暴露会 前編
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ここは聖サーアリット学園。
冷たい風に身を縮めつつ、三人の男子生徒らが笑いながら薄暗い敷地内を歩いていた。
「マジでヤバかったな鉄仮面…。超鉄仮面で『私は清らかな乙女のままですよ。医者に証明書でもしたためて貰いましょうか?』…って」
言いながら男子生徒が優雅で冷艶な仕草を真似してみせる。やや茶化し気味な彼の演技にもう一人の男子が言葉を続けた。
「そんで『ここまでした私に、疑った方々は何をして下さるのでしょうねぇ?』って!! ヤベーだろアレ! 絶対死人出るやつだろアレ!!」
「ミアさん餌にしてわざとデイヴィス嬢達誘き出してからの一人で潰したって噂マジだったのか…? ホークアイの血筋こっわ!」
わざとらしく身震いする男子にもう一人が豪快に笑い飛ばした。
彼らの話題は今朝反王政派テロ組織メンテスの被害者、エキドナ・オルティスが登校した件である。
彼女より先に実は誘拐されていた男子生徒のアイドル的存在ミア・フローレンス。さらに王族、名門貴族…と普段から人目を引く生徒達が学園を休みはじめた際、流石に他の生徒達も異変に気付いていた。あの時は教員や親から伝えられた情報を交換し合い、不安や緊張が走る中で何があったのか推測して議論が白熱したものだ。
「ま、鉄仮面の爆弾発言でミアさんを白い目で見る馬鹿どもが減ったんだけどよ☆」
「……」
「ん? どーした。さっきから黙って」
後方でずっと会話の輪に入らず歩いていた男子生徒を不思議に思い、名を呼んだ。
声掛けに彼は俯いていた顔を上げる。その表情はどこか神妙な面持ちである。
「もしかしてさぁ、鉄仮面ってなんだかんだミアさんの事守ってんのかな?」
「何お前、とうとうドMに目覚めちゃった?」
「冷徹女王様教に入信しちゃった?」
「どっちも違ぇよ!!! あと『とうとう』って何だふざけんな!!」
間髪入れず冷やかした二人に男子生徒がツッコみ、彼の反応に満足した二人はゲラゲラ笑った。
しかし声を掛けられた青年は僅かに焦った様子で持論を述べる。
「だってさぁ…ほら、ヴィンセント・モリスが元平民でしたとかテロ組織に加担してましたとか……誰も気付かなかったじゃん? やっぱ人間っていろんな顔を持ってて、俺達はその人の一部しか知らないんだなって。だから一部だけでその人の全部決めつけるのは偏見かもしれないなって…」
「真面目かよダルっ!」
「哲学っぽい言い回しぃ〜フゥゥ〜♪」
「だから茶化すなって! あとその謎のダンスやめろ腹立つ!!」
「お前さぁ、実は俺より俺んちの家業向いてんじゃね?」
「懐から聖書取り出すなよ! 寂れたビンボー教会の跡取りとか無理なんですけど」
「ヒッデーこれでも歴史長ぇし子爵家直轄ですけど!?」
「つーか、だから何って感じじゃね?」
「「は?」」
軽い口喧嘩に発展しかけた二人にもう一人の生徒が口を挟んだ。
ポカンとこちらを見つめる揃いの顔を一瞥したのちに話を続けた。先刻の戯けた態度に比べると随分冷めた口調である。
「さっきの話。決めつけるとか偏見だとか…結局グダグダ言ってても俺達や他のヤツらだってさ、最初から "一部しか" 見れないんじゃん。他の顔なんて見れるどころか知らねーじゃん。あるかどうかもわかんねーし、憶測だけなのもある意味偏見じゃん」
「ま、まぁ…」
「そりゃそうなんだけどさ」
「ならその一部で判断するしかなくね?」
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一方その頃、とある女子生徒三人は人払いが済んだ一室に居た。
「「「……」」」
噂の当事者たるエキドナとミア、さらにセレスティアがテーブルを挟み無言で椅子に腰掛ける。
「二人とも来てくれてありがとう。早速で悪いけど確認させてね」
口を開いたエキドナに対してミア達が真剣な表情で頷く。
「まずティア氏、貴女は何者?」
エキドナの問い掛けにセレスティアが背筋を伸ばした。眼鏡を指で掛け直す音が聞こえる。
「ワタクシはリベラ伯爵家が次女、セレスティア・リベラ。前世は彼氏無し・貯金無し・BLが聖書な二十八歳独身OLでござる」
「ちょっ、言い方マジわろ……っ…!」
「あ〜ミアが脱落しちゃった。せっかくシリアスな空気作ったのに」
「まぁまぁドナ氏ぃ、ウケたのなら無問題であります」
真顔で述べた自己紹介にミアが笑い出したのを皮切りにピリついた空気が一転、のんびりとしたものへと変わった。
そう、現在転生者達による暴露会…もとい秘密の女子会を開いているだ。
「デハデハ次はドナ氏の番ですぞ」
セレスティアの言葉に今度はエキドナが立ち上がりノリノリで自己紹介を始める。
「私はエキドナ・オルティス! オルティス侯爵家の長女だけど前世は二十四歳末っ子ニートでしたぁッ!!」
「いい歳してニートとかヤバぁ!」
「自病によるものでしたかな」
「うん。喘息とか」
「あっ…なんかごめん」
「いやいやこちらこそなんかごめんね。さて本題に入ろうか」
言いながらエキドナは着席して両手を前に組んだ。そして金の目でミアを真っ直ぐ射抜き、問い掛けるのだった。
「ミア、貴女は何者?」
「……あたし? あたしはぁ〜…」
ニヤリと可愛い顔に怪しげな笑みが浮かぶ。
その意味深な反応にエキドナとセレスティアが固唾を飲んだ。
「あたしはミア・フローレンス。元平民出の男爵令嬢でぇ…『乙恋』のヒロイン!」
「「!」」
やはりミアがこの世界によく似た前世の乙女ゲーム『乙女に恋は欠かせません!〜7人のシュヴァリエ〜』…略して『乙恋』を知っているのを再度確信し、エキドナとセレスティアの表情が硬くなる。
エキドナが慎重な口ぶりでもう一度尋ねた。
「… "今の貴女" は前世のミア? それとも今世のミア??」
「う〜ふ〜ふ〜♡」
また含んだ笑みを浮かべるためエキドナ達は構える。
…かと思えばミアの薄緑の瞳がぐるぐると渦を巻きはじめるのだった。誰よりも困惑しているのは明白だ。
「前触れなく前世十七歳の記憶来たから未だにゴッチャゴチャで頭の中ゴミ屋敷なんだが。マジ心の旅人状態」
ついには両手で頭を抱えて机の上に突っ伏すのだった。
心配したエキドナ達が席を立ちミアの元へ駆け寄る。
「アンレマァ」
「『心の旅人』って…なんか似たような歌詞をどっかで聞いたことあるような」
「……ぼくらは〜旅人ぉ〜♪」
「…る〜る〜♪」
「「○の〜旅人ぉ〜♪」」
「「「ららら…♪」」」
こうして突っ伏したままいきなり歌い出すミアにエキドナが便乗し、さらにセレスティアも加わって前世の合唱曲を歌い上げるのだった。(注:しばらくお待ち下さい)
「ミア氏ぃ、落ち着いたでござるか?」
「一応ね〜。てか二人ともノリ良すぎてウケるんだが」
「あれは脊髄反射でしょ…。にしても保護された後高熱出して寝込んだってやっぱりそういう事だったんだね」
エキドナの言葉にミアがカップに入った紅茶をスプーンでかき回しながら少し不貞腐れ気味に答える。
「そ。『普通にミア・フローレンスとして生きてたらなんか前世の記憶やって来たぞ〜!?』…て感じだからしんどいのよ。てかドナちゃとティアぴはいつから記憶持ちなん〜?」
(ドナ茶…。前から思ってたけどマテ茶的な何かかな)
(ティア…ピ? ピッ○??)
ジェネレーションギャップにより一瞬固まるものの二人は正直に答える。
「ワタクシは生まれた瞬間から記憶アリでござる!」
「え〜一番わかりやすいやつじゃん裏山ぁ」
「私は五…じゃないか、八歳くらいの時」
「は!? マ!? それはそれでテンパらなかった??」
「『マ』?」
「…いや全然。長年の疑問がわかってストンって感じ。だから私は今世と前世の二択なら前世の人格が強めかもね」
「ワタクシは今世人格メインですぞ!」
「なるぅ〜」
「『なる』…?」
「でも見た目は八歳中身二十代だと今思えばギャップもあったし『なんで前世の記憶とかあるんだ気持ち悪っ!』みたいなジレンマがねぇ」
「待って待ってそれ言っちゃうとあたしもキツいんだが。つら谷園のムービーはるさめ」
「ファ!!? 先ほどから一体何語を!?」
「はにゃ〜?」
「そ、そういえば女子高生だったんだよねー? 私めちゃくちゃゆとり世代なんだけど最近の高校生の授業ってどんな感じだったの?」
ひと回り違う年齢差によるものからなのか、セレスティアとミアが絶妙に噛み合っていない気がしたためそそくさと話題を変えるエキドナであった。
そんなエキドナの心情を知ってか知らずか、ミアは少し考える素振りをして答える。
「えぇ〜あたしゆとりは小一、ニでギリ受けてたかどうかってレベルだから比較とか出来ないわよ〜。…あっ待って今なんか思い出せそう!! えぇ〜っとぉ〜……そうだわ! 死ぬ前に現国? でトラの話習った気がする…」
「オヤオヤもしや『山○記』ですかな? 頭脳明細な男が虎に変貌した…」
「多分それだわ。で、主人公? と再会してぇ〜」
「『あぶないところだった』」
ふぅ…と額の汗を拭うジェスチャーで切羽詰まった感を出しつつ、エキドナが即興で演じる。
「あはははっ!! それそれー!!!」
「『その声は、我が友、李○子ではないか』!?」カッ!
するとツボに入り笑うミアに対し、今度はセレスティアが素早く応じるのだった。
「はははは!! あったねそういうの懐かし〜!!」
「すごーいなんで覚えてんの!? ウケる〜!!」
「『どうして、おめおめと故人の前にあさましい姿をさらせようか。かつ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭の情を起させるに決っているからだ。しかし、今、図らずも故人に遇うことを得て、愧赧の念をも忘れる程に』」注:一息
「あははははは!! なんでティア氏セリフ全部覚えてんのッ!?」
「ヤバいヤバいきゃはははは!!!」
ひたすら笑い転げるエキドナとミアの反応にセレスティアが誇らしげに胸を張る。
「あの話BL説が出ておりましたぞ!」
「マジかあああ!」
「そまぁ!? もっとよく読めば良かったもったいな〜い!!」
「フッフッフッ、ワタクシが解説するでござる!! まず第一にィ! 主人公視点、神様視点、袁○視点と見方を変える事で解釈違いが…」
女子生徒達のはしゃぐ声が一室に甲高く響く。
この話題が切っ掛けで話は漫画だゲームだと前世のオタク文化で持ち切りとなり、わざわざ人払いをしてまで三人揃った本来の目的である "今世の世界の話" については、一瞬遠のくであった。