閑話〜エミリーの心配(エミリー視点)〜
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皆さまお久しぶりでございます。
エキドナ・オルティス様の専属侍女、エミリー・オーバートンでございます。
私は以前、お嬢様が使用人の私に対してわがままを仰らない事に不満を抱いておりました。
ですが……
それがどれほど、贅沢な悩みだったのか最近身を持って痛感した次第です。
相変わらずわがままらしいわがままは有りませんが武術に目覚めてからというものの……お嬢様は毎日毎日生傷を作りそうな中、元気に駆け回っております。
未来の王妃という自覚がお有りなのでしょうか?
それ以前に貴族の娘という自覚がお有りでしょうか??
…いいえ、あの様子だとほぼないのかもしれませんね。
リアム王子やイーサン王子の事はご友人として大事にされているようですが、お嬢様ご本人からすればそもそも『王族に嫁ぐ』という気持ち自体が皆無なのかもしれません。
急激な変化が起こる以前から、お嬢様はご両親の旦那様と奥様と同様に出世欲が薄いお方でしたから。
当然ながら私も別段出世したい訳ではありません。
かつては王宮勤めに憧れた時期もありましたがそれもあくまで実務経験を積みたかったがため。
オーバートン家に生まれた者として、オルティス侯爵家を影で支え続ける事こそが本望でございます。
ただ、もう少しお嬢様はご自身の身体を大事に、出来れば激しい武術をもう少しだけ控えて頂けたらと思っております…!!
以前周囲を欺くためとは言え、旦那様からの仕置でお嬢様が殴り飛ばされた時は息が止まりそうでした!
ケリー子爵のご子息ニール様との真剣勝負? でお顔に傷が入った時はもう全身の血が引きました!!
あとこの間リアム王子をまた試合で大差を付けて勝っていた時は、いい加減不敬罪で訴えられないかと色々肝が冷えました…!!!
だからこそリアム王子様方がお嬢様とニール様相手に本気のお説教を施して下さった際には、お嬢様の後ろで大きく頷く事しか出来なかったのです!
実は心の中で王子様方に拍手喝采をしておりました!!
…というかお嬢様、『稽古で真剣を使ってみたい』と旦那様に直訴しないで下さい。
旦那様も了承しないで下さい。何故嬉しそうな顔をされるのですか。
『旦那様相手で限定すればいい』とかそういう話ではございません! !
基本的に名家のご令嬢は剣を握りませんッ!!!
しかも最近は弓術や馬術、更に格闘術まで……。
旦那様はお嬢様方を戦士に育て上げるつもりなのですか。
そして戸惑い気味のイーサン王子はまだしも、何故リアム王子は当然のように参加していらっしゃるのですか!!
強くなってどうされるおつもりなのですか。
皆様、護衛に仕事をさせて下さいませ!!!
私としてはご令嬢らしいご令嬢であるステラ様と過ごされる事がお嬢様にとっても、恐れながら私にとっても、かなり平穏無事でございます。
もうずっとステラ様とお嬢様らしく過ごして頂きたいです!
セレスティア様の場合は…あのお方が朗らかで明るい人柄なのは存じておりますが……その、あのご趣味を私は、その、…………前例がない故に、まだ理解し受け入れるまでには至っておりません。
何故お嬢様は当たり前のように受け入れたのでしょうか。
『腐女子じゃないから大丈夫大丈夫〜☆』
と仰っておりますがまず平然とそのような本を手に取り読んでいる時点で手遅れではございませんか!!?
あと『腐女子』とは何ですか!!?
時々そんなお嬢様がわからなくなります!!
そして何より、私を退出させてまでセレスティア様の自室で、二人きりで……一体何をされているのですか!? お嬢様の今後が不安です!!
どこへ向かわれるおつもりですかっ 帰って来て下さいませお嬢様!!!
ぜぇ…はぁ…
コホン。
失礼、つい取り乱してしまいました。申し訳ございません。
…まぁ、誰にも優しく平等に接して下さるのがお嬢様の良い所だとは思いますが。
フィンレー様に至っては常に愛情を沢山注ぎながら接し続けて来たからこそ、 "実は旦那様方とは血の繋がらない親子だった" という辛い現実をフィンレー様なりに乗り越えられて、伸び伸びと育っていらっしゃるのだと思いますから。
加えて有難い事に私の事もよく気に掛けて下さって、
『いつもありがとう』
『そんなに気を張らずに楽にしてても良いんだよ?』
などと優しいお声をいつも掛けて下さいます。
あと私のやりたい事…お嬢様を着飾る事にも月に一回のペースで付き合って下さいます。
そういえばお嬢様、実は服や装飾のセンスがお有りなのではないでしょうか?
『この色のドレスならこっちの方が映える』
と差し出された物は百発百中で本当によくお似合いで…お召し物にもぴったりです。
絵や歌、それにダンスといった芸術・音楽の分野が昔からお得意なようですし、そういった感性が特別優れているお方なのかもしれませんね。勉強になります。
…………でも、私はそんなお嬢様が心配です。
お嬢様、
どうしていつも、隠れて泣いておられるのですか?
お嬢様が人前で目に涙を浮かべる程度の泣き方をされているところなら今迄だって見た事があります。
年相応だと思います。
ですが、隠れて泣くお嬢様の姿は普段とは全く違うのです。
大粒の涙を零しながら声を殺して泣くその表情やお姿はとても儚くて、今にも消えてしまいそうな、壊れてしまいそうな…………そんな、危ういお姿でした。
どうして…『夏の祭典』で倒れられて以降、一人でずっと苦しんでいらっしゃるのですか?
一体何が貴女を苦しめているのですか?
何故、最初に偶然そのお姿を見つけた時、
『周りの人達には言わないでっ!!!!』
『お願いっ…言わないで…お願いします…!!』
どうして、泣きながら…恐れ多くも頭をお下げしてまで、私に強く口止めなさったのですか?
心配です。
泣いている事も、苦しんでいる事ももちろんですが、
……決して誰にも助けを求めようとしないお嬢様が、心配です。