"ミア" にとってのシュヴァリエ 後編
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結局リード宰相の挨拶から国王、バージル・イグレシアスの挨拶へと移り滞りなく卒業パーティーのメインイベントである舞踏会が始まるのだった。このパーティーでリアムとイーサン二人の王子の父である王の威厳溢れる姿に改めて感動し賞賛の意を唱える者が大勢居る一方、チラチラとリアム王子の方を意味深に見つめていた事が気掛かりだったと、のちの関係者の口から明かされた。
また余談だが、婚約者が男装の麗人と化した極めてイレギュラーな事態に対してリアム王子は動じる事なくファーストダンスに誘ったそうだがとある令嬢の…
「リー×ドナ(♂)善き善き…。次の新刊はあの二人で決まりですな」
ボソッと呟く声に、リアムが一瞬フリーズしたのは言うまでもない。
「ああっ! なんという事かしらッ 二人の王子様が踊っているわ!!」
「なんて麗しい光景なの…!」
「嫌だわあたくしったら眩暈が…っ」
「なんで男装してんだよ…」
「なんでオレ達よりイケメンなんだよ…」
「何絵面だけヤロー同士で踊ってんだよ意味わかんねぇ。シンプルにキモい」
喜びの声を上げる令嬢達とテンション低めな令息達。風邪引きそうなくらいの温度差にエキドナは可笑しくなりつい笑いが込み上げてくる。
「こんな状況下で笑えるなんて良い神経してるねドナ。流石は卒業パーティーに男装してくるだけの大胆さがあるよ褒めてあげる。そもそも何故男装しているのかな? 目立ちたかった? 目立ちたかったの?? 祭りごとが好きなのは知っているけれどこの場は先輩達に譲るのが無難だったんじゃない? 何考えてんの? 自分の学年が卒業するタイミングまで待つかせめて事前に一言言ってくれれば妨害策も図ったのに貴女という人は…いや本当にどうかしてるんじゃないかな。大体貴女はいつも後先考えずに感情で動く傾向があるよね。今回も短絡的な理由でそんな愚行を起こしたという事かな? 本当、貴女は今迄大人しく何も問題起こさず社交をこなしていたから今回は油断したよ "今回は"。そういえば大人しくこなしてた割に貴女はいつも…」
「……」
否、ただの現実逃避である。
華麗なダンスを披露している中で早口長文なリアムからの小言、すなわち説教。それも極寒の吹雪を纏いながら貼り付けた笑顔でのたまうリアムに、エキドナは内心とても怯えるのだった。
(これ間違っても『リー×ドナ(♂)公式配給になっちゃったね☆』なんて冗談、口が裂けても言えない。片手で頭鷲掴みからの宙ぶらりんにされる)
容赦無さそうな絵面を想像しまた心の中で震える。
しかしながら曲の終盤からリアムの説教の終わりを一応感じて、エキドナはチラリとヒロインを盗み見るのだった。
可憐な主人公は相変わらずファンを名乗る男子生徒達から熱心にアプローチされているけれど、それに応える様子も無く静かにダンスホールを見守っている。
(ミアはこれからどう動くんだろう…)
この世界によく似た乙女ゲーム、『乙女に恋は欠かせません!〜7人のシュヴァリエ』。略して『乙恋』。
その内容を大まかに知っている友人のセレスティアが言うには、ミアは舞踏会が始まって少ししてから意中の相手に告白して両思いになり、甘い空気のままファーストダンスを踊り始めるそうだ。
(リアム王子ルート? フィンレールート? サン様? ニール? フラン? クラーク? それとも…)
「相手わかんなくて男装しちゃうとか思考ぶっ飛んでるけど……でもまっ、ドナらしいか!」
曲が終わり拍手が鳴り響く。
かと思えばミアの声がエキドナ達まで届き、二人の間に割って入るのだった。
「!?」
「! …ミア」
一瞬場が凍り次第にざわつき始める。
だが無理もないだろう。一国の王子とその婚約者の、例え曲が終わったところだとしてもダンスの間に入り込んだのだから。
「フローレンス嬢、これはどういう事でしょう?」
「リアム王子、突然のご無礼申し訳ありません…。ただ、どうしても踊りたくて…」
咎めるようなリアムの厳しい声にミアが深々と頭を下げる。
(ミア…)
金髪碧眼の王子様とお姫様のように可愛い美少女ヒロイン。そんな絵に描いたような容姿を持つ二人の姿をエキドナはただ呆然と、バクンバクンと鼓動が激しくなるのを感じながら見つめるしかなかった。
(嘘でしょ…まさかミア、貴女)
ミアが静かに立ち上がりメインヒーローたるリアムを真っ直ぐ見つめ、微笑んだ。
そしてゆっくり歩み寄り迷いなく手を伸ばし……口を開く。
「ダンスのお相手願えますか?」
王子ではなく男装女に。
「…………へ???」
「お騒がしてごめんなさーい!! あたしに構わず曲を続けて下さいな♡」
まさかのお誘いにエキドナはフリーズし思考が停止するのだった。
それを知ってか知らずかミアが明るい声で音楽隊の方へ声を掛ける。
「…え? 私…?? ……えぇ私ぃ!!? えっ? え? え!? ミアなんで…!?」
「はいはい話は踊る時に話すから〜。てか『え』多すぎっしょ! どんだけ戸惑ってんのウケる〜」
戸惑いつつもミアからの誘いを受けてエキドナは男性パートを踊り始める。余談だが前世からダンスは得意なので30分ほど練習すれば大体の踊りは自分のものに出来るのだ。
エキドナ軽やかにステップを踏みながらは目の前の美少女に尋ねるのだった。
「…良かったの? ファーストダンスで攻略対象とハッピーエンドって聞いたけど」
顔色を伺うエキドナにミアが明るい笑顔で答えた。
「いいのいいの! あたしはヒロインなんだし!! …いっそアレよ! 新たに『悪役令嬢ルート』が出来上がったって事にすれば大丈夫!」
「えぇ…なにその型破りな選択肢ぃ…」
エキドナが呆れているとミアは少し困ったように微笑み、かと思えばゆっくりした動作でエキドナに顔を近づける。
「そもそも、あたしね…」
「?」
声を潜めるミアに小首を傾げつつもエキドナは素直に耳を傾けた。
「は…? …え…!?……!!?」
そしてヒロインから告げられた衝撃の事実に言葉を失うのだった。
しかしながらエキドナの動揺に対してミアはあっけらかんとしていた。
「だから相手がドナでも問題ないの! まぁ心配性なドナちゃんのためにダメ押しで手は打っとくわよ」
「?……う…う、ん」
「何その反応! ドナったらほーんと…ウケる☆」
辛うじて事実を咀嚼した後、遠い目で黄昏れるエキドナにミアがぷっと吹き出し笑い出す。
人の気も知らず無邪気にコロコロと笑うミアの姿に……エキドナも自然と肩の力が抜け、ダンスを楽しみはじめるのだった。
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(…そもそも記憶を取り戻す前も後も、この学園に意中の相手なんて居なかった)
エキドナのリードに身を委ねながらミアは心の中でぽつりと呟いた。
まだエキドナとヴィーの二人が互いに剣を握り戦っていて、今世と前世の自分の記憶や人格がある程度まとまったあの瞬間を、ミアは淡々と振り返る。
『違う…違う! こんなの間違ってる!! 俺はこんな世界を作りたかったんじゃない!!!』
(最初はバドエンからハピエンに変わって、ヴィーがそうなったんだと思った)
『よぉミアッ! オマエも無事かッ!!』
(あの後ニールが来たから、今度はバドエンになった時にランダムで登場するキャラとしてニールが現れたのかもって思ってた)
__でも、たぶん違う。
頭ではわかっていても、ミアはもっと根本的な部分で実感し、確信していた。脳裏に浮かぶのは目の前の少女だ。
『ミア大丈夫!? 痛いところは無い!? 怖かったよね、辛かったよねっ…怪我は、…痛ッ!!?』
『わあぁぁぁ良かった…良かったよぉ〜…!!』
『説明は後! とにかく逃げるよ!!』
真っ先に己を助け、身を挺して守ってくれた姿が目に焼き付いて離れないのだ。
(……自分がボロボロになっても構わずあたしの事を庇ってくれた。守ってくれた。戦ってくれた。結局この世界は前世のゲームそっくりだけど全部同じじゃなくって…シナリオとしてはヴィーなのか、ニールなのかなんて誰にもわかんない。でもね、一つだけ、あたしなりに思えた事があったの)
思いながらミアがエキドナをわざとらしくじっと見る。
すると彼女はいたずらっ子を見つけたようにニヤリと口角を上げ、特徴的な金の目が温かく優しい色で自身を見つめ返していた。
予想通りの反応に満足したミアがはつらつとした笑顔をエキドナに振りまく。
(少なくとも、あたしにとっての… "この世界のミア" にとっての騎士は、間違いなくあなたよ! ドナ!!)
そう。この物語のヒロイン、ミアはシナリオなら想い人と見なされるファーストダンスの相手に悪役令嬢のエキドナを選んだ。
すなわち、これまでエキドナとミアの二人で育んできた努力と友情、そして勝利の結果……エキドナがミアによって悪役令嬢から "8人目のシュヴァリエ" へと昇格した瞬間だったのである。
(当たり前だけど前世の『乙恋』には『悪役令嬢ルート』なんてある訳無い)
だがそれでもミアは自分と目の前の少女… "この二人" だったからこそ、この世界で新たに手にしたルートなのだと強く思っていた。
(例えイケメンヒーローじゃなくて女の子同士でも、あたし達の間に恋愛感情なんて無いただのオトモダチでも。例え……乙女ゲームのヒロインと悪役令嬢だとしても、こんな物語が一個くらいあっても良いじゃない!!)
「せっかくのパーティーなんだからお互い楽しみましょ!」
「はいはい…なら任せてちょうだい、ヒロインさん!」
ミアの言葉にエキドナも仕方ないなという風に笑い、すぐさまステップで応える。
周囲からわぁっと歓声が上がるのも構わず二人は笑い合い、束の間のひとときを楽しむのであった。