稽古にて その1
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「すごいな」
「…何故僕が勝てないのかよくわかったよ」
「当たり前です! 姉さまはすごいんですから!」
ただ呆然と呟くイーサンに対しリアムは冷静に分析しフィンレーは大好きな姉を褒められて得意げに胸を張る。
その三人の視線の先には、
「エキドナッ! 左がガラ空きになってるぞッ!!」
「はいお父様ッ!」
キンキンッ!! カンッ!
激しい金属音が鳴り響く中、現在エキドナはアーノルドから打ち込み稽古を受けているのだ。
父親相手に容赦なく剣を振るうエキドナにアーノルドも動じず剣で答えていた。
ここはオルティス侯爵邸の庭園内。
とはいえここ数ヶ月で立派な訓練場と化しているスペースなのだが。
本日はアーノルドの指導の元、リアムとイーサン初参加の稽古なのである。
先程まではみんなで基本動作の確認や型の練習などをしていたのだが今は最後の仕上げとして打ち込み稽古に入っていた。
ちなみに打ち込み稽古は三人とも先に終えエキドナが最後の相手をしてもらっている。
「エキドナ声が小さいッ!! 腹から声を出せッ!! 息を止めると一撃の威力が落ちるッ!!!」
「はいッ!!!」
カァァンッ!!!
アーノルドの指導にエキドナは強い返事と一撃で答える。アーノルドも正面からエキドナの攻撃を受け止めた。
すると、
「みなさま〜そろそろお昼にしますよ〜!」
ルーシーの朗らかな声でアーノルドとエキドナ両名の動きが止まる。
「…時間だな。それでは午前の稽古はここまでとします」
「「はいッ! ありがとうございましたッ!!」」
即座にエキドナとフィンレーが姿勢を正しアーノルドに礼を取る。二人に合わせてリアムとイーサンも頭を下げた。
「皆体調に変わりはありませんかな? …宜しい。今の季節は脱水症状を起こしやすい故水分をこまめに摂り食事もしっかり食べて下さいね。ではあちらへ参りましょうか」
こうしてアーノルドは稽古でお腹を空かせた四人を引き連れながらルーシーの元へ向かうのであった。
「…エキドナとフィンは毎日こんな鍛錬をやっているのか?」
「そうですよ! お父さまが見てくれる時もありますが基本はしはん様がけいこをつけてくれるんです!」
「師範様?」
「お父様がホークアイ伯爵家から呼んで下さったんです」
イーサンの問い掛けにフィンレーが答えエキドナが補足する。
「それは、本格的だな…」
イーサンは少し圧倒されたように呟いた。
「ふふ、この子達すっかり剣術にハマっているのですよ。こちらおかわりしますか?」
「あっ ありがとうございます。オルティス侯爵夫人」
「ルーシーで構いませんわイーサン様」
空になったイーサンの皿にルーシーが侍女に合図してサンドイッチを追加してもらう。
稽古を終えてそのままエキドナ、フィンレー、リアム、イーサン、アーノルドに加えてルーシー、アンジェリアの七人で昼食をとっているのである。
もともと育ち盛りなのに加え、午前中にみっちり剣術の稽古を行った四人はもりもり昼食のサンドイッチやフライドチキンなどを食べていた。
一方この和やかな会話に参加していないリアムとアーノルドはというと、
「_それでですねリアム様。貴方との『定期お茶会』とやらで私は可愛い愛娘の顔を見る時間が減りつつあるのですよ」
「……はぁ」
「これは由々しき事態です。もちろん私だって仕事がある故娘に会えない日が多いです。だからこそ仕事がない日は娘との時間も大切にして行きたいのです。日々の成長を見るのが私の癒しなのです。…聡明なリアム様なら私が何を言わんとしているかはわかりますよね?」
「つまり、貴方の休日に僕とエキドナの茶会の日を被せるなと?」
「その通りでございます」
(いやマジで何話してんだあの二人ぃぃッ!!!)
王子とはいえまだ八歳の少年相手に大柄な成人男性がマジレス(注:あの顔の影と『ドドド』付き)で会話しているシュールな光景を、リアムの隣に座るエキドナは心の中で盛大に突っ込んでいた。
(特にお父様!! どーゆー絡み方してんだ恥ずかしい!! リアム様…じゃなくてリー様めっちゃ『何言ってんだコイツ』みたいな反応してるしッ!!)
「あらあら〜旦那様と未来のお婿さまが楽しそうね〜」
この状態をほんわかしたお花を飛ばしながら『楽しそう』と言い切る母のメンタルの強さよ。
…いや天然なだけかな。
「お母さま! 僕リアム様が未来のお義兄さまなんていやです!!」
(貴方は貴方で何言ってるのかな可愛いフィンちゃぁぁんッ!!?) 注:安定のブラコン
そもそもフィンレーには以前リアムとの『偽の婚約関係』の話はしたはずなのだが。
……まぁ、今本当の事をぽろっと言われるよりはマシか。
マシなんだけどさぁ。
「まぁまぁフィン。今ならもう一人、俺という『お義兄様』が付いてくるぞ!」
「うっ…サン様が付いてくる……それはまよいます!」
自身を指差して力説するイーサンにフィンレーが揺れている。
エキドナが以前予想していた通り、フィンレーとイーサンはすっかり打ち解けあって仲良しになっているのであった。
(ところでサン様何その宣伝文句。通販のCMか。フィンレーも助手ポジションみたいな返し方してるんですけど)
"通販" という単語で思わず、
『♪ジャ〜パ○ット ジャ〜パ○ット〜♪』
と某BGMが明るく脳内に流れ始める。
もぐもぐサンドイッチを食べているエキドナは相変わらずその無表情に似合わず脳内ツッコミやBGMで実に愉快な状況になっていたのであった。
昼食を終え午後からも再び稽古が始まった。
改めて基本動作や型の練習などをした後、二人一組になって軽い練習試合を行う。
アーノルドの采配によりフィンレーとイーサン、リアムとエキドナで一旦試合を行う事になった。
「やぁっ!」
「うっ やるなフィン…」
「イーサン様、年下相手だからと遠慮は要りません。息子も十分強いですから」
「はっ はい!」
カンッ! カンッ! とフィンレーとイーサンが打ち合う。
「…イーサンが及び腰だからフィンレーが遠慮してるね」
「そうだね。まぁ初めてだし仕方ないんじゃない?」
イーサンとフィンレーが試合をしている横でリアムとエキドナは体育座りで見学している。
リアムの推察通り、元々好戦的とは言い難い性格の持ち主であるイーサンの動きは全体的に鈍い。それに気付いているのだろうフィンレーも普段よりは消極的だ。
「ところでエキドナ」
「はい?」
話の内容が変わるようなのでリアムの方を向く。
リアムは未だ試合中の二人に顔を向けつつ視線だけをエキドナに移した。
その表情には今迄の貼り付けたような笑顔はないから素っ気なささえ感じる。
だが…エキドナはリアムのそんな表情の方が素っぽくて以前よりずっと好ましいと思った。当然人としてという意味で。
「フィンレーと『リハビリ』で毎日抱き締め合ってるって聞いたけど本当?」
(あららあの子喋っちゃったのか)
初対面のやり取りの所為かフィンレーはリアムをあまり好意的には見れないようで局所局所で張り合おうとしている気がある。
多分その一環で自慢でもしたのだろう。
「うんそうだね」
特に疚しいものはないので認める。
そもそもリアムとの関係は偽の婚約関係であり恋人でも何でもないので疚しさ以前の問題な気もするのだが。
…敢えてこの関係に名前を付けるなら "共犯者" だろうか。
「定期的に触れる事で耐性をつける…ってところかな?」
「ご明察。その通りだよ」
流石頭がいい人は会話のテンポが早くて良い。
そう思っていると今度はリアムが顔ごとエキドナの方を向いて楽しげに口を開いた。
「なら、僕も 『リハビリ』に協力してあげる」