外堀
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リアムとのリハビリ等やり取りの後、エキドナはその足でイーサンの元へ向かい、リアムの様子及びジャクソン公爵家の事も報告した。
それから数日、流石に不味い現状に気付いたようでそれ以降はバージル国王が積極的にリアムに声を掛けて接近する事はぱったりなくなったらしい。
……ただ、また新手の攻め方に入っていたのだった。
「___だから今回の父上は本気なんだって! 一回騙されたと思って「うるさいしつこいウザい」
「うぐっ… まっ 待ってくれリアムぅ…!」
イーサンがリアムに冷徹にあしらわれて凹みながらも負けずひたすら付き纏って説得し続けている。
……ここはオルティス侯爵邸。
今回はお茶会だけでなくアーノルド指導の元剣の稽古が行われた。
ステラも見学に訪れ、少し前にほぼ初対面同士のアーノルドとにこやかに挨拶をし終えたところだ。
そしてそんな二人も今現在、
「そうですぞリアム様。陛下は私よりも年下ですがこの国の王として恥じない立派なお人でしてな…」
「えぇ、陛下は素敵なお方ですわ♡ いつも穏やかで優しくてそれにとても大人な男性ですから親子でお話したらきっと楽しいですわ!」
イーサンの援護射撃を担っていたのだった。
アーノルドはえらく自慢気に、ステラはホワホワおっとりお花を飛ばしながら。
…どうやらバージル国王は外堀を埋める作戦に変更したようだ。
ちなみにイーサンによる説得は数日前から続いているらしい。
(いや絶対ダメだろ逆効果だろおぉぉぉッ!!!)
事情を知らないフィンレーはポカーンと四人のやり取りを見ているが事情をよく知るエキドナはもう気が知れずヒヤヒヤしっ放しだ。
恐怖で思わずエキドナの方からフィンレーに抱き付いてる始末である。
というか、リアムがまだプッツンしていないだけ奇跡だと思う。
「……お二方も、一体何事ですか。王家の家庭事情に介入しないで頂きたい」
あ、ヤバい。
いつキレてもおかしくないよ声めっちゃ低い。
「きゃっ」「!」「ふむ…」
周囲の空気がピリつくほどのリアムからの威圧にステラが驚いてイーサンの背に隠れ、イーサンも固まりアーノルドは何故か関心している。
リアムがキレかけている。
そんな状況にエキドナもオロオロと焦り始めるのだった。
(とりあえず一度リー様をこの場から連れ出して…!)
急いで動き出そうとした刹那、
隣にいたフィンレーがポツリと呟いた。
「…リアム様はリアム様のお父様がきらいなんですか?」
多分今迄のやり取りを見て素朴に感じた疑問だったのだろう、そんな声だった。
「フィ、フィン…ッ!」
(今そんな事聞いたらっ…!)
エキドナは焦ってフィンレーを止めようとしながらリアムの方を見る……けれど彼の反応にエキドナも固まるのだった。
「…………っ、」
リアムは目を見開いて固まったかと思えば……下を向いて気不味そうな顔をする。
答えられず言葉に詰まっているのだ。
(…そうだ)
この瞬間、エキドナも気付いた。
リアムの親子関係で何が一番お互い苦しまなくていいかとか妥協策を考えるためあれこれ悩んでいたけれど……結局一番大事な事は『リアム自身が父親を本当はどう思っているか』。
そんなシンプルな答えだった。
何も話さなくなったリアムをじっと見つめながら…フィンレーは少し大人びた声で、諭すように続けるのだった。
「何があったか知りませんけど、お父様と "お話ができるうちに" お話した方がいいと思います」
フィンレーの言葉にエキドナは内心ハッとする。
……リアムとイーサン、ステラの三人は知らないけれど、フィンレーは本来エキドナの弟ではなく従弟…つまり養子だ。
そして本当の両親はすでに他界していて、会いたくても会えない。
だからこそ出た言葉なのだろう。
思いながら……エキドナも前世の家族を思い出して人知れず複雑な気持ちになるのだった。
何だかんだ言いながらエキドナは自身の死後、残された家族がどうなったのかずっと心配しているのだ。
忘れられない。忘れた事なんてなかった。
…そもそも、転生ものの漫画や小説ってすぐ気持ちを切り替えて新しい人生を謳歌してるけど、何故みんなあそこまで簡単に切り替えられるのだろう。
私はずっと、前世の世界も、人も、みんな忘れられないのに。切り替えられないのに。
(……ただ、私が弱いだけなのかなぁ…)
つい一人で色々考え込んでると、リアムの冷静な声が辺りに響いた。
「……わかった。一度陛下と話をする」
「えっ 本当かリアム!」
リアムの言葉にイーサンがぱあっと顔を明るくさせる。
「フィンレーに言われたから行くのは癪だけど…確かにそうだと思ったから」
少し悔しそうにフィンレーを見つめながら……けれども次第に彼の青い瞳は穏やかなものへと変わる。
「…そうですか。よかったです」
「いやはや、リアム様もやっと陛下とお話される気になったのですな」
「えぇ本当に! これで仲直り出来ますわね!!」
「……」
フィンレーに続いてアーノルド、ステラが口々にリアムの意思決定に喜びを示すのだった。
だがしかし、エキドナだけは奇妙な違和感を感じて終始無言であった。
……なんか、"あの" リアムがあっさり引き下がり過ぎてる気がするのは私の性格が悪いだけだろうか。
そう思っていると、リアムが顔を俯いてまた言葉を発する。
「だから陛下に会いに行くよ…………文句を言いに」
「え"、」
反応したのはイーサンである。
リアムの最後の一言は…かなりドスの効いた低い声だった。
冷静に見えても、天才と言われ続けていても、リアムは結構…本気で怒っていたのだ。
いくら自身が拒否し続けたからと言って……外堀から埋めていこうとした父親に対して。
こうして周囲の説得(?)により一応根負けしたリアムは後日父であるバージル国王と話をする事が決まった。
……事実上の『周りを巻き込むな』というクレームを言うために。
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とうとうこの日がやって来た。
「「「「…………」」」」
第二回、世にも気不味い四者面談。
…だから何で私も参加してんだ。
結局周囲の説得(?)で根負けしたリアムの方からバージル国王と話す場を設けたのだ。
言い方自体マイルドだがその実態は、
「…いくら僕が貴方との接触を避けていたからとは言え、無関係なオルティス侯爵やステラ嬢を巻き込むなんて国王の権利を濫用しているのですか?」
「いっ いや決してそういう訳じゃ…!」
「へぇ、ではどういう訳でしょうか。もちろん一国の王たる陛下なのですから安易な理由ではないのですよね?」
「……っ」
ただバージル国王の『外堀から埋めよう作戦』にクレームを言いに来たのである。
表情は笑顔だが目が全く笑ってなくて怖い。
…なんかリアムがバージル国王に説教してる絵面に見えてきた。シュールだ。
余談だが今回は流石にリアムがバージル国王と向き合う形で座っている。
「まぁまぁリアム、父上なりにな「イーサンじゃなくて陛下に聞いてるんだけど」
「……はい」
しゅん。
イーサンが小さくなる。
…私達二人、ほんとにこの場に要るのかなぁ…。今更ながら本気でそう思えて来た。
「…では私とサン様はこれで失礼します。さぁ、サン様」
「あっ ちょ…」
素早く立ち上がりイーサンの背中をグイグイ押して退出しようとする。バージル国王が焦って何か言ってるけど聞こえない聞こえない。
(あ、でもその前に)
「もしやる事がない時に備えてこちらを置いておきますので」
「では」と言ってイーサンを押しながらエキドナは退出した。
パタン
扉の閉じる音が一室に響き渡る。
そして彼女が置いて行ったものそれは、
「「……」」
練習用の剣二本だった。
(『いざとなったら剣で語り合え』……とでも言いたいのだろうか)
エキドナの背後からアーノルドの面影が滲み出て来て少し頭が痛くなる。
思わず片手で自身の頭を押さえ始めるリアムであった。
「? 頭が痛むのか?」
「……いえ、心因性なのでお気になさらず」
「それはそれで大丈夫か?」
一方引き止めるバージル国王の声を無視して出て行ったエキドナとイーサンの方はと言うと。
「二人共大丈夫かな…」
「きっと大丈夫ですよ」
どんどん離れて行く扉を見ながらイーサンは心配そうに呟く。
それに対し未だ彼の背中を押して移動するエキドナはマイペースに答えていた。
「二人がお互いに、本気で悪い感情を持ってないのならどうにかなります」
場面は再び国王と王子の二者面談へと戻る。
「「……」」
エキドナの『大丈夫』発言に反して室内はかなり気不味い空気が流れていた。
沈黙に耐え切れずバージル国王は苦い顔でカップを手に取りだいぶ冷めてきた紅茶を口に含んでいる。
「あの」
「! …あ、あぁ。どうした」
「これは以前から疑問に思っていた事なんですが……どうして陛下は僕の婚約者にエキドナを選んだのですか?」
「…どうして、か」
「はい。『王家に忠実で家柄と年齢が釣り合っていたから』。……本当にそれだけだったのですか?」
確かに上記の理由でもそれなりには納得出来るだろう。
けれども王位争いに興味がないイーサンならともかくリアムは正当な王位継承権者である。
今迄はそもそもエキドナに興味がなかったため大して気にしていなかった事だが……上記の理由ではあまりにシンプル過ぎて返って不自然なのだ。
もし別の目的があって仮にそれが今後エキドナに害をなす場合…早めに対策を立てなければいけない。
そう考えながらリアムは真剣な瞳でバージル国王を見据える。
対するバージル国王はそのサファイアの瞳にある女性を重ね合わせながら……観念したように口を開いたのだった。
「…………私としてはエキドナ嬢は…厳密には "当時の彼女" は酷く内気な娘だったから、未来の王妃に向いていないと反対していた」
「!」
「ただ、ビクトリア…お前の母上がエキドナ嬢を強く勧めたんだ。そして私は結果的に彼女の意思を尊重した」
「……母上は、何故エキドナにこだわったのです?」
リアムの記憶に残る母は……自身と同じ青い目を持つ能力的には非常に優秀な女性だったが、性格はひたすら冷徹な完璧主義者。
そんな母親が生易しい理由でエキドナを推薦したとは思えない。
僅かに緊張しながらバージルの返事を待った。
「…う〜ん、これは余り口にしたくないのだが…」
「構いません仰って下さい。エキドナには言いませんから」
「そうか…」
躊躇いがちなバージル国王にリアムが急かす。
そんなリアムのひたむきな姿を見て、バージルも話す覚悟を決めたようだった。
「……わかった。あいつがエキドナ嬢を選んだ理由は……曰く『大人しいからリアムの足を引っ張らなくて良い』…だ」
「…は?」
思わず呆けてしまったが直ぐ切り替えて冷静に続ける。
「それだけですか?」
「えぇと、あとは…『無意識だけど王族の立場を理解してちゃんと敬意を払っている』……『身の程知らずな頭の悪い娘よりはあの子の方がマシ』とか言ってたな…」
言いながらバージルが気不味そうな顔をする。
つまり嘘の情報ではないらしい。
「……え、本当にそれだけですか? 派閥や婚姻後の政治的な影響力といったものではなく?」
「あぁもちろんそういった家の家格や立場も考慮して人選して……そういえばビクトリアは候補の令嬢達一人一人をわざわざ最低限のお供のみ連れて単独極秘で偵察していたな」
「そこまで!?」
母の徹底ぶりに思わず驚いてしまう。
「…ビクトリアは昔から余す所ないくらいに完璧主義者だったからな。……それでもあいつとしてはかなり妥協してエキドナ嬢を選んだようだったが…」
バージルは思わず遠い目をしている。
前妻との大変だった日々を思い出しているのだろうか。
こうしてエキドナがリアムの婚約者に選ばれた理由が想像以上に単純明解だったため、リアムもつい力が抜けてその場で溜め息を吐くのであった。