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ある晩の事


________***


前世の記憶を取り戻してからふた月が経過し、"エキドナ" として改めて歩み始めた人生は割と順調だと思う。例えば、季節がら雨が降る日も多い中父や師範の指導の元弟と一緒に室内トレーニングに勤しんだり。例えば、月に二、三回といっていたリアムとの定期お茶会が気付けば週一に増えつつ偽装婚約の共犯者同士で平和に会話をして過ごしたり。

そんな平穏な日々を過ごしているある晩の事だった。いつも通りふかふかのベッドでぐっすり眠っていたエキドナは、肩を軽く揺さぶられながら声を掛けられていた。


「…姉さま、姉さま」


「……んんー? どうしたの…フィン」


眠たくて閉じそうな目をゴシゴシ擦りながら、声の主たる弟に答える。


「リアがトイレに行きたいみたいなんだけど…姉さまも一緒に行こう」


「うぅ〜…おしっこ…」


「はぁい…一緒に行こうね〜…」


こういう事は結構良くある。末っ子のアンジェリアはまだ四歳なので夜中一人で厠に行く事自体が難しい。

けれど『良い子は早く寝ましょう!』な教育方針の両親の元へ行くのも気が引ける…という事でしょっちゅう部屋が近いエキドナの元へ来るのだ。その時は何故かフィンレーも一緒。多分アンジェリアに頼まれたものの妹同様に夜の厠が怖いのだろう。


(まぁ二人ともまだ幼いし、夜のトイレは怖いよね…)


サッサと終わらせて寝よう、そう思いながらアンジェリアを間に挟んで三人で手を繋ぎながら厠へと向かった。



________***


「スッキリした?」


「うん!」


ぴょんぴょん飛び跳ねるように部屋へ戻る道を行くアンジェリアに、エキドナとフィンレーはやれやれと言わんばかりの表情で見守る。安定した睡眠のためにも妹には早く夜のトイレを自立して貰いたいものだ、そう思いながら妹を見守っていると、当人がピタリと動きを止めた。


「アンジェ? どうしたの?」


「おにいさま、おねえさま、あっちのおへやからこえがきこえるよー?」


どうやら両親はまだ起きているらしい。ならバレない内にサッサと退散しようと思っていたら、好奇心にやられたのかアンジェリアが音がする部屋の方に静かに…けれど早足で駆けて行った。止めるため慌ててフィンレーと二人で追いかける。


「アンジェっ、お部屋に戻るよ」


追いつき小声でエキドナが諭す。アンジェリアは既に扉の隙間から部屋の中を覗いていた。


「ねぇなんでおとうさまもおかあさまも、じぃやもみんなまっくろなの?」


振り返り声を潜めながら言ったアンジェリアの発言に思わずフィンレーと目を合わせる。


(『まっくろ』って何だ)


意を決してアンジェリアに下がって貰いつつ二人で部屋を覗き見る。室内では両親であるアーノルドとルーシーがソファに座り、アンジェリアから『じぃや』と呼ばれた老執事のカルロスがソファすぐそばに立っていた。

何故か三人共喪服を着ている。


(『まっくろ』ってこれの事か)


そして母の両手には誰かの姿絵が大事そうに抱えられていた。


(……今日は誰かの、命日だったんだろうか)


それにしてもこんな…まるで隠れて喪に伏しているように見える状況に疑問を覚える。


(一体誰の命日だ?)


興味本位で姿絵をよく観察する。姿絵には若い男性が描かれていた。金髪に薄紫の瞳だから、恐らくオルティス侯爵家の血筋の者だろう。


(けど親戚筋に若い男性なんていたっけ? 前当主のお祖父様と母の従姉妹にあたる叔母様くらいしか知らないけどな…。というかあの姿絵の人、誰かに似ているような…)


そんなことを考えていると、両親達が話しはじめた。


「…もう七年も経つんだよなぁ、未だに実感できない」


「えぇ…私もよあなた」


「オズワルド様はきっと、今も御二方を、いえオルティス侯爵一家を見守って下さってますよ」


この姿絵の人物は『オズワルド』と言うらしい。

けれど、やはりエキドナの記憶の中にそんな人物は見当たらなかった。


「けど…本当は自分で育てたかったはずよ…。ハンナさんと二人で」


堰を切ったように、母はポロポロと涙を零していた。泣く母に父がそっと背中を支えているのを、エキドナ達は見ていた。


(…言っている意味がよくわからない)


「そうだな…。きっとそうだったろうな…。でも、君の教育のお陰で、三人共とても仲良く過ごしているじゃないか。…あの子もいつも笑っている」


「いいえ、みんな優しい良い子だからこそよ。でもそうね…。きっとオズも、天国で安心してくれてると思うわ…」


「……」


「…しかしながら奥様、旦那様。いつまでもこの事を隠し通すのは…限界があるのではないでしょうか」


「…カルロス、お前の気持ちはわかる。だがあの子はまだ小さい。それに真実を伝えるには余りにも残酷だ。私としては、深く傷付かせるくらいなら一生言わなくてもいいのではとさえ思っている」



「……いいえ、あなた。あの子にとってどれだけ残酷な真実だとしても……フィンレーには知る権利があるわ。…あの子の本当の両親が、私達ではない事を。本当の父親は私の弟のオズワルドで、七年前に亡くなっている事を…」



聞き間違いだと、思いたかった。

けれど、顔を青ざめ震えているフィンレーを見れば聞き間違いじゃない事は一目瞭然で。


(…なんで、このタイミングなんだ)


誰ともなくこの現実をエキドナは呪った。


「おねえさま? おにいさま? どうし…ムグッ」


痺れを切らしたアンジェリアが二人に声を掛け、その声の大きさに急いで口を塞ぐが間に合わなかった。


「!! 誰かいるのか!?」


ガタッと立ち上がり近付いて来る父親の気配からエキドナは咄嗟にアンジェリアを抱き抱え、フィンレーの手を引きながら逃げる他なかったのだった。



________***


エキドナの自室の前で三人が佇む。お互いに俯き、無言のエキドナのフィンレーの間にはハァッハァッ…と荒い息遣いしか聞こえなかった。


(……なんで、逃げてしまったんだろう)


心臓が早鐘のようにうるさいのを内側から感じる。きっとフィンレーも同じだろう。


(でも、この状態のフィンをお父様に会わせるのは不味いと思った)


未だに荒い呼吸を続けるフィンレーの顔色は真っ青で、足も震えたままだ。


(もし今お父様に会わせたら…『フィンが壊れてしまう』と思ったからだ…)


なら今だけは少しでも彼が落ち着ける時間がほしい、とエキドナは思った。


(それに恐らく…父に私達が話を聞いてしまったのはバレてるだろう。明日には嫌でも何かしら事が動く。それならせめて、)


「おにいさま? …だいじょうぶ?」


アンジェリアが心配気にフィンレーの顔を覗き込む。先程まで私とフィンレーの二人だけで部屋を覗いていたから彼女は話を聞かずに済んだようだった。


「……」


一方のフィンレーは何か喋ろうと口を動かし、しかし声が出ず…アンジェリアに返事が出来ない状態だった。


(『先程までのは幻聴だった』そう思いたいところだけど、やっぱり現実なのか…)


エキドナ自身初めて知った情報だったため内心酷く混乱している。

けれど、当事者のフィンレーはもっと酷い状態だろう。

そう思ったからこそ。


「…ねぇアンジェ。今日は久々に三人で一緒に寝よっか」


「!」


「やったー! みんなでねる〜!」


(エキドナ)の部屋のドアを開けてすかさずアンジェリアが入って行く。何か言おうとするフィンレーを出来るだけ強くない力で引っ張りながら部屋へ入れた。フィンレーは黙って引かれている。


(とにかく、今はこの子を一人にする訳にはいかない)


直感でそう感じたからこそ、既にベッドの上に乗るアンジェリアに続いて手を引きながらフィンレーをベッドに乗せた。いつも通りの…幼いアンジェリアを真ん中にして左にフィンレー、右にエキドナの順番で川の文字で横になる。

手早く二人に掛け物をかけた。


「…おやすみなさぁい。おねえさま、おにいさま」


「うん、お休み」


トントン…と一定のリズムでアンジェリアの胸を叩くと先刻の眠気を思い出したようにすーっすーっと寝息をたてながら寝付いてくれた。


(素直な幼い妹に感謝だ)


「「……」」


(…さて、ここからが本題か)


ちなみに逃げてからずっと二人の手は(エキドナが一方的に)繋いだままだ。その間ずっと、フィンレーの手は冷たく僅かに震え続けているが最初よりはマシになった気がする。


「……」


(……ダメだ。何て声を掛ければ良いのかわからない…)


前世でエキドナは客観的に見て、割と特異な生まれと育ちだった。しかも境遇も中々宜しくない目に遭って来た。

だからこそ今迄は "自称苦労人" として大抵の事は驚かないで対応する事が出来たと自己分析している。


(けど、流石に『実は両親の子どもじゃない』は経験した事がないからな…)


唯一ハッキリとわかる事は、良かれと思って下手な慰めの言葉を掛ければ何も言わないよりも彼を傷付けてしまうかも知れないという事。当事者の苦しみを知っていれば自然とどんな言葉や行動がほしいかわかるから出来る。

けれど、今回の場合は…。本当にどうしたらいいのかわからない。


(今こうやって、妹と三人同じベッドで眠ることさえ正解だったのか自信がない。本当は一人で考えたかったかもしれない)


「フィン……ごめんね」


「…え?」


「急に、逃げ出して。無理矢理一緒のベッドに入れて」


思わずしゅんと落ち込んでしまう。


「…なんだ、そっちの方ね…。いいんだよ、僕も……にげ出したかったから」


「そっか…」


「「……」」


再び沈黙が二人に訪れる。先刻まで止んでいた雨がまた降り始めたらしく、雨音だけが寝室に広がっていた。


(『大丈夫だ』と声を掛けるべきか…。けど、何が『大丈夫』なんだろう…。そもそも今この子が何を考えているかがわからない…。ひょっとしたらショックで考える以前の問題なのかもしれない。ただ、今言える事があるならば、)


「ねぇフィン」


「…?」


「姉さまが、そばに居るから」


「…」


「…姉さまがずっと、そばに居るからね」


フィンレーは黙ってエキドナの言葉を聞いていた。

その表情は変わらず暗いままだ。


(…これが正解なのかはわからない。けど、私にはこんな言葉しか思い付かなかった)


結局エキドナとフィンレーはほぼ一睡もする事なくその晩を明かしたのだった。その間も雨が止む気配はなく……ただ静かに降り続けていた。



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