暴露会 後編
________***
前世の教科書に載っていた物語、『山○記』のBL説を皮切りにやれ和食が食べたいだのスマホ触りたいだのと話が大いに盛り上がった。
「…ハッ! いかんいかん、話が脱線してたわ。てかこのメンツ、ツッコミ居なくね?」
「イカにも!!」
「ツッコミ不在の恐怖わろた〜」
むしろ盛り上がりすぎていた。
エキドナが気付き軌道修正をしたところでようやく本命の "今世の世界の話" へと移るのであった。
「そもそもさ…この世界ってゲームの世界だと思う?」
エキドナの真剣な問い掛けにミアとセレスティアの顔つきが変わる。
「「微妙!!!」」
「だよねぇ!!」
声を揃える二人にエキドナも嬉しそうにガッツポーズで応える。
すると意見が合ったことでミアが堰を切った風に早口で話しはじめるのだった。
「だってゲームのヒロインと顔違うしこれあたしの顔だし! 声もゲームと違うもん!!」
「イヤハヤヒロインのイメージ的にはバッチリでありますがな〜…。ワタクシもドナ氏も顔や声が自前でござる」
「それな! あたしの記憶の中の『エキドナ』と『セレスティア』とは似てるけどよく見たら別人だから記憶戻った時はガチでびっくりしたわよ!」
「じゃあ系統は合わせてるんだ私達……なんか、不気味だねぇ」
こうしてエキドナ達は三人の前世で共通する要素が無いか情報を交換した。前世の名前、年齢、出身地や職業。さらには死んだ場所と具体的な状況も包み隠さず話していく。
「親の旧姓とか確認した限りでは親戚筋の線も無しか…」
「あるとすればせいぜい死んだ年月が同じかもって事くらい〜?」
「じゃあ死亡時間がダブったとか?」
「ワタクシは深夜にチーンでありますぅ」
「あたしは夕方か夜…てかその間くらい?」
「私は昼過ぎに轢かれた……まぁ、近くに搬送して治療受けてたら多少時間稼ぎ出来るかも?」
「えー流石に無理あるんじゃない? 言い方悪くてごめんだけど、秒で即死っしょ!」
「…う〜〜ん」
ミアの指摘にエキドナが小さく唸る。思い返すのは前世の死ぬ直前の記憶だ。
(目の前にトラック迫って即ブラックアウトしてたからなぁ…)
「てか考えてもしょうがなくない? あたし達が前世で死んで『乙恋』のゲームキャラに転生した事は変わりないんだし」
「ワタクシとしても気になりますが…ミア氏に同意でござるドナ氏ぃ。そ・れ・よ・りも! ですぞ!! hshs」
セレスティアが勢いよく立ち上がりミアの方へ身体を向けた。「え? 何??」とたじろぐミアに構わず距離を詰め、その細腕を伸ばして華奢な肩を掴む。徐々に顔を赤らめ息遣いが荒くなり、ただでさえ瞳が見えないレンズが白く曇ってますます見えなくなっていく。
「そう…ミア氏がフルコンプしている事実……是すなわち全ルートのネタバレ!!! 攻略難易度ハイレベルな殿方とのハピエンでのアレやコレや!! 『ニールルート』…辿り着く確率0.001パーセント!!! マ、マママ "幻の両想いエンド" とは如何に!!! まさかまさかのBLルートの神エンドキタコレうおおおおおしゃああああ!!!!」
「叫んだ! ティア氏興奮しずきて雄叫び上げちゃったよォォ!?」
「待って怖い超怖い!! マジで怖いんだがドナちゃ助けてぇ! やばたにえーーん!!!」
「落ち着こうティア氏! ミアが本気で怖がってる! 引いてるッ!」
突如窮地に陥った現場でエキドナがセレスティアを落ち着かせるべく後ろから羽交締めに、対するセレスティアは陸から上がった魚の如くビチビチと激しく抵抗する。
そんな二人の様子をミアが距離を置きながら見守る事数刻…。
「BLルート無かったから! 『じゃ、ケッコンするかッ!』って超あっさりプロポーズするだけだから!!!」
「ただの悟○かよチクショォォォ!!!」
「いやいやなんとなく色被ってるけれども!!」
ヒロインたるミアの言葉にセレスティアが地団駄を踏みエキドナがツッコむ。
こうして『ニールルート』のハッピーエンドがとても簡潔に暴露されるのであった。
「萌え尽きた…萌え尽きたでござる……不完全燃焼でな」
「どんまいティア氏」
「どんだけBLルート期待してたのよ。『隠しキャラルート』の闇堕ち展開より狂っててほんと草」
「そういえば『隠しキャラ』ってやっぱりヴィーだったの?」
『隠しキャラルート』という単語にエキドナが反応して問い掛ける。
するとミアもけろっとした態度で軽く頷いた。
「そそ。貴族に人生を翻弄された悲しき美少年、ヴィンセント・モリス…『ヴィー』が隠しキャラなの!」
ミアの反応を見たエキドナがふと、少し間を置いてから遠慮がちに尋ねるのだった。
「……えと、ミアはヴィーの事が好きだったの?」
「いや好きだけどそっちの好きじゃないっていうか、そもそも狙ってないっていうか〜。気付いたら好かれちゃってたみたぁい☆ きゃははっ!」
「うわぁモテる女が言いそうな台詞…」
「相手この世界のヒロインですぞドナ氏」
ミアの解答にエキドナが軽く引き今度はセレスティアがツッコむ番であった。対するミアはころころと楽しげに笑っている。笑顔でこの場に居ないヴィーを振る姿にはいっそ清々しささえ覚えるのだった。
「なら私を断罪したあの…え〜っと…男子生徒、とアデライン・デイヴィスは何だったの?」
「さぁ? 前世の記憶に無いからただのモブっしょ!」
「ワタクシ達は当時『隠しキャラはスタン殿orギャビンパイセン』疑惑で盛り上がっておりましたぞ!」
「ギャビン先輩も名無しモブ〜☆ スタン君はぁ…ん〜? なんか引っかか…あっわかった『隠しキャラルート』の出会いイベントでぇ、ほら、少女漫画とかで無理やりナンパする男から助けるシチュあるでしょ? アレよ当て馬モブよ!!」
「当て馬モブなの!!?」
「隠しキャラなのに王道シチュとはギャップが善き善き」
この会話が切っ掛けで三人の話題は『何故隠しキャラルートへ進んだのか』という内容へ移っていく。
「公式が言う条件は "隠しキャラ以外の攻略キャラ全員と接点を持つ事" なの。でも本当は他にも条件があってぇ〜」
ミアの解説によると『隠しキャラルート』こと『ヴィールート』のエンディングに辿り着くまでには複数かつかなり特殊な条件が設定されていたらしく、まず前述の条件その①と後述するもう一つの条件をこなす必要があるそうだ。
条件②:出会う前段階で隠しキャラ以外の攻略キャラ達の好感度を調整する。
「好感度のバロメーターとして普通以上・友好以上・好き以上・不可の四段階評価があるの。でも…」
リアム王子→不可
フィンレー→普通以上
イーサン王子→友好以上
ニール→友好以上
フランシス→友好以上
クラーク→普通以上
「って調整が難しい!! シンプルにこなす人数が多いしイーサン王子とクラーク先生の二人は気を抜くとすぐ『好き以上』になっちゃうから!! マジチョロインだから特にイーサン王子!!」
(ものすっごい言われようだな…。あとクラーク先生はちょっと意外)
「てかあたしヴィー君狙って調整してないし! むしろ思ってたよりリアム王子とフィンレー君に好かれてなくてショック受けてるくらいなの〜っ ぴえーん!!」
ミアが泣く仕草をしながら悔しそうに叫ぶ。
(うん、美少女は何をやっても可愛いなぁ)
心の中でのんびりと呟くエキドナであった。
またミアの話によると、二つの条件をクリア後に『ヴィー』との出会いイベントが発生した後でもまだやらなければいけない事があるらしい。
条件③:出会いイベンド後、登校日は毎日声を掛ける。
「本来のゲームならルート狙わない限りいちいち声掛けたりしないわよ。ただあたしの場合、男子に毎日挨拶されるし声掛けられるし喋るから…。あとスタン君に絡まれてお礼を言ったり? で、いつの間にかクリアしてたみたい。無意識過ぎてマジ卍」
「ま…ホァッツ??」
「ティア氏、若者言葉は後で私が解説するから」
条件④:『ヴィー』との出会いイベント以降から休日の活動で "外出" を七回選択する。三回目以降から道端で『ヴィー』と偶然出会い、会話するイベントが発生するらしい。
「『そういえばよく会うな』とは思ってたのよ…。でも前世の記憶無いからわかる訳無いじゃんつらた〜ん」
以上、四つの条件をクリアする事で七回目の外出時にヴィーが反王政派テロ組織の仲間達と連んでいる場面に出くわし、口封じのためそのまま攫われてしまうところで『ヴィールート』のエンディングが確定するそうだ。なおこの時点の『ヴィー』の好感度でハッピーエンディングとバッドエンドが同時に確定するとのこと。
「ハピエンなら『ヴィー』が途中で仲間を裏切って、ヒロインが逃げる手助けをしてから組織からも国からも逃げるの。つまり幸せ駆け落ちエンドね! バッドエンドならランダムで他の攻略キャラが助けてくれるんだけど、ヴィーは捕まって処刑されちゃうの〜つらぁ」
「まぁまぁ、実際のヴィーは心は死んでるけど一応生存してるから大丈夫だよ多分」
「ドナちゃ言い方酷くてわろちゃあ☆」
「ワタクシ、もう若い子の会話ワケワカメでござる」
「だから後で説明するって。…あっ、そういえばなんで『隠しキャラルート』でエキドナ断罪イベントが発生したの?」
「あれは『隠しキャラルート』ってプレイヤーに悟られないためのフェイク〜♪ ただの友情出演〜☆」
「友情出演なんだ…」
ミアが『隠しキャラルート』に進んだらしい経緯を知り三人ともひとまずホッと息を吐く。
エキドナ達三人の容姿や声が前世の乙女ゲームと少し違っていたとしても、仮にゲームの世界だった場合この世界のヒロイン、ミアが選んだのは『隠しキャラルートのバッドエンド』の可能性が高い事を再確認したからである。
しかし肝心の攻略キャラのヴィーは死なずに済んだのだ。もうそれで良いではないかとエキドナ達三人は心の中で各々思っていた。
…が、突如エキドナの脳裏に恐ろしい可能性が生まれる。
「…ねぇ、このゲーム……続編無いよね?」
ポツリと呟いた声は思いの外ハッキリ響いた。
恐る恐る顔を上げたエキドナが静かに二人を見やる。
「「……」」
するとミアとセレスティアが一瞬無言で互いの顔を見合わせた。
彼女達の反応にますます緊張が走り、ごくりと生唾を飲む。
「「無い無い」」
「良かったぁ〜!!!」
笑顔で否定されエキドナは全力で脱力するのであった。
ようやく身の安全が保証された事も加わり、エキドナがノリノリでミアに声を掛ける。
「うちの弟はハピエンどんな風なの?」
「『フィンレールート』? 普通にラブラブハッピーエンディングよ。だってヤンデレって根っこピュアだし」
「そうなんだ〜良かったぁ」
「なるへそ☆」
ミアの説明にエキドナは安堵しセレスティアは割とどうでも良さそうに頷いている。
刹那、ミアが身体を震わせ可笑そうに笑いはじめた。
「あたし的にはリアム王子が一番ウケたんだが! だってゲームでは『リアム王子』が『イーサン王子』みたいに動物と心を通わせる能力持ってなかったし。リアム王子が鳥使いになった瞬間、あたし感動して泣けばいいのか指差して笑い飛ばせばいいのか反応に困ったもん!」
「笑い飛ばさないであげて」
「あのプライドの塊のような『リアム王子』のネタキャラ化激レアスチル! 見てみたかったですぞ!!」
「それ本人に言ったら濡れ衣着せられて処刑されかねないから気を付けた方がいいよ?」
ケラケラ楽しそうに笑う二人にエキドナが冷静にツッコむ。というか幼馴染である彼の容赦無い一面を知っているからこそ二人の言動に肝を冷やしているのだ。
「だってだってぇ、"あの" ろくなエンディングが無い『リアム王子』がよ!? もうギャップすごすぎて風邪引いちゃう…」
「……『ろくなエンディングが無い』?」
ミアのとある一言にエキドナはつい反芻した。
自然と全身から熱がスッと引き、次第に自身の指先が冷たくなるのを感じた。
「あぁ、そっか。ドナちゃ達は知らないのよね」
少し気不味そうにミアが細い指先でピンク色の髪の先を弄った。
そんな彼女の動作を見つめながらエキドナの胸の奥でドクンドクンと心臓が小さく鳴り響くのを感じる。
「難易度No.2の『リアム王子ルート』にはハッピーエンディングが無いの。メリバなのよ!」
ミアの高く可憐な声が、異様に大きく聞こえた気がした。