閑話 〜でも…(リアム視点)〜
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僕は "未来の国王" だ。
ずっと母上にもお祖父様にも叔父上にも…みんなからそう言われ続けてきた。
だからそれ以外の選択肢なんて存在しないのだ。
ずっと……そう思っていた。
あの日までは。
ずっとずっと、心の奥底で抑え込んでいた怒りと不満をエキドナとイーサンの前で出した時、どうせ二人には僕の気持ちなんてわかるはずもないと思っていた。
予想通り、異母兄のイーサンは何も言えない状態になった。
なのにエキドナは
『もう王子やめちゃいましょう』
『そんなに後継ぎが辛いなら王子やめて一緒に逃げましょう』
『まぁ何とかやって行けますよきっと。お付き合いします』
『…敢えて言うなら、リアム様を取り巻いている "周囲の大人達" にムカついたから…ですかね。国のため国民のために貴方一人が犠牲になるのは頭おかしいから』
『大丈夫! 貴方を犠牲にしないと成り立たない国なんてどの道いつか滅びます!!』
…あまりにも型破り過ぎる。
だけどエキドナは "未来の国王" でも "王子" でもない "僕自身" をずっと見ていてくれていたのだと、その瞬間悟った。
……気付かなかっただけで、多分彼女は、今迄も、ずっと。
その事がわかったら急に何もかもがバカバカしくなって、笑えてきて…気付いたら涙が勝手に溢れて止まらなくなっていた。
"なんで涙が溢れるんだ?"
"僕は一体どうしたっていうんだ?"
と。
…思えばここ最近の僕は思考と行動が一致していない。
例えばエキドナに剣の試合で負けまくった直後…彼女の父であるオルティス侯爵がエキドナを罰しようとした時。
『「王族だからといって手加減はするな」"僕がそう命じました"』
あの時の僕は無意識にそう言ってエキドナを庇った。
直前まで強烈な敗北感と劣等感を与えた彼女に強い怒りを覚えていたはずなのに。
そういえば…最近イーサンが事あるごとに僕に引っ付いてきて本気でウザい。
やっぱりあいつが『また来るからなー!』と言ったあの時にはっきり拒否しておくべきだったと思った。
……なのに、どうして僕は
『僕がいいと言うまで当分は来るな!』
なんて、言ったんだろう。
何故未だに強く追い払えないのだろう。
本当に僕らしくない。
今迄ならもっと上手く対処出来たはずなのに。
でも…
………………。
…話を戻して僕が何故か泣いてしまった時エキドナが僕を抱き締めて来たのはかなり驚いた。
だけど、つい身体の力が抜けていって…情けないのだが余計に泣いてしまった。
思い返せば僕は今迄一度も母上から抱き締めてもらった事がなかったなと、その時気付いた。
人肌ってあんなに温かくて心地よいものなんだな。知らなかった。
少し前に急激な変化が起こったエキドナ。
彼女は不思議だ。
相手の思考に気付いて、いつも真っ直ぐ向き合おうとする。
例えばジャクソン公爵家に踊らされ続け、ある日…イーサンに一方的な伝言を送りエキドナを半ば無理矢理馬車まで見送った直後、ニコラスに会った。
『お前の婚約者とイーサン・イグレシアスがまた密会しているようだが放っておいて良いのか? 何度も密会を繰り返しているようだし…またお前を殺そうと企んでいるんじゃないのか?』
そう吹き込まれた時、僕はエキドナをイーサンから乱暴に引き離した。
…必死に抵抗する彼女はイーサンも言うように身体を硬直させ怯えていた。
なのに僕は構わず彼女にキツく問いただしたのだ。
だけどそんな僕にエキドナは…
『私は、貴方に害を成そうとは思っていませんよ?』
と言ってのけたのだ。
まるで全てを見透かされたようだった。
多分、今思えばその時の僕はニコラスに言われた言葉にショックを受けて焦っていたんだと思う。
心のどこかで…いつの間にか『エキドナは僕を裏切ったりしない』と思っていたからこそ…『そんな事をする子じゃない、でももし…』と半信半疑になっていた。
不安だったんだ。
結局エキドナは僕の事もイーサンの事も、どちらも自分の目で見極めて信じ続けた。
だから今があるのだと思う。
最初はただの暇潰しの観察対象だったのに…今では "僕" の味方で居てくれる得難い存在となった。
もちろん相変わらず彼女の言動を観察するのは楽しいし、揶揄うのもまた面白い。
ただ……一つ、確信した事がある。
エキドナは只者ではない。
彼女には何か秘密がある。
でなければ、僕とイーサンの問題をこんなに型破りな方法で解決させるなんて出来ない。
無理がある。
それに今迄もふとした瞬間に、その明るい金の目に翳りが含まれて…静かで暗い何かが彼女を覆う時があった。
きっと何か理由があるはずだ。
…エキドナは嘘が吐けないから、正直誘導尋問すればすぐ答えを得られそうだけど……敢えて、しない。
今度は僕が、自分の目でエキドナを "ちゃんと見て" その正体を掴んでみせるんだ。