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青空


________***


「…けど、アレだ。あいつはあいつなりに、お前が王になった時困らないような相手を探して選んだんだと思うぞ…………多分」


「……」


バージル国王は息子に視線を合わさず気不味そうなまま遠い目で答える。

一方リアムはあまりに予想外の回答だったため返事をする気力さえ湧かないのであった。


(でも確かに、"あの" エキドナが相手だったからこそ、ここ数年何事もなく過ごせていたな…)


"あの" ……すなわち劇的な変化が起こる前のエキドナは非常に大人しい女の子だった。

大人し過ぎてまともな会話も成立しないので最初は少し困惑したが、その後他の令嬢達と会った事で『彼女の方が無害で扱い易くてマシ』と思い婚約を続けていた。

……今思えば、僕も人の事を非難出来ない。

というかあの(おんな)と思考回路が少し似てしまっていてムカつく。


似ているも何もれっきとした親子だから当たり前なのだが。

リアムは何とも言えないやり場のない気持ちを持て余すのだった。


「それに…俺はお前達二人と違って『天才』とは程遠い人間だ。だから同じ『天才』と呼ばれたビクトリアの方がお前が納得する相手を選べるだろうと…いいや、これはただの言い訳だな。……オルティス侯爵とエキドナ嬢には申し訳ないと思いながらも俺は……結局強く反論も出来ないまま、あいつの意向に従ったんだ」


そう話すバージル国王…バージルの表情には自嘲を含んだ笑みが浮かんでいる。

今迄見た事がない王の姿にリアムは思わず無言で見続けていた。


「俺はサンと同じ……違うなサンが俺に似たのか…あくまで努力型の人間だ。皆に隠れて影で己を日々鍛えておかないと……いや、正直今でさえ『天才』のビクトリアに勝てる気がしない」


その俯いた姿は…やはり兄のイーサンとよく似ている。


「だからこそ……俺は、ビクトリアやお前のような『本物の天才』が恐ろしくて仕方なかったんだ…。…………それだけじゃないっ。お前の母上との生活で…俺は『天才』と呼ばれる人間は……皆、人に対する思いやりがなくて、誰かを巻き込み傷付けても当然と言わんばかりに振る舞う、傲慢な人種で…自分達とは相容れない存在だと……いつのまにか思い込んでしまっていた……!!」


言いながらバージルの声は、どんどん震えていった。



自分とは違う人間だから息子(リアム)との関わり方がわからなかった。


自分とは相容れない存在だと思い込んだから息子(リアム)の事を知ろうとしなかった。



バージルにとっては、それらがリアムと "親子" なのに距離が出来て、どんどん離れていった理由だった。

しかし…………それでも、


片手で自身の頭を押さえ、バージルは泣きそうに顔を歪めて思いを吐露する。


「……俺はっ! お前がずっっと一人で辛い思いをして来た事を知ろうとさえしなかった! お前には父親の俺しか、他に頼れる人間なんていなかったのに……ッ!!」



それでも、幼いリアムを孤独にし…苦しめ続けてきた言い訳には、決してならないのだ。



当時の息子の気持ちを想像しては自身がした過ちの大きさに絶句し、後悔し…。

激しい感情のまま、バージルはリアムに頭を下げたのだった。


「ごめんリアムっ!! 本当に……すまなかった!! もう俺の事は軽蔑してるだろう、愛想が尽きて…いやむしろ憎んでいるだろう! それでもいいからっ そのままでもいいからっ!! もう一度、俺の… "父上" の事を、信じてくれ!!!」


「……!」


顔は見えないが、力強くも震えている声から相手が今どれだけ本気なのかが伝わってリアムは言葉を失う。

そのまま俯き、無言で両手を強く握り締めるのだった。


(…でも、今更そんな風に謝られたって僕は…僕はっ!!)


未だ怒りも悲しみも…許せないという思いも…負の感情が胸の中でグシャグシャに混ざり合い、溢れ出し…心の中でそう呟いた瞬間、


エキドナの、優しく温かいソプラノが脳裏に(よみがえ)った。


『肉親を憎む気持ちは仕方ない事だよ。愛しているからこそ憎むんだから』


(……!)


ハッ としながら…止めどなく様々な人達の声が、言葉が……リアムの中で駆け巡る。


『貴方がどんな選択をしようと、私はリー様の味方だから』


『だから今回の父上は本気なんだって! 一回騙されたと思って…』


『…リアム様はリアム様のお父様がきらいなんですか?』


『お父様と "お話ができるうちに" お話した方がいいと思います』



(…………)






最後に……エキドナの真っ直ぐな笑顔が脳裏を過るのだった。


『愛情表現はストレートに言うのが一番だから!』




「はぁ〜〜〜〜…」


「!!?」


初めて聞く息子の大きく長い溜め息にバージルはギョッとしてつい顔を上げる。

当のリアムはソファーに身を投げ出して思い切り脱力している様子だった。

どちらにせよそんな姿の息子を見た事がなかったため思わず緊張が走る。


(……僕もすっかり彼女に毒されたな…)


長い長い溜め息を吐き切って……リアムはゆっくりと、"父親" に己の正直な気持ちを話し始めたのだった。


「……正直に言えば、僕はどこかで、貴方に "父親" としての関わりを期待するのはやめようとずっと諦めてました。…現王妃のサマンサ…様に対しても、……だいぶ複雑で、……不快、なので…まだ今でも関わりたくありません。そしてこの状態をすぐに切り替えられるかと言えば……難しいです」


「……そうか。…いやそうだよな、当たり前だ…」


今迄聞いた事がなかったリアムの本心を聞きバージルは納得しながらも凹んでしゅん…と俯く。


「…………でも、」


「……?」


物心ついた頃から、リアムはバージルの事をずっと見ていた。

大勢の貴族達相手に話し合う姿、山のような書類を処理しながら指示を出す姿。…日々影で沢山の書物を読んで勉学に励む姿。

例え自身とは冷めた親子関係であっても……いつも堂々と振る舞い周囲に認められ周囲を正しく導ける "賢王" であり続けようとする姿を、ずっと見てきたのだ。


「でも…… "国王" として国のため国民のために尽力する…父上の姿をずっと見て来たんです。そんな父上を…尊敬こそしても……軽蔑は、しません、よ…」


徐々に羞恥で話す声が小さくなって行きながらも…リアムが本心を言い切ったのだった。


バッ!!


「……え、…えっ!!? リアムっ 今っ…なんて……ッ!!!?」


そんな息子の言葉にバージルは勢いよく頭を上げた。

感動からなのだろうがウザいくらいにじ〜んとした顔で目をキラキラさせてリアムを凝視している。

そんな姿が…………かつて見た兄とソックリだった。


「…ぶはっ!! ははははっ! あははははは!!」


「へ!!? どっ どうしたリアムッ!!?」


余りにもイーサンにそっくり過ぎるリアクションをしたためリアムは吹き出し腹を抱えて大声で笑い始めたのだ。

普段澄ましている息子の突然のリアクションにバージルは酷く動揺するのだった。


「だっ だって…ふふっ ……イーサっ…にそっくり…あははっ」


「え……?」


言いながら未だにゲラゲラ笑う息子を見ながら…バージルも思わず笑い始めるのだった。


「はははっ! そりゃ当然だろ! お前もサンも…俺の息子だからな!!」


そのまましばらく二人で笑い合う。


その姿からは普段の "国王" と "王子" の面影はなく……ただの親子二人が笑い合っていたのだった。





…ガタッ


二人でひとしきり笑い合った後、バージルはその場から急に立ち上がりスタスタ歩いたかと思えば…リアムの隣のソファーに座った。


「?」


リアムは不思議そうにただ父親の様子を伺っている。


そんな息子の視線をバージルは怯まずに見つめ返し、自身の手を…リアムの方へと伸ばし始めた。

その手は途中でピタッと遠慮するように止まったかと思えば……意を決して真っ直ぐリアムの頭に辿り着き、自身と同じ毛色の髪をワシワシと撫で始めたのだった。


「!! ちょっ…何…!?」


リアムは僅かに両手でバージルの手を抑えようと抵抗する素振りを見せたが……構わず撫で続ける。


「……」


観念したのか、少し照れくさそうではあるが素直に受け入れていたのだった。

そんな息子の姿に…バージルは笑みをこぼす。


ずっとこんな触れ合いをした事がなかったのだ。


今迄は "国王" と "その跡継ぎ" の関係だったから。

父親の慈しむような優しい視線と大きくて温かい手の感触を感じながら、リアムは自身の内側の変化を認識していた。


(…… "また" だ。また胸の辺りが温かい感じがする…)


そう思った瞬間……再び…今度はエキドナの柔らかく綻ぶ顔と声が脳裏に蘇る。



『 "嬉しい" とか "寂しくない" とか "心地がいい" とかじゃないかな?』



「……!」


ハッとし、改めて自身の内側にある変化の正体に気付くのだった。


(……そうか。『嬉しい』んだ。僕は)



自分の感情を改めて認識したリアムは俯いたまま…………嬉しそうに笑うのであった。



「!!」


そんなリアムを見たバージルが驚きで固まる。


「? 父上?」


「あっ、その、なんだ…リアムも、そんな顔が出来るんだな〜と、……いや当たり前なんだが」


言いながら一時停止した事を誤魔化すようにバージルはまたワシワシと…今度は両手でやや激しめに撫で始めたのだった。

リアムは内心首を傾げつつも撫でられる感触が心地良いので何も言わずに黙って撫でられ続けている。




親子の間に和やかな空気が流れていた……次の瞬間、


ガチャッ


「うわ!!?」


「あ"っ、サン様!!」


扉が急に開いたかと思えばイーサンが床に倒れながら部屋に入って来た。


「ちょっ! 大丈夫ですか!?」


慌ててエキドナもイーサンの元へ走り寄る。

……どうやら、途中で引き返してこっそり見守っていたらしい。


「なんだ居たのか二人共」


無事和解出来て大人の余裕を見せるバージルに対してリアムは、


「…………!!」


カチーン


石像のように固まったかと思えば段々顔を赤くしていったのだった。


(…………。……見られた? …見られた!!? いつからっ!? いつから居たんだ!!!?)


珍しく本気で狼狽していた。


「だっ、だって心配だったから…!!」


そんなリアムの変化に気付かないままイーサンはその場でアワアワと弁解し始める。


「……一応止めました」


ボソッと呟き言い訳するエキドナも気不味そうにリアムから目を逸らしつつ冷や汗を流しまくっていた。


(……あぁそうか。"これ" はこの時のためにあったのか)


激しく混乱しつつ……脳内で勝手に結論を出したリアムは撫でられまくって髪がボサボサになってるのも気付かないまま迷わずイーサンの元へスタスタ歩み寄り、すぐそばにあった "これ" …剣を手に取る。

そして未だ床に座り込んでいるイーサンの胸ぐらを掴むのだった。


「忘れろ」


底冷えする低い声が一室に響いた。


「今見た事全て忘れろじゃなきゃ忘れるまで殴る」


「ひっ!! ごめんってリアムぅぅッ!!!!」


「リー様落ち着いてリー様ぁッ!!!」


あまりの恐怖でイーサンはガタガタ怯えて涙目になり、事の深刻さを直感したエキドナは大慌てでリアムを羽交い締めして抑え込もうとする。


「……」


ぎゃーぎゃー大騒ぎになっている三人のやり取りを見たバージルは思わずぽかーんと呆けたのだった。

そして気付く。


(え、あの兄弟(ふたり)普段からあんな感じなのか…? ……そっかぁ…)



そんなイーサンとリアムのやり取りにバージルは不思議と懐かしさを感じていた。

刹那、"それ" はバージルの脳裏を走馬灯のように駆け巡ったのだった。




〜〜〜〜〜〜


『もうっ!! ジル様何故出来ないのですか!!』


『無理だよ〜。トリアみたいに上手く出来ないんだよぉ…。俺、トリアみたいに頭も良くないし』


『何を弱気になられているのです! 誰だってやれば出来る事ですわ!! 甘い事仰らないで下さいませっ 貴方は未来の国王なのですよ!!』


『ううう…だって本当に出来ないんだ…。ダメな事してるのはわかってる…でも……』


はぁ〜〜と少女が大きな溜め息を吐く。

そんな彼女の反応に涙目のままビクッと身体を強張らせた。


『……わかりましたわ。もしジル様が大人になられた時もそのような情けないお姿を見せたら……私が貴方と結婚して差し上げます』


『え? 結婚? なんでそうなるの?』


『はぁ…ここまで言ってるのにまだわかりませんか? 結婚して私が王妃になれば、ジル様が困っていても助けて差し上げられますでしょう?』


『!! 本当!?』


『えぇ、本当ですわ。ですから今すぐ立ち直って稽古に戻られて下さい。講師様が待っておりますわよ』


『うん! ありがとうトリア!!』


心強い味方を得られて…バージルは安堵から笑顔になった。


『…ジル様の従妹(いとこ)として、ジャクソン公爵家の娘として…当然ですわ』


そんなバージルに対して……ビクトリアは嬉しそうに綺麗なサファイアの瞳を細めて、得意げに微笑むのであった。


〜〜〜〜〜〜




(……!!)



それは、遠い遠い昔の記憶だった。



バージルとビクトリアがまだ…六、七歳くらいの時の話だろう。


(まさかあいつは…そのために無理矢理でも正妃になったというのか?)


俄かに信じがたい。

何よりその頃の『トリア』と……離縁するまでの『ビクトリア』は、別人のように人が変わってしまっていたから。


(けれど…もし、もしもあいつの心の奥深くに、その頃の想いが僅かにでも残っていたとしたら?)


もしそれに俺が気付けていたら…何かが変わっていたのだろうか。



自問自答するが……もう全てが手遅れだ。

ビクトリアとはとっくに離縁し、彼女は今遠い外国の貴族と再婚している。

別れてからは一度も連絡を取っていない。


そして何より、バージルはサマンサの事を心から愛しているのだ。その想いは変わらない。



(……けれど、もし、また会えたら)


バージルはふと窓の方を見た。

外は自身の目と同じように澄み切った青空が広がっている。


(リアムのように…『本音を言い合ってわかり合えるかもしれない』……なんて馬鹿げた希望を抱いても許されるだろうか…………トリア)


視線を戻して未だぎゃーぎゃー騒いでいる我が子達を見守りながら……バージルはフッと微笑んだのだった。





「…ハッ。いかん、このままだとサンがリアムに()られる」

(注:この後めちゃくちゃ仲裁した)


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