盲点
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「ホホゥ! 『リハビリ』とは実に美味し…いえ面白い発想ですな〜!」
「そうか。やはりドナは男が苦手だったんだな…」
「サン様わかってたんですか」
「リアムが『リハビリ』を言い出した辺りから、もしかしてそうなのかな〜くらいに思っていただけなんだが…」
うっかりエキドナがセレスティアに口止めするのを忘れていたため、イーサンに男嫌いの件がバレてしまい今現在その説明を行なっていた。
……まぁ、イーサン相手に隠すほどの物でも無かったよなと今更ながら思うのだが。
なお、リアムとの偽の婚約はまだ伏せている。言おうかリアムの方を見たら首を横に振られたのだ。
「本当は姉さまとのハグは僕だけでいいんですけどね!」
「…貴方との場合は毎日『リハビリ』をしてると聞いたけど、僕も毎日した方が良いのかな?」
「「結構 (けっこう)です」」
「息ピッタリですな!」
「……」
リアムが楽しげに言った提案をエキドナ・フィンレーのオルティス姉弟が同じ冷めたリアクションで一蹴するのであった。
リアムは笑顔のまま黙っている。
「ところでドナ氏ぃ。ドナ氏は男嫌いを治す気ないのでありますなー?」「ないね」
「即答」
あまりの反射速度にリアムが突っ込む。
「では…………そもそも女学院行けば良くね?」
「え?」
この時ッ!
エキドナの背景に宇宙猫……と見せかけて宇宙コキンメフクロウが出現した!!
「…女学院とは、あの男居なくて女の子だけで伸び伸びと過ごせる楽園…?」
「ドナ言い方」
「……」
リアムの声をガン無視したエキドナはそのまま一人自分の世界に入って考え込み始める。
"女学院"
すなわち前世で言う女子校だ。
エキドナはこの存在をよく知っている。
何故なら前世で共学の高校生活に嫌気がさしたエキドナは看護女子大に進学したのだ。
一部の教師を除けばそこには本当に女性しかおらず、お菓子を持ち寄って服やメイク、アクセ、恋バナと色んなお喋りしたり、各々好きな服装や髪型(注:緑や赤に染めてる子も居た。そして実習と就活時にみんな真っ黒になった)をして楽しんだり、逆にだらしない格好でリラックスしたり…。
冗談抜きで、エキドナにとって男性の視線や接触に怯える心配なくストレスゼロで伸び伸びと過ごせる楽園だったのだ。
「…………」
「サン様『じょがくいん』って何ですか? 僕もいっしょに行けます?」
未だ黙って考え込むエキドナを他所にフィンレーがイーサンに尋ねる。
「ええと、男子禁制の学校の事だな。だから男の子のフィンは行けないんだ」
「そうですか…」しょぼーん
「いやそのっ! …とは言っても、だな、大抵の貴族令嬢はほとんど共学の…つまり男女問わず通える『聖サーアリット学園』に入学するんだ。余程の事が無ければ女学院には行かないはずなんだが…」
言いながらイーサンはチラッとエキドナを見た。
エキドナの方も黙思を終えたようで俯いていた顔を静かに上げて…リアムとイーサンの方に身体ごと向き直す。
真剣な目で…けれども半信半疑気味に尋ねた。
「……この国、女学院あるんですか?」
「「あるよ(ぞ)?」」
「……」
二人の王子の回答にエキドナがまた無言になってテーブルに突っ伏す。
(私の今迄の苦労(←?)は一体…)
「知らなかったのか」
「前から思ってたけど…ドナってしっかりしてるようでだいぶ抜けている所があるよね…」
イーサンとリアムの言葉を甘受しつつエキドナは一旦黙ってセレスティアの腕を取り、リアム達から聞こえないところまで離れてヒソヒソ作戦会議を始める。
「でもさティア氏。もし悪役令嬢の "私" が学園に居なかったら、それはそれでゲームにバグが出たりなんか怖い事が起こったりしないかなぁ? そこが心配」
「…確かにあり得なくはないでありますがぶっちゃけワタクシとしては悪くない手だとも思いまするぞ。ドナ氏の死亡フラグは実質ほぼ回避でありましょうし」
「う〜〜ん…。そこはまぁ魅力的ではあるけど……それだと逆にヒロインが危なくない? もしヒロインが『リアムルート』とかで死にそうになった時にそばにいられない分すぐ救助も出来ないし…」
「ムム…ナルホドそこはネックでござるなぁ…。ですがドナ氏は以前『男子率高い学園生活なんて想像したくもないえげつなさ過ぎる』と言っていたではありませぬか」「それは認める!!」
「秒でマジレスしましたな。ならば余計に…友達の立場から言わせて貰えるならば、無理して共学に行かなくても良いのでは……と思うのでござるよドナ氏ぃ」
「! ……ティア氏」
友達の純粋な気遣いにエキドナはハッとした顔になる。セレスティアも(メガネが分厚くて目は見えないものの)優しく微笑み返すのだった。
「…アッ! ではこれはいかがでござるか? もしヒロインが命の危機に…すなわち "死亡フラグが立ちそうになった時" 、その際はドナ氏に手紙で……というか、定期で手紙のやり取りしてればスムーズな情報共有は出来そうな気がしますな」
「……なるほど。そして緊急時にはいざとなったら私がヒロインを『拉致』という名の保護をすれば…!」
「ドナ氏? ドナ氏ぃ?? あまり早まった行動はしないででありまする〜」
例え人の命を守るためとは言え、悪役令嬢のエキドナがヒロインをさらってしまえばそれこそ『リアムとの仲を嫉妬して…』などと濡れ衣を着せられかねない。
否、平然と犯罪が発生してしまっている。
「もちろん本当に他に良い手段が浮かばなかった時だけだよ! 大丈夫!! …うん。そう考えればいけそうな気がしてきたわ。そもそもリー様サイコパス疑惑薄れてる訳だし」
「そうですな! このままの流れなら平和的解決も行けるやもしれませぬ!!」
「…おいリアム。あの二人は一体何の話をしてるんだ?」
エキドナとセレスティアの二人を未だに遠巻きで見ていたイーサンが声を掛ける。
その問いかけにリアムは静かに首を振った。
「さぁ? 遠過ぎるし話し声も小さいからよくわからないよ。ズレた会話をしてそうだなって事くらいしか」
「僕も姉さまとないしょの話したいです〜!」
「相変わらず姉にべったりだねフィンレー。ドナに嫌われてもいいの?」
「……!! い、いえ! きらわれるのはいやです!!」
「…こらリアム。あんまりフィンをからかうな」
通常運転でフィンレーをからかうリアムをイーサンが止めようとする。
すると今度はフィンレーが顔を上げてキッ! とラベンダーの目でリアムを真っ直ぐに見やるのだった。
「…でもでもっ! 多分僕がべったりでも! 姉さまは僕の事好きなままでいてくれると思います!!」
「…!」
フィンレーからの予想外の反撃でリアムは驚き青い目を僅かに見開く。
ちょうどその時、エキドナとセレスティアは話を終えたらしく三人の元へ帰ってきた。
……その金の目は、何故か異様なまでに生き生きとキラキラと輝いている。
「リー様、私女学院に行くよ」
「な…!!」
「えぇっ!?」
「え!? 姉さま僕といっしょに学園行かないの!!?」
またもや言葉を失うリアムに加えて、イーサンと…特にフィンレーが衝撃を受けている。
「いやまぁ、これからお父様達とも相談してからになると思うけどさ…でも大丈夫!! 会おうと思えばいつでも会えるはずだから! 手紙も出すし!」
そんな弟の言葉にエキドナは努めて明るく元気に答えるのであった。
「「「……」」」
肉親のフィンレーはもちろんの事、週に数回は必ず会うほど親交が深くなったリアムとイーサンもこの瞬間、悟り痛感した。
普段マイペースな割に温和かつ自身よりも他人の気持ちや意見を優先する傾向にあるエキドナだが…………いざ本気で自分で決めた事柄だけは絶対に、誰に何と言われようとも揺らがない・譲らない。
頑固だ。
超、頑固なのだ。
そして『女学院に行く』と主張しているエキドナは……まさしく "本気で自分で決めた事柄" なのだろう。
もう、誰であっても彼女は止めるのはほぼ不可能なのだろう。
「ティア氏ありがとねッ! 女学院の存在は完全に盲点だった!!」
「いやはや、ドナ氏がそんなに喜んで下さるならワタクシも嬉しいでござる〜!」
「それに私が女学院行けばストレスフリーだしついでに色々解決出来るかもだもんね!! ぃよっしゃぁぁぁぁッ!!!」
「「「…………」」」
「「バンザーイバンザーイ!!!!」」
未だに言葉を失って見つめる男子ズを他所に、棚ぼたな事実からエキドナはセレスティアと二人で両手を上げ狂喜乱舞するのであった。
男嫌いが悪役令嬢に転生したらしい。〜完〜
(注:嘘です続きます)




