表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/233

ゲシュタルト


________***


ニールがオルティス侯爵邸に入り浸るようになってはや数日。(注:頬の怪我完治)


「よろしくお願いしゃあーすッ!!」


ドドンッ と効果音が付きそうなほどニールが元気良く挨拶をする。

彼の右腕は赤ん坊を抱きかかえ左手は小さな女の子と手を繋ぎ、さらに背後には小さな少年が立っている。


「意外ッ! まさかの長男!!」


「どうしたのドナ」


いきなり叫ぶエキドナをリアムが冷静に突っ込む。


「いやつい心の叫びが」


「いつも心の中でそんな事言ってるの」


「……てへっ☆」


「『てへっ☆』って」


ここはオルティス侯爵邸。

エキドナの怪我の一件で一時険悪ムードがあったものの、ホークアイ伯爵家出身であるアーノルドは幼少期から同じ武闘派一族のケリー子爵家と親戚同然に親交を深めていた事に加えて、あの怪我以降ニールも約束事をきっちり守ってエキドナの怪我もほぼなくなったので気不味い関係は一旦保留。

改めて家同士の親睦が深まっていた。

そんな中、ニールの両親であるケリー子爵と子爵夫人が急用で日中家を空ける事になり子ども達の預かり先に困っていたところをアーノルドが『預かる』と名乗り出たのである。

何でも色々用事が重なって現在使用人の数が足りないため家には置けず、また叔父のチャドを含む親戚達も仕事や用事で手が空いていなかったので本当に困っていたそうだ。


「にしてもほんとびっくりだよ。てっきり一人っ子かと」


エキドナは改めてニールが四人兄弟の長男である事実に驚きを隠せないでいた。


「……わがケリーししゃく家は代々かのうなかぎり兄弟をたくさんうむ家けいなのです」


前に出ながら鎮痛な面持ちでそう答えるのはニールの後ろに立っていた眼鏡を掛けた弟らしき少年だ。


(そっか、騎士の家系だもんね。過去に戦死とか重い事情が…)


「じゃないとみんな脳筋になってきし団入りしてあと取りがいなくなるので」


死んだ目でフッと失笑する。


(いやそっちぃぃッ!?)


「『(ニールにぃ)はもうたすからない』と両親にも言われてますからしょう来ししゃく家は僕がつぐ予定になってます」


「おう頑張れッ!!」


「本当はニールにぃがやらなきゃいけない事なんだよ?」


マイペースに激励するニールに対しニールの弟はジト目で睨むのだった。


「え、これほんと?」


「うんほんと」


エキドナがコソッと尋ねてリアムもそれに頷く。


「『ケリー子爵家長男はいつも騎士団入りして生涯独身の呪いが掛かっている』。王宮内では有名な話だよ」


「なるほど」


(そう言えば現当主も次男で肝心の長男は騎士団長、独身……ワォ)


平然と噂話の説明をするリアムに、エキドナは色々と察するのであった。


「あらためましてケリーししゃくの次男、ルイス・ケリーです。六さいです」


ニールの弟改めてルイスはそれだけ言って賢そうにお辞儀する。

(ニール)とは違い随分しっかりしてそうなインテリ風の男の子だ。

かわいい。


「じゃあフィンの一つ下だな」


「そうなりますねっ!」


イーサンの言葉にすぐさまドヤァとお兄ちゃん顔になるフィンレー。

単純かわいい。


「れっ レクシー・ケリー、よんさいです…!」


そして妹のレクシーはニールやルイスといった兄達とは違ってオドオドと少し大人しめな印象を与える女の子だ。

かわいい。


「で、末っ子のギデオンッ!!」


「アーーッ!!」


(ニール)の言葉に返事をするように赤ん坊が声を上げる。

うん、ニールそっくりの男の子だ。

かわいい。

ちなみにこの四兄弟、髪と目の色が各々わずかに濃淡の違いこそあるものの同じオレンジ色である。

お揃いかわいい。


「可愛いですわ〜♡ ギデオンくんは今何ヶ月ですの?」


「何ヶ月だっけッ?」


ステラの質問でニールが素早く(ルイス)に尋ねた。


「七ヶ月だよ。自分の弟の年ぐらい覚えようよニールにぃ」


「一歳じゃねーのは覚えてるぜッ!」


「うん、もういいよ」


ニールとルイスの漫才のようなやり取りの中、ずっと(エキドナ)(フィンレー)の後ろに隠れていたアンジェリアがひょこっと顔を出した。



そう。

今回は珍しくアンジェリアも参加しているのだ。

オルティス三姉弟の末っ子アンジェリアは、今迄リアム達が訪ねる際最初に顔を出して挨拶するくらいはしているがそれ以外の交流はほぼしていなかった。

単に年齢差で話が合わないからというのもあるだろうが…遠慮もしていたのだろう。

流石は我が天使。名は体を表すとはまさにこのk…………これ以上はやめよう。

その言葉を(エキドナ)に当てはめられたらなんか泣けてくる。



「おッ!? ドナんとこにもまだチビが居たのかーッ!!」


「『ちび』じゃありませんっ! アンジェリアです!!」


ニールの言葉にアンジェリアがぷんぷん怒って言い返す。

かわいい。

……まるで『かわいい』のバーゲンセールだな…。

今日が私の命日か?


「あらためまして、アンジェリア・オルティスです! よんさいです!」


「あっ わたしといっしょ…」


「よろしくねレクシーちゃん!」


「…うん!」


少し照れくさそうにけれども嬉しそうに、アンジェリアとレクシーは手と手を取り合い笑顔になる。

そんな小さな女の子同士の微笑ましいやり取りを至近距離で見たエキドナは、


「……ッ!!」


「何してるのドナ」


衝撃が膝に来てしまってその場から崩れ落ち、片手で目元を覆いながら俯き震えているのだった。

脳内でゲシュタルト崩壊を起こしたのだ。


(かわっ…いや尊いッ! これは助からない!! 死因は尊過ぎるちびっ子達!!!)


「ドナ?」


(チクショウッ……こんなところでッ!!)


思わず覆っていない方の手で拳を作り、小さく地面を叩き始める。


(もっと見たいですお願いします)


「ドナー?」


(死ぬほど尊い光景を見たいとは思ったり思ってなかったりだったけど死にたいとまでは思ってないぞ!!)


「ドーナーちゃーん?」


(まだ途中なのに!! 終わっ)


「エキドナ??」


ハッ!


すぐそばまでしゃがみ込み呼び掛け続けるリアムの声で意識が戻り顔を上げる。


「すみませんちょっと取り乱してました…。はぁ、良いものを見た…」


「何で敬語に戻ってるの」


ぜぇ はぁ と肩で息をし額に流れた汗を拭うエキドナにリアムは本気で困惑…もとい呆れる。

同時にひたすら尊死(とうとし)していたエキドナと唯一異変に気付いたリアムには気付かず、フィンレー達はニールが抱く赤ん坊ことギデオンに近付くのだった。

みんな赤ちゃんが珍しいのだ。

興味津々で覗き込む。


「わぁ!! ちっちゃーい!」


「おぉ…赤ちゃん初めて見た」


「可愛いですわー♡」


「おにいさまアンジェも〜!」


「はいはいリア、抱っこしてあげるね〜 …うんしょっ」


「かわいい〜!!」


各々で反応していると、



「ンギャアアアアアアッ!!!!!!」



断末魔の如くギデオンが泣き叫んだ。

手足も激しくバタつかせている。

その泣き声に驚き蜘蛛の子を散らすようにフィンレー達は一気に遠ざかるのだった。


「ア"ア"アアアアッ!!!!!!」


「そう言えばこいつちょっと人見知りだったわッ!!」


「もっと早く言ってくれ!!! あとそれは "ちょっと" なのか!!?」


耳を押さえながらイーサンがニールに突っ込む。

けれどもギデオンの泣き声は止まない。

すると、


「あらら〜」


この状況に似つかわしくないほどのんびりした声でエキドナがギデオンに近付く。


「ワアアアアアアッ!!!!!!」


「ほ〜ら大丈夫よ〜 怖くないよ〜」


変わらず激しく泣くギデオンにも動じず頭を優しく撫でている。

そしてスッ…と両手を前に出し、


「キャベツ〜のっ 中か〜らっ あおむっしっ出ったっよっ♪ ニョキッニョキッ♪」


「!」


「お父さんあお〜むし〜♪」


手を叩きながら軽やかに歌い出した。

突然の出来事にギデオンが一瞬固まる。

同時に周囲も驚いているが…エキドナは気にせず楽しげに歌い続けていた。


「キャベツ〜のっ 中か〜らっ あおむっしっ出ったっよっ♪ ニョキッニョキッ♪」


「ウェッ!!フエェェ…ッ!!」


ギデオンはまだ泣いているが先程よりは少し和らいだ気がする。

そんなギデオンに構わずエキドナは歌い続けている。





__しばらくするとギデオンは泣き止んでエキドナの手遊び歌をじっと見つめるのであった。


「ちょうちょになりました〜♪」


「アァッ!」


「オォッ! スゲーギデオンが笑ってるぜッ!!」


全て歌い終える頃には、エキドナの手の動きにギデオンも手を伸ばしてリラックスしている。


「流石は三人姉弟の長女だな…! 手慣れてる」


未だ遠巻きに眺めながらもイーサンが関心したように呟いた。


「アンジェが赤ちゃんだった頃を思い出すな〜」


言いながらエキドナも目を細めてのんびりとギデオンの頬や手に触れあやし続けている。


そう。

前世で一時期保育士志望だったくらいに子どもが好きだったのに加えて、今世ではフィンレーとアンジェリアのお姉ちゃんとして生きてきたエキドナだ。


赤子は泣くのが当たり前。

我慢強く付き合う事態はよくありがち。

それでも泣き止まない時だってある。

色々試してもダメな時はダメ。(今回は奇跡的に歌うだけで済んだ。ほんと偶然)


要するに根気がいる子守は得意分野なのである。


「こいつ人見知りなのによく懐かせたなぁッ! よしじゃあギデオンの面倒は任せたぜッ!!」


そのままホイッとニールがエキドナにギデオンを託す。

運良くギデオンもエキドナに少し慣れたからかキョトンとした表情だが泣いたり暴れたりしないでくれた。


「いいよー」


エキドナもあっさり了承する。


「サンキュー助かるぜッ!!行くぞルイスッ!」


言いながらニールはオレンジの目を輝かせ、まるで自由を得て野を駆け回る(わんこ)ばりにダッと走り始める。


「まってよニールにぃ! よそのお家のにわあらしたらダメだよ!!」


そんな兄をルイスもダッと慌てて追いかけたのだった。

…流石ケリー子爵家の子。

インテリ風に見えても身体能力が高いらしい、ニールの動きについて行ってる。


「お嬢様代わりましょうか?」


ずっと遠巻きに控えていたエミリーが気遣わしげに声を掛けた。

エキドナはにこりと微笑んで答える。


「ありがとうでも大丈夫。赤ちゃん好きだし」


結局その場の流れでエキドナはケリー四兄弟末っ子のギデオンを、ステラはアンジェリアとレクシーの三人で仲良く、そしてフィンレー達男子ズでルイスと一緒にニールのストッパーとしてそれぞれ分かれて過ごす事になった。


敷き物に座りギデオンを抱きながらエキドナはステラ達を見る。

三人であははうふふとお花を摘んで冠を作っているらしい。

可愛い系美少女三人、マジ目の保養ありがとうございます。


一方男子達はステラ達から少し離れた場所で鬼ごっこをしている。

厳密には飛んだり跳ねたりしているニールと言う名の『鬼』を四人がかりで捕まえようとしているらしい。

持参して来たのかニールの頭には赤い布のハチマキが巻かれているのでそれを取ろうとしているのだろうか、しっちゃかめっちゃかしている。


(やっぱこういう遊びで男女差出るよな〜…もちろん性格の差もあるだろうけど)


イーサンが真っ先にバテて膝に手をついている。

大変そうだなぁ…。


(それにしても赤ちゃんってあったかくて気持ちいいな〜)


「ダ〜ッ」


思いながらエキドナは視線をギデオンに戻した。

ギデオンはエキドナの服に付いている飾りのリボンを掴んで遊んでいたようだ。

夢中になってるみたいだし好きにさせておこう…と思いながら静かに見守る。

そしてギデオンを見ながらふと思い出すのだった。


(……そういえば昔は… "私自身" も "環境" も、まだ何も知らなかった頃は、普通に自分の子どもほしかったよな…)



好きな人と結婚して、子どもを産んで、その子にいっぱい愛情を注いで育てる。



そんな人並みの幸せに憧れた時期もあった。

歳を重ねるにつれて、見えなかった事実を知って、理解して…最後は求める事をやめたのだけれども。


(そして、それは今世でも変わる事はない)


今はただ力を付けて大人になったらここを出て行くんだ。

誰にも迷惑を掛けず、一人で生きるために。



ふに、


唐突な刺激にエキドナはハッと気付く。


「……」


「ア〜〜ッ!!」


小さな柔らかい手が頬に触れたのだ。

変わらずギデオンはよだれを垂らしながらニコニコしている。

そんな無垢な笑顔にエキドナもフッと微笑むのだった。よだれかけでギデオンの口元を拭く。


「そうだね。今はそんな辛気くさい事を考えるよりは…貴方と楽しく過ごさなきゃね〜♡ じゃなきゃギデオンに失礼だもん! そりゃそりゃ〜!」


「キャッキャッ」


言いながら破顔し、自身の頬とギデオンのまん丸な頬をすりすりして二人は楽しげに笑い合うのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング ★多くの方にこの小説の存在を知って頂きたいので良かったら投票よろしくお願いします! 2021年6月24日にタグの修正をしました★
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ