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不純物 前編


前半はイーサン視点、後半はステラ視点です。



________***


ところ変わって一瞬エキドナの前世兄疑惑が浮上した(注:秒で否定された)リアムの実兄、イーサンはというと…


「あ、危なかった…ッ」


庭園から離れた場所で片膝をついていた。

走り過ぎて乱れた呼吸を整え、自身の手のひらを見やる。先刻まで触れていた小さな感触を思い出し赤面するのだった。

手をギュッと握ったかと思えば一人唸った。


「っ〜〜〜!!」


(危なかったぁぁぁぁ!!!)


傍目から見れば急病人に見えるだろうが実態は全力で安堵し自制していた自分を褒めていた。心の中は両手でガッツポーズだ。


(偉いぞイーサン・イグレシアス! よくあそこで我慢した!! 偉い! 本当に偉い!!!)


__危うく抱き締めるところだった!!


本音がこぼれ落ちるのも束の間、また己の手のひらを見つめ、今度はどうしようもない虚しさから沈黙が落ちる。


「……」


耳元で蘇るソプラノと共に瞼の裏に映るのはエキドナの柔らかくはにかんだ顔だった。


『サン様は……そ、そのままで十分、素敵なので…』


「……可愛かったなぁ」


誰にも聞かれる事なくボソッと呟く。自身の耳に入る男の声は寂しさ混じりで未練がましく、気付けば眉は下がり、目線さえ庭園がある方向を向いていた。

だが無理もないだろう。

イーサンにとってエキドナは初恋の女の子なのだから。


(もし、今とは違う立場に生まれていたなら…)


一瞬薄暗い感情が囁いたものの即座に首を振り否定する。


(でもあの時。俺の頭の中で確かに(リアム)婚約者(ステラ)の顔が浮かんだんだ)


「二人を傷付けるなんて嫌だ。……そしてドナも困るだろうなぁ…どう考えても、純粋に年上で兄貴分の俺に甘えたかっただけだろうし…………でもなぁ…」


引きずりまくっている自身をイーサンは恥じた。

自分でもわかっているのだ。優柔不断なところも……免疫の無さからか、婚約者以外の女性を意識してしまう時がある事も。

リアムからは『まぁ僕達の父親の血を考えれば…ね』とフォローされつつ遠い目をされ、フランシスからは肯定どころか大々的な一夫多妻制度を作ろうと熱心に勧誘され、何が正解なのかわからず悩んでいた。


(『男なら当たり前』…わかっているが、だからと言ってステラを傷付けたい訳では無いんだ)


子どもの頃は知らなかった欲望に気付くたびに困惑し、不安に思い、だが同時にあっさり受け入れている自分も居るからこそ葛藤した。


「…うむ」


そんな複雑な想いに蓋をしてイーサンが顔を上げ前を向く。先ほどと違い、覚悟を決めた凛々しい顔つきである。


「だがそんな事よりも、まずステラや…己と、向き合わなければいけないな」


自分に言い聞かせるように呟きながら足を進め……しかし途中で止まった。


「……」


少ししてまた首を横へ強く振って、イーサンはまた歩きはじめるのだった。


________***


「すまない。待たせたか?」


「いえ、予定よりも早く着いてしまっただけですから…」


人払いが済んだ部屋で一人の令嬢と王子が向かい合い席に着く。長年婚約者として連れ添った二人の間からは普段には無い緊張感が漂っていた。


「サン様こそずっと忙しかったではありませんか。こんな時間に大丈夫ですの?」


「うむ、問題無い。リアムの不在も重なった事だし今日は早めに切り上げたんだ。フランがとても喜んでいた」


「あらあら、目に浮かびますわ♪」


可笑そうにクスクス笑うステラにイーサンも釣られて口角を上げた。


「ところで…お話とは?」


僅かに穏やかな空気が流れていたもののステラの方から切り出した事で再び固い空気が流れる。


「それは……だな」


「はい」


気不味そうに下に向くイーサンを見つめながら、ステラは机の下で指を組み力を込めた。

ゆっくりこちらを見つめるイーサンはとても不安げな…申し訳なさそうな顔をしていた。


「ステラ、君にずっと言わなければいけないことがあったんだ…。俺は、」


「お待ち下さい。サン様」


何か言おうとしたイーサンの声を遮りステラが申し出る。話の腰を折るなんて珍しい事をしたからだろう、彼の特徴的な夜色の目が丸くなっていた。


「ステラ…?」


「申し訳ありませんサン様。ですが、まずは(わたくし)の話から、聞いてほしいのです」


(怖い)


少しずつ胸の音が早鐘になっていくのをステラは感じていた。いつの間にか指先が小さく震え声も途切れ途切れになっている。


「む、もちろんだ」


「ありがとうございます…」


先に自分の話を優先してくれたイーサンに感謝しつつステラは口を開こうとした。


「あの…」


「なんだ?」


優しく促すイーサンの声に涙が出そうになる。

婚約者だから、"大切な存在" と言ってくれたからこそ受け取ってきた彼の優しい声も、瞳も……自分の所為で失おうとしていたからだ。


「わ、私は…っ!」


「ステラ…? あ、あの、辛いなら無理に話さなくても、」


「私は、他の、…アデライン様方と、……か、げで、ミアを、虐めていました…!!」


「!」


正面から息を呑む声が聞こえたがステラはそれどころでは無かった。

机に敷かれた布地を見つめ、とめどない感情と懺悔の言葉をイーサンにぶつけるしか出来ないでいた。


「初めはただ逆らうのが怖かったから…です。ですがっ、ですが…! あ、貴方に平然と、近付くあの子が許せなかった!! 婚約者は私なのに、そんな…私は本来ならそんな我儘なんて…! で、ですが、だから!!」


「…だから、ミアが不利になるような噂話を流布し、セイディ・ホール子爵令嬢らを扇動した、と」


静かな声にビクリと身体が跳ねて勢いを失う。

途端に頬を伝うのは自身の涙だった。


「ごめんなさいサン様…! ごめんなさい…!!」


自分ではどうしようも出来なくて、ステラは両手で顔を覆い泣きじゃくる。

そんなステラはイーサンは黙って見つめているようだった。


(今、どんな顔をしているのかしら…)


想像するだけでも恐ろしい。

そしてこんな時でさえミアに対する罪悪感よりもイーサンと自分の事を考えてしまう己の姑息さに嫌悪感を抱いた。

だがそれでも頭の中を埋め尽くすのは目の前の彼の反応だった。


(悲しそうな顔? 怒った顔? 軽蔑した顔?)


「ステラ…」


あまりに小さい声にまたビクリと身体を強ばらせる。


『何故そんな酷い事を』?

『信じられない』?

『君には失望した』?


グルグルと頭の中でこだまする幻聴に押し潰されそうになりステラは身震いした。


「っ…ステラ!」


気付けば椅子から崩れ落ちそうになっていたステラをイーサンが慌てて抱き止め支えている。


(あぁ…)


彼に触れられた幸福ともう二度と触れられないであろう未来への絶望に挟まれ、ステラの心はぐちゃぐちゃだ。

今度は自分が断罪される番なのだと実感して目を閉じる。

…が、いつまで経ってもイーサンはステラを抱き止めたまま動こうとはしなかった。むしろその腕は優しく、まるで労っているようでさえあった。

イーサンの静かな声が耳元で響く。






「知ってた」






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