遊びにおいで
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「エキドナ、その怪我は?」
リアムが低い声で問い掛ける。
つい目を逸らしてゴニョゴニョと歯切れ悪く答えた。
「…まぁその、稽古で…」
「 "ケリー子爵家" 」
いきなり出た正解に、驚きでピクッと反応してしまう。
リアムが溜め息を吐いた。
「貴女が武術好きなのはよくわかっているけど、限度があると思う」
「…前から思ってたけど、リー様私の身辺当然のように知ってて怖いんだけど」
「話を逸らさないで。それにこれはフィンレーから聞いた話だから」
「姉さま、ケリーししゃく様のお家をたずねてからケガふえてるんだもん」
フィンレーがややスネ気味に顔を背ける。
「エキドナ、フィンもリアムも君を心配してるんだ。そんな怪我をすれば俺だって心配する」
「私もサン様方と同じ意見ですわ…」
フィンレー達を庇うようにイーサンも、そしてステラまでが困ったように心配そうに苦言を呈している。
「うっ……すみません」
流石のエキドナも四人からの言葉と視線に俯き、謝罪の言葉を口にするのだった。
本日のエキドナは左目に眼帯を着けている。
別に厨二病を発症した訳ではない。
ただみんなから指摘されている通り怪我をしたのだ。
正確には目をやられたのではない。
瞼の上を軽く切って、さらにエミリーから『念のために』と頼まれ仕方なく着けているのである。
あと右頬には大きめの切り傷が出来たのでガーゼで保護している。
(まぁ、確かに "一般的" には令嬢の顔に怪我は大事だろうね。傷跡が残ったらそれだけで婚姻に影響が出るから)
私には、全く関係のない話なのだが。
(でも今は仮でもリー様の婚約者だもんな……はぁ煩わしい)
思わず本音が出てしまうが致し方ない。
だってニールとお互いの実力を高め合う真剣勝負にハマっているのだから。
それ故にエキドナは生傷が絶えず王宮に行けない見た目になっているため、最近の定期お茶会(複数形)はもっぱらオルティス邸で行われている。
ちなみに今回の瞼の上と頬の怪我をした際は怪我に気付いたニールの両親が顔を真っ青にして大急ぎでニールを連れてオルティス邸まで赴き、ひたすらエキドナの両親に謝り倒していた。
結局は当事者のエキドナがニールへの処罰を一切求めていないとかなり強く訴えた事と怪我が場所は問題大アリだが幸い軽症だった事により、
『この程度なら跡が残らなくて済むから今回は見逃すが次はない』
とアーノルドも(辛うじて)謝罪を受け入れると言う、結構大騒ぎになっていたのだ。
子爵夫妻が気の毒なくらいに震え上がっていて流石に申し訳なかったので次回からは下手な怪我をしないよう気をつけよう、とエキドナは思った。
つまり言い換えれば、エキドナにとってはもう過ぎた話だという事である。
だから今蒸し返される事自体が余計に億劫だった。
「ケリー子爵の長男、ニール・ケリーは僕達と同い年で武の才に恵まれた反面あまり頭が良くない子だと聞いてる。でも、令嬢の貴女相手にこれは度を越してると思うよ。彼には厳重注意をした方がいいかな」
「いややり過ぎでしょリー様。所詮子ども同士のお遊びだし」
「その "お遊び" で傷跡が残ってしまったらどうするの?」
リアムの言葉に、エキドナが思わず固まりスッと真顔でリアムの顔を見るのだった。
ついマジな声を出す。
「子どもの回復力を舐めたらいけないよ」
「……うん?」
エキドナの奇妙な気迫(?)にリアムが珍しく押され気味だ。
「二十過ぎるまでは下手な処置さえしなければこんなの跡にならないもん」
「『ハタチ』? その、やけに具体的だね」
「……知識だよ」(注:前世の経験からです)
言いながら二十過ぎると怪我治りにくくなったり跡になったりしてたなぁ…と前世を振り返る。
余談だが三十過ぎると爪が割れやすくなるらしい。
これは前世で通っていた空手教室のちびっ子達のお母さん情報だ。
ちびちゃん達めっちゃ私に懐いてくれて可愛かったなぁ。(↑ロリk…ンン"ッ、じゃありません!)
この発言の後もあーだこーだとリアム達と話し合いになった結果、後日エキドナがニールをオルティス邸に呼んでみんなにも改めて紹介する事になってしまったのだった。
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「えーと、こちらが友達のニールです」
「ウッスッ! 初めましてニール・ケリーですッ!!」
イキイキとニールが挨拶する。
あれからニール宛に手紙でリアム達とのやり取りをざっくり説明しながらオルティス邸に遊びにおいでという趣旨の手紙を送ったのだ。
…ニールからの返事が
『わかったッ!』
の一文だったから多分わかってない。
「初めまして。僕の婚約者が貴方に随分お世話になったようで」
「だからリー様、さっきも言ったけどあの時の怪我は実質同意の上でだから」
少し冷たい空気を出すリアムにエキドナがニールの前に出て牽制する。
ちなみに眼帯はもう外れた。
そんなエキドナをリアムは少し怒ったような表情で見つめる。
「エキドナは黙ってて」
「え、」
「そうですよ姉さま。今回は僕もゆるせませんっ!」
「ええ」
「すまないエキドナ、こればかりは譲れない」
「ええぇ…」
三人揃って反発されたのは初めてなのでエキドナはかなり困惑する。
だがそんなエキドナに対して、リアム達は常々感じていた。
かつて剣の試合をふっかけアーノルドに殴られた時や今回の顔の怪我から推測するに…エキドナは他人の変化にすぐ気付いてその度に心配したり世話を焼いたりするのに自身の身体には無頓着な面があるらしい、と。
だからこそ余計に心配になるし、自分達が守らねばという謎の使命感に駆られるのである。
そして特に今回の女の子の顔に傷。
眼帯は外れたものの未だ頬はガーゼで覆われ痛々しい。
未婚の娘の顔に傷なんて、この世界の価値観では人生さえ左右しかねない一大事なのである。
それなのにいとも簡単に傷付けたニールに対して良い感情を抱けと言われても無理な話だろう。
「ニール・ケリー。貴方の両親並びにオルティス侯爵から再三言われているかもしれませんが…」
以上の考えから、リアム達はニールに対して『女の子の顔に傷を負わせるのはどういうつもりなんだ』と言った旨の異議を申し立てるのであった。
しかしながらそんなリアム達とニールのやり取りを見つつ男子達の心情と今世の価値観を明確に把握し切れていない、例え価値観を把握しても気にせず我が道を行くエキドナにとっては、
(いやだから頼んでないってそういうの!!)
ぶっちゃけ面倒な話である。
要するにいらぬお節介という訳だ。
「あの、リー様」
「エキドナ、ここは殿方を立てましょう?」
「ステラまで…」
にこやかにエキドナの両肩に手を添え宥めてくるステラには女の子に基本甘いエキドナも一瞬怯む。
伊達に本物のお嬢様だ。
黙って三歩後ろをついて行くような、令嬢らしくお淑やかな意見である。
(……だけど、)
それでも、(エキドナは必要時は仕方ないと甘受しているが)元より男性を立てるような理想のお淑やかなお嬢様になる気はさらさらない。
(友情、大事)
そう思いながらエキドナはリアム達の間に割って入った。
「あのさ、ニールは私の大事な友達だからそういうのやめてくれない? 今回は私の認識が良くなかった事がよくわかったから」
顔の怪我でここまで厄介な事になるとは。
この世界の価値観ほんとめんどくさい…。
あ、でもニールは『怪我しないように』とか微調整出来ないんだったわ。これからどうやって勝負しようかな。
「エキドナ…」
「おぅッ! オレとエキドナはマブダチだぜッ! …ところで誰から相手するんだッ!?」
「「「は?」」」
ちょっとピリついていた空気がニールの発言で一気に変わる。
「だーかーらー、誰から俺と戦うんだよッ!?」
「エキドナ、ニールになんて説明したの?」
「え? ちゃんと『私の怪我でみんなが過剰に心配してなんか文句言うかもだけどなんとかするからとりあえず家に遊びにおいで〜』…みたいな手紙を書いたよ」
「ざっくりし過ぎじゃないか?」
はは…と思わずイーサンが苦笑する。
「だとしてもそれで何故また剣の試合に…」
「なんだよ〜さっきからッ。せっかく楽しみで昨日めっちゃきたえてきたのによぉッ …まさかみんなエキドナより弱えーとかじゃねーよなッ!?」
ピシッ
特に悪意のない発言がリアム達を襲う__!
「……一番手はどうする」
「とりあえずリアム様は最後で良いかと。僕から行きます」
「いや待てフィン、まずはこの中で一番年上の俺から行こう」
「お手並み拝見だねイーサン」
ニールの特に悪意のない発言が男子ズの『男としてのプライド』をガチで刺激してしまったらしく、急遽剣の試合…いや決闘が始まったのだった。
そしてイーサン、フィンレー、リアムの順番にニールに挑むも剣以外の武術を併用して戦うニールに対応しきれず全員敗北。
実はなんだかんだでエキドナがニールを除く四人の中ではまだ強い事が立証されたのであった。