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天秤に掛ける 前編(ヴィー視点)


________***


「本日は皆大義であった。我が国の法のもと、嘘偽り無く__」


この国の王、バージル・イグレシアスの一言で騒然としていた周囲が嘘のように静まり返るのを、ヴィーはまるで他人事のように眺めていた。


「被告人、ヴィンセント・モリスことヴィー。前へ」


(議長は『国王の右腕』とか呼ばれてるハゲか)


心の中で毒吐きながら罪人席の方へと進む。

告訴文を読み上げる宰相の隣には女狂いで有名なフランシス・リードが控えている。さらに被害者側のフローレンス男爵家は当主と前当主らしき老人、オルティス侯爵家は当主とその息子、王家に至っては前王妃を除けば現王妃や王子達全員がこの場に居た。


(これはこれは、俺のためにご足労なこった)


思いながら欠伸を一つすると手前の席にいた貴族達がジロリと睨み上げる。


(視線がウゼェよ。暇を持て余したクソジジイどもが)


知った顔を含めて他の高位貴族達も群がるように席を陣取っており、それだけでなくホークアイ伯爵家やケリー子爵家と関係者の当主と後継の息子さえも参列していた。

揃いの目、同じ髪色、瓜二つな目鼻立ち、親子らしい雰囲気…


(みんなみんな、全部胸クソ悪りィ)


血で結ばれ、血に執着する生物達に囲まれてヴィーの気分は先刻より悪くなるのだった。


「以上について被告、ヴィーに尋ねます。これらに間違いはありませんか?」


「…ねェよバーカ」


人定質問に対するヴィーの反応で周囲の空気が一気に騒ついた。


「何なんだその生意気な態度は!!」

「議会を開くまでも無いっ…死罪一択だろう!」


「静粛に!」


険悪な雰囲気が漂う中、議長であるリード宰相が短い言葉で嗜める事でなんとかその場を抑えている。また宰相自身は挑発をあまり気にしていないらしく、再び静まり返った状況下で淡々と公訴事実や罪状を述べた。

ヴィーも必要時返答する。予想していたが、やはり死罪らしい。


(早く終わんねえかな)


まるで他人事のように右から左へと聞き流しながらぼんやりと広い室内を見渡した。

壁に掛けてある馬鹿でかい絵と無駄に豪奢な装飾。二階席で見物する野次馬。不意に見知らぬ誰かと目が合うものの相手は皆ギョッと目を見開き、すぐさま顔を逸らすのだった。その光景に自然と喉の奥から笑いが込み上げてくる。

意見陳情、冒頭陳情…と立ち替わり入れ替わり人が動くのを、また温度無く見つめた。捕縛されてから一度も会っていないモリス侯爵も席に立ったけれども男は王家や被害者たるオルティス侯爵家、フローレンス男爵家、そのほか関係者への謝罪以外は沈黙を貫いていた。


(あのクソ野郎、なんで何も言わない)


苛立ちを隠せずにモリス侯爵を凄んでいるとわざとらしい咳払いしたのちにリード宰相が言葉を続ける。


「…では次に被告人質問に移ります。エドワーズ公爵子息、スタン・エドワーズ。前へ」


「はい」


「!」


よく知る人物の名前が上がったことでヴィーは息を呑み咄嗟に顔を下に向けた。貴族の学園に通っていた頃、よく連んでいた人間の一人だったからだ。


(三男のケイレブならともかく、コイツが来るのはわかりきっていたはずなのに)


「ヴィンセント…」


「……」


おそらくこちらを見ているのであろうスタンの声が耳元を掠める。


「お前、貴族の生まれじゃなかったんだな」


(まぁな)


「ずっと俺達を騙していたのか」


(そうだよ)


スタンに届かないのはわかっているものの、何も言わない代わりに胸の内の言葉でヴィーは返事をした。


「…こんな事をしでかすほどに、俺達貴族を内心憎んでいたのか」


(だったらなんだよ)


「何か言ったらどうなんだ?」


(うるせぇな。放っておいてくれよ)


「無視か」


(……)


ヴィーは決して顔を上げようとはしなかった。しばし沈黙が辺りに降るさなか、スタンの小さな呟きが異様に大きく聞こえた。


「……憎たらしい」 


しかしそれでもヴィーは何も言わない。そんなヴィーに痺れを切らしたのか、堰を切った風にスタンの口調が徐々に早く激しいものへと変化していく。


「お前が反王政派組織に加担していた事、モリス侯爵夫妻の実子を偽っていた事、孤児だった事…お前の顔。社交で知り合ってからもう何年も経つのに、今初めて知った情報ばかりで吐きそうだッ」


「……」


どれだけ感情的に詰め寄ったところでヴィーはスタンの方を見ない。


「…お前は今どんな気分だ? 俺は最悪だ。俺の人生の中で、一番。これ以上の苦しみは無いだろうと思うほどに」


「……」


見る事が、出来ないでいた。終始無言で顔さえ上げようとしないヴィーの頭へ向かってスタンが睨んでいるのを気配で察した。


「っ…! こんな…!!」


するとコホン、とまたわざとらしい咳払いが響く。リード宰相の反応にスタンも正気を取り戻しハッとする。


「エドワーズ公爵子息殿。そろそろ宜しいでしょうかな? 時間には限りがありますゆえ」


「……はい」


僅かに沈んだ声とともにスタンの下がる気配を感じてヴィーは一人安堵した。



「ヴィー!!!」


「!」



いきなり呼び止められた驚きでつい顔を上げてしまう。どうやら戻る途中で呼び止めたらしい、振り返る形でこちらを見やる彼のメガネの奥は少し潤んでいた。

スタンの嬉しそうに微笑みを見たヴィーはようやく気付いたのだ。


「ハハッ! やっと俺の目を見てくれた…」


スタンは裏切った己を怒り恐れ、軽蔑し、拒絶し、見下していたのでは無かった。ただ心配してくれていたのだと。"憎たらしい" とはヴィーではなく、スタン自身へ向けた言葉だった事を。

それだけ言ったスタンは目元を袖で擦り、メガネを元の位置に戻す。もうそこには先ほどまで居た弱々しさは無く、いつもの几帳面で隙の無い完璧な令息の姿だけだ。


「許可の無い失言をお許しください宰相閣下。"友" と会話する時間をいただいた事、心から感謝申し上げます」


「……!」


「続いて此度の被害者の弟にあたるオルティス侯爵子息、フィンレー・オルティス」


「はいっ…!」


動揺を隠せないまま、今度はエキドナ・オルティスの弟が前へ出る。彼もまた学園に居た際、友人経由で交流があった人物だったけれども流石に自分を心の奥底から嫌悪し、憎んでいるだろうとヴィー思った。

だが何個か質疑応答をしたのち、被害者家族であるフィンレーは言った。


「大切な姉を恐ろしい目に遭わせた事は許せないし、重い罰を受けてほしいのが正直な気持ちです。…ですが、」


自信を見つめる厳しい目付きから一転、眉を下げ、何故かとても複雑そうな表情を見せながら途切れ途切れに意見していた。


「もし、僕が貴方のような立場に産まれて、貴方と同じ境遇を受けて育っていたら……そう考えると、…………その、他人事だからと、あっさり片付けてしまうのも……違うんじゃないか、と、思うんです」


(なんでだよ)


「うちのミアちゃ……可愛い娘の意思は尊重したいと思っていますし、幸い大きな怪我も無く生きて帰ってきました。また同じ年の子を持つ親の立場としても、心を入れ替えてやり直す事が出来るのなら…」


(ふざけんなよ)


怒りで、身体が小刻みに震える。


「面白くないのが本音ですが、我が娘エキドナたっての願いです」


(なぁ、)


フローレンス男爵も、オルティス侯爵も、皆遠回しに擁護していたのである。その事実がますますヴィーを苛立たせていた。


「ヴィーの減刑を…」


ガン!!


突如降って湧いた大きな音に周りが驚きヴィーの方を見る。


「ふざけんじゃねぇよ偽善者どもがあ!!!」


時折掠れ声になるのを感じながらヴィーは叫び続けた。


「意味わかんねえんだよみんなして……誰が『助けろ』っつった!? テメェら貴族から慈悲を受けるほど俺は落ちぶれてねーわクソ野郎どもが!!」


「おい暴れるな!」

「大人しくしろ!」


そばで控えていた衛兵二人に取り押さえながらも怒りのまま暴れる。


「エキドナ・オルティスもそうだった! いつもムカつくくらいに涼しい顔をして、腹の中で何考えてんのかもわからねェ… "ノブレス・オブ・リージュ" ……『高貴なる者の義務』でそう見せかけてるだけで、本当は俺達下賎な生まれの人間を見下して、馬鹿にして笑ってたんだろ!! お高く留まりやがって…!」


そう、平民上がりのミア・フローレンスを遠回しに庇った時からずっと彼女が気に入らなかったのだ。


(だからアデライン・デイヴィスを言い含めてけしかけた。そうすればあの女の情けない本性を暴けると思っていたから…! なのに、)


『きれいだなと、思いますよ?』

『一時休戦して……私と、共闘しよう』


ミアを助ける場面や自分を真っ直ぐ見つめる金の目を思い返しては心が掻き乱される。


(貴族の癖に…!! 何なんだよあの女はァ…!!)


根本的な何かの違いを痛感させられてばかりだった。あまりに悔しくて惨めだ。

顔を顰めて歯を噛みながらヴィーは顔の向きを変えてもう一人の、憎むべき貴族を睨み付け殺意を剥き出しにする。


「テメェもだ…テメェも何なんだよ!!? テメェは俺をいつも『平民の癖に』と罵り、言動を制限して…………かあさんから貰った『ヴィー』という名前まで奪った! あの子達もっ…俺から、大切なものを何もかも根こそぎ奪いやがった!! だから俺は貴族もテメェも! 全部壊して奪い返してやろうと思ったんだ…ッ! 何故何も言い返さない! 何故『自分とは関係ないからヴィンセントを処刑しろ』と言わない!? っ…何故…!!? 答えろ!! ヘンリー・モリス!!!」


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