呼び出し
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「「……」」
アーノルド達も去り広場にはリアムとイーサンだけが立ち尽くしていた。
「あ、あの…」
「急用が出来たので」
何か声を掛けようとしたイーサンにリアムが淡々と告げてその場を去ろうとする。
「待て! エキドナの事は…」
イーサンの焦った声でピタリと立ち止まりリアムが振り返る。その視線は呆れを含ませ冷え切っていた。
「さっきのやり取りを聞いていたのにまだわからないの? 彼女は不問だよ。……オルティス侯爵に殴られたから無傷ではないけど」
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「姉さま、けがは大丈夫?」
「おねえさまほっぺたいたそう…! アンジェがあたまナデナデしてあげるね」
弟妹達から心配そうに見守られエキドナは自室のベッドで休んでいた。
一週間の療養という名の謹慎処分中である。
アーノルドが手加減していたものの全身擦り傷・打撲まみれで特に殴られた頬は腫れ上がり痛みで食事を摂るのも一苦労だ。
頭を撫でる妹の手を受け入れながらエキドナは自身の浅慮な行動を恥じていた。
(よくよく考えれば私はまだしも愛する家族まで処罰の対象に成りかねない事態だった…。我ながら軽率過ぎた…)
もしリアムが本気でエキドナを不敬罪か傷害罪…或いは殺人未遂で告訴していたら一族もろとも死罪だっただろう。考えただけでゾッとする。
元々自身のした行動にはどんな形であれ責任を取るつもりだった。
しかし自分の行動が無関係の誰かを巻き込み苦しめて傷付ける事は本気で望んでいない。エキドナにとって自分の所為で誰かが傷付けられる事は自分が誰かに傷付けられるよりも遥かにダメージが大きいのである。
何より人が集まり騒ぎになりかけていた。
後日、父の話でイーサンとリアムの会話は使用人達の位置がエキドナが見ていた感じよりも実際は離れた場所から見ていたらしく、幸いにも話の内容までは聞こえていなかったらしい。また父の登場やリアムの行動が人々の印象に残り大事には至らなかった。
…だが、もしも少しでも不自然な要素を見せていればエキドナだけでなくアーノルドやリアム、イーサンにも周囲からの好奇な視線や噂の対象、または噂される以上の危害に晒さねかねなかったのだ。
しかしそれと同時に、
「あああーやってしまったーっ!!」
実はエキドナは普段無表情キャラの癖にキャパ越えの強い感情だけはちょっと表に出るタイプだった。思わずその場で半泣きになりながら頭を抱える。
弟妹たちは突然の姉の奇行にギョッとして固まった。
リアムのプライドを剣の試合でへし折った事には割と後悔はない。
恐らくリアムのようなタイプの人間は実際に自分より優れている何かを持つ人間と本気で戦って負けない限り敗者の……弱い立場の人間の心を理解して思いやる事が出来ないだろう。そこは別に良い。
ただ、とにかく予想外だったのだ。
(昔サン様がリアム様を殺そうとしたって…)
エキドナとてイーサンが本当にやったとは思っていないが、リアムのあの時の表情や状況からでまかせを言ったのではないのもよくわかる。
つまりリアムの今迄の不可解な言動は全て自身を殺そうとしたと疑っているイーサンへの怒り、嫌悪、警戒心、そして…恐怖心だった。
またそんなイーサンからエキドナを内心はどうあれリアムは守ろうとしていてくれていたのだ。
それを知らなかったとはいえエキドナはリアムの心の傷を抉り、親切を仇で返し続けた。
リアムの今の心中はかなり苦しく不安定かもしれない。エキドナの心が暗くなる。
(私はどう対応したらもっと上手くやれたんだろう…)
「あの…姉さま?」
突然叫んだかと思えば暗い表情で黙って俯いた姉を心配してフィンレーが声を掛ける。
「……私ってほんと、ダメだわぁ…」
ボソッと低い声で呟いたかと思えば膝を抱えその上に顔を預けるように丸まってウジウジし始めた。どんよりとしたオーラを纏い頭から小さなキノコが生え未だ何かブツブツ小声で言っている。
「……うん。リア、姉さまを少し一人にしてあげようか」
言いながらアンジェリアを連れて部屋を出て行ったフィンレーは空気が読める有能な子だ。
そんな弟妹の気配が消えた事にも気付かずエキドナはしばらく一人反省会を続けたのであった。
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アーノルドに殴られてからはや一週間後。
「エキドナ…わざわざ来てもらってすまないな。怪我はもう大丈夫なのか?」
「はいサン様。色々とお騒がせして申し訳ありせんでした」
ぺこりとエキドナがお辞儀する。
ここはイーサンとよく使う離宮のとある一室。
一週間の謹慎が解けた後にアーノルドからイーサンがエキドナに会いたがっている事を伝えられた。そのため父親伝いで日程を決めて今日やっと会えたのである。
「エキドナっ 本当にすまなかった! 君を俺とリアムの確執に巻き込んだ挙句怪我まで負わせて…ッ!!」
今度はイーサンがバッと勢いよく頭を下げる。
そんな行動にエキドナは焦りつつ
「サン様…お気持ちは大変有り難いのですが王族が安易に謝るのはあまり宜しくないかと…」
「え、でも」
「…少なくともすぐ頭を下げたり『すまなかった』等の発言は今後やめた方がいいと思いますよ?」
王族としての自覚がイマイチ浅いイーサンにエキドナが出来る限りにこやかな表情で伝える。
「わかった…君がそんなに言うのなら」
イーサンも何とか納得してくれたようだ。
うん、毎度ペコペコされるとこちらの心臓がもたないから助かる。
そう思いながらエキドナはイーサンに尋ねた。
「あの…リアム様はあれからどうですか?」
途端にイーサンの顔が曇る。
「ジャクソン公爵家のところへ行ったり一人で何か調べ物をしたりしている…らしい。誤解を解くためにリアムの元へ何度か行ったのだが会えなかった」
「そうですか…」
まぁ無理もない。
やはりイーサンの暗殺未遂容疑自体濡れ衣のようだがリアムはエキドナほどイーサンの人柄を知らない。だから簡単には会えないだろう。…多分色々しでかしたエキドナも。
「今日はあまり体調が優れないからと自室で休んでいるらしい」
「リアム様が? それは珍しいですね」
エキドナが記憶する限りリアムが体調不良で休んでいる姿は見た事がない。とはいえここ数ヶ月の記憶なのだが。
(ひょっとしたら最近の心労が来てるのかな…私も原因の一つなのはよくわかってるけど大丈夫だろうか)
そうリアムを案じていると、
コンコン
「…どちらの使いで参られましたか?」
扉からノックの音が聞こえイーサン専属の侍女が素早く応対する。
「リアム王子からの使いで参られました」
「「!!」」
エキドナとイーサンはお互いの顔を見合わせた。
(え、これ私隠れた方がいいのかな?)
そんな考えが頭の中で過ぎる。リアムの婚約者が不仲説浮上中のイーサンと一緒にいるのは不味いかもしれない。
「……俺に何の用だ?」
内心焦って挙動不審気味になるエキドナを他所に初めての展開でイーサンが緊張しながら呟く。そんな二人を見守りながら侍女が穏やかに応対を続ける。
「用件を伺いましょう」
「そちらにいらっしゃるエキドナ・オルティス様へリアム王子から伝言を預かっております。恐れながらイーサン王子の部屋へ入室しても宜しいしょうか」
「「!?」」
(えっバレてる? バレてるの? バレてるぅぅッ!!? リアム様の情報網どうなってんだ…ッ!!!)
怖ぁ!!! と慄いたエキドナを他所にイーサンがチラッと遠慮気味にエキドナを見た。
ハッと意識を戻しつつ無言で頷く。イーサンも目で侍女に合図を送る。
「どうぞお入り下さい」
ガチャリとドアノブを回す音が聞こえて年配の侍女が入って来た。リアムとの定期お茶会でよく見かける侍女である。
『王族と侍女の間で間違いがあってはいけない』という目的のためリアムやイーサン達王子の世話係である侍女は王宮での業務経験が長く家格の高い年配のベテラン女性が勤めている。
ただ同じ王子付き侍女でもイーサンの元で働いているふくよかでよく笑う駄菓子屋さんのお婆ちゃんタイプとはまた違った…細身の厳格そうで如何にも仕事が出来そうな老婦人が二人のところまで歩き深々と臣下の礼を取った。
「イーサン王子におかれましてはご機嫌麗しく…」
「そのような挨拶はいい。エキドナに何の用だ」
「…畏まりました」
礼をやめて侍女が姿勢を正す。
理知的な表情を崩す事なく冷静な声が一室に広がった。
「リアム王子の部屋へエキドナ様とその侍女エミリーのみでお越し頂きたいとの事です」




