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情動


________***


エキドナは未だ眠っているリアムをもう一度見守りながら彼の自室の様子や今迄の彼の姿を振り返り確信する。


(リー様は孤独なんかじゃない。ゲームの『リアム王子』とは違う)


ミアから聞かされた『リアム王子ルート』のメリバエンドやリアムが倒れた現状によりエキドナは本気で心配して(ここ)まで来てしまったのだが、それもただの杞憂に過ぎなかったと実感する。


(ゲームの世界の彼とは別人…この人は、きっと大丈夫だ)


そう思いつつ、珍しさからつい彼の寝顔を眺めていると……不意に今世の子ども時代の記憶が蘇った。


『誰も僕を人間として扱わない!! "次期国王で欲望のための駒" として扱うんだっ…そんな周囲にはもうウンザリしていた!!!』


(そういえば、昔リー様に『王様になるのが嫌なら一緒に逃げよう』って言ったな)


バカみたいな話かもしれないけれど、エキドナは本気だった。

あの時のリアムの周りには頼れる人間が居らず孤独で…にも関わらず、ほんの小さな子どもなのに生まれた立ち位置から母方の祖父と叔父に "心を" 利用されていた。


『……家族に、無償で大切にされているお前がずっと疎ましかった。だって僕は "自分は跡継ぎとして求められているんだ。…それが無くなったら何が残るんだ?" っていう考えしかいつもなかったから』


(ああいう孤立状態になればどんな相手でも、その陰にどんな汚い思惑があったとしても、例えどこかで悟っていたとしても言う事を聞いてしまう。… "自分は必要とされてる" って思いたいから)


きっと当時の彼には自覚も無かったであろう、他者(ひと)から頼られる事への嬉しさと責任感、自分自身を必要とされているからこそ生じる安堵感。

しかし真っ当な人間関係と呼べないからこそどことなく頼りなくて、目の前の大人を信じて良いのかと不安になって……。

でもこの人に縋らなければ自分は一人で生きられない。

そんな不安と恐怖に苛まれ支配される。そんな自分に幼心だとしても、不甲斐無さを覚え心細く感じるものだとエキドナは身をもって知っていた。


『お兄ちゃんは可哀想な子だから、××ちゃんがお兄ちゃんを支えてあげてね』


「……」


頭の中でこだまする声と共に浮かび上がったのは、自分でも制御出来ないほどにボロボロと涙を零し続けた幼いリアムの顔だった。


(ただ、あの時の苦しむ彼の姿が、前世(かつて)の幼い自分と重なった)


自分の都合を優先したいがためにそれとなく誘導する大人達。ただ安全圏で傍観しながら、ただ気分良くいたいから綺麗事を言って笑っているだけの大人達。


(そういう人間達(ゴミクズども)に集られつづける事がどれほど苦痛で、身も心も擦り減っていくものか…。あの時のリー様に仲間意識を感じた。だからどれだけ無謀とわかっていても、『一緒に逃げよう』と言ったんだ)


『そんなに後継ぎが辛いなら王子やめて一緒に逃げましょう』


(冷静に考えれば、あれ駆け落ち前提のプロポーズっぽかったよな)


一人思い出して苦笑する。

ただしエキドナのプロポーズ発言とは裏腹に、実際のリアムは逃げる事なく正統な王位継承者としての道をずっと歩んで来た。


(簡単にすべてを投げ出して逃げようと言ってしまえる私とは覚悟とか気持ちの強さとか、責任感が全然違う。あと周囲から良いように集られるどころかそれごと利用出来るだけの器用さもある。……私に少しでも貴方みたいな器用さと度量があれば、もっと違う結果になれたのかなー…)


自然と視線はリアムからベッドの端へと落ちて行き、この世界には居ない前世の肉親を思いながらエキドナは物思いに耽けた。


(リー様が私よりもずっとずっと賢くて要領の良い人間だとしても、もし今の歳のリー様が昔と同じように苦しんでいたら、間違いなく同じ台詞を口にするのだろうな。だって…ただ "幸せになってほしい" と思ったから)


エキドナとしては彼に抱いているこの感情は親愛、もしくは家族愛だと冷静に分析していた。


(だって私は男女の友情は基本成立しない派だし。…あ、でもニールは例外?)


やや思考が明後日の方向へ進みかけるけれども、また元の場所へ帰って行く。


(もちろん彼の事は大切に思っている。幸せになってほしいし、理解者でありたいと思ってる)


『幸せになってほしい』という温かな本心と同時に、エキドナの脳裏には『だがいずれはこの仮染めの関係は無くなり、リアムの隣にはヒロインのミアで無いにせよき相応の相手が寄り添うのだろう』という予想も淡々と流れていた。


「……」


彼の未来予想図を想像したエキドナはほんの一瞬だけ眉を寄せて、節目がちにリアムから視線を遠くへ外す。


「……」


静かに絨毯を見つめたのち、目を閉じ小さく息を吐いた。


__それでいい。それが良い。


(見た限りリー様はメリバエンドのみたいな人格障害も、そうならざる得ない環境でもない。家族も友達も居る)


イーサンやフィンレーの顔を思い浮かべ、自分はすでにお役御免かもしれないという考えが浮かび上がっていた。


(だから時が来れば、私は消…)


「__ドナ」


いつから起き上がり、こんなに近付いていたのだろうか。不意に呼ばれた声と共に手を握られたエキドナは驚き肩を揺らす。

が、すぐさま切り替え平然とした態度でリアムに声を掛けるのだった。


「リー様大丈夫?」


「…イーサン達が無駄に騒ぎすぎなだけだよ」


「そう。ちょっと失礼するよ」


「は?」


慣れた手つきでブーツを脱いだかと思えばエキドナは迷いなく広いベッドへ登った。そのままリアムの方へと一直線にずりずりと進み、彼の目の前で座り込む。


「!? ドナ…」


「触るよ」


言いながら素早くリアムの手を取って脈を測ったり背伸びして首元を触ったりしはじめるのだった。


「……ドナ、」


「届かない。少ししゃがんで」


額に触れようとした手を伸ばしながら言うとリアムもしょうがないなという風に素直に頭を下に向ける。


「気持ち悪さや息苦しさは無い?」


「無い」


「だるいとかキツイとか」


「休んでだいぶ楽になった。ドナ、時々様子を見に来ていたでしょ。薄っすらとだけど人影や視線を感じた」


思わぬ指摘にギクリとした後、気不味そうな声を上げた。


「……睡眠を妨げてたならごめん…気配は消してたつもりだったんだけど」


「いや、本当はドナが部屋に来た時から目が覚めてたんだ」


「へ??」


「僕の部屋に無断で入る事が出来る人間は限られているし、置かれた状況や矮人(わいじん)らしき気配からドナだと思って敢えて反応を探ってた」


「待って今遠回し "小人" って言った?」


「ご名答」


「ご名答じゃなくて、」


文句を言いたげなエキドナに対してリアムは何故かご機嫌である。クスクスと楽しそうに笑っている彼にエキドナはそれ以上追究せず、長く息を吐くのだった。


「ガーゼ外れたんだ」


「結構自然でしょ? いやそうじゃなくてさ」


つい話を振られて傷がある場所に触れるものの本題に戻してリアムを見る。その目は僅かに厳しい。


「リー様寝れてる? 元々短いのは知ってるけど今回の件で痛感した。寝なさすぎだよ。私は普段寝倒してるくらいだし今のうちにもっと寝ておいた方がいいよ」


エキドナの意見に今度はリアムの表情が少々変化した。


「ドナが寝過ぎなんだよ。八時間睡眠だっけ? 僕の倍近く寝てるよね」


「欲を言えば毎日八時間半以上寝るのが理想」


「うわっ…。流石にそこまで寝られる訳…」


軽い応酬をするさなかリアムが本気で引いた声を上げたかと思えば、途端に何か閃いた様子でハッとし考え込みはじめる。

そんなリアムにエキドナも先程の失礼な反応を忘れて思わず見守るのだった。


「……」


「…?」


二人の間に妙な静寂が流れる中、リアムの方からボソッと独り言めいた声が響いた。


「…にはストレス発散効果がある』って言ってたよね」


「え?」


「はい。安眠対策」


リアムの呟きにエキドナが聞き返すや否や、リアムが軽い口調で答えながら両手を広げてみせたのだ。流石に予想していなかった展開でエキドナも目を見開き戸惑いを隠せなかった。


「な、何いきなりセクハラ発言(←?)を…!」


「そっちこそ今さら何言ってるの。別に初めてじゃないでしょ」


「そ、そうだけど」


「ドナが拐われて以降、ずっと貴女の身を案じた」


「!」


「だから安心したいんだ。思い切り、触れたいんだ。…ダメ?」


「だ、だめって…つ、つい最近したばっかじゃ…」


「足りない」


小さく掠れた…まるで僅かにすがるような、珍し弱気な態度になるリアムにエキドナは押され気味になっていた。


(いやいや別にハグが初めてなんかじゃないけど!? 子どもの頃から、"リハビリ" と称してたくさんしてきて、ただ最近は手を繋ぐだけのリハビリにして貰っていたからっ でも最近は拉致られた関係で全然だし! ……あと、今迄となんか雰囲気が違う気が、する)


「ドナ、おいで」


「っ……。なんでそこまで」


「ドナが良いんだよ」


「…?」


エキドナは身を守るように両手で自身を抱き締めたまま首を傾げた。リアムの意図が読めず、僅かに眉間に皺を寄せ警戒心を滲ませて身構えると、リアムは視線を斜め下に逸らしつつ白状するのだった。


「小動物みたいで癒………………笑える」


(笑える!!!?)


途中で何故かスンとした顔になったリアムにエキドナはある意味動揺を隠せずにいた。


「アニマルセラピーなら使役で呼びたい放題でしょうに」


呆れ気味のエキドナの言葉にリアムはふっと諦めたように笑う。


「その話題は無しで」


「まだ気にしてたんだ…」


散々遠回しに『人外』と貶してきた異母兄達の才を自分もちゃっかり受け継いでいたという特大ブーメランでリアムも割と複雑な心境なのだろうか。

そんな事を察したエキドナはハッとした顔をし、直後憐れみの情を抱いて俯いたままのリアムの肩に手を置き慰めはじめるのだった。


「大丈夫だよリー様。私だって猫とかなら軽い意思疎通出来るからさ。『雨なのにそんな所で大丈夫なの?』『にゃー』『そっかぁ』って_」


「隙あり」


「あっ! ちょっ…!?」


短い悲鳴と共にエキドナの身体が大きく傾く。肩に置いていた方の腕を掴んでリアムが引き寄せたのだ。

そのまま膝に乗せて抱き締めようとするリアムにエキドナがやや抵抗する。


「いやいやだからさぁリー様!私達は婚約者だけどこ…」


キツい口調で言い掛けようとした言葉は喉元で止まり、動きも鈍くなった。


『恋人でもなんでもない』


そう口にするのはとても簡単。

直前までは目の前のこの男にピシャリと言い切ろうとしたけれど、今はやめた方が良いと思い直してしまったのだ。


(たぶん、本人が思ってる以上にリー様は今弱ってる…。そんな状態の人にやるべき対応じゃない……肉親は男ばっかで甘えにくいだろうし)


「嫌なら言って」


心の中で腕を組みうーんと唸っているとリアムの方から声を掛けてきた。


「ドナが本気で嫌ならすぐやめる。…だから、少しだけ」


控えめに、まるで甘えるようにギュッと抱き締めるリアムにエキドナは眉を下げる。柔らかい手つきから力加減をしているのに気付いたからだ。


「……」


(現王妃(サマンサ)様との関係がマシになったとは言え、本当の母親みたいに甘えられる存在が居ないんだよなぁ。そもそも、こうやって寝込むくらい追い込んでしまった原因は……私だ)


徐々に責任を感じたエキドナは仕方なしにリアムを受け入れるのだった。労わるように指先を使って彼の柔らかい髪を撫でる。


(……これで、良かったのかなぁ。でもリー様って他の男子に比べて下心っぽさを感じ取れないから…う〜〜ん…)


自分の選択が彼にとって良かったのか。今この瞬間は良くても後々苦しめる要素にならないか、それだけが心配で仕方ない。

そんなエキドナの思案を知っているのか知らないのか、リアムもエキドナの頭をゆっくりと撫ではじめていた。


「……」


いつもの彼らしくない、でも何故か彼らしく感じる優しい手つきにエキドナの強張った身体が少しずつ緩んでいく。

まるで宝物を慈しむような触れ方に、ふとずっと疑問に思っていた事が湧き上がっていき、自然と声を掛けていた。


「……ねぇ、リー様」


「…何?」


静かに返事をするリアムにエキドナは一旦彼にもたれていた身体を起こし、彼の顔を見つめる。

リアムから目を逸らさないまま、やや強張った声で問い掛けた。


「どうして、こんなに私に優しくしてくれるの?」


一瞬目をぱちくりさせた後、リアムは少し考え込む仕草をする。

…くだらない、もしくは面倒くさい事を聞いたと思われたかもしれないが、これはエキドナにとって真剣な疑問だった。


(ハッキリ言って『今こうなったのはお前の所為だ』くらい罵られても甘んじて受けるつもりだった。長年の付き合いから敵認定されなかったのは理解出来る。よほど憎んでいない限り他者(ひと)を害する行為は趣味じゃないから。だけど、それだけで他者から好意的に受け入れられると思えるほど私はお気楽でも無い)


「……子どもの頃、」


「…?」


ぽつりと呟いた言葉にエキドナはやや意外に感じて拍子抜けする。

しかし構わず、リアムのサファイアのような青い目がエキドナを真っ直ぐに射抜くのだった。


「二人でお茶しながら会話をするのが楽しかったから」


予想外の答えに目を大きく開くエキドナに対してリアムは真剣な表情で言葉を続けた。


「それだけじゃない。当然みんなと一緒に過ごすのも面白いけど……なんだかんだ文句を言いながら、そばに居て、同じ時間を共有して、……喜び合って…………そういうのが、…楽しかったから」


段々歯切れが悪くなりながらも、自由が効く方の手で顔を覆いつつ本心を言うリアムの姿や言葉に、エキドナの心のどこかでストン、と音がした。


(あぁ…)


想いが確信に変わる。


「一緒に居ると楽しいからだよ。…今も」


__それは、私も同じだ。


不器用ながらに紡いだリアムの優しい本音に、エキドナは不意に胸の奥をギュッと掴まれたような…けれども不快じゃない、暖かい想いにホッとしたような、泣きたくなるような不思議で懐かしい感覚に陥るのだった。


「…そっか……そっか」


(この人と一緒にいろんな話をして、いろんな事を経験していくのが楽しい)


音を立て、目の前で煌めいた "それ" をエキドナは真っ暗なもので覆い隠し、決してリアムに悟られないよう細心の注意を払う。


「楽しんでくれてるのなら…良かった」


誤魔化すように彼に身を寄せて口元を引き上げてみせるものの、同時に湧き上がる心細さや悲しさから眉は自然と弱々しく下がり瞳には翳りが差しはじめる。

そして温もりを感じながら指先で夜着の生地の端を……ほんの少しだけ、掴むのだった。


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