+α 閑話〜姉弟喧嘩〜
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「え? お父様?」
エキドナはキョトンとした顔でセレスティアの方を見る。
「いかにも。先日ドナ氏のお父上を拝見しましたが、厳しそうなお父上という印象でしたので… "何故ゲームの『エキドナ』の悪業を止められなかったのか?" とふと疑問に思ったのであります!」
ここはリベラ伯爵邸。セレスティアの自室。
誰にも疑われず二人きりで前世トークをするのにはもってこいの場所なのだ。
…その所為で『エキドナが徐々にセレスティアに汚染されているのでは?』とエミリーを始めリアム達に心配されている事実を二人は知らない。
「時にドナ氏、普段と装いが違いまするな?」
「これはね、月に一度のお楽しみってヤツだよ。…エミリー限定の」
そう。
かつて話し合って知った彼女からの『お願い』…普段シンプルな服装しかしないエキドナをエミリーがやりたいように着飾るのを、今も定期的に行なっているのだ。
本日のエキドナは髪をツインテールにされ、更にピンクと白のふわっふわメルヘンなワンピースを着せられている。
ファンシー過ぎてもはやマ○メロちゃんの世界観というレベルなのだが、単に自分がそのような服を着る事に抵抗があるだけで元々可愛いものが好きなエキドナは早々に考えるのをやめた。
「とてもよくお似合いであります〜。眼福眼福」
「どうも。エミリーの手腕だね」
多分、今迄表に出さなかっただけでこういうスタイリストみたいな仕事も好きなのだろうとエキドナは感じた。
選んでいる時のエミリーはとても活き活きしている。
「…話を戻すけど、思い当たる事が一つある」
言いながらエキドナは目を伏せ真剣な表情になる。そのまま言葉を続けた。
「多分ホークアイ伯爵家の女性陣が理由な気がする」
「ほほぅ、それ即ち?」
「いやね…」
〜〜〜〜〜〜
時は数日前に遡る!!
「__にしても嬉しかったぜ! エキドナ…じゃなくてドナとフィンも武道に目覚めたのがさ!!」
「でしょうねぇ」
「これから色々教えてよギャビン兄さま!」
「よし任せろ!!」
そう言って「筋肉を育てるには〜」とうんちくを話し始めたのは鷲色の短髪に……金の目を持つ少年だ。
ここオルティス侯爵邸にて、久しぶりに父方の従兄と叔母が遊びに来ているのだ。
ギャビン・ホークアイ。
ホークアイ伯爵家特有の猛禽類を連想させる金眼と鷲色の髪をバッチリ受け継いだ、未来のホークアイ伯爵でありエキドナ達の従兄である。年齢はエキドナより一つ上の九歳。
ちなみに現時点ではスキンシップがないのでエキドナの男嫌い発作は出ていない。
そしてご覧の通り脳筋である。
だがしかし『脳筋』とは言えど、ニールの脳筋とはまた一味違う。
「…だからな、ただやみくもに筋トレすればいい訳じゃないんだ! 俺達は今身長が伸びる時期だから成長期が大体終わるまでは慎重にやらないと。つまり今の時期にぴったりな筋トレは〜(以下省略)」
ギャビンの父親である現ホークアイ伯爵が王宮の元官吏だった事もあってか頭が良い。
つまり、勉強が出来るタイプの脳筋なのだ。
「へぇ〜そうなんだ!」
真剣に聞くフィンレーの姿を見ながら『この子も将来そんな脳筋になりそうだな』とエキドナは思った。
「すっかり三人で盛り上がってるわね〜」
「いいな〜アンジェもやりたい!」
そばでにこやかに見守っていた母ルーシーとアンジェリアも会話に加わる。
「リア、そう言って前やった時はすぐあきて投げ出したでしょ」
「う〜、だってしんどいんだもん!」
フィンレーとアンジェリアの会話を聞きながら…エキドナはふと、父アーノルドと叔母の姿がない事に気付くのだった。
「お母様、お父様と叔母様は?」
「あら? そういえば先程二人で部屋を出てから戻ってないわね。エキドナ、そろそろお茶の時間だから呼んで来て貰えるかしら?」
(まぁ姉弟水入らずで会話してるのかな)
そんな事を考えながらエキドナは「わかりましたお母様」と言って一人その場を後にするのだった。
(どこに居るのかなー?)
ルーシー達が居る部屋の近くかと思っていたが違うらしい。
中々二人を見つけ出せず屋敷の中を歩き回っていた。
「…………!」「……!!」ドスン
「?」
(なんか、あっちの方から喧嘩っぽい音が聞こえる?)
エキドナは未だ音が聞こえるその部屋まで近付き、扉が少し空いていたので試しに静かに部屋を覗き込んでみた。
「!!!?」
室内は殺人現場の如く血みどろだった。
ところどころで飛び血がこびり付いている。
(アレェ!!? この部屋は確か白が基調のモダンな部屋だったはずなのに……!!)
一面真っ赤に染まっている。
そういえば鉄っぽい匂いがここまで漂っている。
ひどく動揺しつつも改めて確認すると、室内には先程から探していた父アーノルドと一人の女性の姿があった。
長い鷲色の髪、目測170後半くらいの長身だが女性らしいふくよかな身体、目鼻立ちがハッキリした人目を引きつける華やかな美貌、そして金の目。
アンバー・ホークアイ。
エキドナの叔母…すなわちアーノルドの実姉でありギャビンの母親、現ホークアイ伯爵夫人である。
…………正確には立っているのは叔母だけであり父は血まみれになって叔母に頭を片手で掴まれ持ち上げられ、尋問(?)を受けているように見えた。
また声が一室に響く。
「だーかーらー!! 何度言えばわかるのよアーニー!!」
「ぐぅッ… だから『アーニー』と呼ぶなこのクソ女が…!!」
「実の姉に向かって何て口を聞くのよアンタは!!」
ゴスンッ!!
鈍器で殴られたような音と共に血が飛んだ。
ちなみに『アーニー』とは、アーノルドの本来呼ばれるはずだった一般的な愛称である。
なんでも昔本人が『女みたいで嫌だ』とゴネたらしく、それ以降身近な人間からは『ノルド』と呼ばれているそうなのだが。
(……どこをどうしたら、姉弟で殺し合いが勃発すんの…?)
思わぬDV現場に遭遇したエキドナは内心かなり焦るが、見た感じとりあえず父の即死はなさそうなので人を呼んで大ごとにしてしまって大丈夫かどうかを見極めるために改めて見守る。
「てゆーかこのいっそがしい時期にジャクソン公爵家を調べるのがどれだけ重労働かわかってんの!!?」
「俺だって隠密やって情報収集してんだろうが!!」
(…………)
「たまにでしょーが!!」
「うるせぇクソババ…ゴフゥッ!! ……そもそも俺は侯爵の仕事で忙しいんだよその点伯爵夫人は気楽で暇だろうが!! グハァッ!!」
「家族に対して口が悪過ぎなのよアンタは!! 昔は可愛かったのにっ この不良ッ!! こっちだってアンタが継がなかった伯爵の仕事を頑張る夫支えて引退したお母様や叔母様の面倒見て次期当主の息子の子育てしてって色々忙しいのよ!!!」
「お袋と叔母上の面倒は俺だって見てるじゃねぇか!! そもそもあのババア共ピンピンして「だからババアはやめろババアは!!! あとアンタの "面倒" は仕送りだけでしょーが!!!」
ガスンッ!!
「ガバァッ!!」
そんなバイオレンスな姉弟喧嘩を見ながら…エキドナは思わず目を閉じ片手で額を押さえた。
……うん、一瞬現実逃避したくなったけど責任逃れはダメ絶対。
多分喧嘩の原因私じゃねぇか。
(リー様の背後で暗躍するジャクソン公爵家の情報収集とか仕事が発生して…負担うんぬんで姉弟喧嘩してるんじゃないかよ…)
思いながら腹を括り、エキドナは扉をより開いて顔を遠慮気味に出した。
「……あの、」
「「!!?」」
予想外の登場に驚いたのだろう、父アーノルドと叔母のアンバーが同時に金の目を見開きエキドナの方を向く。
……何故か二人の背景にカンムリクマタカとカンムリワシが一瞬見えた(←幻覚)
「あらエキドナちゃん!! どうしたの!?」
グシャッ
「ウグッ」
金の目を宝石のようにキラキラ輝かせて、アンバーは笑顔で潰れた肉塊…もといアーノルドをパッと手放す。
実はこの叔母、『娘もほしかったのよね〜』と以前から姪かつホークアイ家の血が濃いエキドナを気に入っているのだ。
『リアム王子との婚約がなければギャビンの嫁にって思ってたのに〜!』
と可愛くスネ気味に冗談を言われたのは、今ではいい思い出。
「…すみません少し会話を聞いてしまいまして。あの、私の所為で叔母様にそこまで負担を掛けていた事に気付けなくて…」
「ち・が・う わよ〜!! 可愛い姪っ子のお願いを聞かない叔母様じゃないもの♡ 仕事自体忙しいと言えば忙しいけど、ちゃんと周りの人達の負担とかを調整してアタシもこうして遊びに行くだけの余裕はあるから!」
「そっ そうなのですか…?」
「えぇ! ……ただ、ひとぉ〜つ不満を挙げるなら、ね」
ガシィッ
気配を消してこっそり逃げようとしたアーノルドを、笑顔から一転険しい顔になったアンバーがツカツカ早歩きで接近しアーノルドの頭部を再び掴んで持ち上げる。
(…さっきから思ってたけど、なんで長身とは言え自分よりもデカいお父様を軽々と持ち上げてるのだろうか)
「アンタって子は〜〜!! 定期連絡くらい自分で来なさいッ!! アタシを避けてるのはよくわかってるけど、一発で終わる情報交換が人を介したら再確認とかで色々手間と時間が掛かるでしょうが!!!」
「クッ… 実の弟に避けられるだけの事を今迄して来たのが悪いんだこのゴリラ女!!!」
「!? ちょっと! 口が悪過ぎでしょ可愛い娘の前よ!!」
娘の前でも言葉遣いを改めない弟の態度にアンバーは慌てて注意する。
するとアーノルドは頭を掴まれ、血まみれの状況下でドヤ顔になった。
「ふふん、うちの愛娘はお前達のようなゴリラとは違って優しくお淑やかで控えめなのだ。…俺やお前達と同じ "ホークアイの血" を受け継いでいるのにな!!!」
フハハハハ…!! と勝ち誇るような笑い声が聞こえ…直後、グシャアッ!!! と肉が潰される音が辺り一面に響き渡るのであった。
「さっきはごめんね〜」
「い、いえ…。そういえばなんだかんだでお父様は叔母様に一発もやり返しませんでしたねぇ」
少し申し訳なさそうな顔で両手を前に合わせて謝るアンバーに、返事をしながらエキドナは気付く。
アーノルドはアンバーに殴られまくって血まみれだったが、殴った側のアンバーには(返り血を除けば)傷が一つも付いていない。
(やっぱ『お姉さんは殴らない』とかそういう理由なのかな…)
「あったり前よ〜!! だってアイツはアタシやお母…お祖母様に逆らえないよう、幼い頃からみっちり調教してきたんだから!!!」
「え"、」
思わぬ事実にエキドナは固まる。
「あー見えても昔は素直で可愛かったのよ〜? 『おねえさま』『おねえさま』ってよちよち歩きでアタシの後ろを付いて来たり、言う事もちゃんと素直に聞いてくれたりで本当に可愛かった!」
はぁ〜と胸に手を当ててアンバーは甘美なため息を吐く。そしてまたエキドナの方を見た。
「…でも、やっぱり男の子だから段々成長と共に反発するようになって行くでしょう? それにほら、当時は亡くなったお祖父様…つまりエキドナちゃんやギャビンにとっては曽お祖父様ね? 曽お祖父様以外ホークアイ家はみんな女の人ばかりだったせいか…途中からスネて不良っぽくなっちゃったのよねぇ」
今度は少し寂しそうに沈んだ表情で話している。
そして金の目を静かに閉じた。
「だからアーニー…エキドナちゃんのお父様がアタシやお母様、つまりお祖母様に反発するたびに……ボッコボコにしていたの」
(何故そうなった)
握りこぶしを作るアンバーを見ながらエキドナは心の中で突っ込むが、当の本人は気付かずそのまま再び目を開いて明るく笑顔で話し続ける。
「つまりね、やられたら倍にしてやり返してたのよ! 後継ぎ息子だったとはいえアタシより後に生まれた弟なんだから!! 立場を解らせるためにも大事な事よね!!」
「……」
「何度も何度も倍にしてやり返したわね。だから今じゃアーニーはアタシはもちろん、お母様と叔母様にも脊髄反射で絶対服従になってる訳!! …調教した甲斐があったわァー!!!」
言葉を失い続けるエキドナを他所に、アハハハハ…!! と今度はアンバーの勝ち誇る笑い声が辺りに響くのであった。
〜〜〜〜〜〜
「__つまりね、お父様は『勝気で強気な肉親女性』には逆らえないよう調教されてるらしいんだよ。ゲームの『エキドナ』って話を聞く限りまさにそんな女じゃん? だからゲームのお父様は、止めたくても脊髄反射で言う事聞いちゃってたんじゃないかなって…」
「ホホ〜! それはガッテンガッテン!! でござる!! だから悪役令嬢『エキドナ』の悪業は野放しにされていたのでありますな!!」
「恐らくそうみたい」
なお叔母との会話ではこの後『フィンレー君も今は可愛盛りだけどこれから反抗期が来るかもね〜! 弟の調教方法伝授してあげましょうか?』と言われたのはここだけの秘密だ。
もちろんフィンレーには伸び伸びと育ってほしいと常日頃思っているエキドナは、その申し出を丁重に断らせて貰ったのだが。
「さて、疑問も解消致しましたところで……ドナ氏。新刊を作ったのでチェックよろしくであります!!」
ズイッとどこからともなく青い表紙が特徴のBL本を差し出される。
「…前から思ってたんだけど、腐女子じゃない私が読んでいいものなの?」
「確かに語り合う事が出来ないのは寂しいでありますが…客観的な意見も大事でござる! その点ドナ氏は正直に言って下さるのでめちゃ貴重な人材でありまぁす!」
そう。
相変わらず腐女子とは言い難いエキドナだが、その一方でリアムやイーサンレベルの拒絶反応もない。
それ故に現在ではセレスティアのBL本を読んで感想及び『ここで出てくる当て馬の女の子って結局攻めの家族なの? 友達なの?』や『このシーンとこのシーンだと攻めと受けの身長差が逆転してる気がするんだけど…』などと疑問点や矛盾点を指摘する係が定着しているのだ。
「そっかぁ…」
言いながらエキドナは青い新刊BL本…『サファイア王子のラピスラズリ』をめくり始める。
ぱら、
(へぇ〜、今度はとある王族兄弟の禁断愛か…)
ぱら、ぱら
「……?」
ふとした既視感に思わず首を傾げる。
(ん? この攻めと受けってどっかで見た事あるような…)
ぱら、ぱら
「……!!」
疑惑が徐々に確信へと変わって行き…
ぱら、「ねぇこれリー様とサン様がモデルだよねぇ!!? 不味いよ流石にこれはっ 王家の侮辱じゃんか私でも庇いきれないし最悪処刑ものだよぉぉぉッ!! なんで自ら破滅フラグ建設しようとする訳ぇ!!?」
「いやはや目の前に素晴らしいモデルが居るとつい☆ …ですが無問題!! あくまで "たまたま" とある王族の異母兄弟モノがバッティングしただけであります!!」
「へぇ〜 "たまたま" ね☆ そっかなるほ…いや完全アウトだよ!! 途中で『リー』と『サン』って愛称呼びに変わってるしアウト以外の何者でもないよぉぉぉッ!!!」
「いえいえ登場人物の本名は『ザッカリー』と『ネイサン』で全然違うでござる。"たまたま" 愛称が同じだっただけであります!!!」
「いや無理だって!! 絶対無謀だってー!!!」
結局、エキドナは最後までセレスティアの命とイグレシアス兄弟の体面のために全力で反対し続けたのだが……後にセレスティアの手により水面下で流通され、『リー×サン』のカップリングが腐女子の間で人気になったのは言うまでもない。