相談と二回目
前半はリアム視点です!
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「「……」」
気不味い沈黙が僕達二人の間に流れる。
ある日の夜、僕…リアム・イグレシアスの自室での事。
現在僕は夕食を済ませ就寝まで時間があったので長椅子に座り読書をしている。
夏の暑さも終わりを迎えてだいぶ過ごし易くなった。
そこまでは良い。"いつもの事" だ。
ただ僕と同じ長椅子に、人一人分のスペースを空けて寛いでいる人物の存在が "いつもの事" ではないのだ。
相変わらずその人は視線を僕に移したり映さなかったりで意図が読み難い。
かといって何か文句を言いに来た訳でもないらしくずっと沈黙を貫いている。
本当に何が目的なのか、皆目見当もつかない。
「……」
読んでいる本から一瞬視線を外しその人を盗み見る。
目鼻立ちはやはりあの異母兄のイーサンによく似ていて、瞳の色は同じ青でも僕とは違う淡青色…空色。
でも髪は僕と同じ金色。
当然だ。"父親" だから。
「どうした。先程から同じ箇所ばかり見ているようだが」
目ざとく視線に気付いたらしい。
「…参考になるので読み返していただけです」
本に視線を戻し勤めて冷静に答える。
嘘だ。
この状況が落ち着かなくて読書に集中出来ないだけである。
「「…………」」
(何故、こんな状況になったんだろう…)
父親…すなわち現ウェルストル王国国王、バージル・イグレシアスにバレないようリアムは密かに息を吐いた。
________***
「国王陛下が、リー様のところに長居?」
「うん。その目的が読めなくてね…」
ある昼下がり。
最近ではすっかり習慣化しているオルティス侯爵邸での稽古を終えてエキドナと二人で話している。要は相談だ。
稽古の合間に『相談したい事がある』と耳打ちするとエキドナは稽古後すぐにこの場を設けてくれた。
いつも彼女に引っ付いている彼女の弟のフィンレーを説き伏せてイーサンに預けつつ二人きりで話せる場を用意したエキドナの察しの良さには正直助かる。
そう思いながら彼女の侍女エミリーが用意した紅茶を口にしてここ最近の顛末を彼女に話していた。
とにかく第三者の意見を聞きたかったのだ。
かと言ってイーサンだと…あいつは少々大らかで楽観思考が強過ぎる気があるので参考にしづらい。
だから同じ大らかな気質でも、妙に現実主義でシビアな視点から物事を見れるエキドナに意見を求めたのだ。
「あの…そもそもリー様って陛下とは今迄どれくらいの頻度で会ってたの? 比較出来る情報がほしい」
少し遠慮気味に…けれどもはっきり物を言うエキドナにリアムも頷き答える。
「以前は月一回の晩餐だけだし会話も近況報告のみだった。でも今は晩餐が週一くらいに増えて、しかも何故か食後も一時間くらい居座っているんだ。会話はない」
「わぁ…それは何とまぁ…」
気不味い状況を想像したのだろうエキドナが複雑そうな表情をする。
リアムもその状況を思い出して僅かに渋い顔をする。
「ちなみにいつからそんな感じに?」
「一ヶ月ほど前、かな」
「……おぅ」
『おぅ』って。
前々から思っていたがエキドナの敬語を抜いた話し方は中性的であまり令嬢らしくないと思う。
父親の影響なのか。
…ちゃんと "素" で話している感じがするから僕は構わないけれど。
「う〜〜ん…って事はタイミング的にはサン様や王妃様と接触してすぐって訳じゃないからな…」
言いながらエキドナが自身の左手の人差し指と親指を顎に添えるようにして俯く。
彼女が集中して考え込んでいる時の癖だ。
たまにやらずにぼんやり突っ立ったまま考え込んでる場合もあるが、大体はやっている。
そう思いながらエキドナの返答を待つ。
この不可解な状況を彼女はどう捉えるのだろうか。
「…………偵察?」
「…偵察」
理知的な表情で呟く彼女の言葉を反芻する。
「確かに、僕もその可能性は考えていたよ」
「タイミング的に見ればサン様や王妃様絡みで文句を言うにも遅すぎるし…とりあえずリー様をそばで観察して出方を伺ってるって感じなのかな、と思って」
エキドナの言葉に僕も頷く。
初めて "父親" が食後居座った時は現王妃… "サマンサ・イグレシアス" かイーサン絡みに対する警告をしに来たのかと思い身構えた。
しかし結局無言で一時間ほど過ごしてそのまま僕の部屋を出て行ったのだった。
そしてそれの繰り返し。
何がやりたいのか理解に苦しむ。
「目的は何だと思う?」
さらにエキドナに質問を重ねる。
「あんまり考えにくいけど…王位継承権について、とか?」
「うん、あり得なくはないからね」
エキドナも…理解出来ないなりに考えた僕の予想と同じであった。
エキドナを通じて僕とイーサンの関係は……多少、は修復したからこそ…イーサン辺りが "父親" に僕が王位継承に対して執着していない事やジャクソン公爵家の実態を伝えた事で、"国王" の立場として僕が次期国王に相応しいか見定めている可能性がある。
『太陽の冠』なる伝承の問題はあるが所詮根拠のない代物だし、何より…… "父親" としては僕よりもイーサンに王位を継いでほしいと思っているのかもしれない。
今はジャクソン公爵家が強い影響力を持っているこそ僕の立場もあるのだろうが、いずれ僕自身が潰すからそのリスクも無くなるのだ。
母である前王妃が国を去ってから、月に一度だけ父は僕の元へ定期的に訪れた。
でもそれは "父親" ではなく "国王" の責務を果たすためだ。
僕の周辺に不穏分子がないか見張るための監視の意味と『親子』ではなく『"国王" という名の家業を継承させるための教育者』として王としてあるべき振る舞いや考え方、物事の視点……といった王たる思想や責務を僕に教えるのが目的である。
だからこそ今迄ならただ淡々と事務的な会話をして食事を終えたらすぐ出て行っていた。
だからこそ…今の "父親" の行動の変化に困惑しているのだ。
でも僕とイーサンのどちらが王位を継ぐべきか見定めるための時間ならば納得出来る。
(正直、イーサンだって僕ほどじゃないけど能力的には決して "国王" の職務が出来ない訳じゃない。そもそも血筋はアレだが長男で現王妃の実子だ…)
もし王位継承権がイーサンに移った場合。
僕はこれからどうなるのだろう。
少しずつ大きくなる胸騒ぎに僕は自身を落ち着かせるようとその場で静かに息を吐くのであった。
しかしこの時の僕は気付かなかった。
ああは言ったもののエキドナが内心では "別の理由" を考えていた事に。
(ゔ〜〜ん『あの厳格そうな陛下が』…っていうのが決定打に欠けるんだよなぁ。下手に期待させてぬか喜びだったらリー様が気の毒だし)
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『甘かった』
『見くびっていた』
いや『油断した』…?
心の中で色々な単語を掘り起こしては並べているがどれもしっくり来ない。
いや敢えて言うなら、
『こんなに早く流れ弾が来るとは思わなかったわ』
「わざわざ来てくれた事を感謝する。エキドナ・オルティス侯爵令嬢」
「……いえ、」
「そう畏まらないでおくれ。取って食う訳じゃない」
いや無理だろ。
思いながらギギギ…とエキドナは下げていた頭を上げ目の前にいる人物を見やる。
何度か対面しているがやはりその堂々たる佇まいや発する圧には慣れない。色々と豪華過ぎる。
あれ? 何で私こんな所にいるんだっけ?? (←見当識障害)
「今回は、君に聞きたい事があって呼んだんだ」
「…聞きたい事、ですか」
「そうだ」
(思い返せば目の前にいるこの人とサン様の口調ってよく似てるなぁ。サン様、この人の口調が移ってたんだ…)
ぼんやりと現実逃避をする。
情けなかろうが仕方ない。
だって王様と二者面談してるんだから。
普段通り定期お茶会(フィンレーお休みステラ参加の四人バージョン)を済ませ解散して帰路に着いていたはずだった。
そしたら待ち伏せしてたのか正面から国王陛下が現れてあれよあれよという間に応接間的な個室に連れて行かれ、現在恐れ多くも陛下と対面する形で一人掛け長椅子に座らされ紅茶を頂いているのである。
……後ろで控えるエミリーも緊張でカチコチになっている。
ちなみにバージル国王はまだ若いから本来ならエキドナの男嫌い発作(注:固まる、会話困難になるなどの拒絶反応。最悪失神)が出るところなのだがエキドナがよく知るリアムとイーサンの父親である事や過去に何度か対面してる事、ロイヤルオーラ的な圧で別の意味で既に固まっている事などからまだ発作は起こっていない。…多分急に身体を掴まれたりしたら完全アウトだと思うけど。
「「……」」
(一体何の用なんだ? まさか今更リー様との剣の試合の事言われるのか? それともサン様との交流? アレ全部? それともお父様絡みか?)
思いながらエキドナはこの目の前に居る国王陛下……バージル・イグレシアス様の情報を整理し始めた。(注:現実逃避その2)
バージル・イグレシアス。
このウェルストル王国の国王でイーサンとリアムの父親。
年齢は確か…エキドナの母ルーシーと同級生だったはずだから現在二十七歳。若い。
ちなみにリアムとイーサンの母親であるビクトリアとサマンサもそれぞれ同級生だったはずだから同じく現在二十七歳。
……何だこの学年。黄金世代か。
余談だがアーノルドはこの四人より二つ年上の二十九歳である。
そして周囲からの陛下の評価は確か……『非常に有能な "賢王" で周囲の意見を聞き冷静にまとめつつ政を行なっている』…だったはず。そして常に堂々として威厳がある。
リアムの(上部だけ)婚約者であるため過去にも何度か顔を合わせているがこの絶対君主的な圧がすごいから顔を見るのも難しいのだ。
そう思いつつ何とか目視すると見た目は確かに噂通りイーサンに…いや、イーサンが父親似なのか…そっくりの端正で男らしく理知的な感じのイケメンさんである。
でも目はリアムともイーサンとも違う空のような綺麗な水色の目だ。そして真っ直ぐな髪は一つに束ねておりその輝きや美しさはまさしく『太陽の冠』。
本当にザ・王様なお人である。
「あの、」
「はっ はい陛下っ」
「…そう緊張するな、楽にしてくれ」
無理です!!!!
「……その、リアムは元気か?」
「……はい、お元気ですよ?」
…………このやり取りにデジャヴを感じるのは私の勘違いだろうか。
「あいつとは…その、いつもどんな話をしているんだ?」
「え? …まぁ、近況とか、ですかね…。その時その時で変わるので何とも」
「そ、そうか…」
……このやり取り、した事がある絶対した事がある。
「あっあの「すみません少し宜しいでしょうか」
ビシッとエキドナが片手を挙手して国王陛下に許しを請う。
不敬承知で遮った。
このままだと埒があかない……そしておそらく。
「う、うむ。許す。話してくれ」
おそらく、私はこの…絶対君主でキラキラなザ・王様陛下への認識を改めなければいけないのかもしれない。
「……あの、もしかしてなんですが、」
ゴクリと覚悟を決めたエキドナが真剣かつ(表に出ていないが)だいぶ動揺しながら尋ねる。
「陛下って、まさか、リアム様と仲良くなりたい……とか?」
刹那、陛下はその空色の目を見開き『何故それを!』みたいな顔をして固まった。
……いやだってさぁ、
このやり取り二回目ですもん。
「うっ…虫のいい話なのは重々わかっているんだ。でも私は…」
その後うだうだ話し始める陛下のお姿がある人物と重なりまくって強烈な既視感を覚える。
そしてそんな姿にエキドナは一人心の中でひたすら叫び続けるのであった。
(お父さーーんッ!! やっぱこの人サン様のお父さーーーーんッッ!!!!)