宙を舞う
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「……」
エキドナの言葉を受けてリアムが俯く。
(…そろそろ本音で話してくれるかな?)
「ねぇリアム様、どうしてサン様の事をこれほどまでに敵視するのですか?」
静かに尋ねるエキドナにイーサンがぐっと身構えた。
リアムは声を発しない。
「…? リア「『どうして?』…それはこちらの台詞だ。エキドナ」
強い怒りの篭った声が響いた。
「どうして……よりによってこいつなんかを庇うんだ…ッ!」
未だ地面に伏したまま両手の拳を固く握り締めている。…握り締め過ぎて震えている。
リアムが叫んだ。
「こいつは!! 昔僕を殺そうとしたんだ!!」
「「!!?」」
リアムの衝撃告白により二人は動揺した。
「はぁ!? 俺はそんな事やってないぞ!!?」
「…口では幾らでも言える。それとも覚えていないのか? 母上がっ…前王妃がこの国を出て行った直後お前は毒蛇を僕に送りつけたじゃないか! お前の所為で使用人が僕を庇って五日も生死の淵を彷徨ったんだぞっ!? 」
ザワザワ…
ハッ!!!
エキドナがバッと後方を見る。
(人が、集まりかけてる…!!)
しまったっ 今迄リアムの相手にばかり気を取られて気付くのが遅れた!!!
現時点で数名の使用人がエキドナ達三人を遠巻きに見ている。リアムの声が聞こえたのか慌てて走っている人も複数遠くから確認出来た。
「…純粋無垢そうな顔をしてっ 最初から僕の存在を全否定してきたのはお前の方じゃないか!!」
「リ、リアム様っ!! 人が…」
ドドドドドドドドドドド…
「「「!?」」」
地響きのような音と振動に驚いた三人と周囲の人達が音が出ている方へ顔を向ける。
刹那、烈風と土埃と共に巨大な人影が三人の目の前まで飛び込んで、
「こんの馬鹿娘がーーーッ!!!!!!」
大声と共にエキドナが宙を舞った。
バタンッ!!!!
ゴロンゴロンゴロンズシャァァァァーーッ!!!!!
五メートルは余裕で吹き飛ばされ地面に叩きつけられ激しく転がり滑って……止まった。
突如現れた巨大な人影の正体はエキドナの父親でありオルティス侯爵のアーノルド・オルティスだった。
エキドナとリアムが剣の試合を続行した際、事態の深刻さを直感したエミリーが大急ぎで王宮に居るアーノルドを探して呼んだのだ。
アーノルドは未だ厳しい顔付きのまま娘であるエキドナを睨む。
エキドナの方はリアム達から二十メートルほど先の地面に横たわったまま微動だにしない。
……遠巻きに見ていた人達から次々と悲鳴が上がる。
((死!!!!?))
「「エキドナッ!!!!」」
初めて兄弟がシンクロした瞬間だった。
二人は大慌てでエキドナの元へ駆け寄る。
リアムに至っては衝撃を受け過ぎて先程までのダメージと疲労を忘れ勢い良く走る事が出来ていた。
「……」
息はしているが目の焦点があまり定まっておらず意識が今にも遠のきそうだ。よく見ると身体は小刻みにぴくぴく痙攣している。全身擦り傷まみれで殴られた側の口の端から血が流れて痛々しい。
ザッ…とアーノルドがリアム達の元へ歩み寄る。
「ご安心下さい。軽く頰を殴っただけですから」
((軽く!!!?))
二人の王子はまたシンクロしていたがアーノルドは気にも留めずそのまま深々と臣下の礼を取る。
表情は険しいままだ。
「無能非才な娘がリアム様に対して無礼を働いてしまい申し訳ありませんでした」
「!!」
「えっ? ……あ!?」
ここで初めて二人は広場に人が集まって来ている事、第三者の目に映るエキドナの行動に気付きハッとする。
そんな二人を見つつアーノルドは冷静に、けれど重く言葉を続けた。
「この馬鹿娘は一旦引き取りますので処罰のほどは折り入って…「まっ…待って下さい! これは俺が巻き込んだんです! 彼女は悪くない!」
イーサンが慌てて両手を広げエキドナを守るように庇う。
「……」
アーノルドは娘と同じ金の目でイーサンを黙って見つめた。獲物を狙う猛禽類のような目と迫力に思わずイーサンの肩がビクッと跳ねる。
「…しかしながらイーサン様、娘はまだ幼いとはいえ王族である貴方がたに対して手加減をしなかった。それは臣下としての姿勢に問題があります故」
そのあまりの威圧感に、
「っ…!!」
イーサンは固まり言葉が詰まる。
必死に何か言おうと言葉を探すが出てこない。
時間と焦りばかりが降り積もる。
(不味い何か言わなきゃっ…じゃないとエキドナが)
「オルティス侯爵」
凛とした声が辺りに響く。
「…"異母兄"の言う通り彼女は悪くありません」
服に付く土埃を軽く払いながら何でもない事のようにリアムが "笑う" 。
「実は、エキドナ嬢が貴方から剣の指導を受けていると聞いたので…つい僕達が無理を言って『稽古』に付き合わせて貰っただけなんです」
少し申し訳なさそうな顔でリアムがアーノルドとの距離を詰めた。未だ礼を取ったままのアーノルドの真正面に立つ。
「『王族だからといって手加減はするな』 "僕がそう命じました" 」
静かにサファイアの目と金の目が睨み合う。
「「…………」」
ふぅ、と先にため息を吐いたのはアーノルドの方だった。
「…どうやら私の勘違いだったようですな。お見苦しい所を見せてしまい申し訳ありませんでした」
「いいえ気にしないで下さい。彼女の父君である貴方には前もって伝達しておくべきでしたね」
「機会がありましたら私の方からも喜んで剣の指導を致しますので」
アーノルドが先程より柔らかい表情で微笑む。
「はい。その時は指導の程よろしくお願いします」
リアムもにこりと笑い返した。
そして素早く後方を振り返る。
周囲には使用人や話を聞いて急いで駆けつけたらしい臣下が複数名遠巻きに様子を伺っていた。何が起こったかわからず不安や好奇心の視線が飛び交っている。そんな視線を正面から受けながらリアムが笑顔で口を開いた。
「騒がせてしまいましたね。先程の騒ぎはオルティス侯爵の誤解で何も問題は起こっていません。だから皆さんは安心して各々の職務に戻って下さい」
未来の国王、リアム王子の言葉だ。
各々安心した表情や騒ぎが起こっていると期待したのかつまらなそうな反応を示しつつ散り散りに去って行った。
ひとまずこれ以上の騒ぎが起こらなかった事にイーサンが安心して息を吐く。
「ハッ! エキドナは!!?」
すぐ思い出し焦って振り返る。
見ると既にエミリーが介抱していた。その表情は罪悪感で曇っている。
「案ずるなエミリー」
暗い表情をするエミリーにアーノルドが優しく声を掛けた。その場から立ち上がって近付き娘の顔を両手で包みながら怪我の程度を見る。
「軽い脳震盪を起こしているのだろう。私も若い頃はよくやったものだ。それにかなり手加減して殴っているからな」
「あの、オルティス侯爵殿…。殴るのはあんまりじゃないですか? エキドナは小さな女の子なのに」
「私相手に『殿』は不要ですぞイーサン様」
チラリとアーノルドが横にいるイーサンを見つめた。
…まだアーノルドの顔が怖いのと緊張でイーサンは再び固まっている。でもその目は真っ直ぐにアーノルドを必死に見つめ返していた。
そんなイーサンを見てアーノルドがふっと目元を細める。
「私とて意味無く殴った訳ではありません」
「え?」
「『娘がリアム様と剣の試合をしている』と聞いてすぐに思い浮かんだのは…リアム様に勝って怪我を負わせてしまい傷害罪、もしくは不敬罪を捏造される可能性でした。特に使用人や王宮勤務の人間に見られたら後で娘がどんな目に遭うかわからない。だからこそ "父親自らが娘を罰する" というパフォーマンスが必要だったのです」
「…そう、だったんですか」
「派手に飛ばされたので心底驚いたでしょう。ですがああいう飛ばされ方は見た目ほど受けるダメージは少ないのですよ。しばらくの間頬は腫れると思いますがこれぐらいなら傷跡も残りません」
「そうですか…良かったぁ」
はぁ〜とイーサンはため息を出しながら脱力して地面に座り込んだ。
安心して色々な緊張が解けたらしい。
「それにしても私の拳を一瞬で感知して身を退け回避しようとし、且つ地面にぶつかる際は受け身を取り更に転がる事で自身へのダメージを削いでいた……流石は我が愛娘ッッ!!!」
一方のアーノルドは娘の武の才能を改めて絶賛していた。
(↑親バカ)
「…こほん。まぁ、どちらにせよ娘の怪我が治るのに一週間ほどはかかると思いますのでその間は今回の反省も込めた『自主謹慎』という形でエキドナには自宅療養させておきます」
「あぁ…そうですよね。エキドナ、お大事に」
遠慮気味にイーサンが声を掛ける。
「……」
一人少し離れたところに居たリアムは静かに成り行きを見守っていた。
「エキドナ、屋敷に帰ろうな。馬車までは私が運ぼう…。エミリー馬車からは娘を頼んだぞ」
「畏まりました旦那様」
アーノルドが娘を横抱きにして運ぼうとする。
「……ッ!!」
会話から取り残されていたエキドナはリアムとイーサンを交互に見ながら震える手を必死に伸ばして焦るが声が出ない。…辛うじて保っていた意識が段々薄れて行く。
(待って…待って! まだ話は終わってない…!)
(やっとリアム様とサン様が、本音で話せそうだったのに…!!)