閑話〜エキドナに嫌われた その2(リアム視点)〜
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定期茶会から次の日。
ここは離宮内のとある…数ある庭園の中でも奥まった場所で、恐らく認知している人も少ないであろう古い庭園。
その庭園で……リアムは隠れるように呼び出した人物に声を掛ける。
「どうされたのですか父上、今は政務中では?」
「…安心しろリアム。政務は一区切りついているしこの辺りは人払いを済ませている。俺達がここに居るのを知っているのはリード宰相だけだ」
「そうですか…。ではなおさら何故こんな場所で?」
「ま、まぁそれはだな…。ほら、座って話そう」
父であり国王のバージルに促されるまま、少し古そうだがツタも絡まず綺麗に整えられたベンチに父親と隣り合わせで腰掛けた。
同時にリアムに緊張が走る。
いつも通り講師による授業や習い事を受けていた時に、リアム専属の侍女から『宰相様からリアム王子に、内密でとの事です』と小さな紙切れを渡されたのだ。
中身はこの庭園の場所と時間だけ。
けれども筆跡は間違いなく父のものだった。
だから人目に付かないよう細心の注意を払いながらやって来たのだ。
(これからどんな重大な話を聞かされるのか…)
「……リアム、お前エキドナ嬢に嫌われたんだって?」
「っ…!!」
「虫を使って嫌がらせなんて全く想像出来ないんだが…。苦手な娘にそんな事をするのはダメじゃないか」
父親に知られていた衝撃と共にすぐ脳内で犯人を特定した。
思わず手に力が入る。
(イーサン! あいつ余計な事を…ッ!!)
注:イーサン逃げて超逃げて
「……父上に心配されるほどの事ではありません。それより、まさかドナの件で呼び出したのですか?」
「うむ、そうだな」
「そうですか…」
つい力なく項垂れる。
先刻も似たような事があったのだ。
王宮内の通路を歩いていたら、偶然エキドナの実父兼オルティス侯爵のアーノルド(注:先週まで何故か満身創痍だった)に出くわした。
すると急に勝ち誇ったような得意げな表情をして言い放ったのだ。
『リアム様、フィンレーから聞きましたぞ。度を越した嫌がらせでとうとうエキドナに愛想を尽かされたそうですなァ。…………クソ餓鬼マジザマァ…』
最後のセリフは流石にかなり小声だったが、聞き逃さないはずもなく。
(アーノルドいつか葬る)
リアムは苛立ちを隠す事なくアーノルドを睨んで、その場で固く誓うのだった。
……未だに武術で勝てる気がしないのが余計 癪にさわる。
「拗れないうちに早く謝った方がいいぞ」
「ですからご心配なく。今度会う時に謝りますよ」
「そ、そうか…」
「?」
冷静に返しただけなのだが、何故か少し落ち込んでいるらしい。
そんな父親の姿を訝しみながらも…リアムもふと思い出した。
「あの、ドナに謝罪した後でプレゼントを渡そうと思ってい「プレゼントかっ それはいいな!! 何を渡すのか決めたのか!?」
「い、いえまだはっきりとは…」
食い気味のバージルの勢いにリアムが押され若干引く。
「そうか! 婚約者としてならともかくプライベートでのプレゼントは初めてなんじゃないか? どれ父上も一緒に考えよう」
「はぁ…」
先程までとは打って変わって上機嫌になる父親に思わず生返事をしてしまう。
「あ、」
今度は何かを思い出した風にバージルが口を開いた。
「サンは昔ステラ嬢と喧嘩した際に首飾りを贈ったらしいぞ。リアムもエキドナ嬢に装飾品を贈るのはどうだ?」
「そうですね…」
昨日ステラ達から聞いた情報だが、確かに装飾品は常識的な選択だと思う。
同意しようとし…しかしある事に気が付いたリアムは静かに頭を横に振った。
「ドナは剣術などで身体を動かす事が好きですし、そもそも着飾る事に関心がない節があります。ですから贈ってもあまり喜ばれないかもしれません」
そう。
エキドナは武闘派一族だった父アーノルドの影響か剣術などでよく動き回る。
余談だが、最近では同じく武闘派一族であるニールとチャド・ケリーの指導のもとバク転も会得したそうだ。
そんな令嬢らしからぬ令嬢に装飾品を贈るくらいなら剣を送った方が喜ばれそうである。
「という事は剣か…」
「……リアム、剣はまた別の機会に贈ればいいんじゃないか? このタイミングで剣を渡したら決闘を申し込んでいるようにしか見えない」
リアムの出した結論にバージルが真顔でストップを掛ける。
「……わかりました」
言いながら少し難しそうな顔で改めてプレゼントを思案するリアムを、バージルは空色の目を細めて見守り…再び口を開くのであった。
「そうだな…謝罪の意を示すためには剣より花はどうだろうか。エキドナ嬢ならそちらの方が喜びそうだ」
(花…か)
思い返せば、エキドナは昔からよく遠くの景色を一人で眺めていた。
それは空だったり山だったり、鳥だったり。そして庭園の花を見ていた事も思い出す。
(今でも庭園の花をよく眺めているし、好きなのかもしれないな)
「そうですね。助言ありがとうございます。…ところで父上」
「うむ?」
「あの…何故父上がそんなに嬉しそうにされているのですか?」
「!?」
リアムの言葉にバージルが肩を跳ねて固まった。
恐らく動揺しているのだろう。
…実は今迄密かに有能で絶対君主たる "国王" としてのバージルに憧れを抱いていたリアムなのだが、"父親" としてのバージルを知れば知るほどあの兄と重なる面が多くて…リアムの胸中には言葉で言い表せない靄が降り積もっていた。
「いやそれは、だな……ンン"ッ…その、親子のやり取りみたいで嬉しいな……と、」
「……はぁ、"みたい" ではなく僕達は親子のはずですけど」
目を泳がせ頬を軽く染めながら少々ずれた反応を示す父親に、リアムが冷めた目をして答える。
そんな息子の複雑な心中などバージルは知らないのであった。
「…あともう一つ、確認したい事が」
「む? どうしたリアム」
「……気のせいか周囲に鳥や動物が集まっている気がするのですが…………まさか、父上もイーサンと同じ…!?」
「あぁ "これ" か! 大丈夫だリアム。皆優しいから噛んだりしないぞ」
笑顔で言いながらバージルはいつのまにか自身の膝の上でくつろぐ猫の喉を撫で、空の方へと伸ばした指先には小鳥が乗る。
というか、肩にはすでに小鳥が二羽もとまっている。
気付けば頭の上にはリスが…。
そんなおとぎ話のような父親の姿を見たリアムは顔が引きつり言葉を失う。
(……イーサンのあのふざけた能力は…父上譲りだったのか…!!!)
その場で顔を覆いたくなったリアムであった。
以前当たり前のようにどこからともなく鳥を呼び寄せ、猫を出現させ、最後には手懐けるというイーサンの特技『動物寄せ』。
初めて見た時、リアムは本気で引いた。
意味不明だからだ。
まさかそんなふざけた能力のオリジナルが…異母兄と自身の父親だったなんて誰が予想出来ただろうか。
しかしリアムはまだ知らない。
リアムにとって義理の母でありイーサンの生みの親でもあるサマンサさえ、実はバージル達と同じディ○ニープリンセス染みた特殊能力を持っている事を。
そしてその能力がきっかけで、学園生時代に二人は急接近…もはや同志という意味で意気投合し交流を深めたという馴れ初め話も…。
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また数日後、リアムは自室にてエキドナを呼んだ。
「…どうしたの、私だけ呼ぶなんて」
エキドナとて時間の経過に加え、そもそも落ち着いた性格をしているのでもう怒りの感情はないらしい。やや気不味そうだがリアムを見ながら普通に受け答えをしている。
そんなエキドナに対してリアムは無言で距離を詰め…背中に隠していた小さな花束をエキドナに押し付けるようにして渡した。
「その……この間はやり過ぎた。…ごめん」
「これ…!」
エキドナは驚きで目を見開き、そして…
「……?」
「…うん。すごく "きれい" 。……ありがとうリー様! 部屋に飾るよ!!」
最後は明るく微笑んでお礼を言うのであった。
「…気に入ってくれたのなら、良かった」
(? ……一瞬見た表情は、僕の見間違いか?)
リアムはエキドナの刹那の変化… "不可解な変化" に疑問を感じたが、
「あの…私こそごめん。言い過ぎた。…これガーベラだよね?」
と声を掛けるエキドナへと意識を戻すのだった。
「…いや、いいんだよ。そうだよ、今の時期じゃ薔薇は咲いてないからね」
リアムがエキドナに渡したのは、濃淡の差はあるけれど淡い色が主体の…ピンク色のガーベラの花束だ。
単に今がガーベラの開花時期と重なっていたためこの花を選んだのだが、エキドナも気に入ってくれたようである。
「にしても、この色は…」
「ドナの好きな色でしょ?」
「知ってたの!?」
かつてまだ二人きりだった頃の定期お茶会で…好きな色の話になった時、エキドナは『綺麗な色なら何でも好き』とは言ったが『実は淡いピンク色が好き』なんて一言も言っていなかったのだ。
驚いた表情をするエキドナにリアムは得意げに微笑む。
「庭園で…特にこういう色の花を嬉しそうに見ていたなって印象に残っていたから」
「そっか〜…柄じゃないかなと思って敢えて言わなかったんだけど、バレてたかぁ…」
ははは…とエキドナは軽く笑いながら、少し恥ずかしそうに目を伏せて自身の髪を耳に掛ける。
「似合う似合わないは関係ないんじゃないかな。…前に話したと思うけど、僕には好きな色も嫌いな色も何もないからね」
思わず自嘲気味に呟く。
周囲からはリアムの瞳の色を連想させるサファイアブルーが好ましい色というイメージがあるが、別にリアム本人にとっては好きな色でも何でもないのだ。
色どころか好きな食べ物も、好きな本も……逆に嫌いなものさえ何もないのである。
周りからは『天才』『何でも出来る』『弱点がない』と評されるリアムだが…何でも出来るというのは、つまり "思い入れのあるものが一つもない" という事だとリアムは常々思っていた。
(みんなみたいに…ドナやニールだったら武術、フィンレーだったら化学の勉強…みたいな好きな物や特技が、僕にはない)
みんなには好き嫌いや得意不得意がある。
でも僕にはそれがない。
何も、ない。
自身の、未だ他者には知られていない空虚で無機質な内面を改めて実感し俯いていると……何故かエキドナの動きが突然固まったようだった。
「?」
どうしたのかと思い顔を上げる。
「ねぇリー様、まさかこの中に虫仕込んでないでしょうね!?」
「はぁ!?」
「いやだってさぁっ 貴方散々私に虫テロしてたから、こう油断させて…みたいな流れでやるんじゃないかなとか思うじゃん! そもそも個別で呼び出された時点で何か嫌がらせする気じゃないかとこっちはずっとヒヤヒヤして…ッ!!」
彼女の大真面目な表情や言動から冗談を言っているようには見えない。本気で僕の事を疑っている。
(今迄の行いの所為とは言え、今更そんな事を心配するなんて)
…その必死な姿が、悪いがあまりにも滑稽で、
「ふはっ」
思わず吹き出して笑ってしまった。
「大丈夫だよね!? 実はこのラッピング外したら虫居ますみたいな仕掛けしてないよねぇ!!?」
「あはははっ!!」
「その笑いは何!? もしかしてほんとに仕込んでるのッ!!?」
僕には何もない。
(……あぁ、だけど)
「ふっ…してないよ。でも次からはドナの期待に応えようかな?」
「やめて下さい本気でやめて下さい私の早とちりでしたごめんなさい」
笑顔でそう言うと、今度は大慌てで頭を何度も下げながら早口で謝り懇願し始めた。
(ドナ達と関わる事は、すごく楽しい)
「ドナ!」
「わっ」
顔を上げたエキドナを、笑って抱き締める。
急だったから驚いたようだ。少し身体が硬い。
でも…………温かい。