??」
「そっかそうだよね…。いかん、前世でその手の話を読み過ぎて現実と妄想の区別がつかない痛い人になってたわ」
セレスティアの言葉でエキドナは少し落ち着きを取り戻すのだった。
自身を落ち着かせるため軽く被りを振って息を整える。
そしていつもの冷静な思考に切り替え……改めて考え出した。
「状況を踏まえると…ひょっとしてフランの "姉" は、弟が可愛い故にフランの交流に手を出しちゃう『干渉系のお姉ちゃんキャラ』……とか?」
「ウ〜〜ム、まだ思い出せず申し訳ないでござるが……可能性はありまする」
あくまで可能性の話だが、エキドナとセレスティアはまだ会った事がない『フランシスルート』の悪役令嬢のキャラ設定を予想して対策を立てようとしていた。
仮にその程度のヤバさならセレスティアの記憶に残らないのも納得いくと思う。
「なるほどね。弟を心配する気持ちはよくわかるけど、交友関係に口出すのはどうかと思うなぁ」
同じ弟を持つ姉として複雑な気持ちでエキドナは首を捻った。
そんなエキドナにセレスティアが明るく応える。
「ドナ氏は逆にフィンレー殿が男の子の友達を作れるよう、影でこっそり支えておりましたからな〜」
「いやいや、あの子の実力だよ。実力って言うか魅力??」
「ドナ氏ぃ。本人の前ではちょっぴりドライですが…実は今でもフィンレー殿が可愛くて仕方ないのでござるな」
セレスティアがニヨニヨと微笑ましそうにエキドナを見る。
そんな彼女に対してエキドナもフッと柔らかく微笑むのだった。
「いくつになっても大事な可愛い弟だよあの子は。ドライなのは依存させないように距離は取ってるだけ」
(……前科、あるしね)
「にしても前々から疑問でしたが、ドナ氏は前世悪役令嬢モノの小説や漫画を嗜んでいたならそのような逆ハーポジションに憧れるのではありませぬか??」
今度はセレスティアの口から素朴な疑問がこぼれ落ちた。
それにエキドナがぴくりと反応して、スッ…と普段の無表情よりもますます感情が読めない真顔になる。
「あれは第三者目線で読むから楽しいんだよ。『わ〜大変そう、あははっ☆』って面白がってるだけだから。だから、男嫌いの私がイケメンとはいえ男に恋愛的な意味で囲まれるとか……」
するとエキドナはピシッと金の目を見開いたまま固まる。途端両手で頭を抱えてうわ言のようにブツブツ呟き始めた。
「拷問、尋問…リンチ…拷問過ぎる…………ムリ…」
「ドっ ドナ氏ぃ〜!? なんか口から魂出かかってますぞ〜!!? しっかりしてでござるドナ氏ぃ〜ッ!!!」
エキドナは男嫌い発作で久々に失神しかけ、セレスティアは大慌てでエキドナの肩を激しく揺さぶるのであった。
結局あれやこれやと話し合ったが……『フランシスルート』の悪役令嬢対策としては、
①とにかく接触を避ける!!(だから当分フランシスも避ける!!)
②フランシス及びフランシスの双子の姉について、リアム達に詳しく尋ねる。(←知っていく事でセレスティアが思い出すかもしれないため)
③万が一接触してしまったら最低限の立ち振る舞いをしつつ避ける・逃げる。
このような、割とざっくりとした対策が設立されたのであった。
しかしこの時、エキドナはまだ気付かなかった。
今迄あんなにしつこく言い寄って来たフランシスがエキドナを諦める事も。
悪役令嬢らしき姉との接触を避ける事も。
そう。
根本的な問題として、"あの" フランシスから逃げる事さえ……簡単に行くはずなかったのだ。