今迄と違うのは
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長期計画の話がある程度まとまりアーノルドはさっそくホークアイ伯爵家に取り次ぎ等の準備をするため席を離れたので室内にはエキドナ、リアム、イーサンの三人が残った。
「私達も戻りますか」
「そうだな、フィンレー達とも話してみたいし」
そう言って立ち上がるイーサンは少しウキウキしているように見える。
面倒見の良い性格なのもあるだろうが、純粋に同年代の友達が出来るのが嬉しいのかもしれない。
どうやらイーサンは本当に狭い人間関係の中を生きてきたらしいから。
これは以前のイーサンとのお茶会の会話から察した事である。
「……その前に二人共、少し報告が」
リアムが少し低いトーンで呟いた。
その声に二人が反応して長椅子に座りなおす。
「どうしたリアム?」
イーサンが尋ねる。
「……この間、現王妃が僕の元に訪ねて来た」
「!!」
「そっそうだったのか! 母上は何て!?」
「もう少し静かにしたら? でも……そうだね、」
目線を上にあげながら、リアムはぽつりぽつりとその日あった事を話したのだった。
〜〜〜〜〜〜
それはエキドナやイーサンと本音をぶつけ合った翌日だった。
その日リアムは王宮の講師達の授業の合間を縫ってジャクソン公爵家当主でありリアムの祖父のニコラス、叔父のコリンと会食するべくスケジュール調整を行なっていた。
実はリアムはニコラスとコリンの指示の元、月に一、二回のペースで定期的に会食をセッティングしては現在の王家の動向等の報告を行なっていたのである。
少し前までは『ジャクソン公爵家以外は敵』だと刷り込まれていたので気付けなかったが、二人にとって程の良いスパイとして使われていたのだ。
その事実がリアムの二人への嫌悪を増幅させるのだった。
(…いけない。少し冷静にならなければ)
深く何回か深呼吸する。
気休めだが落ち着いてきた時、
コンコン
「……? はい」
(誰だ? 使用人達は仕事に戻るよう言ったしこの後の用事もない)
そう思っていると
「私よ」
「!!?」
思わずガタッと椅子から立ち上がる。
聞き覚えのある……しかし決して自分と関わる事などなかった人物の声にリアムは密か動揺した。
「…入るわね」
ガチャッ…と静かに遠慮気味に入ってきたのは異母兄と同じ紺色の髪と目をした上品な女性。
"サマンサ・イグレシアス"。…旧姓 "サマンサ・トンプソン"。
現王妃でイーサンの実母、そしてリアムにとっては義母にあたる人だった。
あくまで書類上の話であるが。
「……何の御用でしょうか」
思わず低い声が出る。
リアムにとってサマンサの存在は正直複雑だった。
母親と自分を苦しめた存在であり…しかし同時に母親の暴挙による被害者でもあった。
向こうも自分の存在を良く思ってないはずだ。
そう己の考えを再確認し改めてサマンサを見据えた。
「サンから聞いたの…貴方の事を。貴方に、謝りに来たの」
不安げに両手を胸の前でぎゅっと握りながらサマンサは言う。
容姿といい、醸し出す雰囲気といい……自分の母親とは見事に正反対な女性だなとリアムは思った。
「……謝る事とは?」
あくまで冷たく突き放す。
サマンサが悲しげな表情でぐっと身を硬直させたから思えば目を伏せながら言葉を続けた。
「……例え義理でも、貴方の母親なのに、貴方を守らなかった事。母親としての義務を放棄していた事よ」
「……」
確かにリアムの生みの母親であり前王妃だったビクトリアがこの国を去ってから、いやそれよりも前からサマンサがリアムをまともに顧みた事は一度もない。
しかしながらリアムは、
「そもそも僕は貴女に母親の役割を求めていませんが」
「!! ……そう」
冷え切った声で事実を伝えるとサマンサは一瞬目を見開き、直後眉が下がってより悲しげな表情になった。
「そんな顔をなさらないで下さい。…後で "国王" からお叱りを受けるのは僕なんですから」
「……っ」
「用件はそれだけですか? それなら…」
『帰って下さい』と言おうとしたらサマンサが再びリアムの顔を見た。
その目は先程からの気弱さは消えて覚悟を持った力強い眼差しだった。
「…何でしょうか」
「リアム……私の事は許さなくていいわ」
「…は?」
「当たり前だもの。私が、貴方と貴方のお母様を苦しめたから。一生恨まれて当然だと思ってる」
「……」
「だから、許さなくてもいい。でもね……出来る事なら、私は貴方と親子の関係を築き直したいの」
「……勝手ですね。虫唾が走る」
あまりにも辛辣な言葉だが、リアムがそう思うのも無理はない。
いくら母親の暴挙に巻き込まれた被害者だとしても、リアムとリアムの母親を苦しめた元凶だった事実は覆らない。
それに今迄……ずっと "父親" が作り上げた安全な場所で守られ続けていたのだ。
リアムがどれほどの孤独に苛まれていようと苦しんでいようと、ずっと見ないまま…知ろうとしないまま生きてきた女なのである。
「…それでもいいわ。……だって今迄私は『貴方のお母様が外国へ嫁いでどう接して良いのか分からない』とか『貴方にとって私はただ憎いだけの相手だから』とかずっと言い訳を探しては逃げて来た。今、その報いが来ただけ」
しかしサマンサは折れなかった。
それほどまでに、イーサンからリアムがどれだけ追い詰められていたのかを知って…例え義母という立場でも、母親としてリアムと向き合わず逃げ続けた事を本気で悔いているのだ。
もっと関わろうとすれば良かった。
例え睨まれようと罵られようと、リアムの事を知ろうとすれば良かった。
そんな強い "後悔" が今のサマンサを突き動かしていた。
「……」
「今日はひとまずお暇するわ。…またね、リアム」
何も言わないリアムを余所にサマンサはそれだけ言い残して、また静かに部屋を去って行ったのだった。
〜〜〜〜〜〜
「______話は以上だよ」
「そう……だったのか、」
淡々と事の次第を話したリアムにイーサンは戸惑う。
普段控えめでお淑やかな母がめげずにリアムと向き合おうとしたのも意外だったがそれ以上にリアムの…母親に対する拒絶の強さに驚かされた。
リアムはかつてイーサンに対してもわかり易いほどに嫌悪を露わにしていた。
しかしそれは自身の暗殺未遂容疑が掛かっていたからこそである。
だからイーサンの濡れ衣が晴らされた今現在はリアムの態度が軟化している。
しかし、サマンサに対しては血の繋がらない形だけの親子関係と実母との確執によって……二人の間には簡単に埋まらない溝があるのだ。
(……どうすれば、その "溝" は埋まるんだろうか)
「でも…アレだな! 母上とお話出来たし、少しずつ仲良くなればいいんじゃないか?」
イーサンは母と弟の二人の関係を心配しながらリアムを励ますべく勤めて明るく振る舞った。
「……」
しかしリアムの表情は曇ったまま俯いて何も言わない。
「別に、不仲のままでもいいんじゃないですか?」
ひどくあっさりした声でエキドナが行った。
「!」
「えっ?」
その言葉にリアムが顔を上げて反応し、イーサンが戸惑う。
「簡単に変われる訳ないでしょう。その件に関してはサン様と状況が違いますし。…多分リアム様だって今迄何も感じなかった訳じゃないでしょうから」
真っ直ぐ遠くを見つめながら語るエキドナの表情はひどく冷静で大人びている。
「深く傷付いたり、印象に残ったり……何かしらの心の "跡" になったものは簡単には変わらないし、治りません」
スッと顔を僅かに下げたエキドナの明るい金の目から何故か…暗い翳りが見えた気がした。
「だから、ゆっくり…ゆっくりと時間を掛けて向き合って行くしかないんじゃないですか? ……焦らず確実に、自分と向き合い続けるんです」
リアムへ向けた言葉であるはずなのに……その姿はまるで自分自身に言い聞かせているようだとイーサンは感じた。
「「……」」
エキドナのどこか憂いを帯びた姿にリアムとイーサンは思わず不思議な気持ちを持ったまま見つめてしまう。
「……」
そんな二人の視線に気付いていないのか、エキドナは前を向いたまま静かに瞼を閉じ……また静かに開いた。
力強い意思を感じる瞳だった。
「…まぁアレですよ! おとぎ話なら『めでたしめでたし』でしょうけどここは現実ですからねぇ。リアム様だって今迄色々我慢してた分、簡単に割り切れないでしょ。ふとした瞬間に殺意湧いても当然だと思いますよ?」
先程までの雰囲気とはまた変わってエキドナはコロコロと明るい調子で二人に顔を向けながら言ったのだった。
「「……」」
相変わらず纏う雰囲気が矢継ぎ早に変わり続けるエキドナの性質にまだ慣れていない二人が密かに驚き、何も言えないままでいた。
そんな二人をエキドナが少し困ったように微笑む。
「……けど、そうですねぇ。今迄と違うのはいざとなったら正面からケンカして怒鳴り合えるお兄様が出来た事ではないですか?」
「!! …そうか、そうだよなっ」
「……!」
その言葉にイーサンが顔を明るくして納得し、リアムは少し目を見開いて固まる。
「あと微力ながら……私は感情表現ヘタなので、言い合いは向いてないですけど…ムカついた時はいつでも剣の相手をしますよ?」
今度はリアムを見ながらいたずらっ子のようにエキドナは二ヤリと笑うのだった。
「……エキドナ」
「はい?」
(やはり貴女は正直な性格の割にいつも何処か掴み所がなくて、本心がわかりづらい。…でも、)
「………………ありがとう」
(全部全部、僕を想って言ってくれた言葉なんだという事は…よく理解出来たよ)
僕は一人じゃない。
そう思うとどこか胸の辺りがポカポカと温かくなっていく感覚がした。
「! …どういたしまして!」
初めてお礼を言われて顔を綻ばせるエキドナにリアムは温かい気持ちのまま優しく見つめ続けたのだった。
〜その後〜
「エキドナ、僕の事はこれからリーと呼んで」
「? どうしたんです急に」
「……イーサンだけ愛称呼びだと不自然でしょ」
「あ、」
それもそうか。
下手したら不貞を疑われかねない。
「わかりましたリ「敬語も外す事」
…えらい色々要求してくるな。どうしたほんと。
「わかりま…じゃなくてわかったよ。でも流石に不敬過ぎるんじゃないです……ない?」
「気になるのなら公衆の面前では敬語でいいよ」
それはそれで切り替え難しそうだな。
「わかりまし…わかったよリー様」
今迄ずっと敬語で話していたから難しい。
「…しばらくは話しづらいかもしれないけど、そっちの話し方の方が…安心する」
あぁそういえば、
「そういえば私への敬語外れてま、外れてたねリー様」
「……今気付いたの?」