綺麗事
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声に気付いてリアムから離れる。
「えっとこれはですね〜」
両手を上げ冷や汗をかき、引き攣った笑顔で言い訳しようとする。
なんか痴漢やったおじさんみたいな口調になってるし。いや不本意過ぎるわ。
「…貴女にはペースを崩されっぱなしだ」
リアムはとっくに泣き止んでおり涙を拭きながら愚痴っぽく言葉を零した。
ずっと抑え込んでいた感情をさらけ出し泣くだけ泣いたので気持ちの整理が出来たのであろう。少し気恥ずかしそうだが、いつもの冷静さが戻っている。
「…先程の、僕を殺そうとした犯人の事だけど…。現王妃でなければジャクソン公爵家だ」
(やはりか)
「は!? 『ジャクソン』ってお前の親戚じゃないか!! どういう事だっ!?」
衝撃を受けているイーサンに対してエキドナは冷静に受け止めていた。
「つまり…元々僕を殺す事が目的じゃなかったんだ」
未だ驚いているイーサンに説明するようにリアムがイーサンを見ながら言葉を続ける。
「前王妃が去った後『味方が公爵家しかいない』と当時の僕に思い込ませて現国王夫妻とお前から引き離す。そして裏で思うままに僕を操る事が目的だったんだろう。……むしろそれ以外の者の犯行ならそれこそ "あの" ジャクソン公爵家が黙っていないし犯人を探し出すはずだ。探さず静観しているという事は、そういう事なんだ」
「なっ…」
余りの暴挙にイーサンが言葉を失い、
「ひどい! ひどすぎる!! そんなひどい話聞いた事がないッ!!!」
激怒した。
「サン様っ 落ち着いて下さい!」
今にもジャクソン公爵家のところへ殴り込みに行きそうなイーサンを慌ててエキドナが宥める。
「そうだよ落ち着いて。話はまだ終わってないから」
「「へ?」」
まだ終わってないの?
するとリアムは呆けているエキドナとイーサンに対してニヤッ…と笑った。
そう『ニヤッ…』とだ。
大事な事だから二回言った。
普段なら爽やかで善良そうな『キラキラ王子様スマイル☆』なのにその笑顔は明らかにドス黒い何かが含まれている真っ黒な笑顔だった。
……それなりに付き合いは長いはずだけど、そんな笑顔初めて見たわ。
「…今後もジャクソン公爵家には大人しく従っているフリは続ける。でも何年掛かるかはわからないけど…いずれ家ごと潰してやる」
腹黒そうな顔で笑いながら言いのけたのだった。
予想外の状況にエキドナはイーサンと一緒に固まる。
(え? 幻聴と幻覚かな? いや〜ここ最近疲れが溜まってて☆)
「僕を良いように利用した事、逆に利用するだけ利用した後で後悔させてやる…!!」
幻聴じゃなかったーーーーッ!!!!
リアムの急激な変化もとい進化に対してエキドナとイーサンは、
((こいつ急に腹黒にジョブチェンジした…!!))
とドン引くのであった。
腹黒王子爆誕の瞬間である。
「二人共…この事を知ったからには協力してくれるんだよね?」
久々登場の笑顔圧でリアムは二人に圧力を掛ける。
……以前から『こいつSっぽいよな』とは思っていたが明らかにドSの精度が上がっている。
多分色々吹っ切れた結果なんだと思うが私達はとんでもないモンスターを生み出してしまったのではなかろうか。
「……私に出来る範囲であれば!」
くぅっと早々にエキドナは腹を括った。
怖いもんは怖い。
「ぐ、具体的に何をすれば良いんだ?」
カチコチになりながらイーサンも覚悟を決めたらしい。
そんな反応を示す二人にリアムは少し口元を緩める。
「今日のところは何もないから解散だよ。また後日連絡するから」
表情を切り替えてまたいつものにこにこ笑顔で言ってのけるリアムに対して二人は「「…了解しました」」と返事をするしかなかった。
目に見えない圧力のようなものを感じて気付けば二人して既にリアムの下僕っぽくなっている。
開花したて腹黒ドSの調教力がヤベェ。
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「お待たせしましたお嬢様ッ!!」
心配して急いで来たようにエミリーが早足でエキドナの元へ駆けて行く。
「私は大丈夫だよ。……色々あったけど」
自身から斜め左方向に視線を移して遠くを見る。屋内だが黄昏ているのだ。
「はぁ…。お嬢様がご無事なら良かったです。では帰りましょうか。馬車の手配も終えております」
自業自得ではあるが前回の怪我が原因でエミリーは少し過保護になった気がする。いや私が悪いのだが。…当分は無茶な行動を控えておこう。
「ではエキドナ、また」
「じゃあなエキドナ」
「お前も早く帰れ」
「え、」
相変わらずリアムはイーサンへの対応が冷たいが前より随分緩和されている。エキドナは安心して微笑んだ。
(良かった。時間は掛かるとは思うけど、いずれはこの二人も仲良くなれるかもしれない…)
そう思いながらふと、先刻の泣いているリアムの姿を思い出す。
王子という立場もあるけれど…多分今迄ずっと独りで耐えてきたからこそ、リアムは他者を簡単に信じる事は出来ないだろう。
それでも良い。
……私だって、偉そうに言える立場なんかじゃないから。
「……」
「? お嬢様どうされましたか?」
綺麗事は嫌いだ。
だってその人の理想論を、苦しんでいる当事者に押し付けているだけだから。
何も解決しない。役に立たない。ただの自己満足だから。
…結局、『何も知らない』人に限って "きれい" な言葉を並べたがる。現実を見る気も……助ける気もない癖に。
だから、私は決してそんな事はしない。
言われた側にとってどれだけ残酷な行為か知っているから。
(…だからこそ今、私が思っている正直な気持ちを言葉にしてリアム様に…)
「リアム様」
「…? 何?」
「信頼しなくてもいいんです。『沢山の人を理解しろ』と言いません。…でも、せめて "貴方に敵意を向けていない人" の事だけをちゃんと見てほしいんです」
リアムの目を真っ直ぐに見つめる。
私の事も、兄の事も。
少なくとも私達二人は『リアムの味方なんだよ』と、そんな思いを言葉に乗せた。
「……」
リアムは何も答えなかった。
けれどエキドナの目をただ静かに見つめ返している。
(…うん、今はそれでいい。それで十分だよ)
「ではまた。失礼します」
穏やかに微笑みながらぺこりとお辞儀してエキドナはエミリーと共に部屋を出たのだった。
「「……」」
室内には二人の王子が残された。
「帰れよ。それともまだ何か用があるの?」
リアムの言葉はやはり冷たいが一応話を聞こうとしてくれているとイーサンは感じた。
「もう少し話したい」
「…そう」
イーサンの言葉に素っ気無い態度と返事をしたリアムだが、部屋から無理矢理追い出す気配はない。
「「……」」
部屋はしんと静まり返っている。
しかしイーサンはその静けさと対比するように自身の心臓をバクバク早鐘のように鳴らしていた。
(きっ緊張する…。でも、やっとリアムに本音を言えるチャンスなんだ。頑張れ俺!!)
自分自身を鼓舞しながらイーサンは口を開いた。
震える両手を下でぎゅっと握り締める。
「あ、あのさっ…!」
「何」
「俺っ! またお前に会いに行くから!!」
「いや来なくていいけど」
「!!!」
バッサリ振られた。
あまりのショックにイーサンが固まる。
「え…なんで…?」
青い顔でプルプル震えながらリアムに尋ねる。
「……逆に何故いけると思ったの?」
そんなイーサンに対してリアムは呆れ顔だ。
「だっ、だって…俺達兄弟だし…」
「母親は違うけどね」
また情け容赦なくリアムがぶった斬る。
「……」
思わずイーサンは言葉を失い項垂れたのだった。
(これは…やはり、俺はリアムと仲良くなる事は出来ないのか? ……うん、リアムもさっき俺の事を『憎い』って言ってたもんなぁ…)
改めて簡単にはいかない現実にイーサンは落胆する。見通しが甘かった自身の考えの浅さにも。
「そもそも、お前が僕に関わるとお前の "両親" が嫌がるだろう。…………僕は "父親" に特に嫌われているから」
俯き僅かに悲しそうな声でリアムがポツリと呟く。
最後の言葉はとても小さな声だったが隣に立っていたイーサンは聞き逃さなかった。
この時、イーサンは覚悟を決めた。
「やっぱり…俺はお前に会いに行くし一緒にいるから」
「は? さっきの話聞いてたの?」
「聞いてた」
「じゃあ何で」
「絶対一緒にいるからっ」
「…本当、わからない。僕と一緒に居てお前に何の意味があるんだよ!」
「あぁ、もうっ! うるさいなぁっ!! …とにかくもうお前を絶対一人にはさせないから!!!」
「なっ…!!?」
言わんとする意味を理解せず…いや正面から受け取ろうとしないリアムの態度にイーサンがとうとう痺れを切らして怒る。
その勢いのまま叫んだ。
「これからは何があってもお前から離れないッ!! 嫌がられたって構わない!! ずっとそばにいる!! いるったらいるんだ!!!」
「……どうしてそこまで」
「たとえ母親が違くてもっ リアムは俺の大事な、たった一人の弟だッ!! ずっとお前とわかり合いたかったし!! 大切にしたいと思っていたからだ!! わかったか!!!」
怒りで顔を紅潮させ紺の瞳に涙を溜めながら。
ぜーっぜーっと荒い呼吸を繰り返しながら、イーサンはありったけの勇気を振り絞って思っていた事全てをリアムにぶつけた。
「……!!」
余りにも真っ直ぐ過ぎるその姿に…リアムは嫌でも、兄の自身へ向けた不器用な愛情に気付かずにはいられなかったのであった。
気付いてしまった時には先程泣きすぎて枯れたと思っていた涙が…また溢れ出しそうになっていた。
サッと下を向いて手で顔を隠す。
(屈辱的だ。よりによってあいつなんかに…ッ!)
それでもどこかで安堵している自分が居て…その事実がよりリアムに腹立たしさを与えるのだった。
「…さっさと帰れ馬鹿兄上」
先程よりも小さな声で呟く。
バッ!!
かなり小さな声だったのに聞こえたらしく、すかさずイーサンが反応した。
ウザいくらいにじ〜んと感激し目をキラキラさせてリアムを凝視している。
そんな姿を見たリアムは出掛けた涙が引っ込み思わず真顔でイラっとした。
「いっ今…『兄上』って…!」
ボフンッ!!!!
そばにあったクッションをイーサンの顔面へと見事に命中させながら、
「さっさと帰れ馬鹿イーサン」
低い声で吐き捨てたのだった。
そんな無慈悲な対応をされながらもイーサンは鼻を赤くしつつ嬉しそうな顔で笑っている。
「また来るからなー!」
結局言いたい事だけ言って手をブンブン振りながらイーサンは笑顔で部屋から出て行った。
……正直な話、リアムにとってはイーサンが頻繁に来られてもジャクソン公爵家に怪しまれ干渉されややこしい事態になり兼ねない。
だから断ろうとリアムは口を開き…
「僕がいいと言うまで当分は来るな!」
考えていたのとは違うニュアンスの言葉が……勝手に音となって出て行ったのであった。