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懺悔(ヴィー視点)


<<警告!!>>

残酷描写および鬱描写があります。

冒頭のみエキドナ視点です。


________***


「……」


エキドナは一人自室の長椅子に座っていた。


(目が覚めてからもう二週間くらい過ぎたんだよな…)


あれから色々な事がわかった。

此度の黒幕、反王政派テロ組織『メンテス』によるリアム誘拐未遂は実は見切り発車で仕方なく実行していたらしい。

本来ならあと数ヶ月掛けて有志を集い、武器を集めたり資金を集めたりしてより地盤を確かなものにして動く予定だったのをミアに武器の取引きを目撃された事で計画が崩れたそうだ。

それもそのはず。口止めのために思わず誘拐した相手がよりによって貴族社会や学園内で割と目立つ存在だったために内密に事を運ぶのが難しくなってしまったからである。

『組織の存在を察知されターゲットである王侯貴族の警戒心が高まる前に』と一部のメンバー達による暴走で起こったものだった。


またこの事件の主犯格であるブレイク・キングには死罪が適用された。判決が降る最後の瞬間まで罪を認めず、王家や国を侮辱する言葉ばかり吐いていたそうだ。

そして帽子の男、ジルも本来なら死刑であるはずだが司法取引で重要な情報を話したため終身刑に留まったらしい。しかしながら牢の外の景色を見ることは二度と無いだろう。

さらに結果として学園内の建物に放火する事で『メンテス』の侵入を援護したアデライン・デイヴィスの場合、彼女の実父であるデイヴィス公爵が娘の失態を知った直後速やかに王家やオルティス侯爵家ら被害を受けた一族に対する公式な謝罪及び爵位と財産の自主返納の申し出、加えて捜査に積極的に協力する姿勢を貫いたため父親の誠意に免じて減刑が許されたそうだ。

フィンレーの話によればその後彼女は家から絶縁され修道院入りしたとのことだが。

他のメンバーもまた、これから重い罰を受けることが決まった。


最後にヴィンセント・モリス、もといヴィーの処罰についてだが……これが難航している。


モリス侯爵子息の立場を悪用して反王政派テロ組織に資金援助をほどこし、さらに学園内部の警備体制の情報を流した挙句、業者の荷馬車に混じって学園内へ侵入。王族のリアムへの誘拐未遂。

そして男爵令嬢のミアとオルティス侯爵家の娘であり王族の婚約者であるエキドナを誘拐した事……リアムの命により公にしていないけれど、エキドナの頭部に跡が残るほどの暴行をした事(注:エキドナはヴィーの足にヒビを入れている)。客観的に見てもどれも言い逃れ出来ない重罪である。


しかしその一方でヴィーは孤児として放蕩していた際にモリス侯爵たるヘンリー・モリスの手で強制的に死人のヴィンセント・モリスの代用品として利用され、長年に渡る暴言や暴力を受けてきた被害者たる側面を持っている。そもそもまだ若い青年であるヴィーをブレイクが唆して操ったのも事実だろう。

さらにこれほどの事をしたにも関わらず死者が出なかったのはヴィーの存在が大きい。もし彼が途中でメンテスを裏切らなければ、ミアやエキドナの命は無かったかもしれない。

何より誘拐された当の二人がヴィーの免罪や減刑を強く訴えているのだからあっさり死罪にする訳にもいかない。

けれども先述したように簡単に減刑する事も出来ず、王家や他の貴族としても落とし所を探っている状態らしいのである。彼の処罰についてエキドナ達だけでなくこの国の貴族達までもが注目していた。


(なんでモリス侯爵はヴィーを養子として引き取る際に正式な手続きをしなかったんだろう。……(フィン)みたいに、周囲に知られたくないケースに備えて国王夫妻のみに伝える手段も暗黙の了解であるのは知っていたはず)


誰も居ない部屋の中でエキドナは上着を羽織りながら立ち上がり、窓から空を見上げた。


(ヴィーはこれからどうなるんだろう…)


カタカタと冷たい風が窓枠を揺らす。

冬の訪れを感じながら、ただ薄暗く、白く広がった虚空を眺めるのだった。


________***


「出ろ」


見上げるとそこには体格の良い男が数人立っていた。おそらく王家お抱えの騎士だろう。


「……」


縄で身体を拘束され、歩き出す。

ロクな説明は無いものの騎士達の途切れ途切れの会話を聞いた分だと、俺はこれから俺自身の処罰について議会が行われるらしい。

心底くだらないと思った。


(貴族議会なんてクソくらえだ)


そんな事はどうでもいい。

ただ、俺の脳裏を掠めるのはあの頃の記憶だけだった…。


________***


この異常な色の目を気味悪がらず、そしてヴィンセント・モリスではない "ただのヴィー" として見てくれた人間が居た。


『ヴィー、ヴィー』


そのうちの一人は当然、俺を産んで育ててくれたかあさん。


『兄ちゃん!』

『ヴィーにぃちゃん』


そしてあと二人。二人も、居たんだ。


あの二人に出会ったのは偶然だった。

義父のヘンリー・モリスから貴族への生活を強要される日々に疲れた俺は、父から言い付けられた興味も無い観劇を観に行った帰り道にふらりと貧民街へ立ち寄った時だった。別にこれが初めてじゃない。時々こうして孤児に小遣い程度の金銭やパンを与えていた。

貴族にとってはした金でもコイツらにとっては数日生きながらえるための生命線だって事を知っていたから。

そんな時に出会ったのがあの兄妹(きょうだい)だった。


兄の名はアシェル。年はおそらく五〜六歳くらい。話を聞く限りじゃ母親は娼婦をしていたらしい。病に罹っていたらしく初めてあった時、身体は熱いのに青白い顔をしていた。

リナはアシェルの妹で三〜四歳くらいの小さな女の子。何故か左手を布で見えないくらいにぐるぐると巻きつけていた。

父親は誰かわからず、頼みの母親もリナを産んだ時に亡くなってしまったそうだ。

まだ幼く痩せ衰えたこの兄妹は貧民街(スラム)の人間からも爪弾きにされていた。


息絶え絶えなアシェルの姿が病気がちだった母に重なった。不安げに寄り添う小さな身体が、昔の俺の姿を思い起こさせた。

それだけの理由だった。

俺はモリス侯爵に見つからないよう秘密裏に二人を屋敷へ連れて帰り、使用人に金を渡して使用人見習いとして保護する事にしたんだ。アシェルに至っては病気が癒えるまで看病するよう念押ししたし、俺も出来るだけ顔を出して二人の面倒を見た。

日に日に血色が良くなりすくすく成長する兄妹の存在にどれほど救われただろう。

そんな俺を兄のように慕ってくれたあの子達に、どれほど……。


ただ一つだけ、不可解な点があった。

身体を清め清潔な服を与えても、何故かアシェルは妹の左手の布を頑なに取ろうとしなかった。

初めは古傷か何かがあるのかと思っていた。不思議に思っていたが、俺もその時は前髪で目を隠していたしお互い様かとあまり気にしなかった。


でもある日、俺がリナをあやしていた時のことだった。まだ幼いリナは興奮したのか勢いよく両手を大きく振って……不意に手を覆っていた布が外れたのだ。露わになった左手を見て俺は激しく動揺した。

彼女の左手には指が三本しか無かったのだ。


『指、見たでしょ?』


遊び疲れて寝てしまったリナの寝顔を見つめながらアシェルが俺に声を掛ける。

何と声を掛ければいいのかわからず黙っていると、幼いながら察したらしいアシェルがぽつりぽつりと言葉を続けた。


『リナの指は生まれた時からこうなの。けがしたからとかじゃなくて、はじめからこうだったの。……へんかな』


言いながら自身の膝の上で眠る小さな妹の頬に触れる。その目は家族に対する慈愛の情に加えて不安や寂しさが混ざっていた。


『リナ、こんなにかわいいのに』


『……』


言葉に出来ない感情が、俺の中を駆け巡った。

気付けば俺は義父から "異質だから隠せ" と言われつづけていた目をアシェルに晒したのだった。


『なら俺の目、変か?』


突然前髪をかき上げて見せたから驚いたのだろう。アシェルはその場で固まり、まじまじと俺の目を見つめていた。

少しずつ心音が早く大きくなっているのを感じていると…次第に明るい表情に変わっていく。


『ううん。へんじゃないよ…びっくりしたけど……すごくキレイ!』


『…そうかよ』


自然と俺達は顔を笑い合った。

"同じなんだ" と安堵感を味わった。

この屋敷に来て初めて安心出来た瞬間だったんだ。


…本来なら孤児院に保護を依頼すべきだったのだろう。

でも、手の掛かる子どもへの待遇が悪いことを俺は知っていたからこそ孤児院へ連れて行く気は起きなかった。


『兄ちゃん! これあげる!』

『ヴィーにいちゃん。リナもいっしょにつくったの〜!』


またある日のこと。そう言って俺に手渡したのはいらない布切れを解いて編んだらしい、粗末な組紐だった。


『これが兄ちゃんの目の色でしょお?』

『こっちがリナたちのめのいろ! こっちはリナのすきないろ!!』


黒が一本、赤茶が二本、桃色が一本。

メチャクチャな組み合わせだと思う。


『…ふはっ!』


だけど不思議と悪い気はしなかった。


『んだよスゲェなお前ら! 頑張ったじゃん』


笑いながら二人の頭を撫でるとアイツらは誇らしげな顔をしていた。

……あの時、そのままアシェル達の手を引いて逃げ出せば良かったと後悔しない日は無い。

せめて目の前でこの組紐を結んで見せれば良かったのに…俺はまた明日もこの二人に会えると信じて疑わなかった。

幸福はいつだって、薄いガラスの上に立っているのをよく知っていたはずなのに。


翌日、俺が二人の元へ訪ねるとそこにはモリス侯爵が立っていた。


『まったく……教養も満足に出来ない癖に何をやっているんだ!!』


『ッ…!』


何度も何度も殴られた。

でもそんな事はどうだっていい。俺は必死で口を動かしてあの男に問い掛けた。


『アシェルと、リナは!!? あの二人を…ッどこへ!!?』


『あぁ、あのガキどもか』


軽く乱れた服を整えながら、あの男は世間話のような口ぶりで言った。


『動かなくなったから処分した』


何を言ってるのかわからなかった。

いやわかりたくもなかった。

……次第にあの男が言った意味を理解して、俺は、


『ぁ……』


自然と母の亡骸の冷たさ、母を殺した貴族の男がまるで昨日のことのように鮮烈に広がる。

全身の血が引き、ガタガタと震えた。


『ウ"あ"あ"ア"あ"あぁあ!!!』


周囲から悲鳴が上がった。

当たり前か。叫んだ勢いで初めてあの男をぶん殴ったからな。


『殺してやるっ…ぶっ殺してやる!! あいつらの命をなんだと思ってるんだ!!!』


結局あのクソ野郎を殺せなかった。

俺はそのまま使用人達に取り押さえられて、自室に監禁された。

何週間、何ヶ月。どれだけの時間閉じ込められたかはわからない。

ずっと悔しくて二人に申し訳なくて…涙が止まらなかった。


『ごめん…っ…ごめんな……』


(何であいつらがあんな酷い目に遭わなきゃいけないんだ)


平民だから? 孤児だから? 少しだけ周りとは違う見た目をしていたから?

だから貴族に殺されてもいいって事か??







ふざけんな!!!!!!







(こんな世界はおかしい…間違ってる…ッ!!)


でも抵抗出来ない。俺にはもう何も出来ない。

…………俺は義父に一生を縛られ、操り人形のように生きていくしかないんだ。


その後監禁が終わり、俺は一人で兄妹(きょうだい)と出会った場所へ足を運んでいた。虚しさと共に花を置く。


『ごめんな』


(…もう貧民街(ここ)に来るのはやめよう)


身体の向きを変え俺は歩いた。


(下手に情けをかければまた殺されてしまう)


どれだけ自分に言い聞かせても、服の下で強くこわばる拳や噛み締める口元をおさめる事が出来ないでいた。


(…こんなの人間の扱いじゃない。家畜以下だ)


"ヴィー、ヴィー"


耳元で声が聞こえる。


(俺は無力だ)


"兄ちゃん!"

"ヴィーにぃちゃん"


守りたかったはずの命が、存在が、みんな俺の手のひらから呆気なくこぼれ落ちていく。


(俺に、もっと力があれば…!)


『あらァ? 随分と場違いな所に居るねェ貴族サマ』



________***


「あれが長年貴族の名を騙った平民か」


あの日のブレイクの声を思い返していると知らない男の冷たい声が響いた。

いつの間にか到着していたらしい、顔を上げればそこには有力な貴族達が席に座り俺を見せ物のように見つめていた。


「随分大人しそうな青年に見えるが…。本当に彼がやったのか?」

「なんだあの黒き(まなこ)!? あぁ、なんと悍ましい…!!」


(くだらない。俺は煮るなり焼くなり好きなように裁けばいい)


それだけの事をした自覚があるし、ここまで来たらもはやどうでもいいのだ。


(俺にはもう、失うものは何も無いから)


__ただ漠然と思う事がある。


(あの時俺が匿おうが見放そうが、どちらにせよアシェルとリナは死んだのだろう)


正義とはなんだ。正しさとはなんだ。


(どうすれば、あの兄妹が生きられる未来があったんだ……)


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