オニごっこ
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セレスティアから今世の世界の真実を知り、そのまま前世のオタトークで盛り上がり過ぎてつい夜を明かした…また別の日。
少し肌寒くなって来たオルティス侯爵邸の敷地内にある訓練場にて、
「こちらがニールの従兄妹で私の友達のセレスティア。通称ティア氏です」
「お初にお目にかかりまする。リベラ伯爵の次女、セレスティア・リベラでございまする!」
「俺のイトコだぜッ!」
エキドナの説明にセレスティアとニールが元気よく続く。
「…………初めまして。リベラ嬢」
「どうもだな…」
「ロバーツ伯爵家のステラ・ロバーツですわ。以後お見知り置きを♪」
「はじめまして、フィンレー・オルティスです! 姉さまがいつもお世話になってます!」
普段に比べて覇気が薄いリアムとイーサンに続いてステラとフィンレーが笑顔で挨拶し返す。
ステラ達の明るさがかえってリアム達イグレシアス兄弟のどんよりとした気不味い空気を強調しているのだった。
「「……」」
「「??」」
いつもとテンションが違う二人にステラ達も気付き不思議そうに見つめている。
(……う〜ん、やっぱ "あの本" が尾を引いてるな…)
『ボクとアナタの愛迷宮』
セレスティアが趣味で制作したBL本だ。
そしてリアムとイーサンは先日その本の存在を知って、手に取り色々衝撃を受けて固まった。
入手ルートなどあれこれ聞かれた時にエキドナはセレスティアの存在を誤魔化そうとするも二人に、厳密にはリアムに通用せず……。
つまりリアム達はセレスティアが趣味でBL本を書いてる腐女子である事を知っているのだ。
だから内心複雑過ぎてあんな態度になっているのだろう。
「やっぱリー様達普段よりよそよそしい感じだわ…ごめんねティア氏」
エキドナはコソッと隣に立つセレスティアに謝る。
「いえいえっ! 見つかっちゃったのなら仕方ないであります〜。それにバレるのも時間の問題だったでしょうしな!」
「ありがとう」
セレスティアの大人な対応に感謝である。
「それに…己の趣味(注:BL)を誇る事は当たり前でも恥じる事は一切ないでござるっ!!」
「やだ〜カッコいい〜惚れちゃう〜!」
ドヤァと胸を張るセレスティアのその黄金の精神にエキドナもきゃ〜と両手で口元を覆いながらセレスティアを見つめるのだった。
「えっ!? 姉さま今セレスティア様の事『ほれちゃう』って言ったの!? 姉さまセレスティア様の事すきなの!?」
二人のやり取りが聞こえたらしいフィンレーがびっくりして駆け寄る。
「"友達として好き" って意味だよ〜。もちろんフィンの事も大好きだよ〜♡ 可愛い可愛い大事な弟だわ」
言いながらエキドナは笑顔でフィンレーをぎゅっと抱き締めた。
「!! …僕も姉さまが大好きだよ〜♡」
姉の言葉と行動にフィンレーはパァァッ!! と顔を明るくして笑顔でぎゅう!! と抱き締め返してスリスリ甘えるのだった。
「…………なんかいつも以上にドナとフィンが仲良しだな」
「前から思ってたけど、ドナも大概ブラコンだよね」
「『ブラコン』?」
「『ブラザーコンプレックス』の略称だよ。知らない?」
「へぇ、リアムは色んな言葉を知ってるな〜」
イーサンは少し困惑した風に、リアムはエキドナを『ブラコン』と評しながら……未だ抱き着きイチャついている姉弟を見ていた。
(……ブラコンでもいい、うちの弟をヤンデレ堕ちになんて絶対させぬ!!)
リアム達の会話はばっちり聞こえていたが、エキドナは気に留めず心の中で決意を新たにして弟をぎゅっと抱き締めなおす。
セレスティアからゲームの『フィンレー』が『ヤンデレキャラ』と知ってから、エキドナは前以上にフィンレーを可愛がっているのだ。
正直ヤンデレって情緒不安定のイメージがあるから、とりあえず愛情いっぱい注いで不安定な環境に晒さなければ大丈夫じゃないかなと真剣に思っている。
"ここに自分の居場所があるんだ" って実感して安心して貰うみたいな。
…もちろんうっかり甘やかし過ぎて依存したり自分で何も出来なくなるようなシスコンになられたりしたら不味いから幼いうちだけに留めますよ。はい。
今だけ今だけ。
こうしてッ!
エキドナのブラコンレベルが上がったのであった!!
「ホホ〜! "仲良きことは美しきかな" でありますなぁ!! …………次の新刊は兄弟モノもアリでござるな…じゅるり」
「ま〜た難しそうな本作るのかッ! 相変わらずスゲーなティア!!」
「まぁ! セレスティア様は本を書かれるのですか? すごいですわ〜!」
「良ければステラ様もお近付きの印に…」
「頼むからやめてくれ!!」
セレスティアがどこからともなく薔薇色のアレを取り出してステラにスッ…と手渡そうとする。
そしてそれ見たイーサンが顔を真っ青にして大慌てで取り上げるのだった。
こうして少しやり取りがあった後に、イーサンとの示談及び嘆願により『セレスティアは当分の間ステラとの交流はBL抜きで』でいう密約が二人の間で制定されたのだった。
そしてある程度落ち着いたところでステラとセレスティアが少し離れたところで見守る中…エキドナ、フィンレー、リアム、イーサン、ニールは軽い自主練習を行うのだった。
今回アーノルドは自室で仕事中であるのに加えて定期で来てくれる師範もお休みなのだ。
だから五人は体力作りのためランニングをして軽く身体を動かし始めたのであった。
「ぜぇ…はぁ…そろそろ休憩にしないか?」
「力尽きるの早過ぎないか?」
「まぁまぁ…じゃあそろそろ休憩にしましょうか……ん? ニールが居ない?」
走り込みでイーサンに疲労が出ているので一旦休憩を挟もうとして、エキドナはニールが居ない事に気付く。
「おーい! みんな見てみろよーッ!!」
ニールの声に四人が振り返る。
どうやら途中で走り抜けた木のそばにしゃがみ込んでいるようだ。
「ん?」「何ニール」
「?」「どうした?」
四人がニールのそばまで駆け寄ると、
「こんな時期にでかいカマキリがいるぜッ!!」
……あろう事か、ヤツは笑顔で…………馬鹿でかいカマキリを素手で捕まえていたのだった。
「!!!」
大の虫嫌いなエキドナは恐怖で固まる。
(黄緑、でかい鎌、腹、あし、触覚、……目、目がっ…目がこっちを見てるぅぅぅッ!!!)
「ヒィッ!!」
「…『ヒィ』?」
リアムが不思議そうにエキドナを見ているが本人はそれどころじゃない。
ビクゥッ!! と身体を跳ねてその場で小刻みに震えているのだ。
「ん? どーかしたかドナッ?」
少し様子がおかしいエキドナにニールも気付いて数歩近付く。…虫を片手に。
「っ……」
「?」
目を見開いたまま顔面蒼白なエキドナは数歩後退し、ニールは不思議そうにまた数歩歩み寄る。
「……!」
「??」
じりじりとそんなやり取りを数回したのち、
ダッ!!
「やっ やっぱ無理〜〜ッ!!!」
虫が…特にでかい虫が大の苦手なエキドナは叫びながらダッシュで逃げ出すのだった。
「オッ? どーした鬼ごっこか!? なら負けねーぜッ!!」
ダッ!!!
勘違いしたニールもエキドナの後を追って駆け出す。
鬼ごっこはいいけど虫置いてぇぇぇッ!!
「きゃ〜〜〜ッ!!!」
「待ちやがれーッ!!」
「や〜〜〜ッ!!!」
「早えーなドナ! でも負けねーぜッ!!」
「うわあぁぁ無理こわい〜〜!!!!」
「……もしかして、ドナは虫が苦手なのか?」
ぎゃーぎゃーやってる二人のやり取りをイーサンが呆気にとられながらもフィンレーに尋ねる。フィンレーも逃げ惑う姉を心配そうに見つめながら答えるのだった。
「はいサン様。姉さま、けっこうこわがりなところがあって…」
「ははっ そうなのか〜! 意外で驚いたけど、女の子らしくて可愛いというか…ハッ その前にニールを止めなけれ……ん? あれ? そういえばリアムは?」
タタタタッ
「ドナ、ドナ」
「? …うえぇ!!?」
「大きなカミキリムシがいたよ!」超笑顔
「きゃあ〜〜〜ッ!!!」
笑顔のまま走って接近するリアム(と巨大なカミキリムシ)からエキドナは九十度に方向転換し全力で走って逃げる。
「「……」」注:イーサンとフィンレー
「オッ! リアムも鬼やんのかー!! じゃあどっちが先にドナを捕まえるかキョーソーだぜッ!!!」
「負けないよニール」
ニールとリアムはとても楽しそうである!!
「わ〜〜んもうやだ〜〜ッ!!!」
エキドナはとても嫌そうである!!
「いやいやいやリアムまで何やってんだぁぁぁッ!!?」
ダッ!
「なんで二人して姉さまをいじめてるんですかーーッ!!! ゆるせません!!」
ダッ!!
各々素手でカミキリムシとカマキリを掴んでるリアムとニールが先頭を走るエキドナを追いかけ、そんな彼らを止めるべくフィンレーとイーサンが慌てて追いかける……そんな『鬼畜ごっこ』が始まったのだった…。
「…オヤオヤ? 五人でやけに全力疾走しておりますなぁ。ドナ氏は何か叫んでるでござるしこれはいかに??」
「そうですわね、どうしたのかしら〜?」
遠巻きに見守っていたセレスティアとステラが友達のピンチに気付くのはもう少し後である。
結局、
「うちの娘に何やってんだお前らぁぁぁッ!!!!」
ステラ達より先に普段物静かな娘からは想像つかないほどの悲鳴を耳にして(注:地獄耳)騒ぎに気付いたアーノルドが現場を発見。
悪意ゼロとは言え散々エキドナを追いかけ回したニールと百パーセントの悪意しかないリアムの二人にげんこつをお見舞いし説教したのであった。
「ドナ虫が怖えーのか!! 気付かなかったぜごめんなッ!!」
「…………普段かなり落ち着いてるドナがあんなに取り乱してるのが珍しくて面白かったのでつい…くっ…」
各々頭にたんこぶを作りながらもニールはケロッとした顔でエキドナに軽く謝罪し、リアムは反省皆無で思い出し笑いをして震える王子化するのだった。
「リアム様ァ? やって良い事と悪い事の区別くらい貴方なら理解していたと思ってたんですがなァァァ…?」(ドドドドドドドド)
「……」
流石にアーノルドのガチな気迫には一応怯んだらしい。笑顔のまま静かに顔を逸らす。
(……リー様、あんた本物の鬼畜だよ)
未だに肩で息をしながら一部始終を遠巻きに見ていたエキドナは心の中でポツリと呟くのだった。
すると恨めしそうにリアム達を見続けるエキドナの肩をセレスティアがトントン、と叩く。
「ドナ氏ドナ氏」
「どうしたのティア氏」
「実際に本人を見たところ確かにゲームの『リアム王子』とは違う気がしまするな。ゲームとは随分キャラが違うと言いますか、もはやキャラ崩壊と言いますか……というか、腹黒ドSにキャラ変しておりませぬか? 一体何ゆえ??」
「……何でだろうねぇ。私もわかんない」
そう答えながら、先刻まで虫と仲良しな少年二人からひたすら逃げまくって疲労困憊なエキドナは思考を放棄し黄昏るのだった。
あ、アレひつじ雲だっけー?
うろこ雲だっけー?
ははははは…。