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激白


________***


リアム専属の侍女に案内されるままエキドナとエミリーはリアムの部屋まで歩く。

今迄はテラスや庭園、『〜〜の間』のような一室で定期お茶会をやっていたのでリアムの部屋に行くのは初めてである。


部屋の前まで着き侍女がコンコンと扉を叩きながら「リアム王子、エキドナ様とエミリーを連れて参りました」と言った。


「どうぞ」


リアムの短い返事が聞こえ侍女が扉を開ける。

そのままエキドナは部屋に入りエミリーもそれに続こうとした。

しかし侍女がそれを制止する。


「エミリーは私と共にこちらへ」


「…どういう事でしょうか」


「リアム王子のご指示でございます」


チラリとエミリーがエキドナへ気遣わしげに視線を向けたのでエキドナも『大丈夫だから』と気持ちを乗せて頷き答える。


「…畏まりました。お嬢様、またお迎えにあがります」


「いってらっしゃいエミリー」


そのまま侍女に連れられエミリーは後ろへ下がる。


パタン


扉が閉められエキドナだけが取り残された。



「……」


キョロキョロ周りを見てエキドナはリアムを探す。

王族だけあって部屋はあり得ないほどに広く豪華だが…どこか虚無感を感じる寂しい部屋だった。


「エキドナ、こちらです」


声が聞こえた方へそのまま歩く。

ベッドかと思いきやリアムは玄関口の部屋からそのまま繋がっている客間らしき一室のソファーに座っている。服装もいつもと同じだ。


「お久しぶりですリアム様。具合が悪いと聞いたのですが大丈夫ですか?」


「ええ、まずまずです」


微笑んではいるものの少し疲れている様子だった。リアムが片手で示して向かいの一人掛けソファーに座るよう促す。エキドナも大人しく座った。


「貴女の方こそ怪我は大丈夫ですか?」


「完治しました」


「そうですか。…跡が残らなくて良かった」


「…あの、どうされたんですか? リアム様の部屋に私を呼ぶなんて」


どうされたもこうされたも、一週間前の自身(エキドナ)の行動に関するものと思われるのだが。

イーサンと関わり続けた事を改めて咎められるのか、剣の試合と称してリアムのプライドをへし折った事を言われるのかそれとも傷害罪…?

グルグル思考を巡らせるがどれが正解かわからない。あ、ひょっとして全部?

そう思いながらリアムの言葉を待っていると彼が口を開いた。


「三年前の、僕への暗殺未遂の件です」


「! …あの、リアム様サン様は…ッ」


『そんな事をする人間には見えない』と言いかけたエキドナにリアムが声を被せるように言い放つ。


「改めて調べ直しました。……イーサン・イグレシアスが犯人ではなかった」


「!!」


(もうそんなところまで調べていたのか!!)


驚きでエキドナが息を飲む。

先刻の『リアムは何か調べ物をしているらしい』というイーサンからの情報により、リアム自身の身辺やイーサンについて辺りで何かを調べていそうだとは思っていた。

しかし何かしらの証拠を見つけた上で『イーサンは無実』と結論付けるところまで行っていたとは思わなかった。


「…根拠は何ですか?」


勤めて冷静な態度で確認する。

リアムは頷き淡々とした口調で説明した。


「暗殺に使われた毒蛇の入手ルートを探したのですが非常に巧妙で、かなり複数の仲介役の人間を間に挟んでいて犯人特定までには至りませんでした。…でも裏を返せば『当時のイーサン・イグレシアスがそれほど精密な計画を立てる事が可能か?』という事になります。念のため当時の彼の身辺も洗いましたが疑わしい人物は誰一人居なかった」


「なるほど」


エキドナは納得して頷いた。

もし仮にイーサンがリアムの暗殺計画を立てていた場合、当時五歳のリアムに対しイーサンはまだ六歳。

百歩譲って『天才』と称されているリアムならまだしも王族とは言え普通の六歳児が身元がバレないように複数の仲介役を用意して毒蛇を準備する芸当が出来るとは考え辛い。そもそもイーサンはその複雑な出自故に離宮から出た事がなく行動範囲も人間関係も極めて狭いのである。

そうなると次にイーサンからの要望を受けて動いた第三者の存在を疑う。

優れた頭脳を持ち人脈に富んだ大人なら計画を立てても不自然さはない。けれど当時のイーサンにはそれらしき人物も居なかった…と。

確かにこれは段階を踏み着実に調べ上げた立派な証拠だ。

皮肉ではあるが、イーサンの無実が被害者であるリアムの手によって証明された瞬間だった。


安堵で息を吐くエキドナに対してリアムは沈痛な面持ちで言葉を続けた。


「つまり、僕を殺そうとした犯人は "現王妃" か、或いは…「母上はそんな事しないッ!!!」


大声と共にイーサンが勢いよく壁際から飛び出して来た。


「なっ…!! なんで、お前が!!」


「エ、エエエキドナ達と別れた振りをしてっ、こっそりついて来たんだ!! だ、だってこうでもしないと話せないから…っ!!」


すかさず立ち上がり睨むリアムに対してイーサンがビビり気味で答える。

あがり症が出て言葉も噛み噛みだ。

ちなみにエキドナもとエミリーはイーサンが付いて来ている事を気配で気付いていたが敢えて黙認していた。エキドナも二人に合わせて無言で立ち上がる。


緊迫した空気の中、そのまま二人の王子の口論が始まった。


「母上は優しいお方だ!! お前の事だって陰ながらずっと気に掛け続けていたんだぞ!?」


「…お前はそう思っても、現王妃の心中は違うかもしれないぞ? 僕が消えればお前が次期国王だ」


「俺は『王様になりたい』なんて一度も言った事も望んだ事もないぞ!!」


「お前が望んでなくても周りが勝手に持ち上げるものだよ。自分の意思とは関係なく、ね」


フッと自嘲気味にリアムが笑った。

その笑みを見つめたままイーサンが動きを止める。


「……前から思っていたが、お前本当は王様になりたくないのか?」


「何?」


「いや…お前は俺よりもずっと頭が良いし家柄や才能にも恵まれてるから良い王様になれると思う…………でも」


そのままイーサンが口を閉じ……改めて開いた。


「リアム、これは俺がお前と関わりたいと思った切っ掛けだったんだが」


紺色の目がサファイアの目を真っ直ぐに…けれど心配そうに見つめる。


「時々、何かを諦めて辛そうにしてるように見えた」


「!!」


瞬間、リアムが目を見開いて固まった。

その状態から俯き…………大きく震え始める。


「……お前にっ…お前にだけは言われたくなかったッ!!!!」


リアムの強い怒りの叫びと感情が部屋全体に放たれて、その衝撃で今度はイーサンとエキドナが固まったのだった。


「え…どういう意味だ」


「言葉通りの意味だ。お前は何もわかってない!! 僕の事も、"両親" の事も、何も…ッ!!」


眉間に皺を寄せイーサンを睨むリアムの瞳は怒り、憎しみ、そして…悲しさが混じっていた。

そんな鋭い視線を受け怯えながらもイーサンは気丈に振る舞う。


「…確かに、俺の母上の所為でお前の母上は…」


「違うっ! そこから事実とは全然違うんだ!」


リアムは激しく被りを振る。


「僕達の父親、バージル・イグレシアスとお前の母親、サマンサ・トンプソンは学生時代から将来を約束し合った仲らしい。…それを気に食わなかった僕の母親、ビクトリア・ジャクソンが権力を使って無理矢理引き裂いたんだ!!!」


「「!?」」


驚愕の新事実に二人がまた固まった。


(え? 現王妃が国王と前王妃の関係を壊したんじゃなかったの!?)


「よく考えてみろ、僕が物心ついた時から僕と母上の元へ父上は何回訪ねて来たと思う? ……片手で足りるくらいしか来た事なんてない! 当然だ。母上と父上の仲は最悪で会っても言い合いばかりしていた」


フンッとリアムが鼻で笑った。

どれだけ自分の両親の冷え切った関係に嫌悪しているのかが伝わって来る。


「母上も母上だ。父上を想っているから結婚したんじゃない。『自分が王妃に相応しい』と信じて疑わなかったから結婚して "僕" を産んだんだ!! 『リアム、貴方は私と同じ才を持つ者として完璧でありなさい』…『あの父親(おとこ)とは違う完璧な王になりなさい』。何千回何万回と言われ続けたっ!!」


その青い瞳はまるで全てを焼き尽くさんが如く真っ青な怒りで燃えている。


「結局僕には自分の願望ばかり吐き続けて一人で勝手に出て行った! 僕を捨てたんだ!! …そうしたら今度はジャクソン公爵家のニコラスお祖父様とコリン叔父上が僕に色々指示して監視し始めた!!」


ずっと抑え込み続けた怒りは、溢れ出して止まる事を知らない。


「誰も僕を人間として扱わない!! "次期国王で欲望のための駒" として扱うんだっ…そんな周囲にはもうウンザリしていた!!!」


全力で怒ったからだろう、呼吸が荒く大きく息を吸って吐く動作を繰り返した。

…呼吸を整えた後にリアムがポツリ呟く。


「……だから、王位継承権はほぼないのに、家族に囲まれて幸せそうに生きるお前が、憎くて仕方がなかったっ」


「……!」


イーサンが目を見開く。


一見すると、時には『妾の子』と言われ蔑まれ辛い思いをして来たイーサン。複雑な出自故に狭い場所でしか生きる事が許されなかったイーサン。

しかしそれは同時に…両親の愛情で守られ続けていたという事でもあった。だからこそイーサンは優しくて温かい人間に育ったのだった。


リアムが力無く俯いたまま言葉を続ける。


「……家族に、無償で大切にされているお前がずっと疎ましかった。だって僕は『自分は跡継ぎとして求められているんだ。…それが無くなったら何が残るんだ?』っていう考えしかいつもなかったから」


「……っ」


エキドナは無言で唇を噛む。

リアムの事を完全に誤解していた。

確かにリアムは天才だからこそ人への理解や関心が薄いところがあるにはあるのだろう。

けれどそれ以上に、




他者(ひと)に自分を理解して貰うのを諦めた代わりに、他者を理解しようとする気持ちがなくなっていたのだ。




「「「…………」」」


緊迫した空気が三人の間を流れる。


今迄聞いた事もなかったリアムの激白を聞いたイーサンは言葉を失っていた。

何か言おうと口を動かしても、何も言葉が出てこない。



「…リアム様」


ずっと静観していたエキドナがリアムに声を掛ける。


「……?」


全てを晒し切ったのだろう、リアムが力無いままエキドナの方へ顔を上げた。


「もう王子やめちゃいましょう」


「はぁ!!?」


「なっ何を…!」


リアムとイーサンが酷く驚いている。当然だ。

しかしエキドナは構わず続ける。


「幸いサン様も居ますし貴方が王子をやめたってどうにかなりますよ」


「え、」


「…言ってる意味がわからない」


リアムの声に凄みを増した。

(イーサン)が居るから自分(リアム)が居なくても問題ないと解釈しているのかもしれないが、違うので気にせず続ける。


「そんなに後継ぎが辛いなら王子やめて一緒に逃げましょう」


「…貴女と?」


「そうです。私だけ国に残っても共謀罪とかで咎められそうですしね。まぁ何とかやって行けますよきっと。お付き合いします」


クスリ、と良い悪戯を思い付いたように楽しげにエキドナは微笑む。

リアムが理解出来ないと言わんばかりに困惑して尋ねた。


「なんで、そこまでするんだ? 貴女に何のメリットがある」


「…敢えて言うなら、リアム様を取り巻いている "周囲の大人達" にムカついたから…ですかね。国のため国民のために貴方一人が犠牲になるのは頭おかしいから」


言葉と共に目に暗い翳りを写しながらエキドナは目を伏せ冷笑する。


前世の自分も年齢的に大人だったが、いつまで経っても『罪のない子どもを利用する大人』には心底反吐が出る。

……地獄に堕ちてしまえ、と本気で思っている。

子どもにだって感情がある。一人の人間なんだ。…人権だって、ちゃんとあるんだよ。



そのままエキドナは両手の拳を肩まで上げて明るく笑顔で言い放った。


「大丈夫! 貴方を犠牲にしないと成り立たない国なんてどの道いつか滅びます!!」


「「…………」」


思いがけない発言の数々にリアムもイーサンも言葉を失う。


客観的に見ればエキドナの理屈は滅茶苦茶で、自分勝手で…非現実的だろう。

けれど、彼女の震える声が、強張りながらも優しく微笑む表情が……そんな言い方をするのは "次期国王リアム王子" ではなく "ただのリアム" として、彼の苦しみを取り除いて…彼が幸せに生きられる未来を真摯に案じているからこそであるのが、二人にはよく伝わっていた。



沈黙が続く中、


「フッ…フフッ、アハハ、アハハハハ!!」


突然リアムが壊れたように大声で笑い始める。

あまりの出来事にエキドナとイーサンはギョッとしてリアムを見た。


「フッ…貴女って、人、は…、ッ、他の人が、聞い、ていたら、即、反逆罪で、捕まるよっ…」


笑いを堪えながら言うリアムの瞳からポロッ…と涙が一つ零れ落ちる。


「「!!」」


「! …え、な、んで…!?」


リアムは慌てた様子で、けれど未だにボロボロと涙を零し続けている。

自分自身でも止められないようだ。


(…こんな状態になるまで、ずっと一人で耐え続けていたのか)


今迄見た事がない(リアム)の姿を見てオロオロし始めたイーサンを余所にエキドナはリアムの元まで早足で駆けて行く。


「…リアム様、失礼します」


自分の涙で混乱しているリアムを、エキドナはそのまま正面からぎゅっと抱き締めた。


「!!!? ちょっ、何を」


思わず離れようとするリアムをより一層ぎゅうっと抱き締め返す。


「っ……! う、うあ…うっ」


段々とリアムの身体から力が抜けて行き…最後にはエキドナにしがみつくようにリアムは抱きついて声を上げ泣いたのだった。


小さな子どもをあやすようにエキドナはリアムの背を優しくさする。

…リアムの激しい泣き声を聞きながら、エキドナは胸の内で独白した。


(わかるよ。痛いくらいにわかる。貴方ほどではないけど…私も似た環境で育って来たから)


エキドナは、…前世の "私" はよく知っている。


取り乱すくらい傷付き壊れてしまいそうなくらい辛い気持ちになった時は、誰でもいいから優しく抱き締めてほしい事を。

……私自身、あの時誰かに抱きしめてほしかった…。だからこそ。


そう思いながらエキドナは黙って抱き締めリアムの背中をさすり続けた。

『辛かったね』『苦しかったね』『もう大丈夫だよ』『貴方は一人じゃないよ』と未だ泣いているリアムに心の中で声を掛け続けながら。

…しばらく彼の泣く声は続いたが次第に声が小さくなり、最後は静かになった。



そして段々冷静になってきたエキドナは内心かなり焦り始める。


「……エキドナ」


(…よく考えたらこれって逆セクハラ? でもこういう時は抱きしめた方がいいよね? でも相手がタメの王子ってうーん)


「エキドナ!!」


リアムの強い呼び掛けにエキドナはハッと現実へと呼び戻されるのであった。


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小説家になろう 勝手にランキング ★多くの方にこの小説の存在を知って頂きたいので良かったら投票よろしくお願いします! 2021年6月24日にタグの修正をしました★
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