アポステリオリ
<<警告!!>>
鬱描写及び残酷描写があります。
苦手な方はご注意下さい。
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【メリーバッドエンド】
愉快なことを指す英語「merry」と、不幸な結末を指す和製英語「バッドエンド」を掛け合わせた言葉。「メリバ」と略して使用されるケースもある。
受け手の解釈により、ハッピーエンドかバッドエンドかの解釈が分かれるような結末のことを指す。
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(オルティス様…)
初めて来た憧れの王子様の部屋は信じられないほど広くて……でも最低限の私物しか無いまるで監獄のような、静かで、あまりに何も無い空間だった。
そんな空っぽの部屋の隅で横たわる女子生徒をミアがぼんやりと見つめる。
先ほどまで苦しげな声を上げバタバタともがいていたはずなのに、今は人形のように四肢をだらりと伸ばし動く気配が無い。
『ミア…』
…目の前の王子に馬乗りになって殴られ、首を締められた直後から。
『リ、リアム様…どうしっ !?』
恐怖に負けまいと震える唇を必死に動かしリアムに問おうとするけれど、気付けば無表情の彼がゆらりと近付き、彼の大きな両手があたしの首を掴んでいた。
『ミア、死んで下さい。貴女も』
『う"っ…』
顔色一つ変えないままリアムが容赦なく力を込め締め上げる。息苦しさのあまり、あたしの意思に関係無く身体が激しく抵抗した。
でも彼は止めない。むしろ力を強める一方だった。
(苦しい…! このままじゃ、あたし…)
息が出来なくてクラクラする。視界がどんどん、霞み、暗くなっていく。
そこでふと彼の違和感に気付いた。
__どうしてなの?
(どうしてあなたまで、悲しそうな顔をしているの?)
まるで迷子になってしまったかのような、今にも泣いてしまいそうな顔。寂しそうな顔。
(そんな悲しい顔をされてしまったら、あたしまで…)
『やめ……ッ…て…リア、ム…さまっ…!』
紡いだ言葉がリアムの耳に入った瞬間、戸惑った風に彼の動きが止まった。
するとすぐさま首に掛かっていた圧が無くなり、あたしは必死に息をした。思い切り咳き込んで…嗚咽を溢しながらリアムを見つめた。
視線が重なった瞬間、彼はハッとしたような顔で固まったかと思えば宝石みたいに綺麗な碧眼を暗くしてまた、何故か寂しそうに俯いている。
(リアム様…?)
『こ、これは一体…!?』
『ミアさん! 大丈夫!?』
『リアム王子!? なんで、こんな…!』
…結局、イーサン王子達がその場に駆けつけた事であたしは助けられリアムはどこかへ連れて行かれてしまった。
王族が引き起こしたこの事件は闇へ葬られ、彼の婚約者であるエキドナ・オルティス侯爵令嬢は事故死として処理された。
リアムは殺人の罪で起訴される事は無かったけれど、王位継承権の剥奪と塔への監禁が命じられた。
これは助けられた後で知った話なのだけれど、リアムはずっと孤独だったそうだ。
産みの母親は小さい頃に出て行き国王である実の父親からは疎まれ続け、異母兄との交流も無く、ただ血縁である祖父と叔父の傀儡として過ごした幼少期……。
"リアム王子" は天才だった。素晴らしい頭脳と才能の持ち主だった。
周囲の人達はそう彼を評するけれど、彼は人間らしい心を育む機会が与えられず、まるで意志の無い人形のように淡々と無機質に生きるしか選択肢が無かった。
そんな中、学園でミア・フローレンスと出会ってしまった。
今迄とは違う日常。味わった事のない胸の高鳴り、感情の波、色鮮やかな世界。彼にはすべてが新鮮だった。
否、あまりにも "新鮮過ぎた" のだ。
今迄何も感じず生きてきた人間の、内側から湧き起こる多彩な感情の渦。誰かを愛し、愛されたいという想い。
…………あたしとの出会いは、人間らしい感情を知らなかった彼には残酷な "現実" であり自身の欠陥を目の当たりにする場であり、重みと苦しみでもあったそうだ。
誰かに相談する事も出来ず仮に相談相手が居たとして理解される事も無い。そんな孤独と重圧を、今迄の機械のように無機質に生きてきた自分に対する深い罪悪感や羞恥を覚えてしまった。
だから壊れてしまった。
いいえ、もともと壊れていた彼は、大きく変化していく自身の感情に耐えられなかった。少しずつ少しずつ、恐怖に呑まれて……気付けば、リアムは自分がそう変わってしまった原因であるあたしを殺す決意を固めてしまったのだ。
"『彼女を殺そう』『僕を掻き乱す彼女を、存在ごと消してしまおう。そうすればきっと元の自分に戻れる』…そう信じて疑わなかった。だけど、すぐにでも折れてしまいそうな貴女の細い首に触れた瞬間、湧きあがったのは『何故こんな事をしてしまったんだ』という自分ではない誰かのような思考と表現しがたい居心地の悪さでした。どうすれば良かったのか、一体何が正解なのか…もはや僕にはわからない。惨めです。貴女に出会って、僕はどんどん惨めになっていきました。こんな自分が不快で仕方ない"
彼からの手紙にはそう書かれていた。
『リアム様…あたしです。ミアです』
『……』
あれから数ヶ月が経った。
手紙を片手に持ってあたしはリアムに会いに行った。もちろん直接お会いする事は出来ない。
彼は加害者であたしを殺そうとした人、そしてあたしは彼に殺されそうになった被害者なのだから。
付き添いで来てくれた人達と衛兵に見守られながら、扉の窓越しからリアムと話をした。
きっとこれが最初で最後の面会だ。
『手紙、読みました。ごめんなさい。ずっとあなたを苦しめていたなんて知らなかったんです。……結局あたしは、最後まで本当のあなたを知らないままなのかもしれません。でも、』
緊張と、彼に対する恐れで身体が震える。
けれどあたしは真っ直ぐ彼を見つめて思いの丈をぶつけるのだった。
『でも、そんなあなたを…………本気で好きだったんです…!』
『……』
リアムは何も反応しない。冷たさを感じるほど表情を変えずただこちらを見つめていた。
『っ…』
『ミアさん、もう時間だ』
『え、でもイーサン様…!』
『早く出ちゃおうよこんな場所!』
『フィンレーの言う通りだ。俺達まで頭おかしくなっちまうぜ…コイツみてぇにな』
わざわざ付き添ってくれたイーサン達が、そんな事を言ってあたしを引っ張って扉から離そうとする。
男子達の力に負けてしまい、リアムから背を向けた…その時だった。
『あいしてる』
思わずイーサン達の手を振り払いリアムの方を見る。
宝石のような青い目をこちらに向けていた。
驚きと共に、今迄見てきた完璧な王子様からは想像出来ないほど、片言な愛の言葉で思わず笑ってしまう。あたしは扉の方へ戻り冷たい板に触れた。
『リアム様…あなたは本当は人の温もりに飢えていた、不器用で……すごく人間らしい人だったんですね』
リアムの目を見つめて笑い掛ける。
『あたしも愛しています』
__どうしてなの。今この瞬間も彼だけを見つめているのに、彼が見えない。
涙で視界が歪み見えなくなっているのにも気付かないまま、ミアは扉の前から動こうとしないのだった…。
〜リアム王子ルート TRUE END〜
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「_て感じでぇ〜マジクソゲーよねこのメリバ展開! メインヒーローが悪役令嬢殺してヒロイン殺そうとするとか鬱エンドすぎ!! SNSでもめちゃ炎上したんだって〜! だからあたし、記憶無くても無意識にリアム王子を避けてたんだと思うの。『あの人怖い』って」
「……」
「で、ドナちゃ的には実際リアム王子ってどうなん? って……大丈夫?」
「……」
「ドナ氏?」
「! あ…」
ミアから『リアム王子ルート』のハッピーエンド、もといメリバ展開トゥルーエンドを聞いたエキドナがをセレスティアの声掛けでハッとし、ようやく我に帰る。
その様子を見たミアが明るく茶化すような口調で笑い出した。
「まっ、でも『逆にお前は死なんのかい!』って思ったっていうかぁ〜。やっぱサイコパスってジコチューだから好き勝手に人殺して自分は生きるってクソエンドになるのかもね…あ、正確に言えばソシオパス? だったかな〜?」
「「"そしおぱす"?」」
聞きなれない単語にエキドナとセレスティアが首を傾げる。すると疑問を察したミアが簡潔に説明するのだった。
「なんかぁ『リアム王子』って公式でサイコパスキャラって言われてんじゃん? でも本当は違ってたみたいで〜…ファンブックによればサイコパスじゃなくてソシオパスなんですって!」
「ドナ氏ぃ、ソシオパスとはどういう意味で?」
「ごめん私もわからない。サイコパスならわかるけど」
セレスティアの問い掛けに今度はエキドナが難しそうな顔をする。二人の反応にまたもミアが口を開いた。
「あたしもわかんなくて前世軽くググったのよ。そしたらサイコパスってほら…人間らしい心が無いから殺人とか平気で出来ちゃうヤバいヤツじゃん? でもねソシオパスはまた違う訳」
言いながら皿に盛られたクッキーに手を伸ばしサクサク齧る。
「…もともと普通の人なのに、育った環境の所為でサイコパスになっちゃうんだってぇ! 先天的なものじゃなくて後天的な? って感じ?」
「!」
世間話のような口調で言ったミアの言葉にエキドナはまた息を呑むのだった。
(ソシオパス…そうなんだ。リー様って、そういう…)
実を言えば前世の記憶を取り戻してから数年、エキドナは彼を『前世の兄と同じような特性の人間では?』と疑っていた時期があった。
だから彼をよく観察した。注意深く、悟られぬよう慎重に、自然に。
だがしかし、そう過ごしている内に "似たような性質と見せかけて違う。まったくの畑違い" という結論に至った。
知的能力の違い等さまざまな理由が挙げられるけれど、決定的な違いを感じたのは私への迷惑行為である。
例えば前世兄の場合、癇癪等で自分がした言動によって相手がどう思うかを理解出来ないため相手が怯えるのも気付かない。『大声で叫んだり、壁や床を殴るのは怖いからやめてほしい』と具体的に説明するとハッとした顔をして当分控える様子が見られた。(注:しばらくすると我慢出来なくなったらしく再燃する)
逆にリアムは具体的に説明したところで止まらない。
『反応が面白いから』
『所詮作り話でしょ?』
『毒も無いし噛まないから大丈夫だよ』
(…あの男には『この野郎』と思う事が多々あった)
爽やかな笑顔でエグい事をする彼を思い出し内心イラッとするものの考えをまとめると、兄は自分の行動が他者にどんな感情を与えるかが "想像出来ない" 一方で、口頭で説明さえすれば即座に理解し恐怖などの感情を "共感する事が出来る"。だからやめる努力をする。
けれどリアムの場合、そもそも自分の行動による相手の感情を想像する事は出来るのに『反応が面白いから』とやめない。何ならこちらが本気で怒ったり拒絶するギリギリのラインを理解した上で動いており、アウトゾーンを踏み込んだ瞬間にパッと手を引く。
あと場の空気は割と読んでいるらしく、本物の虫(注:巨大)と出くわして半泣きになった時は嫌がらせもせずすぐに退治してくれた時もあった。
(リー様は想像力はあるけど共感能力が低い。でもまったく無い訳でも無いらしい。ややこしい)
言葉で説明するのは難しいものの、リアムがエキドナの前世兄の特性とは別物だと感じたのはそういう理由だった。
(ずっと疑問に思ってた。『この人、ほんとにサイコパスなんだろうか?』…って)
出会った時から今に至るまでのリアムを思い起こす。
正当な血筋として生まれたにも関わらず複雑な環境で育った彼。天才的な頭脳の持ち主だからなのか、まったく子どもらしくない作り笑いが幼心に残っていた。確かに人の反応を見て楽しみたいから嫌がらせをする辺りはサイコパスっぽくはある。
でも "サイコパス" の言葉で片付けるには違和感があった。
(そういう事だったんだ)
エキドナの中で長年積もっていた疑問がようやく腑に落ちて納得するのだった。
「ねぇ〜! ティアぴ的にはどうなの? ドナちゃぽけーっとしてて全然話聞いてないし…。鳥使いになったのはマジわろだけど、サイコパスキャラのまま育っちゃった感じ??」
「ウゥ〜ン、そうでありますなぁ」
無反応なエキドナにミアが痺れを切らしてセレスティアへ話題を振る。
唸り回答に迷うセレスティアに対し、エキドナの声が静かにこだました。
「…大丈夫なんじゃないかな」
「なんで?」
ゆっくり首を振るエキドナにミアが不思議そうに尋ねる。
すると今度はリアムの言動を思い返しながらエキドナが口を開くのだった。
「リー様の事は小さな頃から知ってるんだけど、あの人は昔から年の割に大人過ぎた。いつもお面を貼り付けたような笑顔だった」
思い出すのは出会って間も無い頃から前世の記憶を取り戻してから日が浅かった頃の彼だ。
そして……
気付けば柔らかい笑みを浮かべていた。年相応に笑ったり悔しがったりする彼の顔を懐かしんだからだ。
「でも、サン様っていうお兄さんと早い時期から交流してたし、フィンやニールみたいな男友達とも遊んでた。何より父親のバージル国王とも親子関係は良好だった」
かと思えば少し達観した風に天井辺りを眺めて黄昏れはじめる。
「義母のサマンサ王妃様とはまだぎこちないところがあるけど、…なんというか、まぁ、呆れたり軽く引いたりしつつありのまま受け止めてるって感じかな」
「イミフなんだが、つまりどういう事?」
「え〜…? デリケートな話だしなぁ、そこは本人に許可取ってからの方がいいかも…」
「めんど〜」
「あはは…」
いまいちエキドナの言わんとしている事が理解出来ずミアが不満をこぼす。そんな彼女の反応を笑って誤魔化しつつ、エキドナの脳裏に蘇るのはリアムと共に過ごしてきた日々、色んな表情を見せる彼……そしてあの時の表情だった。
"傷、見てもいい?"
(……)
僅かに俯き、彼の心情を想う。
エキドナは金の目を細めふっと微笑むのだった。
「…とにかくそういう訳だから大丈夫だと思う。もしヤバそうだったりそういう傾向が出たらその時考えればいいから!」
「え〜本当ぉ〜?? あっ、でもドナちゃ剣超強いもんねー! あの時は誰よりもイケメンすぎてすきぴ〜☆」
薄緑の瞳でジト〜と見つめたかと思えば、可笑そうにコロコロと明るく笑い人差し指と親指でハートマークを作る。
「そうそう! だから大…」
「ドナ氏はリアム王子に物理で勝てないのでは?」
「…………」
ミアと同じポーズを取りつつ笑顔で言い切ろうとした矢先、セレスティアに正論言われてしまい言葉を失うエキドナであった。
「えぇ…?」
黙り込み申し訳なさげに俯くエキドナをミアが軽く引き気味に見ている。
「ま、まぁ一旦置いとくとして」
「無理やり話題変えるなし」
エキドナの急な話題転換にすかさずミアがツッコミを入れた。
しかしながらツッコミをスルーしつつエキドナはミアを真っ直ぐ見つめて問い掛ける。
「ミアってさ、ずっと『想い人が居る』みたいな発言してたけど結局誰なの? ヴィーじゃないならほんともう読めなくてわかんないんだよね」
「えぇ〜?」
エキドナの質問にミアがまたニヤニヤと意味深な笑みを浮かべてみせた。
緊張から生唾を呑むエキドナに、ミアは片目を閉じてペロッと舌を出す。
「内緒♡」
(なんで敢えて隠した!!?)
「かっわいいなぁおい!! サイン下さい!!!」
「ドナ氏、台詞逆ではありませぬか?」
可愛い顔大好きなエキドナにセレスティアが冷静なツッコむ。
「間違えた! じゃなくて、万が一また妙な事が起こった時に備えて…」
__コンコンコン
「「「!!!?」」」
会話の途中で人の居ない方向から物音がし、三人は驚き勢いよく振り向いた。
見るとそこには……窓の外からこちらを静かに見つめる小鳥が一羽。こんなまるで鳥使いのような芸当が出来るのはエキドナ達が知る限り、イーサンともう一人の王子様だけである。
「ちゅん」
愛らしい鳴き声に反して三人分の血の気が引く音が重なる。
「ぎゃああああ出たああああ!!! 絶対アレじゃんリアム王子に会話聴かれてるヤツじゃん!!」
「よもやワタクシ達をずっと監視して!?」
「死んだ! あたし達消されちゃう〜っ まさかの皆殺しエンド!!? いやあぁぁぁ!!」
「ヒョエェェ!! まだ書きたいものがわんさかあるでござるぅぅぅ!!!」
「ミアもティア氏も落ち着いて! この流れで流石に………………あの人ならやりかねないか」
「ちょっとぉ!? 怖い事言わないでガチで泣いちゃうから!! …てか仮にも婚約者でしょ!? とにかく、ほら! 代表者的な!?」
「う、うん…うん?」
ミアに急かされるがままエキドナは窓に近づき扉を開ける。
そして恐怖で叫ぶ二人を尻目に慣れた手つきで野鳥の足に括り付けられた紙を外し、恐る恐る開くのだった。
「あ、れ…?」
『ドナへ いきなりすまない』
(この字はサン様…?)
「!!」
便りに目を通してエキドナは絶句する。
「ねぇどうだった!?」
「ワタクシ達の死亡フラグは如何に!!?」
後ろではミアとセレスティアが声を張るけれどそれどころでは無い。
イーサンからの手紙の中身はとても簡潔だった。
『リアムが城で倒れた』
そう、記されていたのだから……。