発端
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「ドナ〜! 今日こそはデート行こうぜ♡」
「貴方も懲りないね。何ニヤついてんの」
次の日の放課後にて、呆れ気味に見つめるエキドナをフランシスは嬉しそうにニヤニヤするのだった。
「だってドナがすぐ返事してくれるなんて珍しいじゃん! いっつも無視すんのにさ。…あ、」
何かに気付いた素振りでフランシスが自身の袖をたくし上げて腕をエキドナに見せる。
「腕の事なら気にしなくていいんだぜ? 安心しろよ、大騒ぎする気ねーし。触ってもいいぜ☆」
「必要あればまた僕が握るよ?」
フィンレーがズズイとエキドナの前に出ていい笑顔で言い切る。なおリアムとイーサンは所用により今は席を外していた。
「イエ結構デス…」
そんなフィンレーにフランシスは降参のポーズを取りながら顔を引きつかせ首を横に振るのであった。
「まぁまぁフィン…一緒に居た連れの女の子達は?」
フィンレーを宥めながらエキドナが尋ねる。
前回のやり取りでははからずもフリーだったようであるが……普段は休み時間や昼食時、放課後と空いた時間の度に女子生徒に囲まれているのだ。
チャラ男パネェ。
そんな事を考えながらフランシスを見る。
すると彼はエキドナ達に親指を立ててウインクした。
「さっき解散して貰った☆」
(統制がすごい)
そんなフランシスにエキドナも少々目を見張るが同時に都合が良いとも思った。
今なら話しても問題ないな、と。
「フランシス」
「ん? どうしたハニー?」
「誰がハニーだ。じゃなくて、」
フランシスの軽口につい脊髄反射で反応しつつエキドナが冷静な声で問い掛ける。
「昨日解散した後であの子に会ったよ。貴方、ほんとは彼女を庇ってたんじゃないの?」
「…は? ごめん何言ってんだか…」
「彼女には悪いと思いつつ鎌かけたんだ。それでハッキリしたよ」
言葉を濁すフランシスに対し、エキドナはそう言いながら淡々と昨日したやり取りについて話し始めるのであった。
〜〜〜〜〜〜
『わざわざまたエキドナ様に気を遣わせてしまうなんて……申し訳ございません』
『いえそんな。私が勝手に用意しただけですから気になさらないで下さい。…前より顔色が良くなったようで安心しました。クロエさん』
安堵からエキドナは柔らかな表情で言い、小さな包装紙に包まれたお菓子を手渡す。
『…ありがとうございます』
クロエもふわっと微笑んでお菓子を受け取る。
二人の間には和やかな空気が流れていた。
放課後フィンレーがうっかり(?)フランシスの腕を折りかけたので解散となった後…エキドナは登校中にフランシスに泣かされた黒っぽい茶髪が特徴の女子生徒……クロエ・ベネットの元を訪ねていた。
フランシスとのやり取りを見た際は後ろ姿だけしか見えず気付かなかったのだが、実は伯爵家の娘であるクロエは同じ伯爵家のセレスティアと部屋が近いので以前から(BL的な繋がりはないけれど)お互い顔を合わせれば挨拶する程度の面識があった。
世間って狭いね。
今回本人には迷惑かもしれないと思いながらも敢えて彼女に会いに行ったのには理由があった。
一つはもちろん彼女の様子を見るため。
昨日校舎内で声を掛けた際、彼女はまだ不安定で泣いていたから気になっていた。
そしてもう一つは……フランシスの先刻の言葉がかなり引っかかったのでその確認である。
"俺が「ただの女好きな最低クズ野郎」だってずっと認識させたままの方があの子も楽だろうよ"
"俺もしくじったしな"
そして……今思い返せば私の質問内容はフランシス及び男子ズにとってだいぶ逆セクハラをかましてしまったとちょっと後悔中だが、それに対するフランシスの言動はまるで何かをムリヤリ誤魔化すために言ったように見えたのだ。
…この程度の違和感や変化なら余裕で感じ取れる。
以上の事からエキドナなりの仮説を立てて……今仮説を立証するためクロエには悪いが鎌をかけた。
エキドナはわざとクロエの前で俯き眉を寄せ、目元をキツくする。
怒りを "表現する" 。
声を低く、僅かに激しく…… "出す"。
『それにしても…彼は酷い男ですね。貴女の貞操を奪っておいて責任も取らないなんて…!』
エキドナの言葉にクロエの動揺した声が響いた。
『え!!? そんなっ違いますわエキドナ様!! あたくし達、別にそんな関係では…ッ!』
〜〜〜〜〜〜
「……って感じでね、結構正直に話してくれたよ。『彼の "可愛い"、"デートしたい" という言葉を間に受けてしまった』『殿方からあんな風に声を掛けられた事がなかったから本気にして舞い上がってしまった』…ってさ。ナンパする相手を間違えたねフランシス」
「……」
「え? えぇ!? なんでその事僕にも教えてくれなかったの姉さま!」
「今教えてるじゃん」
「もっと早く教えてほしかったの!!」
フィンレーが軽く頬を膨らませてムクれる。
かわいい。
男なのにあんなあざとい仕草が似合うなんて……。
ハッ、うちの子天才なんじゃないか?(←姉バカ)
思いながら一旦話を戻して無言のフランシスを見る。
「つまり、あの子とは何もなかったんでしょ? なのにどうしてあんな誤解されるような…いや違うな、周囲も含めて誤認させるような振る舞いをしたの?」
するとフランシスが大きく溜め息を吐き始めた。
「……はぁー…。昨日の今日で仕事早過ぎだろ…」
「暇だったからね」ドナァ
「堂々言う事かそれ…」
フランシスが呆れ気味に、けれどバツの悪そうな顔をしつつも、エキドナとフィンレーに事の発端を話し始めたのだった。
「……俺としてはいつものリップサービスだったんだよ。本気で傷付けたかった訳じゃねーし。『可愛い』って思ったのも『デートしたい』って思ったのもマジだし」
しかし言いながら……フッと自嘲を含んだ寂しげな笑みに変わる。
「でも、多分実際の "俺" とあの子の中に居た "俺" は別人だったんだろうな〜。…けどさ、あんな風に…あんな、公衆の面前で派手にやっちまったらさ。見方によっちゃあ『いきなり人の顔ぶつような女だ』ってなってさ〜…そしたらあの子が白い目で見られるかもしれねーじゃん。そうなるくらいなら周りに『女好きの最低野郎が騙して傷付けた』って事にしとけば、丸く収まるだろ」
フランシスの言葉を静かに聞くエキドナに対して、フィンレーはハッと手で口元を覆いながらラベンダーの目を思い切り見開く。
「えっ嘘。このチャラ男実はいい人?? ……いや絶対嘘だ」
「フィンレーもう少しオブラートに言えねぇ? 心の声らしきものが筒抜けなんだけど」
フィンレーにフランシスが複雑な顔で突っ込む。
フランシスのご指摘通り、本音がボロボロあられもなくこぼれ落ちている。
「嘘じゃないよフィン。クロエさんの言ってる事と辻褄が合うもの」
「もちろんわかってるよ姉さま! ちょっと意外だな〜と思っただけ。…………う〜ん、」
フィンレーがフランシスへゆっくり身体を向き直しゆっくり前に出る。
その表情はやや気不味そうである。
「…姉さまに絡むのは許さないけど……その、腕に怪我を負わせてしまい、すみませんでした」
そう言いながら深々と頭を下げ誠心誠意の謝罪をするのだった。
そんな弟の姿に、エキドナも目を細める。
(……ちょっと危なっかしい所はあるけど、根は昔と変わらず素直ないい子なんだよねぇ…)
「いやいや気にすんなって、怪我ってレベルじゃねーし!! ドナに手ぇ出そうとしてた訳だし」
「だよねぇ!!!」
「復活はやっ!!」
フランシスの言葉にフィンレーが目を輝かせながら笑顔で勢いよく頭を上げるのだった。
…………うん、素直な子だ。←
弟への複雑な気持ちを若干胸に抱きながら、エキドナも一歩前へ出てフランシスに向き合う。
「私からも謝罪させてほしい。貴方に対して弟がした言動と私の今迄の言動について」
「だからいいって! 女の子に頭下げさせるとか男として許せねーし!! …つーか、さ」
「「??」」
不思議そうに見つめるオルティス姉弟を前にフランシスが僅かに気恥ずかしそうな様子で俯き自分の頬を掻いて……また口を開いた。
「たまにでいいからさ、またこうやって俺と話してくれよ。お前らと話すのおもしれーし楽しいし。……謝罪されるよりそっちの方がいいわ、うん」
「それもそうだね」
「姉さまがいいなら僕もいいよ!」
「!! ありがとな!」
二人の言葉に、フランシスも喜びで笑顔になる。
こうして、エキドナの手によりフランシスの本音は呆気なく明かされ三人の間にささやかな友情が生まれたのであった。
エキドナがフランシスの人間性をほんの少し理解出来たので以前のような冷酷無慈悲な対応をする事はもうないだろう。
(計画通り)
二人の視線が自身から外れた瞬間、フランシスはニヤッとゲスな笑みを浮かべた。
(いや全然計画なんて立てちゃいねーけどよ。クロエの事もマジで悪かったなって思ってるし。……でも嬉しい誤算だ! だって結果として… "あの" 冷徹なエキドナと厄介なフィンレーのガードを一気に緩める事が出来たぜ…!!)
そう。
この女好きチャラ男フランシスは……エキドナの事を全然諦めてはいなかったのだ!!!
ただ彼女の難易度、厳密にはエキドナ自身のガードと防波弟のフィンレーの存在が予想以上に強力だったため、ひとまず攻め方を変える事にした。
ただ闇雲に口説いたりデートに誘ったりするのではなくまずはお友達としてオルティス姉弟と信頼関係を築き、そしてガードが緩んだところで攻める…という作戦に変更したのである。
なかなかにエグい策士である。
「ん? どーしたのフランシス。悪い顔して」
「!! …はぁ? このイケメンフェイスが何だって?」
「うわウッザ」
目敏くフィンレーがフランシスの変化に気付いて訝しむも、素早く思考を切り替えジョークで誤魔化した。
フィンレーはフランシスの言葉を間に受けてただひたすらウザがっている。
「お前可愛い顔してるのに口悪りーよな〜。つーかそこは『フラン』って呼んでくれよフィン!! 俺達友達だろ〜!?」
「え"、なんで僕にも突っかかって来るの? 急に愛称呼びに変わって怖いんだけど」
笑顔で二人に近付くフランシスにフィンレーは少々引いているがあからさまな拒否反応はない。
そんな反応にフランシスは内心ほくそ笑むのだった。
そのまま駆け寄る。
「いーじゃんか別にっ ドナもフィンも今日から友達なんだからさ〜!!」
『よっしゃこの勢いでエキドナを落とす!!』と内心両手でガッツポーズするのであった。
だがしかしッ!
この時フランシスはまだ気付いていなかった!!
例え前より態度が軟化したとしても…ッ
"あの" エキドナを落とすのは極めて至難の業である事を!!
次話へ続く!!!