爆弾投下
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前世の記憶を取り戻してから色々あったけど、今世では家族とも王子達とも関係は良好。
友達も増えた。
……平和な日々を送る中で、エキドナは『わーい☆』と呑気に過ごしていたその時だった。
「ドナ氏…『乙恋』と言う乙女ゲームのプレイ経験はお有りですかな?」
眼鏡をクイッと上げながら目の前の少女が真剣な声で問いかける。
(え、なに『オトコイ』って、いかにも乙ゲーの略称みたいな単語は。てか…え? この子今 "乙女ゲーム" って言った??)
爆弾は突如落とされた。
ここはリベラ伯爵邸、セレスティアの自室。
『二人でゆっくり語り合いたい』と言われたのであぁまたBLの話かな? と思いながら(注:なお腐女子ではない事は伝えた)、エキドナ同様腐女子ではないエミリーに対する精神的な配慮目的で下がって貰って…いきなりこの状況である。
思いもよらなかった急展開にエキドナの頭はショートした。
(え? 待ってそもそも何でティア氏がそんな事言うの?? えっ つまりティア氏は…えっ? えぇ??)
「……ドナ氏? どうなのでありますか?」
真顔のセレスティアが未だにフリーズしたままのエキドナの顔をずいっと覗き込む。
(えっ? えっ? この状況って誤魔化した方がいいの? なんかハッタリ掛けられてるの? えっ? 私以外にも転生者っているの?? いやここは転生? 乙女ゲームの…世界??)
「「…………」」
膠着状態が続く中、まだまだ固まり続けているエキドナにセレスティアも首をひねり始めた。
多分、エキドナの今の反応が転生者か否か判別しかねないのだろう。
だってぐるぐるぐるぐるパニック状態だから。
クエスチョンマークを周囲に飛ばしまくってるから。
『転生者だから動揺している』とも取れるし…同時に『何を言ってるのかわからなくて固まってるだけ』とも取れる。しかも地がポーカーフェイスだから表情も読み取りにくいだろうし。
でもそれほどまでに…今迄本当にここが乙女ゲームの世界なのか乙ゲーをした事がないエキドナにとってはさっぱりわからなかったのだ。
「「……」」
ただそんな無言の時間が、徐々にエキドナを冷静にさせる。
「……なんか変な事を言っちゃってゴメンねであります。この話は忘れて「待って」
気不味そうに笑って話をうやむやにしようとするセレスティアの声をエキドナが遮った。
(…正直、ティア氏がこれから私にとって味方になるのか敵になるのか全くわからない)
緊張で汗ばんだ手をぎゅっと握る。
(でもこれまでのやり取りで "ティア氏自身" は悪人ではない……と感覚的に思っている。…だから、自分の直感を信じる)
思いながら改めてセレスティアの顔を見つめた。
…………エキドナはこの世界で初めて、他者に話す覚悟を決めたのだった。
「……ごめん。その『オトコイ』? が何なのかはわからないし乙ゲーもプレイした事はないけど…乙女ゲームの存在なら知ってる「なっ ナァヌイィィィ!!!!?」
「!!?」
即座に反応したセレスティアの大声にビクゥッ!! と驚いて再び固まる。
だがしかし、当のセレスティアはそれどころではないようだ。
大慌てで強くエキドナの両手を握ってまくし立てた。
「ドナ氏ぃ!! 乙ゲー未プレイは人生損してるでありますぅぅッ!!! 特に『乙恋』は!! キャラとシナリオはアレでも美スチルわんさか出て来る神ゲーでござるのにぃ……っ!!!」
「あっうんそうなんだ〜。ごめんね〜。でも今世にはゲーム機もないからねぇ〜」
「ホントそれでありますッ!! もう創作活動くらいしか楽しみがなくって…………ム?」
今度はセレスティアが固まる。
エキドナも心配そうに彼女を見守る。
「うん?」
「ムムム??」
「うん、どしたの」
「「……」」
一瞬二人の時間が止まる。
「ってドエエェェェッ!!? ドナ氏 "も" 転生者だったでありますかァァァッ!!!?」
「いや今更ぁ!? てか叫んでばっかで元気だねほんとッ!!」
結局二人で大騒ぎしつつやり取りをした後……。
セレスティアはエキドナと同じで前世・日本人女性の記憶を持っている事や、また出身地及び働いていた場所がどちらかと言えば田舎のエキドナとは違い都会な上にエキドナとは物理的にかなり距離があったため…二人は前世関係なくハジメマシテ…つまりお互い前世では特に接点など無い赤の他人だった事などが判明した。
「へ〜ティア氏は赤ちゃんの頃から前世の記憶があったんだ〜…」
「そうであります! …にしてもドナ氏の前世はまだ二十四歳で…とな。若いでござる」
「ティア氏はいくつだったの?」
「ワタクシは二十ハだったであります!!」
「十分若いじゃん…です?」
「敬語はノーセンキューであります!!」
「良かった助かる」
また会話の中で、セレスティアは自身を除いてエキドナ以外の転生者には会った事がないという事実も判明したのであった。
「…にしても、私がよく転生者だって気付いたね〜」
「ワタクシはこの世界を前世でプレイしておりましたからなぁ! ドナ氏だけゲームとはキャラが違う感じがしたのであります!!」
「おぉ〜」
ドヤァ!! と胸を張るセレスティアにエキドナも敬意を込めてパチパチ拍手するのだった。
「…それにしてもドナ氏、今迄お一人で大変でしたな。ドナ氏にとってはここがどこかもわからない世界故、不安も多かったでしょうから…」
言いながらセレスティアがどこか気遣うような表情でエキドナの肩にぽん、と手を置く。
「……!」
(あ……)
思わず眉が下がる。
あまり意識しないようにはしていたが……正直ずっと不安だった。
今世がどこかもわからなければそもそも "転生" というイレギュラーな事態。
また人には言えない秘密が出来てしまったと……一人、恐れていた。
その優しい言葉や表情でエキドナの目頭がジワリと熱くになり…慌てて小声で「……ありがとう」と言って俯くのだった。
「「……」」
エキドナは俯き、セレスティアはエキドナの肩を優しくさすりながらそれを見守るように…二人の間に少し沈黙が続く。
セレスティアからの温かい善意のお陰で、エキドナも気持ちを一旦立て直す事が出来たのであった。
顔を上げ明るい声を出す。
「ところで、さ! …結局、今世はどんな世界で私は…いやちょっと待って、順を追って説明してくれるとすごく助かる。全部来られると頭がパンクするかも」
「御意であります! 先程からドナ氏にとっては驚きの連続でありましょーしな!! ではまず、この世界は……」
セレスティアの次の言葉に、エキドナも真剣な眼差しで待ち構えた。
…次第に自身の心音が大きくなり心拍数も上がる。
「この世界は『乙恋』!! 正式名『乙女に恋は欠かせません!〜7人のシュヴァリエ〜』という…学園を舞台にした乙女ゲームの世界であります!!」
バアァァン!! と音が聞こえそうなくらいにセレスティアが両手を勢いよく掲げて宣言する。
「そっか〜…ってちょっと待って!? "7人のシュブァ…?? って事は攻略キャラ七人もいる訳っ!? 多くね!!?」
「制作スタッフの張り切りようが伝わりまするな〜。何でも『毎晩のように会社に泊まり込んで過労死寸前でした(笑)』と公式サイトに書かれておりましたぞ」
「うわ出たよ日本社会の闇!!」
…………ほんと、私には知らない事がまだまだ沢山あったようです…。
そう考えながらエキドナが困惑気味に少し項垂れる。
「えぇ〜マンガとか小説の乙ゲーだと攻略キャラって多くても四、五人のイメージなんだけど…」
「ホホゥ、ドナ氏はマンガなどで乙ゲーを知ったのでありますな! しかしながら現実の乙ゲーは大体これくらいの人数ですぞ。下手したら十人以上出てくるゲームもありまする」
「何その地獄絵図…」
エキドナが本気でげんなりした顔をする。
頭の中で十人以上の男の群れを想像してしまったのだ。
…おぞましい光景に悪寒が走り鳥肌が立つ。
「ムム? 地獄絵図とな?」
「あぁごめん…私男嫌いなんだわ。だから多いと余計にストレスと言うか…」
「そうだったでありますか! ナルホド〜だから乙ゲー未プレイで腐女子でもない! 色々ガッテンでござる!!」
「あとさ、シュ…ブ? って何?」
「『シュヴァリエ』とはフランス語で『騎士』という意味であります!!」
「詳しいねありがとう」
こうしてさらっと自身の男嫌いも伝えたところで…エキドナは改めて本題に戻るのだった。
「……ねぇ、その内の攻略キャラ七人のうち四人が誰か当てていい?」
「良き良き」
「……」
スッと伏し目がちに…エキドナの猛禽類目が輝く。
冷静な声が室内に広がった。
「リアム王子、イーサン王子、……あとはフィンレーとニール?」
「ズバリ、その心は?」
「あの四人は他の人達に比べて断トツの美形だし目とか髪とかの色彩も鮮やか。それとニールはちょっと違うかもしれないけど…将来的な地位も高い」
そう。
別段他の人達もエキドナも含めて金髪など明るい色をしている人達が居るには居る。
けれど全体を見ると、この世界の人達の大半は…濃淡の差こそ有れ茶髪が多い気がする。
感覚的には全体の半数くらいが茶髪といった感じだ。
目の色もまた然り。
…まぁ何故か黒目だけはこの世界で見た事がないけど。
だからリアム達四人の色彩は割と目立つのだ。
そして彼らはまだ子どもにも関わらず顔面偏差値も高い。
いかにも攻略キャラクターっぽい。
「「……」」
沈黙が続く。
セレスティアの回答を、エキドナが冷や汗を流しながらじっと見守る。
するとセレスティアがニヤリと笑い…
「正解!!」
「まじかぁぁぁ…ッ!!!」
エキドナはその場で叫んで崩れ落ちた。
…何故なら!!
あの四人が攻略対象キャラとするならば!!
真実は…いつもひとつッ!!!!
「じゃあっ じゃあ私は…!!」
「イエッス!! 王道悪役令嬢であります!!」
「あ"あ"あ"ぁぁ…」
余りに受け入れがたい絶望からエキドナはその場で身体を丸めて縮こまるのであった。
ごめん寝状態である。
「ドナ氏どんまい」
「まぁね…ここが乙ゲーならそうだろうとは思ってたけど…。思ってたけどさぁ…」
…少しうじうじした後でエキドナは顔だけ上げてセレスティアを見る。
「ちなみにどのルートで私が出て来るの? リー様? もしかしてフィンも??」
「ピンポンピンポーン!! まさしくその通りでございる!! ちなみにリアム王子、フィンレー殿、そして悪役令嬢のドナ氏は三人共金髪なのでファンの間では『チームイエロー』と呼ばれておりましたぞ」
「何そのあだ名、ヒーローものかよ。気に入った」
「気に入りましたか。しかしながら……大変言いづらい事でありますが…」
「ん? なになにー? もう何でも来いやぁ」
エキドナは立ち上がって改めてセレスティアと向き合った。
両手を腰に当てるその姿はそう、ヤケクソ気味に開き直っているのである。
どんと来いやぁ。←
そんなエキドナに対しセレスティアは少し俯きながら微妙な表情をして躊躇いがちに…口を開くのであった。
「……この乙ゲーは前世では高校生からOL世代に人気を博した "大人向け" でござる」
"大人向け"
その物騒な単語にエキドナがピクリと反応する。
「それすなわち…攻略キャラは皆極上イケメンですが、性格に難大アリな上級者向けゲームなのであります。その代わり美しく麗しい大量の神スチルが豊富でもありましたが…」
「…………ねぇ、念のため聞くけどR18的なシーンがあったりは「全年齢対象なのでそれはないであります!」
「良かった〜〜!! "大人向け" って単語聞いてそっちを連想しちゃったよ〜っ 身内の濡れ場とか遭遇したくないもん!!!」
というか想像もしたくない。誰得だよマジで。
思いながらエキドナは安堵で大きく息を吐いた。
「……まぁそれは一理ありまするがなぁ…。気にするポイントがちょっとズレてますぞドナ氏ぃ」
あはははは…とお互い和やかに笑い合う。
「…あ、で? 何だったっけ?」
思い出したようにセレスティアへ問い掛ける。
「あ! そうでありました!! ……その、リアム王子とフィンレー殿のルートは…攻略難易度が高いルートなのであります」
「うん」
「すなわちヒロインがハッピーエンドになる確率は低く、しかもノーマルエンドよりもバッドエンドになる可能性が高いのであります!」
「うんうん……うん」
まぁそうなるよね。
「……そしてリアムルートでもフィンレールートでもバッドエンドの場合……『エキドナ』は、死ぬ…で、あります…」
…………。
「まぁ、そうなるよねぇ…」
片手を頬に当てながらエキドナがハァ〜ァとまた溜め息を吐く。
「……ドナ氏、えらく落ち着いてるでござる」
「前世を思い出した時点である程度可能性は考えてたのと…さっきのは想定外過ぎてテンパったけど、基本大抵の事なら驚かない性分だから」シラっ
「…………ホホゥ…」
あまりにも冷め切っているエキドナのリアクションに、セレスティアは『こいつ大丈夫か?』と言わんばかりに…つまりまぁまぁドン引いたのであった。