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親との確執


________***


「また来てもらってすまないなエキドナ嬢」


「……いえ」


バージル国王の言葉を受けてもなおエキドナの表情は硬いままである。

あれからオルティス侯爵邸での稽古など少し日を置いたのちにエキドナは定期お茶会で再び離宮を訪ねたのだが、またバージル国王に捕まってしまったのだ。

前回と同じ部屋まで連れて来られまた一人掛けの椅子に座っている。

しかも今回はバージル国王のみではない。


「すまないエキドナ。ただ出来れば君からの意見も聞いておきたくて…」


「私とは今迄あまり関わった事がないわよね。イーサンの母のサマンサです。いつもサンとリアムと仲良くしてくれてありがとうね」


「いえ、王妃様…。改めましてオルティス侯爵家の長女、エキドナ・オルティスと申します」


深々とお辞儀をして見上げる。

イーサンの実の母であり現王妃サマンサとはリアムの婚約者という立ち位置もあり今迄まともに言葉を交わした事がなかった。

けれどもサマンサは穏やかで優しげで、控えめな雰囲気を持つ紺色の髪と目を持つ美女だった。

…多分、イーサンの穏やかな雰囲気は彼女に似たのだろうな、とぼんやり考える。


そう。

バージル国王のみならず、リアムを除いたイグレシアス王家の家族会議に巻き込まれたのである。

本来ならばエキドナとて臣下の立場だ。

王家からの要請ならば喜んで受けなければいけない。

………………でも、


「恐れながら陛下、王妃様、イーサン様…私はもう今後一切貴方様がたの家族の問題には協力出来ません」


エキドナは静かに…けれどはっきりと王家からの要請を拒否した。

そもそも拒否権は存在しないのだろうが、それでも意思を明確に示さなければいけないと思った。


「!! ……理由を聞いてもいいか?」


バージルは少し驚いてはいるもののすぐ切り替えて優しい声でエキドナに問い掛ける。

思わずドレスの裾をぎゅっと握り締めた。

相手はこの国の王様だ。本音を言えば……王様相手に協力を拒否して意見を述べるのは流石に怖い。

けれども内にある緊張や恐怖を堪えながら…正面に座るバージルの目を見て言葉を続けたのだった。


「私はリアム様の婚約者です。リアム様の事を大切にしとうございます。……ですから私は、リアム様の味方であり続けたいのです」



リアムから『これ以上関与しないでくれ』と言われたのだ。

そしてそれに同意した。



嫌でも政治的な力関係が存在する現在の状況があるとはいえ、もし私がまた陰で何らかの形で関わっている事をリアムに知られたら…彼をまた傷付けてしまう。不安にさせてしまう。

そんなの嫌だ。私が、嫌なんだ。


根本的に今回はバージルの元へリアムを連れて来てしまったのが最大のミスだった。

リアムは賢くしっかりしてるが年相応の幼さや精神的な脆さがあるのをイーサンとの関係修復時にわかっていたはずなのに……軽率な行動をしてしまったのだ。


(私って学習能力ないのかなぁ…いや、そんな事考えてもリー様の何の役にも立ちゃしないんだけど)


「そうか……」


バージルの声にハッとして意識が呼び戻される。

無意識のうちに俯いて考えて込んでしまっていたのだ。


「いや、君の言う通りだな。……エキドナ嬢、君とリアムの信頼関係も考えず巻き込んだ事を申し訳なく思う」


「!」


バージル国王が静かに立ち上がり頭を下げたのだ。リアムと同じ太陽色の髪がサラッと下方に流れ落ちる。


「えっ…あっ…、頭を上げて下さいっ!」


エキドナも立ち上がり両手をバタつかせながら言葉を返すのだった。

王様に頭下げられるとかこっちがテンパるわッ!!!


「そもそもっ これは私のわがままですし…!」


「いや、いいんだ。…よくよく考えれてみればリアムの婚約者とは言え幼い娘に頼るのも父親として情けなさ過ぎだよな」


ふにゃ、と少し困ったように優しく笑うバージル国王とイーサンの姿が重なる。

やはりこの親子は色々そっくりだ。

でも裏を返せば、それだけリアムは前王妃によく似てるって事なのかな…。


「サン。エキドナ嬢の見送りを頼む」


「はっ はい…わかりました父上」


バージル国王の声掛けでイーサンが立ち上がる。


「エキドナ嬢」


「はい陛下」


「もしリアムとの関係が上手くいった暁には…また君を呼んでも良いだろうか」


「…はい。その時が来ましたら、ぜひ」


空色の目を細めて柔らかな声色で問いかけるバージル国王に、エキドナも微笑みながら答えるのであった。



________***



「ごめんなエキドナ。また巻き込んでしまって」


「いいんですよサン様。私のわがままも許して頂けましたし。……あの、良ければ二人で少しお話ししませんか?」


「あぁ、構わないぞ」


そんなやり取りをしながら二人が向かった先は離宮内にある庭園だ。お茶会でも時々使用している。

二人は庭園内にあるベンチに腰掛けて再び話し始めるのだった。


「…あれからリー様は大丈夫ですか? なんか今日のお茶会で少しお疲れと言うか…呆れてる? 冷めてる? 風に見えたんですけど」


今日はステラとフィンレー不在の(注:各々所用のため)お茶会三人バージョンでリアム本人はいつも通りに振舞っていたが…どことなく心ここに在らずな感じだったから気になっていたのだ。


「……う〜〜ん。まぁ、色々あってだな…」


若干躊躇しつつもイーサンは話してくれた。

あの気不味い四者面談以降、バージル国王は改めてリアムと話し合うべく声を掛けたりしてアプローチしているのだが(ことごと)くリアムに逃げられ避けられまくっていたらしい。

また定期の晩餐でも一応一緒に食事はするけれど最低限の受け答えしかせず食後もすぐ『早めに休みたいので』と追い払われる始末。

……完全に拒絶されているのだ。


リアムに振られる度にバージル国王は凹み、サマンサに慰められ心を立て直してまた挑んでは振られて凹んで…現在ひたすらその繰り返しだそうだ。

……多分、凹んでる姿さえイーサンそっくりなんだろうなぁ。




ただ、今のリアムの複雑な心境も理解出来る。

リアムの姿を見た後で、前世(むかし)の経験を色々思い出したのだ。

…もっと早くに思い出せてたら良かったんだけど。


(『今迄放置してた癖に自分に都合が良くなったらすり寄ってきた』。…腹が立つだろうし素直に受け入れるはずもないだろう)



私は前世で、母親との関係が良くなかった時期があった。

…厳密には幼い頃の私自身は母の愛情を欲していたし純粋に慕っていたのだが、無視されたりどなられたり睨まれたり、或いは罵倒されたり軽く叩かれたりしていた。

だから幼い頃、あの人と日常生活で親子らしい会話やスキンシップをほとんどした事がない。

あってもせいぜい、学校から配布されるプリントを渡すといった最低限の事務連絡と誘導的な手繋ぎのみだった。

……けれど仕方がなかったのかもしれない。

『可哀想な子』と呼ばれていた兄を守り育てるのに必死だったようだから。

衣食住がある程度保証されていただけ恵まれた方だったのだろう。


…まぁ、"あの時" の事だけは絶対許す気はないのだが。


…………話を戻して、そんな母との関係に私はずっと悩んで、愛されたくて苦しんで時には恨んで憎んで…そして高校生の時、母に母親の愛情を期待するのをやめた。手放して諦めた。

他人としてあの人を見るようになった。

そんな私を遠方に住む母の姉である叔母は『母親殺し』だと、『実の母親よりも精神年齢が上回ってしまったのだ』…と言っていたな。


しかしながら、ちょうどその辺りから母の私への態度が緩和され、待遇が少し良くなった。

時期やその時の家庭内事情も考慮すればある程度母が何を思ってそうなったのかわかったからこそ、虫のいい話だと思ったし色々腹が立った。軽蔑した。

でも…私自身の心中は色々複雑だったけど、……情けない話だけど、その後も色々あってから結局は『母を憎むよりも愛したい』という自身の気持ちに気付いてしまい……成人以降は割とあの人と良好な関係を築く事が出来ていたと思う。

…気紛れで自分勝手な母を愛しはしても決して親として信用しないままだったけれども。



……長々と自分の前世(むかし)の話をしたけれど、要するに


"親との確執があった上で親を理解し受け入れる事は子どもにとってかなり時間が掛かる"



という事だ。

愛と憎しみは紙一重と言うし。

いっそ母が百パーセントの悪人だったら、私だってもっと早くに割り切れた。楽になれた。

『自分の母親を憎むなんて自分はなんて嫌な子どもなんだろう』と自分を責めて悩んだりしなくて済んだ。

でもあの人は母親として最低で絶対許せないところがあっても…私の事を "それなりには" 愛してもくれてもいたのだ。

その矛盾ごと母を受け入れたからこそ最後は良好な関係になれたんだと思う。

でもその中途半端さが昔は辛くて仕方なかった。

だから今のリアムも、そんな心理状態なのかもしれないと思うのだ。

ただ、私だってある程度割り切れるようになったのが高校生になってからだったのに……まだ十にも満たないリアムにそれを求めるのは酷な話なのだ。



(だからこの問題は解決にすごく時間がかかると思う。……でも私は、ただリー様のそばに居て、自分が出来る事だけに集中しよう)


イーサンの話を聞きながら、エキドナは改めて自身がやるべき事を再確認するのであった。


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