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嬉しい、寂しくない、心地がいい


________***


「_____という訳で、今後はもうないと思うけどまた陛下に会って少し話をした。ごめん」


「いや、謝らなくていいよエキドナ。…正直に話してくれて助かる」


また後日。

エキドナは離宮に定期お茶会しに来ていた。

今回はかなり久しぶりのリアムと二人きりでのお茶会だ。現在離宮内の一室にて三〜四人掛けのソファーに隣り合って座りながらのんびりお茶している。ちなみにリアム的に聞かれたら不味い話が出るかもしれないのでエミリーは別室で待機中だ。


(多分、サン様がリー様に気を遣って席を外してくれたのかな?)


何故ならそう思えるほどに、やはりリアムはどこか疲れている様子だったから。

むしろ前回よりも疲れが増してる気がする。


(う〜〜んやっぱりお父さん関係で悩んでるっぽいよね…でも私はあんまり介入したらいけないから…)


「リー様」


「何?」


「肉親を憎む気持ちは仕方ない事だよ。愛しているからこそ憎むんだから」


「! ……」


エキドナの言葉にリアムが一瞬ハッとしたように目を見開きそして少し俯いた。


「でもね、」


「…うん?」


「貴方がどんな選択をしようと、私はリー様の味方だから」


はっきりと自分の意思を口にする。

とりあえず今のエキドナに出来る事は『貴方は一人じゃないから好きなようにすればいい』というメッセージをひたすら送り続ける事だと思った。

リアムは頭のいい少年だが、だからこその悩みや苦悩もあるだろう。

だから、少なくともエキドナ自身がリアムにとって安心出来る居場所でありたいと思った。少し休憩にちょうどいい木陰…みたいな。


「「……」」


少し沈黙が流れるがエキドナは気にも留めず前を向きそのまま紅茶を口にする。ハチミツ入り美味しい。


「…………前から思ってたけど、貴女はよくもまぁそんな恥ずかしげもなく真っ直ぐに言えるよね」


「え"、」


その声にだいぶ呆れが含まれていたのでエキドナは思わずショックを受けて固まった。


(良かれと思って言った事が引かれた…?)


恐る恐る隣を覗き見るとリアムの青い目と合う。

やはりその表情は呆れたが強かったが…………どことなく頬が、赤いような? 照れ? 照れた? …つまりやっぱ引かれてるじゃん!!


自身の言動を若干後悔しながらエキドナは前に顔を戻して少し焦る。

…だが同時に、前世(むかし)の事が脳裏を過ぎったのだった。


幼い頃、母の言動はいつもキツく冷たかった。

怒っていた。苦しんでいた。

…でもかなりごく稀にすごく優しい時もあった。私に無償で微笑みかけてくれるし理由もなく怒鳴られない。ものすごくレアだったけど。

今思えば、兄の事もあって母は当時精神を病んでいたんだと思う。よくお酒飲んでたし。

でもそんな不安定な母親を当時の私が理解出来るはずもなく…結局自分が母親に愛されてるのか憎まれてるのかわからなくて『いつか本気で捨てられるのでは』と怯え、常に顔色を伺いながら生活していた。そんな幼少期だった。


ただ一言、


『××が大好きだよ』


その一言を言ってくれるだけで、どれだけ安心出来ただろう。……そんな事を考えるのは贅沢だったのだろうか。

でも…皮肉だけどそんな日々があったからこそ今の "私" があるんだとも思う。


「…うん、やっぱりそうだよね」


「今度はどうしたの」


「リー様、私これからも思った事はちょっと恥ずかしい事でもちゃんと言葉にして言うよ。だって……愛情表現はストレートに言うのが一番だから!」


迷いのない真っ直ぐな笑顔を向けるエキドナに今度はリアムが少し固まった。

けれどリアムからすぐ前に向き直していたエキドナはその事に気付かないまま言葉を続ける。


「ところでリー様体調悪そうだよね大丈夫? 寝れてる?」


「…………そうだね。うん、貴女は結構そういう所があるよね」


「何が?」


「いやこっちの話」


聞きながらリアムの方を向くが何故かリアムは私の反対方向を思いっ切り向いてるので顔が見えなかった。

……また前を向き直したかと思えばリアムは答えながら軽く自身の太陽色の頭の左右に振っている。


(大丈夫か? そんなリアクション初めて見たけど)


「えーっと、だから大丈夫? 疲れ溜まってるんじゃない?」


エキドナの言葉に青い目をパチクリさせた後リアムは少し不思議そうに考え込む仕草をした。


「……どうだろう。エキドナから見た僕は疲れてるように見えるの?」


「うん見える。そしてその発言で思ったより重症なのがよくわかった」


(いや疲れ認識出来ないとこまで行ってんじゃんッ!)


エキドナ自身前世虚弱体質だった故に日常生活に支障が出るレベルの不調をよくやっていたからわかる。

人間ってある程度無理をしてその結果自身の身体の限界を超えると疲れが自覚出来なくなる。そして気付いた時には倒れる、以上。


「…うん。もう休んどきなさいよ。貴方自覚してないだけで結構無理してると思う」


「そうかな? ……じゃあエキドナが帰った後休もうかな」


「ではこれで「決断が早い」


立ち上がり即帰宅しようとしたエキドナの手をリアムが掴む。そのまま再びソファーに座らされた。

リアムが疲れたように…と言うか観念したようにハァ… と息を吐いた。


「…………陛下が僕に関わろうとしているのがジャクソン公爵家にバレた」


「!!」


うげ、と内心思った。声に出なくてセーフ!


「…それはなんとまぁ、ややこしい事に…」


「全くだよ。お陰でこの間はニコラスに呼び出されてかなり色々聞かれたんだ。…『国王は何が狙いなんだ?』とかね。誤魔化すのが大変だったよ」


「…それはお疲れ様」


珍しく愚痴っぽく話すリアムの肩にポン、と手を置いてねぎらう。

……前々から思ってたんだけど、この人私と同じかそれ以上に歳の割に苦労してるよな…。フツーに心配だ。


(そもそもそんだけストレス溜まってたら安眠も難しいんじゃないかな?)


これもまた前世の実体験だ。

人間疲労が蓄積し過ぎて身体を壊すとむしろ眠れなくなる。

そして悩みや恐怖などのストレスでも眠れなくなる。マジで眠れなくなる。眠れないって結構辛い。

……エキドナだけかもしれないが。

あぁそういえば、


「『ハグにはストレス発散効果がある』って聞いたな…」


「は?」


ぽつりと言葉を零したエキドナにリアムが振り返る。


「…せっかくだから試してみようよ。……ほらっ 私の男嫌いの『リハビリ』! 今付き合ってよ!!」


エキドナはソファーから降りてリアムの方へ自身の両手をバッと広げた。

一方のリアムは、


「……」


相変わらず思考回路と行動パターンが読みにくい婚約者の言動にただただぽかんとした顔で固まるのであった。








……一つ言い訳をさせておくれ。


『ハグにはストレス発散効果がある』


これは前世で結構有名な情報だったと思う。

親しい人とスキンシップを取る事で脳から幸せホルモンことセロトニンが分泌され…と医学的にも証明されていたはずだ。

だからこそ声を大にして言いたい。


「「…………」」


こんな気不味い空気を作りたかった訳じゃないんだ。


(あとわざとじゃないけどちょっとツンデレっぽい言い方になってたぁぁぁッ!! 何やってんだ私…ッ!!)


ダラダラ心の中で冷や汗をかきまくる。

リアムは未だに何も言わず微動だにしない。


「「…………」」


ひたすら二人の間に沈黙が続くのであった。




「……何か言って下さい恥ずかしいから」



しばらくしてエキドナの方が先に折れた。

「やだ私痴女っぽい…」とゆでダコのように顔を真っ赤にしながら両手で顔を覆って俯いている。

絶賛後悔中なのだ。

そんなエキドナの姿を見たリアムはクスリと笑った。


「……わかった。そういう事なら」


そのままソファーから立ち上がる。

未だ両手で顔を隠していたエキドナは赤い顔のままおずおずと顔を上げた。羞恥でちょっと半泣きである。

リアムはそんな戸惑い気味のエキドナにフッ と静かに微笑んで、包み込むように抱き締めたのだった。


「! ……」


エキドナもそっと優しく抱き締め返す。

しばらくそのまま静かに抱き締め合った。




「…確かに、ストレス発散効果はありそうだね…」


「そっそうでしょ!」


「言ってるエキドナはまだ身体強張ってるけどね」


「ゔっ」


そう。

やはりエキドナは回数が少ないリアムとのスキンシップに慣れていないのでまだまだカチコチである。


「無理しなくてもいいのに。……でも、こういう事するのは僕ぐらいにした方がいいよ? 貴女がただ純粋に "善意だけ" でやってるのはわかってるけど…他の相手だと誤解を招く」


リアムだってこの……人のためなら時に自身に負担が掛かる事でも当然のようにやってしまうエキドナが心配なのだ。

エキドナの人柄を知っていればただ善意のみで動いているのがわかるから良い。

だが知らない人間が相手だと良からぬ勘違いをされたり…利用されかねない。


「大丈夫。そもそもあと触れるのが(フィン)しかいない」


そんなリアムの心配をよそにエキドナははっきりと…しかし死んだ声で断言するのだった。

エキドナの場合、誤解以前に基本男に触れない男嫌いだから『リハビリ』という奇妙な状況になっているのである。


「…ふふっ、そういえばそうだったね」


コロコロ笑うリアムにエキドナがホッと息を吐いた。


(あ、今肩の力が少し抜けた)


リアムがエキドナの僅かな変化を抱き締め合っている状況だからこそ気付く。


(僕が笑った事に…安心した?)


心なしか…エキドナは自身の腕の中で先程よりも伸び伸び出来ている気がすると感じた。


(……そうか、"触れ合う" ってこういうのも伝わるものなのか)



そう気付いた瞬間、リアムの内側で起こっている自身の変化を感じる。



以前から…エキドナがずっとリアム自身を見ていてくれた事に気付いた時からこんな調子なのだ。

……敢えて正直に、エキドナ本人に聞いてみるのも手なのかもしれない、とリアムは思った。


「……エキドナとこうしていると、どこか胸の辺りが温かいんだ。これは…一体何だろう?」


「!」


リアムの正直な言葉にエキドナは少し驚き、……そして自分の事のように喜びを感じるのだった。

顔を上げてリアムの方を見る。


「…多分、『嬉しい』とか『寂しくない』とか『心地がいい』とかじゃないかな? リー様だって今迄一人で気を張り続けるのは辛かったと思うし、私が貴方にとって少しでも楽で居られる存在になれたなら、私は嬉しい」


(『嬉しい』『寂しくない』『心地がいい』……)


心の中で反芻すると、正体が掴めず落ち着かなかったものがストンと音を立てて消えて行った気がした。


「……そっか」


顔を綻ばせるエキドナを微笑んで見つめ返す。



「…………誰だってさ、本能的に人の温もりを欲するものだと思うよ? ……私ね、結構ハグとかスキンシップ自体は好きなんだ。心地良くてホッとする。まぁ…………若い男性相手だと恐怖が上回るから厳しくなるんだけど」


エキドナは言いながら次第に俯き始め……最後は自嘲を含んだ声色になる。


「…まだ少し身体が固いけど今大丈夫なの?」


「今のところはリー様も何とか平気だよ! ……でも…」


言いながら背中に回している手でリアムな服を掴もうとし……やめてただ自身の手のひらをぎゅ…と密かに握り締めた。

俯いたままの顔に、瞳に…(かげ)りが差す。


「もし……もしも…『リハビリ』が上手くいかなくて、貴方に触れるのを拒絶する日が来てしまったら…………その時は、ごめんね」


エキドナの声は明るく穏やかで…少しだけ申し訳なさそうな声色だった。

けれども彼女の小さな身体が僅かに震え、息を押し殺そうとしているのをリアムは肌で感じていた。



…エキドナが強い悲しみとリアム自身への罪悪感を必死に隠そうとしているのに、気付いたのだ。



その事には指摘せず、ただ軽い力でポン、ポン、と彼女の後頭部に触れる。


「……仕方ないんじゃないかな。体格差で恐怖を感じる事もあるだろうし。…僕だってオルティス侯爵のあの体格は迫力を感じるから」


「……そうなの?」


おずおずと僅かに驚いた表情を見せながらエキドナが顔を上げた。


「うん。オルティス侯爵ほど大柄で筋肉質な人は騎士団を除けば居ないから珍しいしね」


これも珍しくリアムの本音だ。

エキドナの父親であるオルティス侯爵は武闘派一族の元跡継ぎだったからか単に脳筋だからかはわからないが、王宮内においてずば抜けて恵まれた体格をしているのである。

だからまだ少年のリアムでも内心その体格に時折圧や緊張感を感じたりしていた。


「…そっか、そうだよね。…お父様背が高いもんね〜! 私もあれくらい大きくなれたらいいなぁ…」


天井を見上げながらエキドナが胸を弾ませ金の目を輝かせる。

前世のエキドナは身長151センチと結構小柄だった。

だがしかし、今世の母ルーシーはやや小柄よりだが前世のエキドナよりはあるし何より父アーノルドが目測190センチ前後とかなり大柄なのだ。

『父親の血が濃い』と周囲に言われているエキドナとしては期待大である。


「…エキドナが大きくなる方なの?」


ウキウキし始めたエキドナの様子を見ていたリアムは可笑しそうに笑い始めた。


「うん! 大きい方が嬉しいよ!」


「そっか。それはそれで面白そうだね」


今度は二人でクスクスと楽しげに笑い合う。

そしてふとリアムは気付くのだった。

ずっと自身に重くのし掛かっていたここ数日の精神的な疲れやプレッシャーが、ほとんど無くなっている事に。


(なるほど。確かにストレス発散効果があるみたいだな…)


思わず関心してしまう。

あまり耳にした事がない情報だったので実は半信半疑だったのだ。

そして既に目的が達成されたのだからこれ以上続ける理由もない。


(エキドナのためにも、そろそろ離してあげた方がいいよな…)


「あの…」


「ん?」


以上の事実をエキドナに伝えようと口を開きかけて……思わず(つぐ)んだ。


「……」


「?」


何か言いかけ、急に黙り始めたリアムをエキドナが小首をかしげて見守っている。


(……でも、もう少しだけ…)


「…いや、何でもない」


「そっか」


自分の中で納得出来る理由を見つけられないまま、リアムは弱い力でぎゅっ…とエキドナを抱き締め直したのだった。


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